夕日が差し始め道路が朱色に染まる中、八幡は今日あったことを振り返りながら歩く。
彼にとって今日は本当に色々な事があった。
課題の事で教師から不服をもらい、その教師からもう少し年相応に青春を謳歌しろと言われ、そして有無も言わせずに何処かに連れていかれたと思ったらその先でこの学校にいる有力者の親者と遭遇。その後は強制的にその人物が所属している部活動に強制的に入部させられ、どう話がこんがらがったのか口論に発展し勝負をするということに。
改めて言葉にしてみたら、『面倒』の一言に尽きる。
何故こうなったのだろうかと考えてみても、悪い点が思い浮かばない。
八幡は何度も言うが、別に問題はないはずだ。青春をしろと言われたところで何をやっていいのか分からないし、そもそも楽しめることが青春だと言うのなら小町と一緒に過ごすことが俺にとって一番の青春だ。
なら俺は青春しているんじゃないか?なら必要ないんじゃないか、部活?
そう言ったらきっと周りは俺を白い目で見るのだろう。事実とはいえ、『目立つ』ことはよろしくないので言わない。結果何も文句は言えず、このような事になっているわけなのだが。
可笑しいと思う。八幡の人生とは既に決まっているようなものだ。
己がした過ちと罪を背負い、一生をそれに費やそうと決めていた。それ以外に意味はなく、小町を見守る以外にこの身に存在価値はない。
そんな自分が一体どのように青春とやらを楽しめば良いのやら…………。
以上、帰り道の最中に八幡はずっと考えていたわけである。
しかし、いくら考えた所で答えなど出ず、決まってしまった決定事項は覆しようがない。
つまりどのようにしても、この事実は変えようがないのだ。
そう決まってしまった以上、八幡がするべきことは…………。
「あの人に連絡しないとなぁ」
まずすべきは家族と自分の『上司』への報告からだろう。
自分がすべきことを決めたのなら、八幡の行動は速かった。
特に寄り道をすることなく自分の家に帰ることに。
そして家の扉を開けるなり、明るい声が彼にかけられた。
「おっかえり~、お兄ちゃん!」
扉の先で待っていたのは、黒いセミロングの少女。その顔は嬉々としており、頭からヒョロリと出ている髪が可愛らしく揺れる。
彼女の名は比企谷 小町…………八幡の妹である。
小町の声を聞いて、八幡は口元が少しだけ緩むのを感じつつ返す。
「おう、ただいま」
普通に挨拶するだけなのに、それだけで精神が落ち着く。そしてやはり我が妹は可愛い。
八幡はそう思いつつ最愛の妹である小町と何か話そうと思ったのだが、それは小町の言葉によって遮ぎられた。
「お兄ちゃん、武蔵おじちゃんが来てるよ!」
「何?」
その言葉に八幡の顔は少し変わった。
『武蔵おじちゃん』
この人物は八幡にとって色々とある人物であり、そして現在八幡と小町の身元保証人でもある。
久々に来た保護者にして親戚のおじさんのような存在に小町は楽しそうに笑い、八幡をリビングへと引っ張っていく。
小町に引っ張られながらリビングの扉をくぐると、目の前にあるソファには彼にとって見知った男が座っていた。
「よぉ、八幡君、久しぶり」
座っているだけでも分かる屈強な身体をソファに沈ませ、中年の割には愛嬌があるような無いような、渋いような顔をしているその人物こそが、八幡の父親の友人にして同僚であった『武蔵おじちゃん』。
本名は『武蔵 幻十朗』………八幡の上司にして師匠的存在でもある。
その人物を前にして八幡は『とりあえず久しぶりに会った』ように装う。
「お久しぶりです、おじさん」
実際に久しぶりなんてことは一切なく、それどころかこの間顔を合わせて仕事をしたばかりである。とはいえ、そのことを小町に知られるのはあまりよろしくなく、こうして薄っぺらな嘘をついた。
基本、八幡の『バイト』は日常生活には入り込まないように気をつけている。それは小町に危険が及ばないようにするためであり、また自分がしていることを知られてはならないからだ。もし知られたら、それこそ本当にもう八幡は駄目になってしまうかもしれない。
だから本来であればこの来客は歓迎すべきものではない。
しかし、この男が自分たちの身元保証人である以上それは避けられないことである。それにこの男は父親の唯一無二の戦友だったのだ。そんな偉大な人物に八幡は頭があがらないのである。
故に来るなとは言えず、ただ来てしまったからには相手をするしかないというわけだ。
そんなことを八幡は面倒くさそうに考えていると、その問題の当人であるおじさんは小町に笑いかけていた。
「いやぁ~、小町ちゃんはしばらく見ない内に大きくなったなぁ。凄く美人になってておじさん驚いちゃったよ」
「もぉ、何言ってるかなおじさんは~~、このこの~!」
小町は褒められてニヤニヤしつつもまんざらではないようで肘でおじさんの脇を突いていた。
その光景を見て八幡は呆れ返る。
仮にも自分達を束ねる『レイス0』のコードを持つ最強の一角が、こうして年頃の娘相手にデレデレしているというのはいかがなものだろうかと。
それがただの子供なら何もないのだが、相手が小町とあっては流石の八幡も黙ってはいない。
「あまり小町にべたべたしないでくれませんか。セクハラで訴えますよ」
ジト目で睨みながらそう言うと、おじさんは八幡を見ながら苦笑する。
「相変わらずのシスコンだねぇ、八幡君は」
「大切な大切な、それこそ目に入れても痛くないくらい大切な妹ですからね。シスコンになるのは当然でしょう」
