今回は八幡が『さすはち』する予定です。
目の前に広がるのは煌びやかな光景。
シャンデリアに照らされた光が眩しく、広大な室内にはいくつもの豪華なテーブルが置かれ、その上にはこれまた豪勢な食事が美しくテーブルに彩りを与えていた。
そしてそんな室内を満たすのは、色彩豊かなドレスを着た女性達とスーツに身を包んだ男性達。
皆笑顔で会話に花を咲かせ、その手に持ったシャンパングラスで喉を潤し楽しんでいる。
その光景はまさに現代の舞踏会。
そんな幻想的にも見えるような光景の中、彼は少し疲れたような様子で壁に背を預けつつ周りに目を配る。
そんな彼に隣にいた男が手に持ったシャンパンを味わいながら話しかけた。
「どうしたんだよ、ハチ? せっかくのパーティーなんだぜ。もっと楽しまなきゃ損だろ」
ハチと呼ばれた彼……比企谷 八幡はそう話しかけてきた自分の相棒……『雑賀 静州』ことレイスナンバーズのレイス7の言葉に呆れながら答える。
「おい、俺達は『警備』で来たんであって遊びに来たわけじゃないだろ。勝手にシャンパンなんて飲んで……課長にバレたら大目玉だ」
「バレなきゃ大丈夫だろ」
「なら俺がバラせば問題はない」
「そりゃないだろ、相棒」
そんな軽口を交わし合う二人の服装は周りの人達と差がないスーツ姿であった。
今回彼等に来た依頼はこの会場で行われている『誕生パーティー』の警備である。何でもこのパーティーはどこぞの財閥のお嬢様の誕生パーティーらしく、政財界の人間は大体このパーティーに来てお嬢様を祝うらしい。
結果、日本政府の重鎮は勿論様々な重要人物が来ることからその保安も重要になり、こうして有名な組織である彼等にも警備の依頼が来るのだ。
その事に少しばかり日本政府に振り回されている感が否めないが、仕事だと決まっているのならやるのみ。だから八幡はこうして会場で秘密裏の警備を行っているわけだ。
なのだが、その表情はどちらかと言えば曇っている。そして目の濁り具合も一塩に酷い。
だから相棒であるレイス7は当然のように声をかけるわけだ。
「んで、何でそんな面してるんだよ。どうにも不景気って感じだぜ」
「別に不景気ってわけじゃないんだがな」
そう答えた八幡は軽く周りを見回してあからさまに呆れた様子を見せた。
「こんなパーティーを開こうって考える主催者の正気を俺は疑うよ」
「ほう、その心は?」
「どいつもこいつも祝う気なんて全くない。皆そのお嬢様とやらを口実に財団と仲を深めたいって欲望がダダ漏れだ。笑ってはいるが、その目はまったく笑ってない。皆欲に目が眩んだ俺並みに酷い腐り具合だ」
そう答える八幡にレイス7は仕方ないなといった様子を見せる。
それは彼にも分かることなだけに、賛同する以外の言葉が見つからないのだ。
政治家や商人というものはそういうものなのだろう。そう割り切ってしまってはいても、そんな視線に満ちる空間に居ると言うのは確かに居心地が悪い。
だが、八幡はそれだけじゃなかった。
「それに……そんな視線に晒されてるお嬢様は嬉しいと思うのか? 俺は自分の誕生日なんて嫌いだからアレだが、普通は嬉しいと感じるのかもしれないけど、それでもこうもあからさまなのはな」
そう言う八幡だが、当然分かってはいる。そのお嬢様だって当然この場の視線のことは分かってるし、祝う気なんてさらさらないことも分かってるだろう。これも偏に財団の人間の責務だと割り切っている。そうでなければこんな場所には居たくないと言うのがお嬢様の本音だ。それはかなり遠くにある人の集団の中心にいる八幡より少しばかり歳が下の女の子の作り笑顔を見れば容易に想像できた。
そう文句を漏らす八幡に対しレイス7は苦笑するわけだが、その言葉の中に少しばかり気になるものがあったので問いかける。
「あれ? お前って誕生日嫌いなの?」
その問いかけに対し、八幡はジト目になりながら返す。
「普通、良い歳した男が自分の誕生日を喜ぶか?」
その言葉にレイス7はニヤニヤと笑いながら答えた。
「そりゃ普通はあまり喜ばないが……それが結衣ちゃんや雪乃ちゃん、それに沙希ちゃんみたいな可愛い子達に祝われるんだったら嬉しいもんだろ、そこは」
その答えを聞いて尚呆れる八幡。既に川崎 沙希が奉仕部に入部していることはレイス7に知れている。勿論言ったわけではない……勝手に調べたのだ。どうやらレイス7は弟分をからかうネタを手に入れて弄くりたいらしい。
