(あぁ~~~~どうしてこうなってしまったんだろう?)
そんな疑問が常に頭をよぎるが、だからと言ってそれを解決する答えはなく、既に結果は出てしまっている。
故に八幡は現状を理解し行動するしかない。
自分の性格が世間の水準から離れているということは分かっているが、性格というのは成長過程において形作られるものであり、そんな短期間で変わる物ではない。もし変わるんだすれば、それはきっと単純に多重人格が出来るくらいその人間の精神が脆弱だということだろう。
それなら確かに性格どころか人格まで変わるかもしれない。
だが、残念なことに八幡の精神というのは得てして脆弱ではない。寧ろ『人様に知られてはいけない』ことをやり続けている身故に、その精神は同じ年頃の人間などとは比べ物にならないくらい頑強だ。
だから彼の性格が変わるということは、それこそ死ななければありえない。
と、そんなことを一人で考えつつ、八幡はまずすべきことをする。
「なぁ………とりあえず座ってもいいか? 色々と聞きたいこともあるし」
まずは話を聞くこと。
平塚に無理やり連れて来られたわけだが、そもそもここが何の部活なのか分かっていない。それをするためには、まず腰を据えてしっかりと聞くべきだと判断して話しかけたのだ。勿論、この部屋の主たる雪乃に許可を取るべきだと思ったことも重要なことである。
「えぇ、いいわ」
凛とした声で返答する雪乃に軽く頭を下げ、八幡は近くに合った椅子を手に取り会話が出来る距離で座る。そして彼女に聞くべきことを問いかける。
「まず聞きたいんだが、ここは何の部活なんだ? 有無を言わせずに連れてこられたんでまるっきり話を聞いてないんだ」
その質問に対し、雪乃は不敵な笑みを浮かべからかうかのように答えた。
「当ててみたら?」
さっきまで恐れられていた意趣返しなのか、雪乃は凛々しい雰囲気を出しながら八幡を見る。
その視線を受けて少し呆れつつ、八幡は考える。
「質問に質問で返すのはよくないって奴なんだが………そうだな…………少なくても俺が知っている部活動では一切ない、敢えて言うのなら同好会に近い何か、といったところじゃないのか?」
「それはどうしてそう思ったの?」
八幡の答えに少し関心したような様子を見せる雪乃。
そんな雪乃に八幡は消去法だと答える。
「まず、この教室には特殊な機材がない。それはつまり専門的なものを行うものではないということ。そして次にこの教室自体のレイアウトにその特色が一切見られない。文化部でもそれなりの色は見えるものだ。それがないというのはそれこそ特徴がないということ。以上二つのことから余程変な物でない限り知っている部活動にはかみ合わない。最後に部員らしき人物がお前しかいないことを考えれば、それが同好会のような組織だということは分かるだろう」
「あなた、目が濁り切っている割には随分と良く見ているのね。正直驚いたわ」
「目が濁っているのは元からだ。仮にも特例でバイトを認めて貰っている身だぞ。社会の一端を担ってるんだから、それぐらいは当然だ。出なけりゃ働けねぇよ」
八幡の言葉を聞いて納得したような顔をする雪乃。どうやら彼女なりに八幡を認め始めたようだ。
だから彼女は八幡に不敵な笑みを向けながら答えた。
「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアというの。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ………ようこそ、奉仕部へ。歓迎は……今はまだしないわ。何せあなたは怖いから」
この部活の名を知り、八幡は大体を察する。
雪乃の言い方から察するに、どうやらここはボランティアをする部活らしい。
怖いと言われどうして良いのか困る八幡だが、とりあえずはわかった。
「奉仕部ね。どうにもアレな名前だが、まぁどんな部活なのかは分かった。具体的な内容は?」
もう前向きに考えるしかないので、八幡はより掘り下げる。
名前から察するに、ボランティア活動をする部活といったような感じに思える。ゴミ拾いや美化清掃運動でもするのだろうかと。
しかし、八幡の予想とは少し違ったようだ。
「そうね、この部活は困っている生徒を手助けする部活よ。ただし、ただ助けるのではなく、あくまでも私たちは困っている問題に対し手助けをするだけ。解決自体は本人にしてもらうの。飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えてその人の自立を促すの」
「つまりNGOやJVCの簡易版みたいなものか?」
「あら、そういうことも知ってるなんて博識ね。おおむねそんな感じよ。ただし、井戸の掘り方を教えるだけだけどね。でも本当に驚きだわ。あなたみたいなこの世のすべてが腐っているようにしか見えなさそうな目からそんな団体の名前が出てくるんだから」
「目が腐ってるのと知識は関係ねぇよ。それにそれらの団体とは少し縁があってな。だから知ってるんだよ」
そう答えつつ八幡は内心で少し震えた。
過去、インフルエンザという嘘で学校を休ませられ、これらの団体の護衛を政府から依頼され行ったことがあるのだ。
善人が善人だけで行動すれば悪意に満ちた無法者達の前でどうなるのか?
