いや、本当に皆さまありがとうございます。
今回は八幡が頑張るお話です。
翌日になりあっという間に時間が過ぎて放課後。
八幡はいつもと同じように部室に来た。その様子は昨日の発言の割に普通であり、自然体そのままであった。そんな彼のいつもと違う所と言えば、彼の手に持っているバックがいつもより膨れていることだろう。
「よぉ」
部室に入るや先に来ている雪乃に彼はいつも通りに声をかけた。
その声に反応して彼女は振り向きつつ返事を返す。
「こんにちわ、比企谷くん」
いつもと同じ返しをし、彼女は読んでいた本に目を向ける。
そこはいつもと全く変わらない。
だが、やはり昨日言ったことが彼女は気になったようだ。
「ところで………昨日言っていたものって何かしら?」
いつもと同じように冷めたような凛とした声。だが、その声には確かな好奇心が覗いていた。
その好奇心を感じつつ、八幡は雪乃に返す。
「そいつは由比ヶ浜が来てからのお楽しみだ」
「あら、そうなの? 勿体ぶっているようだけど、本当に大丈夫かしら」
相も変わらず相手を挑発するかのように貶める雪乃の言葉に八幡は苦笑しつつ席に座る。
今日これからすることを考え、いつもは広げている勉強道具を広げずにそのまま少し待った。
そして待つこと数分、部室の扉が勢いよく開いた。
「あぁ~、ヒッキーここにいた! せっかく一緒に部活に行こうと思ったのにヒッキーいつの間にかいなくなってたし」
顔を赤くしながら怒る結衣に八幡は悪かったと軽く誤魔化しつつ宥める。
「悪かったって。あまり今持ってるもんを人に見られたくないんだよ」
「何それ?」
どうやら彼女は昨日八幡が言ったことをすっかり忘れているようだ。その事に八幡は少しだけ呆れつつ彼女に昨日言ったことをもう一回伝える。
「昨日も言っただろ。今回の依頼をとっとと終わらせるための道具を持ってきたって。後お前のスマホを借りるとも」
「はぅッ!? そ、そう言えばそうだった! そ、そんな、でも……えぇえええええええええええ!!」
昨日と同じように大きな声で驚く結衣。
そして驚き終えるや否や、彼女は顔を真っ赤にしてもじもじとした様子で八幡に話しかける。
「そ、その、私の携帯で何するの、ヒッキー………あ、勿論変なところ開けたりしたら駄目だからね! それにヒッキーだから貸すんだからね!ヒッキーじゃなかったら絶対に貸さないんだから…………」
顔を真っ赤にしながら恥ずかしがる結衣、そんな彼女は確かに可愛いのだが、それ以上に八幡は呆れながら言う。
「別にお前のプライバシーに触れるようなことはしない。そんなに言うってことは何か見られたらまずいもんでもあるのか?」
「~~~~~~~~~!! もう、ヒッキーのバカ、アホ、八幡!」
「いや、最後のはどうなんだよ、それ」
罵倒の中に明らかにおかしなものがあったことに突っ込む八幡。だが、こうしていても埒が明かないと判断し彼はバックのチャックを開け始めた。
「早く終わらせるためにも…雪ノ下、こいつが答えだ」
その言葉とともに八幡がバックから取り出したのは、何処にでもありそうなノートPC。それを見て雪乃は普通に言う。
「ノートPC?」
「あぁ、そうだよ」
「パソコン何かでどうするの?」
結衣がそんな問いをかけるが、八幡はそれに答えることなく更にバックから何かを取り出す。
それはパソコン用の機材であり、ぱっと見には無線LANにしか見えない。
だから八幡がやろうとしていることが予想できず、二人は共に首をかしげる。
そんな二人に苦笑しつつ八幡はそれらを組み立てると、彼は結衣にもう一回声をかけた。
「由比ヶ浜、スマホを貸してくれ。勿論変な所は開けない。見るのはメールだけだから」
「う、うん………」
少し渋りつつも八幡にスマホを渡す結衣。そのスマホは今時の女子風にデコレーションシールが貼られており、本来の姿よりも煌びやかでごつごつしている。
その感触と見た目に苦笑を浮かべつつ、彼はスマホに特殊なコードを挿しノートPCに接続する。
「これで準備よしっと」
そう言うなり電源を入れる八幡。
二人はこれから行われることが気になるようで八幡の後ろを覗き込もうとするのだが、八幡はそれを止めた。
「悪いがあまり見られていいもんでもないし見られたくない。だから終わるまで待っていろ」
そう言って二人を軽く押すと、結衣と雪乃の二人は不服そうに口を開いた。
「そう言って一体何をするのかしら、貴方。卑猥なことは辞めてちょうだい。今すぐ警察に連絡しないといけなくなるから」