そんな彼に更に呆れつつ、八幡は以前から思っていた事を口にする。
「俺はそれでも嫌なんだよ。小町の誕生日だったらそれこそ盛大に祝ってやりたい。でも、俺の誕生日は祝いたくないし出来れば祝われたくない。小町が悲しむ手前、仕方なく祝ってもらってるけどな」
「相も変わらずシスコンだな。まぁ、何があったのかは聞かないけどな」
これ以上触れるのは良くないと判断したレイス7はこの話題を打ち切った。
その心遣いに少しだけ感謝する八幡。
彼が口にした事は真実だ。
比企谷 八幡は自分の誕生日が嫌いだ。その原因は勿論幼い頃に父親を失ったあの事が原因である。
八幡は断言する………俺は自分を嫌悪する。
幼稚な無知で父親を殺した人間をどうして嫌悪しないでいられようか。
自分さえいなければ父親は死ぬことなく今も生きて小町に父親としての愛情を注いでいたことだろう。それを奪った自分を八幡は許せないのだ。
本音で言えば殺してやりたいくらい憎いし憎悪する。
だが、いくらそう思おうと自殺は出来ない。すれば今度は小町が悲しんでしまうのが目に見えるから。
故に八幡は自己嫌悪を抱きつつもこうして生き恥を晒しているのである。
以上の事から八幡は自分の誕生日というものがあの時以降嫌いになった。
とはいえ先程彼が答えた通り、祝おうとする小町を拒むわけにもいかないので、その時だけは我慢して堪えているというわけだ。
だからなのか、八幡は誕生日にあまり良い感情を抱いていない。
流石に相棒に気を遣わせたとあって気まずさを感じる八幡は話題を別のものに変える事にした。
「そう言えば最近……ゆるんでないか?」
「何が?」
手にしていたシャンパングラスを空にして聞き返すレイス7。急にそう言われてもそうとしか聞き返せない。
その言葉にレイス7はてっきり自分の事かと思ったが、どうやら違うらしい。
「最近の俺だ。どうにもな………こうらしくないことばかりしてる所為もあってなのか、精神的に緩んでるんじゃないかと心配になってくるんだよ」
八幡が問いかけたのは最近の自分に関してだ。
奉仕部に入り、雪乃や結衣と一緒に色々な事をした。そして最近では更に沙希も加わり更に賑やかになる部室。そこで過ごす時間は八幡に年相応に近いものを感じさせる。早い話し、最初に言っていた青春というものを感じつつあるわけだ。
なのだが、それを感じる度に八幡は考えてしまう。
自分が弱くなっているんじゃないかと。
もしも、小町や奉仕部の皆が何かしらに巻き込まれて生死に瀕することがあった場合、自分は正しく目的を遂行できるのかと彼は心配してしまう。
小町なら間違いなく小町優先。しかし、奉仕部の皆がその天秤に乗せられた場合、どう判断するのか八幡は分からなかった。それが怖いのだ。
奉仕部に入る前なら間違いなく無視して目的を果たしていた。だが、今はそうだと言いきれない。
だから思うのだ………自分が緩んでいるのではないかと。
そんな不安を抱える八幡にレイス7は呆れてしまった。
「いや、そいつはないだろ。何せお前は……」
その言葉は途中で途切れてしまった。
何故なら………彼らが出なければならない事態が発生したからだ。
それは入り口の前に止まったサービスマン。その手に曳かれているのはサービスワゴンである。
それ自体はこの光景に何の違和感も感じさせない。
だが、サービスカートの上には何も載せておらず、その下は真っ白なシートによって隠されている。
それはそれで珍妙ではあるが、使用済みの食器の回収と言えばそれまで。
それ以上に二人が気になったのは、サービスマンの口元だ。
目は営業用の笑みを浮かべているのだが、その口が二人には嘲笑っているように見えたのだ。
それに何か嫌な予感を感じたのか、レイス7は注意深くそのサービスマンを見る。
その結果、そのサービスマンは狂気の笑みを浮かべながらカートの中身を取り出した。
それを見た瞬間にレイス7は自分の目を疑う。
何せそんなものがあること自体がおかしいからだ。
それは重厚な鉄の塊。ごつごつとした殺戮の現れ。
「はぁっ、ミニガン!?!?」
仮にもこのパーティーは重要人物が集合しているのだから、当然その警備は分厚くなっている。八幡達は勿論のこと、それ以外の組織も当然警備として駆り出されているのだ。そんな重厚な警備の中、何故そんな危険物が持ち込めたのか?
