夕焼けが沈み始め、辺りは出店の灯りに照らされる。
活気良く、人々がこれから始まるであろう花火大会に浮かれていた。
その数は多く、それこそまさに星の数と同等ではないかと思われるくらい多い。そんな数の人間が密集しているのだから、当然人混みも凄まじいものであった。
そんな中を小町と結衣と雪乃の三人は歩いている。
「やっぱり凄いですね、花火大会」
「そうだね~。うん、毎年来てるけどやっぱり凄いなぁ」
「私は人混みは苦手なのだけど。だけれど、何と言うか雰囲気があるわね」
そんな感想を漏らしつつ歩く3人。
服装は皆私服だが、夏ということもあってか薄着。そのためか、いつもよりも結衣と雪乃の二人は年相応の魅力に溢れている。小町は………まぁ、可愛い彼女なりの魅力が出ていると言っておこう。
この度の花火大会、結衣からの気分転換に誘われた小町はならば雪乃もどうかと誘い、最初こそ渋った雪乃であったが結衣と小町の二人の泣き落としに陥落。こうして一緒に行くことになった。
そんな3人だが、出店を見回っては何かを買いテンションを上げている。
「うん、やっぱりお祭りといったらかき氷ですよね!」
「そうだね、うん。イチゴ味、美味しい~~~~~~!」
かき氷を一口食べ、その味に感動する小町と結衣。
そんな二人を見ながら雪乃は苦笑する。
「たかが細かく砕いた氷に甘いシロップをかけたものにそこまで感動しなくても良いのに」
「そう言うゆきのんこそ、食べる手が止まってないよ」
「シンプルだけどそこが良いんですよ、そこが!」
雪乃もそう言いつつも満喫しているようだ。あっという間に食べ終わる3人。
「ゆきのん、小町ちゃん、んぅ」
結衣はそう言いながら舌を出す。その舌は先程食べていたイチゴのシロップの色と同じように真っ赤になっていた。
それを見た小町も無邪気に笑いながら同じように舌を出す。その色は緑色であり、彼女が食べていたメロン味の色だった。
そんな二人の謎の行為と期待の籠った眼差しを向けられ、雪乃は恥ずかしがりながらもそれに倣う。
「ん、んぅ…………」
恥じらいつつも出された雪乃の舌は、蒼穹のような鮮やかな青色。彼女はブルーハワイ味のかき氷を食べていた。
そんな3人の行動は傍から見て奇妙なものだろう。
美少女3人が顔を合わせながら舌を見せ合っているのだ。可笑しくないはずがない。
それは当然本人達も分かっているわけであり、互いの舌の色を見合わせた後、盛大に吹き出した。
「あははははは、雪乃さんも結衣さんもおかしい~!」
「それは小町ちゃんも一緒でしょ~!」
「うぅ~、分かっていたのに恥ずかしい………」
女が3人寄れば姦しいという。
それは物静かな雪乃が加わっても同じらしく、3人は賑やかに花火前の出店を楽しんでいるようだ。
色々な出店を周り、綿あめの屋台で足を止める3人。
「うわぁ、こういうの懐かしいかも」
「確かにそうですね。小さい頃は良くお兄ちゃんに強請って買ってもらったけど、最近だとあまりこういうの食べなくなりましたから」
「綿あめ………食べたことがないから分からないけど、何だか面白そうね」
興味深そうに綿あめが出来る所を見る3人。結衣は懐かしみ、小町は兄との思い出を思い出し、雪乃は食べたことがない物への好奇心が湧き、一つ買おうと考え始める。
そんな3人に、突如として声がかけられた。
「あぁ~~~~~、結衣ちゃんだ~!! お~い」
その声がした方向を向く3人。その先にいたのは3人の女子であり、声をかけてきたのはその中心にいる赤毛でショートカットの女の子のようだ。
その女の子の姿を見て、結衣が親しそうに声をかける。
「おぉ、さがみ~ん!」
結衣はそう言いながら声をかけた女の子の方へと速足で歩き、そして合流すると軽く互いの手にハイタッチをする。
「おぉ、ぐうぜ~ん」
