そして八幡がゲスいです。
昼間の邂逅から時間が経ち、辺りは夜の帳が落ちている。
その闇夜の中を『彼等』は疾走する。足元がおぼつかない木々が生い茂る中をまったく淀むことなくその足は大地を踏みしめ、速度は一切落ちることなく斜面を下っていく。
彼等の格好はこの場に於いて違和感しか生み出さない。皆着こんでいるのは迷彩柄の野戦服に防弾チョッキ。そして顔は覆面をして暗視ゴーグルで目を隠している。そのため彼等の顔はどのようなものなのかを識別できない。傍から見ても分かる程、それは異常で異端であった。
彼等がこれから行うのははっきりと言えば犯罪だ。脅迫と言っても良い。
如何なる理由があろうとも、脅迫をすることは決して良いことではない。例えそれが『一人の少女を助ける』ためであろうとも、それでも悪事は悪事なのだ。
それが分かった上で、彼等はそれをこれから行う。
一人を除き彼等は口を揃えてこう言うだろう。
『別にこれを善意だってどいつも思わないだろ。ただこれは取引の結果だ』
彼等は善意では動かない。
ただ、一人の男が頼まれた話に協力をするだけ。
たかがクッキーやチョコレートをほんの少しだけ貰っただけで、彼等はこれから幼い子供達を脅迫するのだ。
まさに悪人。だが、それを彼等は誇りにも恥にも思わない。
何せこれも『仕事』だから。彼等の環境において、貴重な食料との交換条件を飲んだからこそ、彼等は『依頼人』の意向にそうだけだ。
だが、それでもあえてその一人に彼等は言う。
「お前、話は聞いたから分からなくはないんだが、それでも言わせてくれないか?」
「何をだ?」
『依頼人』が軽く首をかしげつつそう答えると、彼等は皆見辛いが苦笑を浮かべつつこう答えた。
「お前、本当に下衆だよな。何で10そこいらの子供がそんな最低なことを思い付けるのやら」
皆がその言葉に頷く。
『依頼人』は彼等の中で一番歳が低く、まだ17歳だ。
だがらこそ突っ込まれる。その歳でここまで酷いことを良くもまぁ考えられるものだと。
その事に彼………八幡は見えずとも分かるくらい汚い笑みを浮かべつつ答えた。
「うっさい。俺等のやることに汚いも綺麗もないだろ。子供だろうが老婆だろうがやることは変わらない。必要だからそうするだけ。そのためにお前等と取引したんだからな」
八幡はそう答えると共に更に加速する。
時間は有限、一時間半の間にこの脅迫を成功させなければならないのだから。
だから彼等はより一層走る。
彼等が走り去った後、森の中は静寂に戻っていた。
八幡は山を下り小学生達が肝試しをしているポイント付近にまで接近したのちに、それまで一切役にたっていないスマホで連絡を入れる。
『雪ノ下、こっちは今ついた。そちらはどうなってる』
『比企谷君、此方は順調よ。もうそろそろ鶴見さん達のグループが出るわ』
丁度良いタイミングのようだ。遅ければアウトだが、速い分には問題ない。
『分かった。後はこっちで準備する』
八幡はそう答えながら連れてきた同僚達の顔を見る。
彼等は何をするのかを聞き、そしてその酷さを分かった上でも皆一斉に頷いた。
別に何かをするということでもない。彼等はただ立っているだけだ。それだけだが、それでも確かに必要なのだ。
皆のやる気などないが仕方ないと言った様子を感じつつ八幡は嗤う。
これからすることは……………。
『ねぇ、比企谷君。本当に手伝わなくていいの? 今からでも他に手伝えることがあるのなら』
『いや、その前にも言ったが、雪ノ下達は対象を正規のルートから別のルートに誘導してくれればそれでいいんだ。後はそうだな…………あぁ、後は葉山達がおかしなことをしないように見張っててくれないか。下手に介入されるとややこしくなるから』
『わかったわ。でも、その………やはり見ては駄目なの?』
