俺が青春なんてして良いのだろうか   作:nasigorenn

21 / 78
小町が少し頑張る話ですね。


第19話 俺の朝は癒される

 デスクに置かれたノートPCのキーボードを叩く音が室内に小気味よく響く。

その音源たる八幡は画面から一切目を離すことなく、その手は止まることなく動き続ける。彼の表情はいつもと変わらず無表情であり、その瞳は相も変わらず濁り切っていた。

そんな彼に少し呆れたような声がかけられる。

 

「おいハチ、何やってるんだよ」

 

その声に八幡は手を止めずに声だけで返事を返す。

 

「何って見ての通りだよ」

 

その返事に声をかけた男……八幡の相棒である雑賀 静州は更に呆れる。

傍から見たら本当に何をしているのか分からないのだが、八幡が何をやっているのかをご同類である彼がわからないはずがない。だからこそ、更に彼は問うのだ。

 

「だからだよ。一体どこにクラッキングかけてるのか知らないが、そもそも何でそんなことしてるのかって俺は言いたいわけ」

 

そう彼が言いたいのはそこである。

確かに八幡達『レイスナンバーズ』は様々な技能を習得している凄腕揃いである。

だからクラッキング等の情報操作も勿論出来るのだが、彼が言いたいのはそうではない。

それはなぜなら………。

 

「その手相なら俺等じゃなくてあいつらの仕事だろ………『グレムリン』のよ」

 

彼の言葉にそれまで動かしていた手を止めて八幡はやっと画面から顔を離した。

その際にカチリと最後のキーを押したことで彼がやっていた事は終わったようだ。故に少しだけ疲れたような顔をしつつ八幡は彼に振り向いた。

 

「課長命令とあの厄介な奴からのご指名だ。俺だってやりたくてやったわけじゃないが、命令なら仕方ないだろ」

 

八幡はそう答えるなり凝り固まっていた肩を軽く回してほぐし始める。

 

「また課長か。あの人、お前を後継者にしようって考えてるからなぁ。親の愛ってのは重いねぇ」

「そんなものじゃないだろ、気持ち悪い事を言うな。ただ単に技能を錆びさせるなって言いたいだけなんだろ、あの人はさ。こういった技能も俺等には必要だ。必要な時に使えなかったらただの役立たずだ。そういう奴は他の奴の足を引っ張って死ぬ。そんな風にはなりたくないから、こうして文句を言いつつやってる。それに……やらないとやらないで『あいつ』がウザくからんでくるだろ。それを考えるだけで俺はストレスで胃に穴が空きそうだ」

「お前って本当に変な奴に好かれるな」

「うるさい」

 

相棒のからかうような笑いに八幡はむくれつつ答えた。

彼らが話している存在である『グレムリン』。これは八幡達と同じような存在である。

『株式会社三雲清掃業』にはいくつかの特殊なチームが存在する。

八幡が所属している『実行部隊』である『レイスナンバーズ』は文字通り、政府から会社に来た依頼をこなす存在であり、それらのバックアップなどを行うサポートチームもいくつか存在する。その中の一つに電子的情報の操作、収集を行うチームがあり、そのチームの名が『グレムリン』である。

主にクラッキングを主とした電子戦を得意とし、その気になればアメリカの主要施設に鼻歌交じりでクラッキングしてみせる凄腕揃いのチームだ。

ただし、そのメンバーは八幡達レイスナンバーズと比較しても周りが引くくらい『濃い』。少しずれれば廃人真近というのが殆んどなだけに、その危険性が伺えるだろう。そんな人間達だが腕は確か、故に誰も文句は言わない。そんな廃人達だからなのか、一部の者しか彼等とは会えないらしい。

のだが、どういうわけか八幡はその中の一人に気にいられており、度々このように頼みごとをしては遊ばれているわけである。

今回もその人物に頼まれたこともあり、面倒だが仕方なく引き受けたというのが現在の八幡というわけだ。

その課題もやっとクリアした事により八幡の顔もやっと晴れる。

 

「まぁ、これでやっと終わりだ。もうアイツにデータは送ったし、特にすることもない」

「ご苦労なこって」

「本当にな。早く帰って小町の寝顔が見たい」

「や~い、シスコン」

「シスコンで何が悪い。小町は俺のすべてで癒しだからな」

 

帰れる事もあって少しだけハシャぐ八幡と相方。そのやり取りは仕事の割に幼い。八幡は口に出してこそいないが、この相棒のことは兄のようにも思っているからこそ、こうして軽口を叩き合えるのだ。

 

