俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn

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これどこの八幡だよと突っ込みたくなってしまう今日この頃。
そして何故か先生がヒロインのように………個人的に大好きなんですけどね、先生。


第2話 俺は部活に入るなんて一言も言っていない

 平塚に手を引かれながら八幡は廊下を歩いていた。

平塚曰く、『自分のこの性格を矯正できるかもしれない場所』とやらに向かうらしい。

それ自体はどうでもよいことだが、八幡は自分に集まる視線に困っていた。

 

(さっきから目立って仕方ないな………)

 

何せ性格がアレでも美人な平塚に手を引かれているのだ。普段目立たない分尚更悪目立ちしてしまっている。まぁ、これがまだ格好良い男子なら色恋沙汰の好奇な視線になるのだが、犯罪的に目が濁っている八幡ではどう見たって犯罪者を牽引しているようにしか見えない。だから集まるのは寧ろ嫌疑の籠った視線である。

内申点やらを人の目を気にしているのではなく、八幡は『目立つこと』事態を嫌がっていた。何せ彼の『性質上』それはよろしくないからだ。

だからこそ八幡は困るのだが、そんな視線に全く気付かないのか平塚は上機嫌に八幡の先を歩いて行く。

そして手を引かれること数分、二人はとある部屋の前に来ていた。

そこは特別棟の中にある一室であり、外からは何も伺えないが特殊な部屋には見えない。どこにでもあるような普通の教室のようであり、表札には何も書かれていない。

そんな何でもないような部屋を前にして平塚は八幡に笑いかける。

 

「ここが目的地だ」

 

そう言われたところで八幡はまず自分の手の拘束を解いてもらおうと平塚に話しかける。

 

「先生、手を」

「ん? 手?…………………あっ!?」

 

それまでまったく意識していなかったのだろう。平塚は八幡の手を繋いでいることにやっと意識し、顔が赤くなっていく。

 

「す、すまん!」

 

そのままバッと手を離し自分の胸に抱きかかえるように手を移動させる平塚。傍から見たら乙女のそれだ。きっと彼女のことを知らない人が見たら見入っていたかもしれないが、八幡はそんなことより少しだけ目の前の教師を不憫に思ってしまった。

 

(きっと結婚出来なくて男に免疫がまったく出来なかったからこうなってしまったんだろうなぁ)

 

今現在の彼女の状況の原因のくせに、全く他人事のように考える八幡。実際に彼からすれば本当に他人事なのだが。

と、そんなまさに青春ラブコメな感じになっているわけだが、八幡はそれよりもさっさと済ませたいと平塚に話を振る。

 

「先生、早く部屋に」

「あ、あぁ、すまん……」

 

八幡にそう言われ赤い顔を軽く振ってから改めて平塚はその部屋の扉を開けた。

そして共に部屋に入る八幡。

室内はとても静かだった。静寂と言うには風のせせらぎが聞こえてくるのでそうではなく、だからと言って騒々しさとは無縁な雰囲気を醸し出す。

そんな室内でただ一つ、目を引くものがあった。

それは教室の窓際にポツンと置いてある椅子に座っている生徒だ。

美しい黒髪をした、まさに美少女という言葉が相応しい少女がそこにはいた。

そよ風によって揺れる髪が幻想的な美しさを奏で、集中している瞳は物憂げな雰囲気を出し、芸術的な美しさを魅せる。

そんな儚げでありながら強い意志を感じさせる少女は、八幡と平塚の方へ顔を向けた。

 

「平塚先生、入る時はノックをお願いしたはずです?」

「ノックをしても君が返事をした試しがないじゃないか」

 

少し強めの語彙でそう言われるが、平塚は特に気にしたようなことはないようだ。普通に彼女に向かって歩いていく。

 

「返事をする間もなく先生が入ってくるんですよ」

 

少女はそんな平塚に向かって静かに毒を吐く。

そして今度は平塚の後ろに控えている八幡に目が向いた。

 

「それで……そこで目が濁り切ってる人は?」

 

その問いかけに対し、八幡は言われ過ぎて慣れているのか文句は言わずに簡単に自己紹介をすることにした。

 

「2年F組  比企谷八幡」

 

本来なら名乗ること自体しない方が良いのだが、この状態でそれは不可。そして向こうは八幡のことを知らないことからこちらが名乗った方が早いと判断する。何せ彼女のことを八幡は知っているのだから。

 

「そう、私は…」

 

八幡の紹介を受けて彼女も名乗ろうとするが、その前に八幡は先を制することにした。

 

「知っている。国際教養科2年J組、雪ノ下 雪乃さんだろ」

「あら、知っているの」

 

少女……雪ノ下 雪乃は八幡に知られていることに少し驚いたような振りをするが、その実知られていて当たり前のような顔をしていた。

何せ彼女自身、この学校において凄く有名な生徒だからである。

だが、それだけでは優位とは言えない。八幡は会話に置いてのイニシアチブを取るべく更に彼女の『深部』を晒す。

 

