八幡に殆んどしてもらったようなものだった今回の一件。当然奉仕部の皆は内心では納得していない。
自分達は問題を上げはしたが、その解決には一切関われなかった。
その事実が彼女達の心を締めつける。
自分達にも何か八幡の手伝いが出来たのではないか、そして本音では八幡と一緒にこの問題を解決したかった。
とはいえそれは本人が断ってきたのだ。此方の思いを無理やり押し付けることは出来なかった。唯一連絡を取り合っていた雪乃から聞こえた断られた理由を知って、皆はそんなことはないと思う。
きっと八幡がしたことはあまりよろしくないことなのだろう。世間における悪なのだろう。だが、それでも、それをするのは誰かを助けるためである。必要だからこそ成す悪を必要悪と言うのなら、それを自ら進んで成す八幡を彼女達は絶対に責めない。
何故なら八幡が優しいから。優しい彼は進んで自分を傷つけ汚す。そんな彼を誰が嫌いになれようか? 例え世間が八幡を忌避し嫌悪し罵ろうと、彼女達はそんな八幡を労り慈しむ。
惚れた腫れたの事もある。だが、それ以上に人間として立派だと、そう思えるから。
そして八幡はそうした時、確かに結果を示して見せた。
翌日の留美達の人間関係は確かに変わっていた。
それまで留美をいじめていた娘達は皆バラバラになり、一人で目立たないように木陰で身体を小さくしていた。その顔は何かに怯えているようで、小刻みに身体が震えている。そして留美は留美で相変わらず一人であったが、その顔に陰りはない。何かをふっ切れたような、明るい笑顔をしていた。
そんな彼女達を見て、八幡が何をしたのかを察した雪乃達は自分の中の答えを合わせるように話し始めた。
「これが彼の答えなのね」
雪乃が理解した顔でそう言うと、沙希が今度は納得した様子で頷く。
「アイツらしいね、こういうの」
そんな二人に結衣はそうだねと頷いた。
「うん、ヒッキーなら確かにこんな答えを出しそうだね」
3人の様子を見て静は少し呆れた顔をする。
「まったく、比企谷はよくもまぁ、こんな酷いことを出来るものだな。確かにこれも答えの一つではあるが」
未来の義姉候補達のそんな様子に小町は自分の兄は凄いのだと自慢するかのように胸を張る。
「流石は鬼いちゃんだね!」
言っている言葉は誤字に非ず。何をしたのかまでは分からないが、その結果からどうなったのかを憶測することは出来る。だから八幡がしたことが『酷い』ことだということが分かった上で小町は凄いと称えた。酷いことをする人間に鬼の字を充てることは間違いではない。
そんな彼女達と違い葉山達は何故こうなったのか分からない。
分かっていることは昨日まで暗かった留美が多少マシになっている事と、逆にいじめていたメンバーが極端に暗くなってバラバラになっていることのみ。
何があったのかを聞こうにも、雪乃達はそれを言わない。何せ彼女達だって何があったのかは知らないのだから。
そんなわけで置いていかれている葉山グループは放っておき、雪乃達が何を察したのかの答え合わせをしようか。
彼女達が察した答え、それは………。
『鶴見 留美の学校間に於ける元友人関係の破壊』
いじめを解決出来ないなら、そもそもの大本を無くせばいじめは消失する。
それにはいじめているグループをどうにかしなければならないのであり、方法はともかく結果としてそのグループは瓦解した。
そうなれば確かに留美をいじめることはなくなる。彼女達の強みは数による優位性だ。集団により対象を圧倒することが出来るからこそ、いじめに関し自信を持って行える。だが、数がなければそれはない。一人で凄んで見せたところで迫力など皆無。そして心配していた中学に上がっても新しい人達と一緒になっていじめが悪化することもない。何をしたのかまではわからないが、もうバラバラになった彼女達が中学になって徒党を組んでまで留美をいじめる理由もないのだから。
