俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn

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置きに入り400越え、ありがとうございます。
今回は普段出番がない平塚先生に頑張ってもらいました。

可愛いよBBA、可愛いよBBッ!?…………撃滅のセカンドを喰らったようです。


第20話 俺の顧問はこんなにも優しい

 八幡は現在、職員室にいた。

勿論彼自身ここに寄る用事などない。純然に呼び出されたのだ。

上司と部下という上下関係などないが、学校という環境に於いて教師からの呼び出しは絶対に応じなければならない。故に八幡がここに来たくなくても来ざる得ないのは当然の話である。

そして彼を呼びだしたのは、彼にとって馴染み深い人物であった。

長く美しい黒髪を靡かせスーツと白衣越しだというのにそれでもはっきりとわかるスタイルの良さ。そして性格が少しアレだが、それを含めても美人だと言える端正な顔立ち。きっと性格さえ知らなければ誰しもが見惚れるだろう。

八幡が入っている部活の顧問であり、生徒指導担当の平塚 静その人である。

少し前、部活に入る前に呼び出されたのと同じような状況であり、八幡はまた何かしたのかと考えるのだが、それでも引っかかるものはない。彼自身で言うのもなんだが、成績に問題はなく単位も問題なし。提出物の不備もなかったはずだ。

だからこそ、どうして呼び出されたのか分からない八幡は相も変わらず濁った瞳で彼女を見つめていた。

 

「それで……今回何があって俺は呼び出されたのでしょうか?」

 

この際自分が何かをしたのは確定済みだと判断しての言葉に平塚は何とも言えないような顔で八幡の顔を見つめ返した。

 

「そう言うということは何か思い当たる節があると言うことかね?」

「いいえ、まったく。ですが前回と似たような状況下にあるだけに、その可能性が高いと推測したまでです」

 

平塚の問い返しに八幡は堂々と返す。

これも前回と変わらず、自分に非がないと断言していた。

そんな様子の八幡に平塚は観念したかのように手に持った書類を八幡に見せた。

 

「これについて何だが、どうなんだ?」

 

平塚が八幡に見せたのは『見学希望調査表』であった。

それは少し前に八幡達2学年の全員に配られたものであり、ある程度学校で決められた会社の中から見学したいというもの選び書いて提出するというものだ。ただし、個人的に行きたい会社がある場合はその希望を書類に書き提出すれば学校側からその企業と相談してくれて見学することができる。

要は生徒が選ぶ社会科見学であり、このイベントはクラス内を大いに賑やかせた。

そんな中、八幡も当然書類を書き提出したのだが、どうやらそれが平塚のお目にかかったらしい。

なので何処かおかしな所はないか、八幡はもう一度書類を読み直す。

 

 

『見学希望調査表』

 

比企谷 八幡

 

希望する職種……清掃業

 

希望する職場……『株式会社三雲清掃業』

 

理由を如何に記せ

 

確かこの行事は現地解散ということなので、バイト先ならそのままバイトに行けて楽だからです。それにこの職業に自分は既に就職すると決めているので、それ以外の選択肢を選ぶ気がありません。故に私はここを希望します。

 

 

 

「特になにもないと思うのですが?」

「ん~、確かに問題はないのだがなぁ………」

 

書類上問題はないらしい。

ならば何故こうも目の前の教員は何とも言えない顔をしているのだろうかと八幡は思う。

その答えを平塚は微妙な困り顔で答えた。

 

「確かに書類の項目はすべて書いてあるし重要点も抑えてる。だが、この理由には少しばかり引っかかるものがあるんだがなぁ。特にバイトにそのまま行こうとする所とか。学校は君の事情だけでそれを許可するわけにもいかんし、それにバイトで働いている所にそのまま就職するというのは少しばかり進路を早く決め過ぎじゃないのか?」

 

八幡の進路が既に決まり切っていることに少し不安を感じているらしい。

ここで平塚 静という教師を知っている人なら誰しもが知ってることなのだが、彼女はかなり生徒の事を考えている。生徒に心身を寄せ共に考え導く。まさに生徒から慕われる教師の鏡と言えよう。だからなのか、彼女は良く『青春』という言葉を口にするのだ。年相応に学生生活を楽しみ、本人の満足のいく進路へと導くのが彼女の教師としての考え方。

だからこそ、八幡のように既に決めているというのは不安に感じるのだ。まだ選べる時間は十分にあるし、選択の幅だってかなり広い。その可能性を考えずに決め切っている八幡がもったいないと彼女は感じるのだろう。

だからこそ、このような言葉が返ってきた。

その言葉に対し、八幡はまったく表情を変えずに答える。

 