「むぅ~、ヒッキーのケチ! 別にいいじゃん、見せてくれたって。私、スマホ貸してるんだし」
そんな二人を何とか宥めつつ、八幡は画面に集中し始める。
「んじゃ…………やるか」
その途端に変わる顔。獲物を狙う鷹のように鋭くなった目、口元を引き締めたその表情はいつもの無表情の八幡からは想像がつかないものであった。
そのため、その顔を見てついつい見入ってしまう二人。
(まったく違う顔………いつもの比企谷君とは別人みたい………)
(ヒッキーこんな顔もできるんだ………なんか……格好良い………)
顔が赤くなっていることに気付かず見入る結衣と雪乃。
そんな二人の視線を気にすることなく八幡は集中する。
画面に映る情報を見つつ手が休むことなく動く。軽快にキーを叩く音が部室内に確かに響き、彼のタイピングがかなり上手な事が伺える。
そして八幡が何をしているのかと言えば、もうこの時点ではっきりと分かっているだろう。
『クラッキング』
である。
彼はまず結衣のスマホに侵入し、その内にあるメールホルダーの中にある例のメールが何処から送られて来たのかを調べる。
どうしてもこれが必要だったのだ。何せ足がかりがなければ調べられないのだから。
そしてそれが判明するなり更にクラッキングを行い送り主のスマホに侵入。そこから更にその送り主に送られたメールを逆になぞるようにクラッキングを行い更に潜入していく。
傍から見れば実に効率が悪い。だが、彼はそれを通常あり得ない速度で確かに行っていく。
(送り先がダブっている所は消していき、更に素早く気付かれることなく侵入する)
電子上であっても『レイス』であることを求める。それが彼の精神である。
いついかなる時であっても自分は『レイス』であるのだと、常にそう思いながら行動する。
確かにその腕はグレムリンよりは劣る。彼らならこの程度数分程度で済ますだろう。それこそスナック菓子片手にあくびをしながらつまらなさそうにだ。
そんな化け物と違い彼は凡人。だから凡人は凡人なりに努力するしかない。だから八幡は常に努力し力をつける。
故に彼は電子戦においてもレイスの中では上位に入る。
まぁ、そもそもグレムリンの中でも更に変わりものに気にいられてしまったせいで無理やり身に着かされた力だが。
だから彼はこうして疲れた様子一つ見せずに侵入し続ける。
送り主から送り主へ。選択肢を減らしていき、鼠算を逆算していくように次から次へと侵入していく。
そしてそれはやがて一つへと辿りつく。
それこそが…………今回の犯人。
「見つけた」
そう呟く八幡はニヤリと口元を釣り上げて笑う。
それはいつもの彼にしては珍しい好戦的な笑みであり、彼を見ていた結衣と雪乃は更に顔を赤くしていた。
(本当に何かしら、いつもはそんな顔しない癖に………格好良いかもしれないだなんて………ぁぅ……)
(キャーーーーーーーー! ヒッキーってそんな顔もするんだ………)
どうにも乙女心を揺さぶられる二人。
「………ふぅー………」
そんな二人に気を向けず、八幡はここで軽く息を吐いた。
既に犯人のスマホには侵入した。ならもう犯人は分かっているのではと思うが、それでけではいけない。なぜなら、彼が今やっているのは『違法』の手段だ。それを説明した所説得力がなく、逆にこちらが訴えられかねない。
『お前の携帯からこのメールが送られたってことは調べが付いているんだぞ』
と言ったところでそもそもそれがそいつの携帯であるかどうかなど証明できないのだから。
だからこそ、ここからは更に厳しく難しくなる。
八幡は犯人のスマホから更にクラッキングをかけ始めた。
侵入する先は、そのスマホが契約されているであろう携帯の会社。
それまで学生の使っている緩い防御の端末と違い、ここから先は企業が護っている膨大なセキュリティーが相手だ。流石に凡人の八幡では時間がかかってしまう。
彼は更に目に力を込め、それまで以上に素早くキーを入力していく。
かなりの速さに更に見入ってしまう二人。そんな二人の視線を流しつつ八幡は更に奥へと侵入する。
そして最後のキーを押すと共に、それまで雨のように鳴り響いていたキーの音が鳴り止んだ。
「これで止めだ」
そして八幡はそう呟くなり、中の情報を持ってきていたフラッシュメモリに記録しそれを終えるなり今度は再び早い速度で侵入先から脱出し始める。
その速度は早く、きっと会社の人間はクラッキングを受けていることに気付いていないだろう。
