学園祭への準備が始まり、学校内は慌ただしい雰囲気に包まれる。
教室内では各クラスが出し物に向けて動きを見せ、買い出しに練習に大忙しである。
当然八幡のクラスであるF組も当然出し物をする。その内容は演劇であり、役決めに練習にとクラスメイト達は盛り上がっていた。
とはいえ、それに八幡が関わるということは無い。
バイトが重要である苦学生である彼には、そのような遊びに興じている時間などないのだ。事情を知っている教員達は仕方ないと認めるが、だからといって精神的に未熟な学生がはい、そうですかと認められるわけではなく、当然ながら反感を抱かれてしまう。
良くある空気が読めない奴だとか、付き合いが悪い奴だとか、色々と後ろ指を指されていた。
まぁ、だからといって八幡がそんな事など気にするわけが無いのだが。
ただし、彼を慕う者達はそうは思わず、正直不快に思っていた。
そんな不満は当然の如く部活で発散させられる。
「もう、ヒッキーが大変なのは前から分かってるのに、そんなこと言うんだもん! 信じられない!」
「彼奴等、自分達とソリが合わないからって言いたい放題言って………」
怒りで顔を赤くしながらそう言う結衣と沙希。
そんな二人に紅茶を差し出す雪乃。その動作は優雅であり、精神的に落ち着けと言っているかのように八幡には見えた。
どうやら怒る二人を鎮めようとしているらしい。
「由比ヶ浜さん、川崎さん、そう言っていた人の名前とクラスを教えて。私が直接話を付けてくるから」
訂正。寧ろこちらもかなりお怒りのようだ。
そんな怒り心頭の3人に対し、八幡は苦笑をしつつ話しかける。
「お前等、当人が気にしてないのにそんなに怒ってどうするんだ? 疲れるだけだぞ」
大人な対応をする八幡。彼からすれば本当に気にするようなことではないのだ。
そんなことは言われ慣れているし、彼自身孤立するのは多少目立つが悪くはない。その内忘れ去られるのならそれはそれで良いのだと、彼なら判断する。
そんな判断を下せる八幡と違い、彼女たちはそんな八幡に食ってかかる。
「ヒッキーがそんなんじゃ余計につけあがるよ!」
「貶されていることを受け入れるなんて、貴方は変態なのかしら?」
「それでもやっぱり許せないんだよ。ああいう陰でコソコソ悪口言ってる奴等は!」
そう言う3人は八幡のことを想っているからこそ、悪く言われていることが許せない。
そんな3人の想いをちゃんとは理解しないが、悪く言われていることが気にくわないということを理解して八幡は3人に笑いかける。
「お前等がそんな風に怒ってくれてるだけで十分だよ。こんなに思ってもらえて俺は幸せ者だな」
八幡からすれば軽く言った言葉。
だが、3人にはそうではないようで……その言葉を聞くと共に頬を真っ赤にして俯いてしまう。
(うぅ~~~~、ヒッキー卑怯~~~~! そう笑顔で言われたら怒れないよ~~~~!)
(比企谷君ったら、想ってもらえてなんて………ずるいわ)
(も、もしかして、もうバレてる…………ふぁぁぁぁああああああああああああ!!)
顔を真っ赤にして恥じらう3人は妙に可愛くて、八幡は少し気まずくなり顔を反らす。
少しだけだが、胸の鼓動が早まることに、疑問を感じつつも冷静に落ち着こうと心がけながら別の話題を振ることにした。
「あ、あ~、そういえば雪ノ下。お前の方は文化祭の準備とか、どうなってるんだ?」
話を切り替えられた事と、名指しされた事で少しばかり雪乃は肩を震わせ、慌てそうになるのを耐えつつ何とか答える。
「わ、私のクラスは確か喫茶店だったかしら、今はメニュー決めとかをしているわ」
そう言われ、八幡は脳裏でウェイトレスをする雪乃を想像してしまう。
『いらっしゃいませ、お客様………その、どうかしら、比企谷君』
如何にも可愛らしい制服を着つつ優雅に礼をする雪乃。
綺麗だが、途中から恥ずかしくなったようで頬を赤らめながら上目遣いで八幡の様子を伺う。それがとても可愛いと思ってしまい、八幡は頬が熱くなるのを感じた。
それを知られたくないのか、少しばかり咳払いをすることに。内心では連日の書類仕事の疲れで脳がおかしくなっているのだろうと思うことにした。
「そうか、ウチのクラスは演劇だとさ。とはいえ俺は参加しないけど」
その言葉を聞き雪乃は丁度良いと判断したらしく、渡りに船だと由比達も含めて話し始めた。
「そうなの。実は私もクラスの出し物には参加しないわ。文化祭実行委員会になったので、クラスの方には出られないの」
その言葉に納得する八幡。
そしてその言葉に文化祭実行委員にならなかったことを残念がる結衣。
「え~、ゆきのん実行委員になったんだ。私もなっておけば良かったなぁ~…」
しょんぼりとする結衣。そんな結衣に苦笑する雪乃と沙希。
そして八幡は気になったことを雪乃に問いかけた。
「そうなると部活には出られそうにないか」
「そうなるわね。だから文化祭中は部活はなしの方向にしようと思うの。二人はどう?」
雪乃の問いかけに結衣は仕方ないと思ったのか苦笑し、沙希は八幡と一緒に話せるこの時間が一時的とはいえ無くなることにがっかりした様子をみせる。
八幡は雪乃の判断が予想の範囲だったので問題ないと考えた。部活がない分はバイトの方に行けるので、溜め込んでいる書類との格闘時間も多くとれるだろう。うんざりするが、ある意味ありがたい。
