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「着いてきなさい、ハルイ。部屋に案内するわ」
「惜しい!先輩。もう一文字足りないな〜」
「……そうね、もう一回言い直すことにするわ。着いてきなさい、ト。部屋に案内するわ」
「名前ですらないッ!?」
あの後、正式に屋敷で働く事になった俺は仕事上先輩となった桃髪の少女に連れられて、自分の部屋へと足を踏み入れていた。広さ十畳ほどで置かれているものは木で作られた机と椅子。安易なベッドがそれぞれ鎮座してあった。ベッドへと腰掛けて、桃髪の少女を見る。
「えーと、ラムちゃんだっけ?名前」
「えぇ、そうよ。ト」
腕を組んで、見下ろしてくる桃髪の少女ことラムの素っ気ない態度に涙目になる。
“それにはトってなんなんだよ……”
女の子に名前すら呼ばれないって男の子にしてみたら、かなり悲しいことだぞ?そういえば、お母さんも最初はお父さんに対してこんなんだったって聞いたことがーー
「ーー何よ、ト。ラムの顔に何か付いてる?」
小首を傾げて、此方を見てくるラムに不覚にもドキッとしてしまう。朱色の染まってしまった頬を隠そうと横を向きながら、早口にまくし立てる。
「いや、何もついてないし可憐で綺麗な顔立ちだけどさ!そのトって呼び方だけは正そうか!?ラムさんッ」
「なぜ、正さないといけないの?無意識に女をたらしこもうとするような女々しい男に。そんな安っぽい言葉でラムを落とせると思ったの?その考え方が浅はかだわ、卑しい」
褒めたはずなのに被害者的視線を向けられる俺はこの報われない理不尽さで涙が目の端から零れそうになる。それどころか両手を胸の前で抱きしめて、細められた薄紅色の大きい瞳には軽蔑、嫌悪、それを超える不愉快という色が渦巻いている。俺の褒め方が悪かったのだろうか?それなら、謝るがこの一方的な言いようは何なんだろうか?最後に呟かれた『卑しい』が今だに胸の一番深いところに突き刺さっている。
「なんで、俺が批判されてるんでしょうかッ!?素直に思った事を言っただけなのに!?俺はこの理不尽に異議をとなえたい‼︎」
「勝手にとなえてなさい。明日も早いんだから、ラムは寝るわ。トもいつまで発情期の犬のモノマネして騒いでないで寝なさい」
「むきぃー!ラムさんはその態度から正した方がいいと思いますッ!!この先、苦労すると思いますよッ!!」
「ご忠告ありがたく受け取って置くわ。おやすみ、ト」
顔を真っ赤にして憤慨する俺をハイハイと右手であしらったラムはドアノブに手を上げるとそのまま、出て行ってしまう。俺はというと「はぁ……はぁ……」と怒りポルテージでMAXまで上昇してしまったので、それを下げるのに数時間を使用しなくてはならなかった……
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「姉様?この方は?」
「今日から働くことになったトよ」
「オイコラ、ラムさんッ!一文字しか掠ってないからな!?そして、呼び方が昨日から全然改善されてないのは俺の気のせいでしょうかッ!もう一度言うけど、俺の名前はハ・ル・イ・ト。イチジョウ・ハルイトだ‼︎」
「どこが間違っているというの?ト。一言一句、完璧じゃない。ラムの記憶力を侮れないで欲しいわ」
「侮るよッ‼︎早速、間違えてるじゃんッ‼︎!ハルイトだって言ってるでしょうよがッ!」
「煩いわよ、ト。まだ ロズワール様、他の方も眠っていらっしゃるのよ?吠えたいのなら庭でなさい」
「あんたが俺を怒らしていることについては触れんか!?俺は名前で読んで欲しいだけなんだけど!?」
「ハルイトくんって言うんですか?これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。あれ、そういえば まだ君の名前きいーー」
「ーートこそ、学習してないわね。ラムの目の前で堂々とレムを口説くとはいい度胸をしているわ。……こんな女々しくて女を手当たり次第口説くことしか考えてない頭がお花畑の男の名前を。何故、ラムが呼ばなくてはいけないの?」
「そこッ!サラッと傷つくこと言うんじゃない‼︎それと誰が頭の中、お花畑じゃ!!」
「はいはい、ハル。これで満足した?」
「むきぃー!その『まぁ、妥協してこれならいいかしら?』って態度が気に入らないッ‼︎人の名前を呼ばない、間違えるはマナー以前の話だからなッ!」
