俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn

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お気に入りが凄いことになり感激です。
そして今回ヒロインがまったく出てこないですよ………。


第25話 俺もたまには楽をする

 夜という時間はつくづく悪意に満ちやすい時間だと八幡は思う。

人間の生態が夜行性でない以上、夜というのは人間の時間ではない。だからこそ、夜という時間は昼間よりも物騒なのだ……物理的にも、精神的にも。

故にこの時間にこそ、人でなしは活動する。

人の善性を信じ切っているわけではないが、敢えて言うのならまったく善の無い人間と言うのはまさに人間ではない。故にそのような者たちは須らく人でなしである。

そんな者達の動いている様子を見つつ、八幡は自分もまた人でなしだと思う。何せ自分もこうして彼等のように、禁忌たる同族を殺すことで生きているのだから。

そんなことを少しセンチメンタルに考える彼は今、周りの人たちよりも更に空に近い場所に居た。

そこは月明かりだけが照らす広くも狭くもないがらんとした空間。周りには建物こそあれど、今彼がいる以上に高い建物はない。

そう、八幡は今………とあるビルの屋上に来ていた。

勿論来た理由は仕事であり、相方であるレイス7こと雑賀 静州も一緒に来ている。

いつもなら八幡が前衛として襲撃を仕掛け、それをレイス7がサポートするのだが今回に限っては別であった。

八幡はその場から動かずに屋上から下を暗視機能付きの双眼鏡で覗き込んでおり、相棒であるレイス7はご自慢のライフルを構えたまま屋上の床に這いつくばり、スコープを使い狙う先である場所を見据えている。

今回の仕事も例に寄らず日本政府にとって芳しくない者の処分……暗殺である。

八幡達がやっていることは決して善行ではない。確かに世間における犯罪者や悪人を始末していると言われれば善に見えなくもないが。その実態は日本政府にとって都合が悪い者たちの駆除である。防衛的にも政治的にも、知られたくないことへの隠蔽なり何なりと、その理由は多岐に渡る。それを明かそうとする者はいない。

そのことは八幡達だって分かっている。人に言えないことで金を稼いでいる以上、聞かないのは暗黙のルールなのだから。

だから今回相手が一体何をしでかしている相手なのかは彼等は知らない。日本政府からの情報によると不当な臓器や人身の売買を行っている大手らしい。

だが、それが何だと言うのだ。八幡達に分かっていることは、それが真実だろうが嘘だろうがすることは変わらないということ。

ただ狙い、そして殺す………それだけのことである。

だから何か気負ったりすると言うことはない。適度に緊張し、それでいて緩やかにリラックスする。今回やっていることも前にしたことも、そしてこれから先にやることも、全部一緒なのだから。

まぁそんな哲学的な話はさておき、今回いつもと違う布陣のためかレイス7から文句が漏れた。

 

「あぁ~、面倒くせぇ。何でこんな面倒な事しなきゃいけねぇんだろ。いつもみたいにハチが突入して一突きすりゃ終わりじゃねぇか。今回相手は一人なんだしよ」

「それが出来ないからこうしてお前の出番が回ってきたんだろ。グダグダ文句言わずに仕事しろよ、レイス7」

 

実に面倒臭さそうに文句を垂れるレイス7に八幡は呆れつつ返す。

そして意趣返しと言わんばかりに少し笑いつつ口を開いた。

 

「偶にはこうして俺が楽したっていいだろ。いつも前線で斬った張ったの殺し合いばかりしてるんだから。今回の主役はお前なんだ。俺はサポート役として徹するよ。風向きは西風、少し強めだ」

「OK、まったく、そう言われると何もでねぇから困るんだっての」

 

弟分にそう言われ、レイス7は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめてみせた。

そしてそのまま緩やかなおしゃべりに………などと言うことはなく、互いに無言になる。

これは暗殺、例え相手に聞こえていなかろうと音一つ立てずに行うことが当たり前………なのだが、流石にターゲットの姿が現れていない状態ではすることも少なく暇なのは仕方ない。なので任務に支障を来さない程度のおしゃべりならば問題ない。

少し沈黙しターゲットが出てこないか見るも姿は現れず、暇に耐えきれないのかレイス7があることを八幡に問いかけてきた。

 

「なぁ、ハチ………お前の給料ってどうなってる?」

「はぁ? いきなり何を言ってるんだ、お前は?」

 

急にわけのわからないことを聞かれ困る八幡。いきなりこんなことを聞かれれば誰だって困るだろう。それもこれからやろうとしていることを考えれば尚のこと。

そして八幡はこの質問に対し、当然のように答える。

 