いじめはあくまでもあの4人が揃っているからこそ行われるのであって、瓦解したからもう不可能なのだ。
だから確かに、八幡は成し遂げた。
『鶴見 留美のいじめをなくす』
解決したのでもなければ改善したのでもない。
結果を見ればよろしくはないが、それによって確かに留美は救われたのだ。
それは彼女の顔を見れば分かる。
だからこそ、口惜しいがそれでも雪乃達は思うのだ。
『比企谷 八幡という男は、本当に凄い』と。
そんな彼に好意を抱いている自分が好きであり、そして彼を想うと胸がドキドキする。
もっと彼と一緒にいたい、もっと彼と顔を合わせながら話したい、もっと彼と一緒に……ドキドキしたい。
そんな想いを胸に抱きつつ、それでも今回はもう八幡に会えないことを残念に思う雪乃達。何せ彼女達の合宿は今日で終わりだから。
だからその想いを抱きしめながら彼女達は帰り支度を済ませ、静の車で千葉に帰った。
千葉に戻り、静の所用もあって総武高まで来た雪乃達はそこで下される。
「御苦労だったな。家に帰るまでが合宿だ。それでは………解散!」
その言葉により、この度の合宿が終了した。
雪乃達は今回の合宿の思い出話に花を咲かせ、そんな雪乃達を静は満足そうに見つめる。
「そうだ、皆さん、この後何処か拠りませんか?」
名残惜しさからなのか、もしくは暑いからなのか、小町がそう提案し始めた。
それを聞いて皆行く気を見せ始める。この合宿ですっかり仲良しとなった彼女達はもう立派な友達と言えよう。
そんな和やかな雰囲気の中、校門の近くにある車が停止した。
それを見て目を見開く雪乃。何故なら彼女にとってそれは見覚えがある車だから。
そしてそれが来たと言うことは、雪乃にとって近しい誰かが来たことに他ならない。
故に内心構える雪乃。そんな彼女に肩透かしを食らわせるかのように明るい声が響き渡った。
「はぁーーーい、雪乃ちゃん!」
「………姉さん」
出てきたのは雪乃の姉である陽乃。
彼女はそのまま小走りで雪乃の方まで来る。
「雪乃ちゃんったら全然お家に帰ってこないんだもん。お姉ちゃん心配で迎えにきちゃった」
そう言う陽乃に雪乃は不機嫌そうな顔を向ける。
突然現れた陽乃に戸惑う結衣、沙希、小町。そんな彼女達のことなどお構いなしに陽乃は話しまくる。
「あれ、そこの子達はもしかして雪乃ちゃんのお友達?」
「え、えっと、その……」
「は、はい!」
そう聞かれ何とか自己紹介を始める結衣と沙希だが、陽乃のテンションについていけずタジタジになる。
そんな結衣達に静が助け舟を出した。
「陽乃、そのへんにしておけ」
そして静から語られる陽乃のこと。過去の教え子であることなど。
それを語られた後で陽乃は改めて結衣達に自己紹介をする。
「どうも、雪乃ちゃんのお姉ちゃんの陽乃です。よろしく~!」
その紹介に驚く結衣達。
雪乃の姉だということにも驚いたが、それ以上に見た目は似ているが中身がまったく違うことに驚きを隠せないようだ。
そんな結衣達の様子を面白がる陽乃だが、最後に自己紹介をした小町を見て目を細めた。
「あの、比企谷 小町って言います。雪乃さんにはお世話になっていて」
「比企谷……もしかして比企谷君のご家族?」
「はい、兄を御存じでしたか?」
「まぁね………(あの男の子の妹さんね………こっちは何と言うか、普通ね)」
以前の出会い以来気になっている男の家族と聞いて、てっきり妹も兄と同じようなのかと思ったがどうにも違うようだ。