その事が頭によぎると共に、レイス7は内心で舌打ちをする。
勿論その悪態をついた相手は自分たち以外の警備をしている連中全員に対してだ。
(どこの間抜けだ! 荷物検査もせずに通す馬鹿は!)
時間にして一瞬だが、そう思い彼は急いでそのサービスマンを止めようと動く。
このような会場故に持てる銃器も当然大人しめのものしか許可されておらず、それ故に彼はこの場にライフルを持ってこれなかったことを悔やんだ。手に持ったM92では精密な射撃ができないから。
正直に言えば間に合わない。
レイス7の距離から銃を撃って相手に当たるより前に、相手がミニガンの引き金を引く方が先になる。そうなれば後は分かるだろう。
この会場にいる重鎮たちがあっという間に血煙りと化す。
その光景を想像してしまい吐き気を覚えるレイス7。善人ではないにしても、そんな殺戮を見たいとは思わない。
しかし、それでもどうしようもなかった。
それでもと銃を構えた彼だが、その行為は無駄に終わってしまった。
きっとサービスマンは何かしらの恨みでもあってこうしたのだろう。その事を叫びながら引き金を引こうとしたはずだ。
だが、その台詞は出てこなかった。
何せ………ミニガンの銃身がピクリとも動かなかったから。
しかもそれが故障でないことは、サービスマンの目にはっきりと映っていた。
何故なら彼の目には………一人の男が映っていたからだ。
「パーティーのクラッカーにしては派手すぎるだろ、これ」
そう呟くのはいつの間にいたのか分からない少年。
その手に持っていたナイフが見事に銃身と銃身の間に入り込み回転を止めていた。
「なッ!?」
突如として現れた少年に驚き声を上げそうになるサービスマン。
だが、少年………八幡はその声すら上げさせない。
「傍迷惑だ、黙っていろ」
それがサービスマンが聞いた最後の言葉だった。
そう言い終えると共に八幡は高速で拳を振るいサービスマンの顎を横から殴りつけて脳を揺さぶり、身体から僅かであろうと力が抜けた瞬間を狙い更に首に手刀を叩きこんだ。
脳震盪を起こし一時的に機能障害を起こした上に更に意識を刈り取られたのだ。
そこまで行けば立ち上がれる者などおらず、サービスマンは床に崩れ落ちた。
八幡はそのまま周りに居る客に見られないよう失神したサービスマンを引きずりながらその部屋から出て行き、レイス7はサービスマンの手から離れたミニガンをサービスカートに突っ込んで上からシートを掛けるとそれまでの事態に怪訝そうになっている客に愛想笑いを浮かべながらこう言った。
「すみません、サービスの者が体調を崩したようなので」
そう言いながらすごすごと部屋を出て行った。
そして先を行く八幡を見ながらレイス7は呆れ返った。
「何が緩んでるだよ? 誰が見たって緩んでないっての。いつの間にあそこまで近付いた上にこんなデカブツを止めたんやら」
八幡は自分が心配しているよりも、遙かに成長していた。
数日前にそのように一暴れした八幡ではあるが、学校ではそのようなことは全くない。
その日もいつもと同じように部活に出た八幡だが、その日はいつもとは少しばかり違っていた。
部室に居るのは雪乃と沙希の二人。
沙希は勉強道具を広げ、雪乃はいつもと変わらずに読書に精を出していた。
そこに結衣の姿はない。
その理由は既に八幡も知っている。何せ結衣から部活を休むことを知らされていたからだ。
何でも飼い犬の健康診断をしに動物病院に行かなければいけないらしい。
だからこの場に結衣はいない。
だから何だというわけもなく、八幡もいつものように勉強を始めた。
そして少しして、雪乃が八幡に話しかけてきた。
「ねぇ、比企谷君……6月18日、何の日か知ってる?」
その付けは今日からざっと約一週間ちょっと先の日。
その日に何があるのか考えた八幡だが、まったくわからず分からないと答える。
すると雪乃は少しだけ得意げに答えた。
「その日、由比ヶ浜さんの誕生日よ。アドレスに0618って書いてあったから。別に調べれば分かる話しだけどね」
その話を聞いて沙希も少しばかり反応する。
「大体雪ノ下が言いたいことが分かってきた。それに今がまさに丁度良いからね、本人がいないし」
その言葉に雪乃は満足そうに頷き、八幡に優しい声でこう言った。
「だから………由比ヶ浜さんの誕生日を祝おうと思うのよ、奉仕部で。彼女には色々と世話になったし、私にとっても大切な友達だし……」
こうして奉仕部は部員の結衣の為に誕生パーティーを企画することになった。