「さがみんも来てたんだ~!」
どうやら知り合いらしく、親しげに話し始める二人。
「ご無沙汰だね」
「ねぇ~」
その様子を見ている小町と雪乃。
結衣の交友関係が広いことは二人とも分かっているので、特に何かあると言うわけではない。
そんなわけで結衣を見ていた二人だが、結衣が何やら呼んでいるようで小走りで二人とも結衣とその女の子の所へと向かう。
「紹介するね。此方、私と同じ部活の雪ノ下 雪乃さんと同じ部活の比企谷君の妹さんの小町ちゃん」
「どうも」
「比企谷 小町です、よろしくお願いします」
結衣に紹介され応じる二人。
その二人を見つつ、今度は女の子の方を紹介する結衣。
「此方、同じクラスの相模 南ちゃん」
「ど~も、相模です。よろしく~」
そして後ろの女子の紹介を受けつつ話んい華を咲かせる結衣と相模。
だが、紹介の際に受けた『値踏みするような視線』を感じながら雪乃と小町の二人は内心で嫌な思いを感じた。
(何ていうか、自分と見比べられているような視線でしたね)
(きっと由比ヶ浜さんと同じようなカーストの人なのでしょう。由比ヶ浜さんと一緒にいる私達を自分達と見比べて粗を探したいのよ。心が狭くて残念な人ね)
お互いに思った事を小声で話し合い、相模に白い目を向けることにした。
二人のそんな寒々しい視線を向けられていることなどいざ知らず、相模は結衣と親しげに話している。
そしてある程度話して気が済んだのか、結衣に別れを告げてその場から去って行った。
その背を見送りながら結衣は二人に振り返ると、申し訳なさそうな顔をして二人に謝る。
「ごめん、ゆきのん、小町ちゃん。二人に嫌な思いさせちゃって」
結衣は優しい娘だが、同時に空気を読める子だ。先程相模が雪乃と小町に向けた視線も当然気付いている。だから嫌な思いをさせてしまった二人に謝る。相模と出会わなければそんな思いはさせなかった。紹介しなければそんな目には遭わなかったのだから。
自分が悪いと責任を感じている結衣に対し、小町と雪乃の二人は優しく笑いかける。
「謝らないで下さい。結衣さんは悪くないんですから」
「そうよ。ただ………人付き合いが良いのも考えものね。もう少し相手を見て考えた方が良いわ」
二人はそう言いながら結衣に手を向ける。
「それよりももっとお祭りを楽しみましょう!」
「えぇ、まだ本番の花火は始まっていないのだから」
「小町ちゃん、ゆきのん………………」
二人の暖かな笑みと共に差し出された手に、結衣は感動し泣きそうになってしまう。
しかし、彼女達のその想いに応えるのは泣くことではない。
だから結衣は………。
「うん、そうだね! もっと楽しもう!」
満面の笑顔で二人の手を取った。
こうして少しばかり問題があったが、それでも3人は祭りを楽しむためによりハシャぐことにした。
と、そんなふうに花火大会を満喫している3人とは違い、八幡は面倒臭そうな顔で辺りを見回していた。
彼がいるのは河川敷。花火大会の会場であり、その中でも更に美しい光景が見えるポイント。そういった場所は得てして有料エリアとなっており、周りとは隔絶されている。
その有料エリアの近くにて、八幡は近くにあった木を背に気配を消している。
今回の仕事は有料エリアの警備であり、特に何かがなければ何もない。
課長曰く久しぶりに休める仕事とのことだが、確かに休めはするだろう。特にすることがなく、こうして辺りを見回していれば良いのだから。
「…………暇だな」
それまでしていた仕事が過激な物が多かった所為なのか、そのように呟いてしまう八幡。
それがよろしくないことはわかるのだが、手持ち無沙汰なことがそう思わせてしまう。
だから少しでもその暇を潰そうと辺りに目を向ける。
辺りにいるのは大勢の人々。その中でも特に多かったのは……。
「カップルが多いな」