「どうも何も、お前と一緒だろ、貰ってる額は。バイト扱いって体裁になってるけど、それでもレイスナンバーだ」

「ってことは中堅野球選手並みってことか………お前、高校生のくせに貰いすぎじゃねぇ?」

「そうは言っても金の管理は課長が握っているから、実質俺が自由に使えるのは精々25万くらいだ。しかもその殆んどは生活費と小町の為にしか使わない」

「相も変わらないシスコンっぷりだな、おい。もう少し欲張ってもいいんじゃねぇの」

「俺は必要な分があればそれでいいんだよ。ただ小町には不自由させたくないからな。こづかいだって毎月ちゃんとやってる」

「さいで」

 

八幡の給料というのは月給である。

それは勿論レイスナンバーズの給料であり、その額はプロ野球の中堅選手並みかそれ以上と高額である。通常のそれに加え、仕事でより良い成績を出せばその分賞与が増すと言うありがたい決まりもある。

そこだけ見ればとても良いのだが、その分賭けている物があるのでどちらかと言えば良くはないだろう。

 

自分の命と仲間の命。

 

それが好条件と共に賭けられた賭け金である。

失えばすべてを失うのだから。

尚、八幡はまだ成人していないと言うことで給料の半分以上を課長が管理している。

と、彼等にとっては当たり前となっていることを今更ながらに話して何の意味があるのだろうかと八幡は思うのだが、更にここでレイス7は意味のないことを聞いてきた。

 

「ちなみに貯金は幾らだ? その様子なら結構ため込んでるんじゃねぇか?」

「そこまで聞くか………まぁ、確か3000くらいはあったような……」

 

八幡が自分の貯金額を思い出しながらそう言うと、それを聞いたレイス7は思わず吹き出しかけてライフルを落としかけた。

 

「ちょっ!? どんだけ貯めてるんだよ、お前」

「聞いて驚くなっての。こっちは金を使うようなことがそこまでないのに仕事ばかりだったから貯まる一方だったんだよ。そんな風に驚くってことはそっちはどうなんだよ、社会人」

 

八幡の問いかけに少しだけ落ちつき始めたレイス7はため息を吐きつつ答える。

 

「…………いや、これが全然なくてなぁ。寧ろ借金返済でピンチだったりする」

「借金?」

「この業界の人間はどいつもこいつもわけありだろ。そして当然俺もわけがあったりするんだよ。主に金関係で」

 

 

それを聞いてこれ以上踏み込むのをやめた八幡。誰だって触れられたくないことはあるし、何より聞いても此方の精神が滅入りそうだ。

自分の為にも相棒の為にもこれ以上その話をするのはやめようと思った。

だからこそ、再び沈黙する二人。内心は早くターゲットが姿を現すことを願っていた。

そんな彼の心情を知ってか知らずか、レイス7は静かに口にした。

 

「人生の充実感は何を成したかで変わる。だからそのためには金が必要になるから、ここぞと言う時は惜しみなく使え」

「……………参考がてらに聞いておく。もし何かにかなり大きな額を使うことになったら、その時はその時で考えてみる………ターゲットに動きあり。お遊びはここまでだな」

 

その言葉にレイス7はスナイパーライフルを構えなおし、スコープ越しにターゲットを見ながらにやりと笑う。

そして彼はそのまま………。

 

「ゲット」

 

引き金を引いた。

八幡はその後を見届けるべく双眼鏡でターゲットがどうなったのかを確認する。

彼が見た先では、床に血と何かをぶちまけながら頭に風穴を開けたターゲットが倒れている姿が見えた。

 

「お見事」

「応」

 

ターゲットの暗殺が完了し、二人は撤収作業を始めると共に会社に報告を行う。

そしてそれを終え次第、レイス7はあることを八幡に持ちかけた。

 

「なぁ、仕事も終わったことだし、これから飲みにいかねぇか。このビルの中に確かイカしたバーがあったんだよ。『天使の階』だったか。今日は主役が奢ってやるよ。どうせ小町ちゃん、もう寝ちまってるんだろ。だったら急ぐ理由もないしな」

 

その誘いに断ろうとは何故か思えず、それと同時に確信犯だと八幡は思った。

 

「だから服装がスーツなのか。潜入などに使うって理由で課長からそれなりの代物を買わされたが、まさかこんなことに使うなんて思わなかった。まぁ、今日ぐらいは付き合ってやるか。主役様の御誘いだしな」

「そういうこった。んじゃ、いくか。マティーニでも飲もうかねぇ~」

 

そして二人は屋上から下の階にあるバーに向かって歩き始めた。

たまにはこういうのも良いかと八幡は思うと共に、自分の金の使い道について考えさせられた時間でもあった。

 

 

 まさかこの時のことが、この後の奉仕部の依頼と繋がっていようとは、今の八幡には知る由はなかった。


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