『あぁ、正直これからすることは酷いことだ。見ていて気持ち良くないから、見てほしくない。それに………』
『それに?』
『見られて嫌われたくないからな』
極端に酷い『いじめ』なのだから。
それで通話を終わらせようとしたのだが、スピーカーからは小さなささやきが出た。
『………嫌いになるわけないじゃない………』
それを聞こえなかったことにする八幡。
内心はドキドキしてしまったが、これからすることにこのときめきは不要。
だから代わりに嗤う。
より悪人らしく、酷いことを平然とする最低の屑野郎として。
そして同僚達に声をかけた。
「さて、これからいじめを解決するために、彼女達の『友情』を試そう。さぁ、報酬の前払い分、しっかり働いてもらおうか」
「「「「「イエス、サ―」」」」」
そして八幡達は雪乃が誘導した彼女達を待ち構える。
その手に持っているのは突撃銃。勿論中身はペイント弾だが、当然のごとく本物だ。傍から見ても玩具には断じて見えない。
それを持ち構えると、丁度良く話し声が聞こえてくる。
勿論対象である彼女達の話し声。その中は当然の如く留美の声はない。
そして彼女達が通りかかった所を同僚達が隠れてやり過ごすと共に、背後に立って同僚達が突撃銃を構える。そして八幡は彼女達の前に立った。
「止まれ」
夏の森の中、虫の鳴き声などが聞こえるはずなのに、その声は静かに鳴り響いた。
「「「「――――――――――――――――――――――――――――――!?!?」」」」
突如として現れた不審者に悲鳴が上がりかける4人。しかし、その手に月の光を浴びて鈍い光を放つ鋭いナイフを持ち、それを自分達に突き付けられていることを何とか理解した彼女達は悲鳴を飲み込んだ。
それが正解とばかりに周りから音が聞こえ、そして彼女達は逃げ場などないかのように包囲されていることを知った。
驚きと不安と恐怖がごちゃ混ぜになった顔で彼女達は辺りを見回すと、そこには自分達にナイフを突き付けているのと同じ格好をした男達が自分達に突撃銃を向けている。
それがあまりにも非現実的過ぎて、彼女達は目の前の現実を信じられずに怯えつつ何とか言葉を紡ぐ。
「い、いきなり何よ、アンタ達。そんなオモチャを振りかざしてっ!?」
あまり相手を刺激しないようにしつつ相手を非難する。
そんな微妙な言葉を言うリーダー格の少女。
しかし、その言葉は途中で途切れる。
何故なら、彼女達に向かってその手に持たれていたナイフが投げつけられたからだ。
そのナイフは彼女達の顔の前をスレスレで通って行き、後ろにあった木へとぶつかった。
だが、弾かれるような音はせず、見事に突き刺さっている…………蛇の頭を貫通して。
頭を貫かれ痙攣しつつもぐったりとする蛇。飛び散った真っ赤な血が生命を殺したことを彼女達に強制的に教える。
その光景を見た彼女達は彼等………八幡達が持っているものが『本物』であることを理解した。
だからこそ、より恐怖に飲み込まれ言葉を失う。
その様子を見つめながら八幡は更に腰につけているナイフシ―スからもう一本ナイフを引き抜く。
「玩具ではないぞ、これは(明日の朝食ゲット! ついてるな)」
まさか偶々いたから殺された蛇。そしてナイフはあくまでもペイントナイフ。だが、八幡の膂力をもってすれば突き刺すことは容易である。
しかし、これで彼女達は八幡達が本物を持っていると思った事だろう。
抵抗することすら出来ず、彼女達は怯えるのみ。
そんな彼女達に八幡は代表者として告げる。
「我々は今日の日和見主義の日本政府に異を唱える者『正しき日本の在り方を示す者』である。世間では所謂テロリストなどと呼ばれているが、そんなことは断じて、断じてない」
勿論普通に聞いたら正気を疑われるくらい酷いものだが、先程のナイフに周りの此方に照準を付けたまま微動だにしない者達を見ている彼女達にはそれが真実だと認識するしかない。