「ふわぁ〜。ハル、寝言は終わった?終わったなら、仕事の説明に入るわ」
「……もう、いいです……。ラムさんと付き合うということはそういうことって認識します……」
「そういう誰に対しても物怖じないところが姉様の素敵なところです。ハルイトくんもそう思うでしょう?」
「確かに君の言うとおり、ラムさんの物怖じない態度は素敵だと思うけど……って。んぅ?姉様って?」
いつもの数倍騒がしい朝を迎えた屋敷の廊下、三人の使用人の姿がある。一人はきっちりと執事服を着込んだ身長170cmくらいの中性的な顔立ちが特徴的な少年。赤く短い髪は所々癖っ毛ではねており、星を形どった幼稚なピン留めが前髪を止めている。大きめな赤い瞳は諦めと疲れから瞼が半分くらい降ろさせていた。しかし、それも目の前に立つ少女達の言葉に大きく見開かれた。見開かれた赤い瞳の左眼に映るのが不敵に腕を組む特殊改造されたメイド服に身を包む桃色をしたショートボブの少女である。薄紅色の大きい瞳が適度に整ってはいるがまだ幼い可憐な顔立ちの中でキラキラと宝石のように光る。右の瞳には左眼に映る少女の同じ顔立ちをした少女が白いエプロンの前に両手を添えて立っている。左眼の少女と違うところというとお揃いのショートボブの髪型が青いところと此方を見つめる大きい瞳が薄青色なところだろうか?あとはオーラが違う感じだ、もちろん態度も多いに違うが……。
だが、赤髪の少年・ハルイトが問題視したのはそういうところではなかった。青髪の少女・名前がまだ分からないが横に並んで立つ桃髪の少女・ラムに『姉様』と言った事についてだ。
“姉様?姉様って言ったよな?この子……”
手に取るように狼狽するハルイトを「ハァッ」と鼻で笑ったラムは隣に立つ青髪の少女に視線を向ける。
「何をビクついてるの?ハル。レムはラムの妹よ。見て分かるでしょう?」
「申し遅れました、姉様の妹のレムです。この屋敷で使用人頭を務めております」
折り目正しくお辞儀してくる青髪の少女改めレム。そのレムとラムを交互に見て、放心状態のハルイト。無意識に口元が動く。
「レムさんね……、それに使用人頭か。凄いね……。それでどこまでがジョーク?」
「ハルの頭の中……いえ、脳がよ」
「それは流石に言い過ぎたと俺は思うんだけどッ!?」
吐き捨てるように言うラムにハルイトが一瞥する。しかし、当のラムは素知らぬ様子だ。ハルイトはクシャクシャと赤い髪を掻き毟ると改めて、並び立つ二人を見る。
“嘘だろう……?嘘だろう、嘘だろう”
彫りの浅い顔立ちを幼さで彩って、その輪郭を隠すように流れる髪はそれぞれ桃色と青色をしている。此方を見つめる大きめの瞳はそれぞれ片方は隠されていた。ラムは左眼、レムは右眼をだ。隠されてない瞳はラムは薄紅色、レムは薄青色といった具合。
“そう……、瓜二つと言わざるおえない容姿から二人が双子ということはレムさんを見た時から気づいていた。が、問題はそこじゃない。そこではないのだ……”
黒を基調としたエプロンドレスに白いフリのついたカチューシャが続く。そこまではいいのだ、そこまでは。問題は特殊に改造させて露わになった二人のスタイルにある。白いフリのついた布に覆われた胸元。
“……明らかにレムさんの方が大きくないか?ラムさんに至ってはぺったんだろ?”
俺は左に立つラムの胸元を見てからすぐに右に立つレムの胸元を見る。ラムさんは年相応というよりその一ランク下くらいだろうか?それに比べて、レムさんの方は年相応というところか?いや、それより一回り……二回りうーーグハァッ!?
「いやらしいオスね、死になさい」
顔面に思っ切りグーで殴られ、そのまま ゴロゴロと赤いカーペットを転がる。止まるとスクッと起き上がり、さっき殴ったであろう犯人を指差す。
「痛かったよッ!ラムさん!?いきなり殴るとか何?イジメ?」
「レム、レム。ハルという犯罪者が何か言っているわ」
「姉様、姉様。ハルイトくんっていう変態さんが話しかけてきましたね」
「………。悪かったよ、俺が悪うございました」
メイド姉妹によるコソコソ話の内容にクリティカルヒットを何発も食らった俺は頭を下げた。実際、そういう目で見たのは事実であるから。
「悪いと思っているのなら、これから教える仕事を頑張ることね」
「分かりましたよ、ラムさんについていきます」
その後、俺はラムさんに連れられて 屋敷の各部屋とラムさんが預かっているという仕事を分担して終わらせたのだった……