普通は恥じ入るはずの言葉なのに、八幡は堂々と胸を張って答える。
既に知っているとはいえそんな反応をされたおじさんは更に苦笑を浮かべるが、その瞳はどこか悲しそうであった。
そんな日常的な会話に花を咲かせている3人であるが、八幡は丁度良いと思い今日あったことを二人に話す事にした。『上司』家族に同時に今後のことが報告できるのだから一石二鳥だ。
「実はさ………今日から部活に入ったんだよ」
「え、何々、それ詳しく小町に教えて!」
「ふむ、聞こうか」
八幡の言葉に興味深々に喰いつく小町に、穏やかに落ち着いた感じで話を聞く構えを取るおじさん。
そんな二人に八幡は今日あった出来事を正確に伝えていく。
その際に課題に関して小町から文句を、おじさんからは優しく真面目にしなきゃダメだぞと怒られたがそれでも反省する気はない八幡。重要なのは課題じゃなくてその後の結果なのだから。
そしてすべてを話し終えると、小町は何やら嬉しそうにしていた。
「まさかお兄ちゃんが部活に入るなんて~、まさにボッチからの脱却じゃないの!」
別にボッチだから何だと八幡は言いたくなったが我慢する。彼の場合は人に嫌われたり避けられたりしているのではなく、本当に関わらないからボッチになっただけだ。
彼自身関わる気が皆無だったのがその理由であり、その真意はそれよりも仕事優先だったためである。
それにそういったことをし続けている身としては、同じ年頃の人間というのは『甘くて緩すぎる』と八幡は感じる。会話してもきっと噛み合わないことは分かり切っていた。
だからボッチで構わない。下手な繋がりは自分の身を滅ぼす弱点になりかねないから。
だから小町のことを軽く流すことにした。
そのように扱われ不服に感じ小町は八幡に噛みつくが、そんな小町と違いおじさんは微笑んでいた。
「うん、いいんじゃないか。八幡君もたまにはそうした年相応の活動をしてみるのも。アルバイトも結構だが、そうして友達を作り一緒に何かをするもの良いことだよ」
どうやらこの上司も反対ではないらしい。
反応からそのように感じた八幡はとりあえず軽く頷いた。もう決まってしまったことだし、とりあえず聞いてもらいたかった二人にはこれで話したのだから。
そして話すことも終えたので、後はおじさんが帰るのを待つだけ。
そう思っていた八幡であったが、同時にそうは絶対にならないだろうなぁという考えもあった。
何せこのおじさんがただこちらに来るとは思えないからだ。
その予想は当たったようで、そろそろ帰るというおじさんを見送るということで八幡は一緒に家を出た。
そして一緒に少し歩きつつ、彼はおじさんに少し真面目な顔で問いかけた。
「それで…………本当の所はどうなんですか……『課長』」
仕事モードに入った八幡の声に、それまで温厚で優しそうなおじさんは表情こそ変わらなかったが、声からは一切の優しさを排した声で返事が返ってきた。
「どうとはどういうことかね、レイス8」
「家に来るだけが目的だったとは思えなかったので、何かしらの案件があるのでは?」
学校に行っている時はとは違って感情があまり出ない声での会話。
八幡の問いかけはただ家に来ただけが用事ではないだろうということだ。その予想に対し、八幡が察していることが嬉しかったのかおじさん……課長はは口元に笑みを浮かべながら答えた。
「察しが良くて助かる。実はな………本日深夜の0時00分に東京にあるとある山の中の廃工場跡地にて、銃火器の密売が行われるという情報が来てな。それを潰してこいと言うのがお上のご依頼だ。急に決まった仕事とは言え、やるからには徹底的にしたい。だから君にも召集をかけようと思っていた所だ。そこに私は丁度近くを通る用事があったので直に来た、というわけだよ」
その言葉に仕事だと確実に決め込みやる気を見せる八幡。しかし同時に小町と夕食を食べられないことが残念で仕方なかった。きっとバイトが入ったと言えば仕方ないと答えてくれるが、それでも荒れるだろう。
その事を考えて顔が青くなる八幡。帰ったあとが大変だ。
そんな八幡に課長は軽く笑いかける。
「それと部活の件は分かった。君自身もこちらを優先すると言うからには、今までと変わらないだろうさ」
「いいんですか、そんなので? あまりやる気はないのですが」
「まぁいいんじゃないのか。こちらとしては支障が出なければ問題はない。いざという時に動けなければ困るがね」
上司からそう言われ、八幡は微妙に納得がいかないが了承することにした。
確かに言っていることももっともだからだ。仕事優先であり、仕事がなければやっても良いだろうと。回り道をするのはよろしくないが、結局行きつく先は決まっているのだから多少はしても良いだろうと。
だからこそ、八幡は上司にして保護者である課長に言う。
「わかりました。なら、支障が出ない程度にその青春とやらを学んできますよ。まぁ、それを学んだところで俺が『レイス8(俺)』であることに変わりはありませんがね」
「それで結構」
そして二人はその後すぐ近くに止まっていた『会社の車』に乗り、東京へと向かっていった。
八幡はその車内で小町に必死に謝っている姿は妙に哀愁を感じさせられたが、それについて皆何も言わなかった。
尚、その日一番活躍したのも八幡であり、八つ当たり気味に現場にいた『排除対象』は皆切り裂かれていたのだとか。
そして彼は家に帰ってきた後、最初にこの事を口にした。
「まずは部活、頑張ってみますか」