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美しい満月が浮かぶ空の下、執事服をビシッと着こなした黒髪の少年ことスバルと、美しい銀髪を腰まで伸ばした少女ことエミリアが並んで座っていた。穏やかな時間が流れる。
「月が綺麗ですね」
ふと、スバルが無意識にそう呟いた。
「手の届かないところにあるもんね」
そんなスバルのセリフにエミリアが返したのはこのセリフであった。
「狙って言ったわけじゃなかったのに、すごい心にくるコメントが返ってきた!?」
「え、何か悪いこと言った?」
スバルの世界ではロマンティックの代名詞みたいなセリフが、エミリアの手によってはたき落とされて、スバルは戦慄。その返しに心にくるコメントまでもらって、スバルは文豪に心で謝罪する。
「あ……」
そんな中、エミリアがスバルの左手を見つめて声を漏らす。
度重なる仕事での失敗によって、絆創膏だらけとなってしまった手を。
スバルは照れ笑いしながら、見つめられていた左手を後ろへと隠す。
「おう、やべ、かっちょ悪い。努力は秘めるもんだもんね」
舌を出して誤魔化そうとするスバルだが、エミリアの真剣な表情により撃沈。押し黙るスバルにエミリアはボソッと呟いた。
「やっぱり、大変なのよね、みんな」
その呟きに込められた意味がスバルにはわかる。このロズワール邸で一から何かを学んでいるのはスバルだけではない。エミリアもまた、女王候補として学ばなければない様々な事柄を吸収している最中なのだ。そんなエミリアとスバルでは周りからの圧力も何もかもが違うであろう。そんなエミリアには誰にも打ち明けられない悩みの一つや二つは軽くあるであろう。
「……治癒魔法、かけてあげようか?」
ぽつりとそう問いかけるエミリアに、スバルは首を横に振る。
「いや、いいよ。治してくれなくても、このままで」
「どうして?」
「んー、なんか言葉にし難いんだけど……そだな。これは、俺の努力した証だからだ」
スバル自身、らしくないことを言ってることは自覚している。しかし、これがスバルの思っていることであるから、力強く傷だらけの手を握りしめる。
「俺って意外と努力、嫌いじゃねぇんだよ。できないことができるようになんのって、なんつーか……悪くない。大変だし、めちゃ辛いけど、わりと楽しい。ラムとレムは意外とスパルタで、あのロリはムカつくし、ロズっちは思ったより会わないから影薄いけど」
スバルのその言葉にエミリアは苦笑。
「それ、ロズワールに言ったらきっとカンカンよ」
「カンカンってきょうび聞かねぇな……」
話の腰を折られたスバルは立ち上がり、右手をおでこに当てて綺麗な敬礼をエミリアに送る。
「ま、そうやって一個ずつ問題をクリアしてくのがいい。ここじゃ俺はそれをしなきゃ生きてけねぇし……どうせなら、楽しい方がいいよな」
スバルは元の世界では『楽』をして生きられればそれでよかった。だが、この世界ではそんな安穏とした生活は望めない。ならば、スバルはこの世界では『楽』しさぐらいは要求したい。それは理不尽にこんな世界に放り込まれた運命に対する、スバルの意地ともいえた。
エミリアはというと、スバルの決意表明に時間が止まったように表情を固くする。暫く経った時、ふと笑みをこぼす。
「そう、よね。うん、そうだと思う。ああ、もう、スバルのバカ」
「あれあれ、リアクションおかしくね!?惚れ直してもいいところだよ、ここ!?」
「もともと惚れてませんー。もう、バカなんだから……私も」
大袈裟なリアクションを取るスバルには、エミリアの最後の呟きが聞こえなかった……
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「ん〜、はぁ……」
背伸びをして、深いため息をつくのは短く切りそろえられた赤い髪を持つ少年である。仕事着になっている露出度抜群のメイド服を脱いでから、私服へと着替え終わったところだ。
「結局、スバルのあのフラグに進展はないし……、俺もわかんないし……。はぁ……、スバルのせいで無駄に疲れるな……」
魔刻結晶を見ると赤い色をしている。どうやら、勉強会までにはまだ時間があるようだ。
「ふわぁ……、少し寝ようかな」
欠伸をしながら、眠そうにハルイトは目をこする。そして、綺麗に整えられたベッドへと横たわるとウトウトと目を閉じた……