とはいえそれでも遅い。時間にしてかかった時間は約10分程だが、調べるのに時間がかかり過ぎだ。彼が知るグレムリンの知り合いなら、この程度片足で適当にキーを押しながらやってしまうだろう。天才と言うのはそのような化け物だ。しかも時間は2分も掛からずにだ。
そのことを考えつつ八幡は侵入した経路を潰しながら脱出を重ね、そして由比ヶ浜のスマホまで言ったところから衛星を2~3機経由し更にネットカフェなどの端末も経由して回線を切った。
数か所を経由して更に誤魔化しを入れ続け、穴を塞いでいけばバレる可能性は少ない。
「はぁ~~~~~~~~………」
そんなため息を吐くと共に、彼は少しペースを落として記録したものをディスプレイに表示する。
「これ、何だと思う?」
その声にそれまで八幡の顔に見入っていた二人は恥ずかしさから変な声を上げた。
「キャッ、な、何かしら?」
「ふぇっ!? え、えっと何!」
そんな二人に八幡は少し呆れつつもう一回問いかける。
そして二人は顔を赤くしたまま八幡が見せるように出したノートPCのディスプレイを見た。
その画面に映し出されているのは、何かの書類のデータであった。
「これは………携帯の契約書かしら?」
「確か契約したと時にこういうの、書いた記憶あるかも」
二人の反応が満足なものだったのか、八幡は少しリラックスした様子で二人に話しかけた。
「正解。こいつは由比ヶ浜や他の連中に例の迷惑で幼稚なメールを送った犯人の契約書類だ。そのまま自分のスマホでそんな馬鹿な事をするとは思っていなかったからな。必ずまったく無関係な新しいスマホを秘密裏に契約してると思ったんだ。そして予想通りだったってわけ。名前の所を見てみろよ」
八幡にそう言われ書類の契約者欄に目を向ける結衣と雪乃。
そしてそこに記載されている名前を見て二人は目を見開いた。
「この名前は………」
「やっぱりあの3人の内だって思ってたけど……」
そんな二人の感想に八幡は意地悪そうな笑みを浮かべつつ答える。
「流石に偽名や偽造身分を使うまでは頭が回らなかったみたいだな。そこまでされてたらもっと面倒だったよ。だがこれで証拠は手に入ったわけだ。後は雪ノ下に任せた、俺は疲れたよ」
そう言ってそれまで緊張していた身体を自分の席の椅子の背もたれにドカっと持たれかける八幡。
そんな八幡に感心する結衣。だが、流石に何をしていたのかがなんとなくわかる雪乃は八幡に驚きを顕わにしながら問いかけた。
「貴方、一体どうしてこんなことを………」
その問いかけに八幡は片目を瞑りながら少し茶目っ気を出しながら答えた。
「そいつは………企業秘密ってやつだ。覚えとけ、雪ノ下……正攻法だけじゃ世の中上手く渡ってはいけない。時には逸れる方法も取った方が効果的だ」
そう答えるなり八幡はノートPCの電源を切り畳む。そして結衣のスマホを返し、彼はノートPCをしまっていつもと同じように勉強道具を引っ張り出した。
翌日、雪乃は結衣と葉山に協力してもらい犯人を屋上に呼び出した。
そして屋上に来た犯人に向かって八幡が手に入れてきた契約書のコピーを犯人の前に突き出す。
「これが貴方が今回のチェーンメール騒動の犯人である証拠よ」
そう冷静に冷徹に言い切る雪乃。
そしてそれを突き付けられた犯人……大和は顔を真っ青にして力なくその場で膝まづき始めた。
どうやら彼もやってしまったことに罪悪感を感じていたようだ。
そんな様子を雪乃の後ろで見ている八幡。雪乃はいいと言ったが念の為である。
もし犯人が暴走した場合に抑えるために彼は進んできたのだ。その気遣いに気付いたようで彼女はその時顔を赤くしながら彼を罵倒したが、顔は嬉しそうに笑っていた。
犯人は3人組の内の大柄な男である大和だった。
何故彼が犯行に及んだのかは知らない。別に知ろうとは二人とも思わなかった。
そこまで犯人に温情をかけるつもりはないし、踏み込む気はない。問題は当人たちで解決するのであって、それを手伝うだけなのが奉仕部なのだから。
雪乃は犯人が判明したことですっきりしたようだし、葉山は確かに気落ちしたようだがそこは彼次第であるので問題ない。
だからこれで依頼は終わり。雪乃は大和をしこたま罵倒し精神を締め上げると気が済んだのか屋上から出て行った。
そしてそんな彼女の後姿を見つつ、八幡は意気消沈している大和に話しかけた。