まぁ、勿論嘘のでっち上げなのだが。
八幡達は仕事の関係上そういった手相の相手もしたことがあるので、その手相の行動パターンや口上なども真似ることは容易だ。
だから今回はどこぞのテロリストとして名乗り上げた。
慄き怯える彼女達。その中には当然留美の姿もある。彼女は確かに恐怖を感じているようだが、他の4人に比べれば落ち着いている。もしかしたらと思っているのだろう。彼女だけは何かしらを八幡がすることを知っているから。
だが、周りの少女達はその事にすら気付かない。ただ目の前に現れたテロリストに怯えきっている。
八幡はそんな彼女達を更に恐怖で煽る。
「さて、何故我らが諸君達に話しかけたか? それは………諸君達を捕え、そして活動資金にするためだ」
口元を覆う覆面部分を上にずり上げると、そこに現れるのはイヤらしい笑み。
「君達のような若い子はとても金になるのだよ。特に物好きな金持ちはそういった特殊な性癖を持つ者も多くてね。その中でも日本人の子供は価値が高い。どう扱われるのかは………買い取り手次第だがね」
その言葉と共に怖気立つ彼女達。無意識とは言え自分の身体を抱きしめるのは、女としての本能だろう。
これからの自分を考えてしまい、その行く末が脳裏を過る。
それはあまりにも『悲惨』だった。
まだ生理が来ているかどうかというのに、自分達はこれからそういった『変態』達の慰み者になるのだと。
そう考えてしまった途端、彼女達はまるで極寒の中に放り込まれたかのように震え上がる。
そんな中に更に八幡は爆弾を放り込む。
「とは言えだ。生憎5人は運ぶのが面倒でね。だから3人だけ運ぶことにしようと思う。姿子は見た限り同じレベルだし、中身は実際試さないとわからないが、流石に商品に手を付けるわけにもいかない。だからここは……君達に選ばせてあげよう。誰を売り飛ばすのか、見ものだなぁ」
その言葉に彼女達は当然我先へと助かりたいがために『友達』を売り始める。
やれ調子が良いからだの、謝ればよいのだの、様々な意見が出るがどれもが自分が助かりたいがための言葉。それは聞くに堪えない程に醜く、人間の本性を現しているようであった。
そしてこの中に入っていない彼女は当然の如く指名される。
「鶴見、あんた行きなさいよ」
その言葉に当然否定の声を上げたい留美だが、既に醜い言い争いをしている彼女達には言葉が届かないと判断し八幡の元へと来た。
彼女の中ではこの事は半分半分となっている。もしかして本当の事なのか、または八幡が起こしたことなのか。
そんな半信半疑な留美を見つつ、八幡は愉快そうに笑いながら話しかける。
「まったくもって実に見ごたえのある喜劇だな。自分が助かりたいがために、それまで友と謳っていた者達を蹴落とす。実に滑稽だ。よく子供は天使などと言われるが、既にこのように互いを蹴落とそうとする辺り、子供だろうが醜いものは醜いということか」
その言葉を聞いても尚、彼女達は互いに言い争う。
自分が助かりたいからと、その一心だけで平然と裏切りをする。
既に本音も何もない。ありのままの感情を無様に吐き出す様はまさに無様。
醜い様子は誰が見ても分かることであり、もう彼女達の中では互いに友達だとは思っていない。
完璧に彼女達の交友関係は破壊された。
もう信じられるものなど何もないと言わんばかりに必死になってお互いになすりつけあう。その瞳はもう涙が止まらず泣いているが、それでも止まらない。
「一体誰が選ばれるのだろうねぇ? そして誰が誰を裏切るのか。互いに押し付け合いながら自分だけ助かりたい。うん、実に汚らしく人間らしい」
更に煽る八幡。
もう火は大火となって燃え上がり、消すことは不可能だ。