「先生が言いたいこともわかりますが、ウチに大学受験するようなお金はありませんし、そもそも受験する気もありません。それにこのバイト先は父の友人から紹介してもらったところなんです。そのため多少の無茶も聞いてもらっていますので、その恩義に報いるためにも就職することはバイトを始めた当初から決めてます。まぁ、確かにバイトにそのまま行こうとしていることは少しアレだとは思いますが。結局変わらないのなら一緒かと」

 

八幡の答えに深いため息を吐く平塚。

もう答えが決まり切っていて揺らぐことがない八幡の様子に呆れ返ったようだ。

 

「まったく、もう少し柔らかくなってもいいんじゃないか?」

「これでもそれなりにやってますよ。先生の言う『青春』もそれなりに楽しませてもらっています」

 

その言葉に平塚は少しため息を吐くと苦笑を浮かべながら八幡を見つめる。

 

「君の進路は大体わかったし意気込みも分かった。だが、この調査表は申し訳ないが再提出だ。もう決まり切っているのなら、今更そんな復習する必要もあるまい。これも偏に青春だ。クラスメイトとの交友を深めるためにも、彼等の希望に付き合いたまえ」

 

その言葉にそうですかと八幡は薄く返した。

今更ながら、そんな気がしていた。あの希望がすんなり通るとは思えなかったが、それでも彼なりに『希望と可能性』を込めて書いたのだ。その可能性がコンマレベルだと分かっていても。

だから別に落胆はない。これもまた予想通りの結末と言えよう。

ただし、クラスに『友人』が殆んどいない八幡では交友も糞もないと思ったりする。

そんな八幡の思いに気付かない平塚は八幡にそのまま連絡事項を報告する。

 

「それと伝え忘れていたが、今回の職場見学は3人一組となる。だから誰か誘うように」

「わかりました」

 

連絡を聞き終え、もう話は終わったと判断し八幡は席を立とうとするが、その前にあることを思い出して懐に手を入れた。

そしてそこを少し探ると、平塚の前にそれを差し出した。

それは良くあるキャンディーだった。市販で売られている普通の飴玉。ちなみに味はイチゴミルクであり、彼女はそれを見て内心で必死に笑うのを我慢した。八幡という男にはあまりにも似合わなさすぎるから、そのギャップが堪らなく可笑しくて吹き出しそうになる。

それを八幡は気付きつつも知らない振りをして平塚に話しかけた。

 

「先生がお疲れのようですから、これ、良かったらどうぞ。妹が偶にくれるんですが、俺はあまりこの味が好きじゃないんですよ。だからあげます。疲れてる時は糖分がいいんですよ」

「あ、あぁ、悪いな」

 

差し出されたキャンディーを受け取る平塚。そのまますぐに口の中に頬り込むと、甘いイチゴミルクの味が口の中に広がる。女の子が好きそうな味に少しだけ子供に戻ったような気分になった。

それで彼の用事は終わりのはずなのだが、八幡はまだ少しだけ待っていた。

そして平塚の目が八幡の目を見ると共に話しかける。

 

「それに………」

「?」

「俺なんかの為に一生懸命に頑張ってくれて嬉しいですから。確かに先生の厚意を無碍に扱ってしまって申し訳ありませんけど、それは俺のことを本当に考えてくれているからって分かりますから。だから厚意に応えられない代わりのお礼です」

「ッ!?」

 

そう言い終えると今度こそ八幡は彼女に背を向けて歩き出した。

彼は今までに様々な大人、様々な人間を見てきている。それがどんな考え方なのか、どのような人物なのか、そう言ったものを今まで見てきた。

だからこそ分かるのだ。その人が善意が、敵の悪意が。

大人になるほど人間の思考は複雑を極める。だが、それでもはっきりと分かるものはわかり、彼女の生徒を心配する気持ちは本物だということは断言できる。

だからこそ、八幡は彼女にお礼を言ったのだ。今回の呼び出しでもそうだが、八幡は彼女に負担をかけてしまっているから。

と、八幡になりに人生の先達であり尊敬すべき人である平塚に感謝を込めてのお礼をしたわけなのだが、彼女にはそれはちゃんと伝わってはいないようだ。

 

「ッ~~~~~~~~~~~~!? きょ、教師をからかいおって、この………マセガキめ………」

 

八幡にお礼を言われた途端に顔が真っ赤になり、嬉しいやら恥ずかしいやらで落ち着かなくなってしまった平塚。その手はいつもの握り拳ではなく、指と指をちょんちょんとつつき合わせてもじもじしていた。

そんな彼女の胸は温かくもせつなく締め付けられ、口の中のイチゴ味は甘酸っぱく感じた。




お前は誰だ! 八幡? 嘘だ!?

作者の感想ですね。

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