だが、単純に可愛いし、何よりも裏表がまったくなさそうな所はある意味感心させられた。
陽乃の中で小町は兄に比べれば普通だが、それでも十分魅力ある人間と認識されたらしい。
だからなのか、陽乃は小町との出会いを純粋に喜んだ。
「よろしくね、小町ちゃん」
「はい!」
小町は嬉しそうに返すが、それを良く思わない者が一人いた。
当然の如く雪乃である。
彼女は姉が小町に近付いていることに不満をもったのだ。単純に不快を感じたが、それ以上に何かを吹き込むのではと思った。
だからこれ以上余計な真似をさせないように少しだけ語気を強めながら問いかけた。
「それで姉さん、一体何の用?」
その苛立ちが籠った問いかけに陽乃は笑顔で答える。
「お母さん、待ってるよ」
ただそれだけの台詞。だが、それだけなのに雪乃に圧し掛かってきた重みは凄まじく、彼女の心を潰しにかかる。
その言葉がどういう意味なのかを分かっているからこそ、彼女は顔をしかめた。
以前の、八幡と会う前の雪乃だったら従うしかないとそのままついて行っただろう。
だが、雪乃も雪乃でまた成長したのだ。
だから雪乃は陽乃に不敵に微笑みながらこう答えた。
「後一時間くらい待ってくれないかしら。この後皆と一緒にお茶をしようと思っていたから。一時間したら素直に行くから。それぐらいのわがままくらいいいわよね。時間を圧してるわけではないのだし」
そう言った雪乃の笑みを見て驚く陽乃。
そして彼女はそんな妹の成長した姿を見つつ満足そうに笑いながら返事を返した。
「それぐらいならいいんじゃないかな。わかった、後一時間程したら連絡頂戴ね。ちなみにお姉ちゃんが一緒に行くのは………」
「当然却下よ」
「そんな~、雪乃ちゃん冷たい~!」
そんな微笑ましい姉妹のやり取りに皆が微笑んだ。
小町達が無事に帰っている時、八幡は普通に演習に戻っていた。
頼まれたことも問題なく解決したし、演習も後半に入っただけに精神的に多少楽になってきている。
そんな八幡だが、休憩中に突如として通信機が反応し始めた。それも特殊の秘匿交信でだ。
それが鳴るのは基本は休憩時間における襲撃者の任命だけ。だから八幡は任命されるのだろうと思いながら通信に出る。
「こちら、レイス8」
この後はCPの女性社員から連絡が来るのだろう。そう思っていたが出てきた声は八幡の予想するものではなかった。
『此方CP。やぁ、レイス8。調子はどうだね』
「か、課長!?」
まさかの課長直々の通信に驚いてしまう八幡。
それとともに感じる嫌な予感が体中を駆け巡る。
そしてその予感は的中した。
『昨日………君が休憩時間中に何をしたのかは知らない。別に休憩時間中にどう過ごすかは社員の自由だ。だから別に君を咎める理由など一切ない。だが………少々ヤンチャが過ぎるのは感心しないな』
その言葉に八幡に冷や汗が流れる。
そしてそんな八幡に課長は死神の鎌を振り下した。
『先程も言ったが咎める気はない。ただ少しだけ………余裕があるようだからサプライズを用意した。頑張りたまえ』
そして切れる通信。
それとともに森の中を駆ける足音が複数聞こえ、そして八幡の前に姿を現した。
「「「「「昼飯よこせぇえぇええええええええええええええええええええ!!」」」」」
それは…………八幡を除く全員が襲撃者として八幡を襲うというシナリオだった。
その洗礼を受けた八幡は……………。
「あ………あんまりだぁ…………」
昼ご飯を全部毟り取られ、見るも無残な姿に成り果てていた。
確かに八幡は一人の少女を助けた。
だが、それでも…………悪行はいつか正されなければならないのだろう。
胃袋を抑えながらそう八幡は骨身にしみていた。