「あぁ、それ以外にも知ってるぞ。家族構成は父と母と姉と君の計4人。特に父親は県議会議員の雪ノ下議員、議員であると同時に雪ノ下建設の社長を勤めている。母親は確か旧家の出だったと記憶している。姉は確かここのOGで今は地元の国立理工系大学に通っている。あってるか?」

「ッ!?」

 

八幡のその問いかけに雪乃は顔を凍りつかせた。

まだ父親のことは調べればすぐに分かるが、母親の出身や姉が通っている学校については深く調べないと分からないことなのだ。

それが分かっているということが、彼女にとって八幡をより不気味に見させる。

 

「あなた、何なの!? もしかしてストーカー」

 

年頃の娘らしく八幡に得体のしれない恐怖を見せる雪乃。それは彼女だけでなく、平塚も八幡を険しい目で見つめる。

そんな二人の視線を受けて、八幡は少し呆れたように種明かしをする。

 

「別にそんな驚くようなことじゃねぇよ。この町における有力者のことは調べといて損はない。俺もバイトの仕事柄、そう言う話は良く耳にするんだよ。だから知っていた。ちなみに俺のバイトは清掃業な。お前ん所の実家の庭やらオヤジさんの仕事先のビルやらの掃除だってしたことある。その際に職場の人やら何やらと色々とお前の家族についての話を聞いたことがあるんだよ」

 

勿論嘘である。

八幡は確かに清掃業社に所属しているが、その実態は政府御用達の『掃除屋』だ。しかもただの掃除屋ではなく、メンバー全員は様々な技能を習得している『スペシャル』な部隊である。その中に諜報活動が入っているのは、テストに名前を書くのと同じくらい当たり前のことだ。

故に八幡だって当然そういったことが出来る。彼が住む町の具体的な有力者とその関係図は知っておいて損はないのだから。場合によってはそれが仕事の種になることもありうる。権力者というのは常に危険が付きまとうものなのだから。

その嘘を聞いて平塚は納得した。まぁ、家族構成やら何やらは確かに身近な人間の話を聞けばわかるだろうから。

だが、雪乃は少し違った。

八幡が言ったことはもっともだが、それだけでは納得がいかないナニカを感じたのだ。

それは何よりも、八幡の目を見た途端に更に深まる。

濁った先にある、真っ黒な闇を確かに彼女は見たのだ。

だからこそ、その身は得体のしれない恐怖に打ち震えた。

本能的な何かを彼女は怖がったのだ。

と、雪乃が震え上がっている時に八幡は面倒くさそうにしていた。

平塚に捕まってここまで連れてこられたのはいた仕方ない。だが、自分の性格を矯正するなんて名目で連れてこられた割には先方にはもう十二分に警戒されてしまっているのだ。だから向こうがこちらの話を聞きいれるのかは定かではない。

いっそのこと流れてしまった方が八幡的にはありがたい。

そう思いながら帰る算段を考えていると、平塚から八幡にとって凍りつくような言葉が出てきた。

 

「彼をこの部活に入部させようと思ってな」

「は?」

 

咄嗟のことにそんな間抜けな声が八幡の口から洩れた。

何で本来の話からそうなるのか彼は全く読めなかったのだ。

そんな八幡を気にせずに平塚は雪乃に語る。

 

「彼は所謂不真面目な生徒でな、バイトをしている苦学生なんだがその所為で人間関係がまるで構築出来ていない上に学校行事をサボりまくりなんだ。今更バイトをやめろとは言えないし、こんな濁った眼で上手に人間関係を構築できるわけがない。だからせめて、この部活で年相応の『青春』を謳歌してもらおうと思ってな。それが私からの依頼だよ」

 

彼女らしい心配を受けて、八幡はどうにもむずかゆい気持ちで一杯になる。

そんな八幡に比べ、雪乃は即座にきっぱりと答えた。

 

「お断りします。正直こんな不気味な人間と一緒に居たくありません」

 

(不気味なのは確かだがそんなに言わなくても良いだろうに)

 

そう思ってしまう八幡だが顔はいつもと変わらない。

そんな八幡を見て苦笑しつつ、平塚は彼女に返す。

 

「そう言うな。確かにこいつは課題で実にアレなことを平然と書くような奴だが、その実仕事には誠実だし、まぁこの目も見慣れればそれなりの愛嬌も湧くものだぞ」

 

そう言うと今度は八幡の方を向いて笑いかける。

 

「比企谷、多少強引なのは悪いと思っているがそうでもしないとお前はやってくれそうにないからな。勿論、アルバイトの方が優先でいい。ただ、時間が空いてる時は出来る限り部活に出てくれ。同じ時間を共有すれば、おのずと何かしら楽しくなってくることもあるはずだ」

 

そう言って平塚は二人に踵を向け颯爽と部屋から出て行った。

部屋に残された八幡と雪乃。

とりあえず八幡は彼女に向かって告げる。

 

「凄く不本意だが、ああまで言われて辞めるわけにはいかなさそうだ。だからこそ、まぁ………よろしく頼む」

 

その言葉に雪乃は気難しくも頷いた。


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