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スバルとエミリアの密会も終わりを迎えつつあった。屋敷に戻ろうするエミリアにスバルは一つ指を立てた。
「そだ。よかったら明日とか、俺と一緒に村のガキどもにリベンジ……もといラブラブデート……もとい、可愛い小動物見学に行かね?」
「なんで何回も言い直したの?……それに、うん、私は」
口ごもりつつ、躊躇するエミリアは俯く。
「スバルと一緒に行くのは嫌じゃないし、そのちっちゃな動物も気になるけど……」
「じゃ、行こうぜ!」
「でも、私が一緒だとスバルの迷惑になるかもしれなくて……」
尚も躊躇するエミリアにスバルは強引に迫る。
「よしわかった、行こうぜ!」
「……ちゃんと聞いてくれてる?」
「聞いてるよ!俺がエミリアたんの一言一句聞き逃すわけないじゃん!」
「スバルなんて大っ嫌い」
「あー!あー!急になんだー!?何もきーこーえーなーいー!!」
耳を塞いで即座に前言撤回するスバルの思い切りの良さに、エミリアは悩み事が抜けたように笑声があげる。それから、アメジスト色の瞳に浮かんだ瞳を指ですくう。
「もう……。私の勉強が一段階して、ちゃんとスバルのお仕事が終わってからだからね」
「よっしゃ!ラジャった!超っぱやで終わらせてやんよ!」
デートの言質を取り、スバルはぐっとガッツポーズを決める。そんなスバルの様子を見て、エミリアは微笑を浮かべたまま小さく吐息を漏らす。
「スバルを見てると、私の悩みって小さいなぁって、そう思っちゃう」
「そんなことねぇよ!?そんな女王様になるかもしれないクラスの悩みとか抱えてたら、ストレス社会で胃袋ハチの巣だよ!」
スバルのその発言にエミリアは堪えきれなくなったのか、噴き出す。彼女の笑い声につられてスバルも笑い出す。二人してひとしきり笑い合って、この日の密会は終わりを告げた……
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「……にいさま、おきてください」
ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚で、浅い眠りから目が覚める。ゆっくりと目を開けると、こちらを見つめる青いボブヘアーに薄青色の大きな瞳を持つ少女に苦笑を浮かべる。
「ごめんね、レムちゃん。起こしてもらっちゃって」
身体を起こして、うぅーと背伸びをした俺は尚も心配そうな表情を浮かべる青髪の少女ことレムに笑いかけると両手で力こぶを作るように動かす。
「大丈夫だって、レムちゃん。ほらこの通り、元気だからさ」
「……あまり、無理はなさらないでくださいね」
「もちろん!それより、ロ文字の勉強だったよね」
「はい」
俺は椅子へと腰掛けると、勉強机に置いてあるノートを開く。横に立つレムちゃんへと視線を向けると
「それでは兄様、今日はこの文字を練習いたしましょう」
「あぁ、よろしく」
書き出さられたロ文字をノートをいっぱいに書いていく。それが、四文字目に罹った時だった。
「うぐっ!?」
心臓を鷲掴みにされる感触。見えない手によって、握り潰される心臓が悲鳴を上げる。
「あぁ……がッ……!」
「兄様!?どうされたのですか?兄様!!」
身体を揺さぶられるて揺れる視界の中、机の上に見慣れた旗が姿を現れる。
【真っ黒な旗と白い旗が手を繋いでいた】
“グッ……息が……出来な……”
「ゴホッゴホッ、がはっ」
真っ白なノートに広がる生々しい血の色。それはハルイトが咳き込むほど、多くなっていく。
「兄様?血……吐いて……。しっかりしてください!兄様!!」
近くでレムちゃんが悲鳴を上げてる声が聞こえる。悲痛な叫びに、俺は帰す言葉もない。
薄れていく視界の中、俺は目の前の【白い旗が黒く染まって】いくのを眺めていた。唯一、動かせる目で白い旗を黒く染めている黒い旗へと視線を向けると
【黒い旗に赤い文字で大きくこう書かれていた
ーーナツキ・スバル bad end】とーー
「魔法が追いつかないっ、兄様。死なないで……お願いします、兄様。死なないで……っ、死なないでください、兄様ぁ……」
レムちゃんの泣き声を聞きながら、俺は深い眠りへと誘われた……
次回はハルイト視点で書きます。