「しかし、お前が文化祭実行委員になったのは意外だな。てっきりそういうのとは無縁だと思っていたが」
なんとなしにそう思った八幡。
そんな彼の言葉に対し、雪乃は少しだけ微笑む。
「姉さんも在学中に実行委員だったのよ。だからというわけじゃないけど、負けたくないのよ。あの人には………特にここ最近は…………」
最後の方は意味が分からないが、どうやら姉に対抗意識があると八幡は判断する。あの姉にしてこの妹有りだと思ったのは内緒だ。似たもの姉妹だと少しだけ思った。
そういうわけで、文化祭中は部活動はやらない方向で決まった奉仕部。
今日はそのままいつものように緩やかな時間を過ごして終わりになるはずなのだが、そんな穏やかな時間を砕くかのように扉がノックされた。
「しっつれいしま~す」
その声と共に入ってきたのは、八幡達と同じクラスの相模 南だ。
彼女は室内を軽く見回した後、雪乃や八幡を見て少しばかり嘲笑する。
「平塚先生に聞いたんだけど、奉仕部って雪ノ下さん達の部活だったんだ~」
明らかに失礼な目を向ける相模とその取り巻き。
そんな彼女たちに対し、雪乃は冷静に対応する。
「何か用かしら?」
その言葉に取り巻きを頷き合った相模は雪乃に勿体ぶったように話しかけた。
「ウチぃ、実行委員長やることになったけどさぁ…こう、自信が無いって言うかぁ……だから助けて欲しいんだぁ」
その言葉に八幡は眉を顰める。
興味などないのだが、相模 南が文化祭実行委員長になったことを初めて聞いたのだ。
詳しくは調べていないが、彼女にその能力がないことは成績やクラスでの対応などを見て容易に想像出来る。明らかにキャパシティ不足なのはわかり切っていた。
そんな人物が実行委員長になったのだ。参加しないとはいえ文化祭が心配になるというもの無理はない。
それは雪乃も思っていたらしく、八幡達は知らないが委員会でさっそくやらかした件を八幡達にも聞こえるように言う。
「『自身の成長』という貴女が捧げた目的とは外れるように思うけれど?」
言った言葉は立派だが、今している行動が明らかに矛盾していることを指摘される相模。
そんな彼女は苦笑いをしつつそれでもと答える。
「そうなんだけど~、やっぱり皆に迷惑かけるのは一番まずいっていうか、失敗したくないじゃない? それに、誰かと協力して成し遂げることも、成長の一つだと思うし」
言葉自体は分からなくは無いが、本人の態度から真剣さが感じられない以上、とても真面目には見えない。
それは八幡達もわかり、相模を見る目が次第に冷めた物になっていく。
「つまり話を要約すると、貴女の補佐をすれば良いと言うことかしら?」
その言葉は正解らしい。彼女はテンション高めに声を上げた。
「うん、そうそう!」
その言葉に対し、八幡達は雪乃の方に目を向ける。
部活動はなしという方向性なのにこんな話がやってきたのだ。どうするのかと問いたいらしい。しかも結衣と沙希としては、嘲笑されたこともあって手伝いたいとは思わないらしい。
八幡は純粋に雪乃の判断を待っていた。彼女がどう判断するのかが気になるようだ。
そんな3人の視線を受けながら雪乃は考える。
結衣達が言いたいことももっともだし、そもそも奉仕部の理念に反する。
ここ最近はそれだけでは人を助けられないということがわかってきているので、理念はそこまで重要では無い。
だが、気にくわないのも事実。
自身の成長を掲げるのに、最初から人頼みというのはそれはそれで許せない。
だから彼女個人としても、受けたくはない。
だが、逆にこんな人物に任せて良いのだろうかと思ってしまう。
文化祭実行委員会は文化祭を運営するのに重要な組織だ。それが機能しなくては大変な事になってしまう。それを未然に防ぐという考えであれば、受けなくては危険だとも分かる。
だから彼女が下した決断は…………。
「比企谷君、由比ヶ浜さん、川崎さん………ごめんなさい。部活動だけど、やはりありの方向でいくわ。それで奉仕部として、彼女たちの依頼を受けようと思うの」
その答えに内心文句を言う結衣だが沙希は何故雪乃が受けたのかを察し、それを結衣にこっそりと教える。
そしてその理由を知った結衣はなら仕方ないかと思ったようだ。
誰だって文化祭は成功させたい。
「当然比企谷君はいつも通り、参加出来るときだけで良いから。由比ヶ浜さんや川崎さんもクラスの出し物優先で良いわ。出来れば手伝って。私は文化祭実行委員だからやることはかわらないもの。それに……友達に手伝ってもらえれば、もっと早く終わるわ」
雪乃はそう言いながら暖かな笑みを結衣と沙希に向ける。
「ゆきのん………」
「雪ノ下さん………」
雪乃の頼りにされていることが嬉しくなる二人。
もう親友と言っても良いくらい仲が良い。ただし、親友であるが同時に恋敵でもあるが。
そんな二人は賛同し、大変だったら直ぐにでも手伝うと意気揚々に応じる。
雪乃のそんな判断に、八幡は満足そうに頷く。
そして最初に会ったときよりも変わったと思った。
最初に会った時のままだったら、きっと雪乃は一人で暴走するだろうと予想が付くから。
だからこの変化は好ましいものだ。
素敵な女性になってきたと少しだけ思ってしまい、そんな自分に気まずくなり目をそらした。
こうして奉仕部は文化祭実行委員の手伝いをすることが決まった。
ただし、八幡は手伝えそうにない。何せ、まだまだ書類は山積みなのだから。