こういったイベントで一番ハシャぐのはカップルらしく、手を繋ぎながら嬉しそうに歩いている男女が多くいた。
そういった人達を見て少し考える。
もし自分にそんな相手がいたらどうなるのだろうかと。
勿論そんなことはあり得ないことは分かっている。だからこれは無駄な空想だ。それでも、この暇を紛らわせるのならそれも良いかと思った。
頭の中に思い浮かべる自分は何処か自分ではない誰かのように感じるその隣にいて愛おしそうに手を繋いでいるのは…………。
「ヒッキー………だぁいすき」
「比企谷君……好きよ」
「ひ、ひき………八幡………好き…………大好き」
「比企谷、そのだな…………好きだ。愛してる」
「何で4人が出てくるんだ?」
思い浮かんだ人物が4人いたことに内心驚く八幡。
それは彼を慕う者達であり、八幡も彼女達との付き合いは嫌いじゃない。
だが、まさかそんな目で自分が見ているのかと思い考えてしまう。それはあまりにも失礼だろうと。自分如きが彼女達のような美人にそんな相手にされるわけがないと。
だから総じて結論づける。
「馬鹿馬鹿しい………仕事に集中するか」
あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れながら再び周りを監視し始める八幡。
そして彼は一つの問題を見つけた。
それは有料エリア付近で何やら揉めている様子の男女である。それを見て八幡は速やかに行動を起こす。
「なぁにが有料だよ、馬鹿野郎!ここは手前ぇの土地でもねぇくせによぉ!あぁ、くそ、なぁ、ねぇちゃん、俺と一緒にこれからホテルでもいかねぇ? お小遣いならたっぷりもってるからさぁ」
「だから嫌って言ってるんだけど。お酒臭いしセクハラで訴えるわよ」
イヤらしい表情で女性に話しかける男は見た限り50代の中年。真っ赤な顔と呂律が怪しい辺りから酔っていることが伺える。
その男が絡んでいるのは20代になったばかりと思える美しい黒髪の女性。彼女は薄紫色の着物を来ていて色香にあふれていた。
その女性にそう言われ、男は逆上し観衆がいるというのに大きな声でどなり散らす。
「何だと、このアマ! そのまま押し倒してぶち込んでもいいんだぜぇ! なぁに最初だけだよ痛いのは。後はヒィヒィよがらせてやるよ」
「ちょ、痛ッ!?」
男は乱暴に女性の腕を取り、力一杯に握る。女性はその痛みに顔を少しだけ歪ませた。
周りはそんな二人に注目しつつ、下手に関わらないように目を向けられたら逸らす。
誰かが通報するのを期待していた。自分ではなく誰かがするだろうと。
その視線は唾棄すべきものであり、女性は内心呆れながら失望する。
どいつもこいつも我が身可愛さに保身すると。
そしてそろそろ本気で絡んでくる男を叩きつぶそうと思ったのだが、それは小さく囁くような声によって止められた。
「衆人の中で何叫んでるんだよ、アンタ。もう少し場を考えて発言しろ、この酔っ払いが」
「え?」
その言葉とともに目の前で絡んでいた男は崩れ落ちた。
彼女は急に崩れ落ちた男に驚き目を向いてしまう。誰だってそうだろう。急に目の前で人が倒れれば気になってしまう。
そんな彼女に八幡はその手を痛くしないようにしつつ掴むとそっと話しかけた。
「この場から離れる。走ってくれ」
そして駆けだす八幡。
急にそう言われ戸惑う彼女だが、とりあえず言われた通り走ることに。
そして少し現場から距離を取った所で八幡は気配を戻した。
「もう大丈夫だろ、たぶん」
そう言うと彼女は八幡が急に現れた事に驚き、そしてその顔を見て更に驚いた。
「えぇ、比企谷君ッ!?」
そう驚く彼女を見て、ここで初めて八幡も驚いてしまった。
何故なら、彼女は知っている人間だったからだ。
「何でここに貴女がいるんですか………雪ノ下さん………」
こうして八幡はまた、新たなる問題に突入した。