ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか   作:ザイグ

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第十三話

迷宮都市オラリオの中央に聳え立つ巨大な塔、バベル。ダンジョンの入り口があるそこに、壁に背を預けて静かに佇むカルナがいた。

瞑想するように目を閉じている彼は、ベートを黄昏の館に届けてから真っ直ぐにバベルに向かい、一歩も動かずにただ待ち続けていた。

 

「やれやれ、あの女神も暇だな」

 

カルナは真上からの視線に溜息を吐く。かなり長い時間いるにも関わらずその視線が消えることがない。こんな突っ立っているだけの男など見ても面白くないだろうに。

 

「ーーー来た」

 

カルナの待ち人が現れたのは真っ暗な深夜が空が明るくなる夜明けになり始めた頃だった。

生まれた時から知っている気配が近づいたことでカルナは目を開け、入り口を見る。

入り口からは防具も付けずダンジョンに入るとは思えない格好でボロボロになった少年が歩いてきた。

疲れ果てているのかベルはカルナに気付かず通り過ぎようとする。

 

「あっ……」

 

だが、少しだけ出っ張っていた石畳で体勢を崩す。限界まで戦ったせいかそのまま地面に倒れていく。

しかし、ベルが地面が倒れることはなかった。いつの間にか正面に回っていたカルナが抱きとめていたから。

 

「……兄さん?」

「久しぶりだな、ベル」

 

カルナがいたことに目を見開いて驚愕していたベルは徐々に涙を流し始めた。

 

「僕は馬鹿だ……」

「そうか」

「何もしてないくせに期待してた……」

「そうだな」

「弱い自分が悔しい……」

「ああ」

「兄さん」

「なんだ」

「……僕、強くなりたいよ」

「慣れるさ。俺の弟だからな」

「……ありがとう……兄さん」

 

安心したのかベルは寝息を立て始めた。カルナは起こさないようにベルを背負い、彼のホームを目指した。

 

 

◆◆◆

 

 

「遅過ぎる……!」

 

錆びれた教会でヘスティアが呟く。

もう時刻は夜明け間近にも関わらずベルが帰ってこない。これは何かあったと考えた方がいい。

心配になったヘスティアが探しに行こうとしたとき、扉をノックされる。

 

「ベル君!」

 

この教会の隠し部屋を知ってるのはヘスティアとベルだけ。ならばノックしたのはベルだと思い扉を開けると、

 

「こんな時間に失礼する、神ヘスティア」

 

そこには同じ白髪だがベルよりずっと背の高い青年がいた。ヘスティアはその青年に見覚えがあった。というよりオラリオに住んでいて彼を知らない者はいない。

特にヘスティアはベルからよく自慢の兄だと話を聞かされていた。そのベルの兄の名は、

 

「ーーーカルナ⁉︎」

「そう叫ばなくても自分の名前くらい分かる。弟を返しに来た」

 

カルナの言葉にヘスティアは彼が背負っいる少年に気付いた。グッタリと気を失っている少年を。

 

「ベル君!」

「心配するな。傷はもう治っている」

 

気を失った後、カルナがハイ・ポーションを飲ましているので傷は完治している。

 

「だが、一晩ダンジョンに潜っていたからかなり消耗している。ゆっくり休ませてやれ」

「ダンジョン⁉︎ 何を考えてるんだい、しかもこんな格好で!」

「俺に言うな」

 

ベルが気絶しているせいか何故かカルナに叫ぶヘスティア。

 

「ベルは強くなりたかったんだ」

「……何があったんだい?」

「それは俺が話して良いことではないだろう」

 

カルナはベルをベットに寝かせるとここにもう用は無いとばかりに立ち去ろうとする。しかし、何かを思い出したように立ち止まる。

 

「神ヘスティア」

「な、何だい?」

「ベルを見出してくれたこと感謝する。どうかこれからもベルを見守ってほしい」

 

感謝してるなら無表情を止めてくれ、と心の中で文句を言いながらヘスティアは微笑む。

 

「当たり前さ。大事な僕のファミリアだよ、ずっと一緒さ!」

「そうか、ならば安心だ」

 

カルナは納得して教会を後にした。ベルはアイズが好きだがどうなるんだろうと、少し不安に思いながら。

 

 

◆◆◆

 

 

カルナが黄昏の館に帰った時は既に日が昇っていた。いまから眠る気になれなかった彼は中庭で本を読むことにした。中庭は団員達によって手入れされているのでとても居心地が良い。因みにカルナが読んでいるのは故郷から持ってきた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』。それもゼウス直筆の原本というレア物である。

昔は中々寝付かないベルに読んであげていたな、と思い出す。

 

「…………」

「…………」

 

いや、現実逃避は止そう。この状況は何なんだ?