その結果にならぬよう、内密にそれらを『排除』する者が必要だったからこその措置。
まだ若かったが、そんなことは『戦場』において関係なかった。誰もが等しく死に近しい。ただし、経験不足が歳ゆえに現れていた彼は、より死ぬような思いを何度も経験した。それを経験する度により多くの屍を築いていった。
そんな過去の青臭くも苦い思い出に内心で震えつつ、それでも思い出したことに少し聞いてみたいことがあったので聞くことにした。
「なぁ、さっき自立を促すのが目的だって言っていたよな」
「えぇ、そうよ」
「それは人助けのためか?」
そう、これだ。
彼はそういった団体を見ているからこそ分かる。
それが『どういうこと』なのかを。
八幡の濁り切った目に怪しい光が宿るのを見て、雪乃は少しだけ怖く感じつつも答えた。
「えぇ、そうよ。自ら行動する意思があれば、人は変われる……救われるわ」
その答えを聞いて、八幡は少しだけ目を険しくしてはっきりと告げた。
「雪ノ下、お前のその意見は素晴らしいと思うし尊敬出来ると思う。でもな………それじゃぁ絶対に人は救えない。お前は『救う』ということを甘く見過ぎだ」
「ッ!?」
八幡にそう断言され、それまで八幡との会話を悪くないと思っていた雪乃は一気に彼に怒った。
それからは雪乃の毒舌とともに苛烈な口撃が八幡に叩きつけられる。
八幡はその言葉を受けつつも返すことはしない。ただ、しっかりと彼女の怒りと『本音』を聞き入れる。
その上で思うのだ。
彼女は正しく、それでいて幼いと。
確かにその理念は立派で尊い。しかし、それだけでは人は救えないのだ。
彼女はそれに気付いていない。
『状況の深刻度合いと優先度』
その意味がわからなければ、絶対に救えないのだと。
逆に雪乃はこうまで言われているのに反論しない八幡にいらついた。
自分がかなりきつい事を言っていることは分かっている。普通ならそれで顔色が変わるなり何なりと変化があるはずなのだが、八幡の顔にはそういったものが一切なかったのだ。まるで自分がさっき言ったことが真実だと告げるかのように。
こっちが責め立てているのに、逆に自分が責められているように感じてさえいた。
そんな口論と呼べるのかわからないような状況の中で、八幡は軽くため息を吐きつつ入口に向かって少し大きな声で話しかける。
「先生、盗み聞きは関心出来ませんよ」
「え?」
八幡の声に雪乃は驚きながら扉に目を向けると、扉が開いて平塚が苦笑を浮かべながら入ってきた。
「いや、すまんな。どうにも青春らしいことをしていると思って聞きいってしまっていたよ」
そう答える平塚に八幡は呆れ返る。
最初から最後まできっちり聞いていたことは既に分かり切っているからだ。
「喧嘩も大いに結構だ。だったらはっきりとケリをつけないとな。だから……この部でどちらが人に奉仕できるか、勝負だ!」
八幡は思う。
確かに平塚は青春をしろとは言ったが、こんなややこしいのが青春なのだろうかと。