「友達ってのがまだはっきりと断言できるものか分からない。だがなぁ……こんな馬鹿な真似してまで付き合う程に見苦しいものではないはずだと俺は思う。もっと気楽なもんだろ、友達ってのは。だからお前はもっと周りに目を向けろ。友達は何人いたって良いもんなんだろうさ」
そう言って八幡は雪乃を追って屋上を後にした。
尚、最終的に八幡が取った当初の依頼の解決法は………更に別のチェーンメールを皆に回すことであった。
内容は実際に噂のメールの内容を調べてみたという調査報告のメールであり、すべてデマであることが判明したという内容であった。それこそ本人達でしか知らないような情報も混ぜ込んであり、信憑性は大和のチェーンメールの比ではない。
人の噂も何とやら。新しい情報に飢えている若者には真新しい物の方が喰い付きがよく、古い情報より新しい物の方を優先する。だから出された新しい情報にクラス中の目が集中し古いものは忘れ去られた。
その内容に3人組は戸惑ったようだが、これで一先ずクラス内の雰囲気は元に戻ってたようだ。
そして葉山が下した解決法は、葉山は3人組と組まず八幡と戸塚の3人で組むと言うものだった。
その答えに苦笑する葉山だったが、何度も言うように八幡は気にせずに答える。
「別にいいんじゃないか。それがお前の答えなら」
そして3人は職場見学を一緒にすることになり、八幡の要望は見事に通らなかった。
またその日の夜、彼が自室でくつろいでいると件のノートPCから呼び出し音が鳴り八幡はそれを開く。
そのディスプレイに映っているのは、ウサギのような猿のようなよくわからない一本の角を生やした生物がデフォルトされたアイコンが映し出されていた。
そしてマイクから出てきたのは若い女のような男のような高めの声。
『やぁやぁハチマン、こうして連絡するのは久しぶり~』
「……何のようだ、アリス……」
その声に顔を青ざめさせる八幡。
彼がアリスと呼んだのは、彼の職場のサポートチームにして電子戦の猛者であるグレムリン、その一人である。何故か気にいられ、こうして偶に連絡を取ってくるのだ。
ただし、八幡は正直アリスが苦手だ。何せアリスは八幡に無理難題を押し付けてる。それこそ子供が好きな相手に意地悪をするかのように、八幡をいじめるかのように難題を押し付けるのだ。
そんな苦手な相手に話しかけられ、顔が青くなるのは無理もない話。本当に無理難題ばかりやらされるのだから溜まったものではない、
だから正直すぐにでも回線を切りたい八幡だが、この手は彼等の独壇場だ。切ったところで余裕で此方のマシンをクラッキングしてコントロールを奪うだろう。
だから諦めて八幡は話に応じた。
「もう一度聞くが、何の用だよアリス」
心なしか疲れ切った声を出す八幡にアリスはクスクスと笑いながらテンション高めに話しかけてきた。
『用も何も、昨日のクラッキングを見ていたけど何アレ? あんなお遊びに時間かけすぎだって。アテだったらあんなもん片手でポテチ食べつつもう片手でコーラ飲んで、片足でボールをリフティングしながら最後に残った片足の小指だけで出来るよ。勿論時間は2分も掛からずにね』
「それは一体どんな曲芸だ………」
話していて疲れが溜まることを自覚する八幡。
アリス相手に彼はいつもこんな感じだ。話していて疲れる。正直相手にしたくないが、相手にしないとこの化け物が何をしでかすのか分からないので怖い。故に仕方なく応じるのだ。だから彼はアリスに振り回されっぱなしである。
そんな疲れた様子な八幡にアリスは更に愉快そうに笑いつつ、彼にもっと疲れる爆弾を落とした。
『そんなハチマンに罰ゲーム、ドンドンパフパフ! このPCに特製のウィルスを仕掛けたからそいつを急いで除去してみな。制限時間は20分、いやマジでアテて優しい。普通なら2分もしない内にマシンが爆発するのを敢えて、敢えて20分も時間を上げるんだから。あぁ、勿論このマシンは爆発しないけど、その代わり電子上にハチマンの個人情報が裏の物までばらまかれるようになってるから』
「なッ!? くそ、この疫病神め!」
『ぬははははは~、もっと褒めてくれても良いぞい!』
「今度会ったら思えてろ! その時は容赦なく廊下の床に叩きつけてやる」
その様子に悪態をつきながらこの日、八幡は本気でPCのキーを叩き続けた。
尚………残り1秒を残し解除には成功したが、その際八幡は疲労困憊で汗だくになっていた。
最後まで締まりがない、そんな一日であった。
そしてやはり、表に裏の物は出すもんじゃないと彼は思ったが、それでも………雪乃のすっきりとした顔を見れたので悪くはないと、そう思った。