チラッとカルナが横に目を向けるとアイズが隣に座っている。いつ通り表情に変化がない人形のような少女だが、今日は元気がないように見える。そして細い腕が伸ばされた先には、

 

ギュッ。

 

何故がカルナの服の袖が握られていた。しかも、無意識ので握っているのか離してもまた掴んでくる。

ベルのことで落ち込んでいるのは分かる。早朝に剣の練習をするために中庭に来る事も知っている。

だからと言ってなんで袖を掴むんだ?

アイズの行動はカルナには理解不能だった。

 

「………考えても仕方ないか」

 

理解できないと判断したカルナは考えるのを放棄し、読書に集中することにした。

実際、アイズにも何故カルナの近くにいたいかわかっていなかった。まさか、カルナに自分の父の影を重ねて無意識に頼っているなど自覚もしていないだろう。

 

「…………」

「…………」

 

どちらにしろ、アイズにとって気持ちに整理が付いていない状態で何も聞かずに側にいてくれるカルナは有難く、カルナも何処に行くにもベルが一緒だったためアイズがくっ付いている程度は気にならない。

カルナとアイズ。無口で無表情な二人は相性が良く、互いに落ち着いた雰囲気を出していた。

 

 

ーーーが、それも長くは続かなかった。

 

 

「カルナああああああああああああッ‼︎」

「!」

「ベートか」

 

扉を蹴破り、怒りの咆哮を上げたベートが突撃してくる。

 

「よくもやりやがったなあああああああああああッ‼︎」

 

どうやら、昨日カルナに叩きつけられたことを怒っているらしい。その前に自分がやらかした事が頭に無いのか、それとも酒で忘れているのか。はたまたいま目覚めたばかりでカルナへの怒りしかないのか。

 

「アイズ、退いていろ」

「え、でも、カルナ………」

「心配するな」

 

カルナはアイズを下がらせ、疾走するベートの前に立つ。

 

「ーーー喰らいやがれええええええええええええッ‼︎」

 

ベートが蹴りを放つ。怒りに任せた単調な攻撃。カルナなら避けるのも防ぐのも容易い攻撃だった。しかし、

 

「ーーーーッ!」

 

カルナは避けることも防ぐこともなかった。直立不動の姿勢で蹴りを顔面に受ける。

 

「っ、舐めてんのかてめぇッ!」

 

カルナはこの程度簡単に防げると考えていたベートは無防備に蹴りを受けたことがこちらを見下した行動に見え、更に怒りを燃え上がらされる。追撃の蹴りがカルナに迫る。

 

「悪いが二度も受ける気はない」

 

カルナは蹴りを片手で受け止め、ベートを地面に抑えつけた。

 

「なっ、くそ!」

「先に手を出したのは俺だ。だから、一撃は甘んじて受け入れよう。だが、それ以上を受ける理由はない」

「じゃあ、なんで昨日は攻撃しやがった‼︎」

「………やはり、昨日の事を覚えてないか」

 

それでいてカルナに叩きつけられたのは覚えているとは都合のいい頭だ。

どう説明しようかと悩んでいると、

 

「そりゃ、ベートがいけんことしたからやろ」

「ロキか」

 

歩いてきたのは彼等の主神。その後ろにはリヴェリアも付いてきている。

 

「そいつはどういう意味だ、ロキ!」

「そう噛み付くなや、ベート。いまから聞きたくなくなっても事細かに説明したるから。あ、カルナ。ベート、縛って持ってきて」

「承知した」

「おい、なんで縛る必要がある! てめぇも承諾してんじゃねっ!」

 

暴れるベートをロキから渡されたロープで手際よく縛り上げて担ぐ。そしてロキに続いて中庭を出て行こうとする。だが、リヴェリアの隣を通り過ぎようとしたとき、口を開いた。

 

「リヴェ」

「何だ?」

「アイズの話を聞いてやってくれ。内容を考えればリヴェが解決できる話ではないが、話すだけでも気は楽になるはずだ」

 

アイズと最も深い絆を持つのはリヴェリアだ。本人達は自覚ないだろうが、端から見れば親子のように。

因みにその中にカルナも含めれば子供を連れた夫婦に見ているのだが、それはカルナは自覚していない。

 

「………まったく、アイズがどんな理由で落ち込んでいるかわかってるなら、お前が解決しろ」

「それは無理だな。俺はアイズを元気付ける術を知らない。適材適所、それはあの娘達の役目だ」

「そうか。なら、私は相談役に徹しよう」

 

アイズを元気付けれる存在が誰か。カルナとリヴェリアは同じ者達を思い浮かべていた。

 

 


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