誰もが信じられなくなっている彼女達はもう誰も信じられない。人間の裏側を見せつけられた彼女達は今後の人生において友人を作ることは出来ないだろう。本当に自分と仲良くできるのか分からない。信じられるか分からないと疑心暗鬼になってしまい、誰かと一緒になることもない。
そんな彼女達に八幡は少しばかりの慈悲を与える。
「考え方次第でこの状況はどうにかなるのかもしれないというのに。『どうすれば良いのか』もう少し考えては如何かな?」
この言葉は善意だ。
この状況に於いて、一つだけ皆が助かる道がある。それを正しく選ぶことができれば、確かに彼女達は皆助かる。しかし、それを気付くには今彼女達の頭を満たしている考えをすべて吹き飛ばさなければならないのだ。
それが出来るのは八幡のように仕事の性質上考え方を直ぐに変えることができるものか、もしくは柔軟な思考の持ち主だけである。
「あ、もしかして……………」
そう呟いたのは留美。彼女はどうやら気付いたらしい。
だが、それを行動に移すという気は彼女にはなかった。何故ならもう彼女はこの騒動の犯人が分かってしまったからだ。そしてこの茶番の行く末も察した。
その答えは確かに普通に望むものではない。八幡が言った通りの答えだ。
だが、彼女はその答えに納得する。
確かにこんなものを見せられては人を信じられなくなるのかもしれない。
だが、人間と言うのは最初から相手の心の底が分かるものではないのだ。それは長い交友関係の末に気付くもの。だから自分程度の年齢の人間が相手の心の底を見れなければ友達になれないなんて言う気にはなれないのだと、彼女はそう思った。
まだ時間が必要なのだから。
しかし、それに気付けない彼女達はずっとそのままだろう。そう思うと逆に憐れにさえ思えてきた。
八幡はそんな留美の様子を見てそろそろお終いにするかと判断を下す。
これ以上は仕方ない。もう目的は達成されたのだから。
後はどう締めようかと思い、簡単なことで締めようと思い行動する。
八幡はまるで突如として連絡が来たかのようにスマホを耳元に当てる。
「もしもし………何だと!? 本部が襲撃を受けているだって! 分かった、至急戻る」
そして通信を切るなり周りの者達に撤収の指示を出し始めた。
そのことにポカンとする少女達。
そんな彼女達に八幡は仕方ないと言った様子で話しかけた。
「非常に残念であるが、どうやら我らの本部が襲撃を受けているようだ。だから諸君らはありがたいことに助かった。本部が襲撃されている時に暢気に人攫いなど出来ないからな。それと最後の答えを教えてやろう。その答えはな…………実はこの中に一人だけまったくの素人が混じっていたことに気付くことだ。それを気付けは後は5人で協力すれば脱出も可能だった。この距離でこんな銃を使えば友軍誤射の可能性が高くなるのだからな。互いの命を任せられれば助かったのに。そんなことにさえ気付けなかった諸君らはもう友達ですらないな」
その言葉は真実であり、答えを言われても彼女達は気付けない。
ただ、もう互いに信じられなくて目を逸らす。
そんな彼女達と違い、八幡は留美にこう小さく語りかけた。
「覚えておくと良い。友達は所詮この程度かもしれないが、『戦友』は絶対に裏切らないと」
「戦友? どう違うの?」
彼女のその問いに八幡は優しさに満ちた声でこう答えた。
「『戦友』は自分の背を、命を任せられる存在だ。仲が良いかは関係ない。ただ、絶対に信頼できる相手、それが『戦友』だ。お前もそんな戦友のような友達を作れるようになるといいな」
そう八幡は告げると、同僚達と共に森の闇へと消えて行った。
この後、結局彼女達は肝試しを棄権した。
そしてキャンプファイヤーになったが、誰一人として誰かと一緒になることはなかった。
だが、雪乃達に話しかけられた留美だけは、どこかふっきれたような笑顔をしていた。