「それに部活に行けば雪乃ちゃんと結衣ちゃんに会えるからなぁ。存分に癒されるだろ?」

「あまりそういった口を叩くなよ、相棒。あまりそう言われると俺は今度の訓練、初っ端から全力で斬り合いたくなってしまうからなぁ」

 

その言葉に彼は顔を青ざめさせながら謝り始めた。

 

「いや、マジでそいつは勘弁だって! だってアレだろ、お前って気配消して相手をめった刺しにするじゃん! あれを受けろっていうのか! そんなことされちまったらマジで死ねるって。だからマジ許してくれって」

 

さっきまでからかわれていたのが逆転し攻める側になったことで満足した八幡は、少しだけにやりと笑いつつ彼に提案する。

 

「なら………下で何か奢ってくれ。少し小腹が空いたからさ」

「おぉ、んじゃ俺も何か喰ってくか」

 

そして二人で歩き始める。

確かに八幡達は実行部隊であり戦闘が本業である。だが、それしか出来ない脳筋に用はなく、そのような者に意味はない。

何より、常に戦うことしかできないのではそれこそ仕事ができない。だから彼等はデスクワークなどもこなすし、戦う以外の事も行うのだ。

レイスの名は戦うだけに非ず、それ以外の場面でもその名の通りに活躍してこそのレイスなのだから。

 

 

 

 朝、八幡が目を覚まし自室からリビングへと降りると、そこには簡素な朝食が並べられていた。

 

「あ、お兄ちゃん、おっはよ~」

 

八幡の姿を見て元気よく声をかけたのは彼の妹である小町だ。まだ制服に着替えていないのか、ラフな服装であった。

 

「あぁ、おはよう小町」

 

八幡は軽く小町に挨拶を返すと自分の席に着く。

そしてテーブルに置かれている簡素な朝食………食パンとコーヒーに手をつけるのだが、対面に座る小町に向かって申しわけなさそうな声をかけた。

 

「一々待ってなくてもいいのに。それに毎朝用意してもらって悪いな」

「別にいいの、これぐらい! 小町はお兄ちゃんと一緒に食べたいんだから」

 

八幡の言葉に小町はえへへと笑いながら答えた。その言葉に自他共に認めるシスコンである彼の心が震えたのは言うまでもない。

比企谷家の暗黙のルールの一つに『朝食は必ず一緒に取る』というのがある。

これはバイトで夜の時間が不定形な八幡と少しでも一緒の時間を過ごしたいという小町の願いであり、八幡はそれに賛同しているわけではないのだが、こうして素直に従っている。妹が可愛くて仕方ないのだから異を唱えるわけなどないのだ。

朝食を作るのもまた小町の役割となっている。

別に八幡としてはそんなにしてもらわなくても良いと思っているのだが、そこは小町が譲らなかった。彼女なりに家族の助けになりたいと思ったが故の答えらしい。家事全般は小町の仕事だと、彼女は決めている。それの唯一の妥協点と言えば、朝食が簡素なのがそうだ。これは八幡の提案であり、朝は早く動くために簡単な物だけで良い。その代わり夕飯は頑張ってもらおうと彼女を尊重しつつ妥協してもらおうとしたのがこの結果だった。

故に八幡の生活は小町によって守られている。

そんな小町の愛情に身を震わせつつ八幡は小町と一緒に朝食を食べる。

その時間は穏やかであり、朝の雰囲気としては最高だと八幡は思う。それは小町も一緒なのか、よく嬉しそうに笑うのだ。それを嬉しく思う八幡

なのだが、何故か小町はそういう時に度々ちょっとしたポカを起こしたりする。

それは二人で食パンを齧っていた時のこと。八幡は適当にマーガリンを塗った食パンを齧っていたのだが、小町が食べ終える辺りであることに気付き指摘することに。

 

「小町、口元」

 

その言葉に小町は気付いたらしく、驚いた様子で八幡に確認してきた。

 

「もしかしてジャムってる?」

「ジャムるってお前は自動小銃か? そんな弾詰まりはしていないだろうが」

「お兄ちゃん物知りだね、小町初めて知ったよ!」

 

そんな小町に呆れる八幡。ちなみにジャムるとは拳銃等の弾詰まりに使われる言葉であり、決してジャムが口の端に残っていることに使う言葉ではない。

そんな兄の気持ちなど知らぬといった感じなのか、小町はジャムを拭きとらずに八幡に近づき、まるでキスをするかのように顔を差し出した。

 

「お兄ちゃん、とって」

 

その行為に八幡は呆れつつも何処か嬉しそうに笑う。

 

「仕方ないなぁ、たく」

 

そう言いつつもティッシュで小町の口のジャムを拭きとって上げる八幡。

それを終えると小町は実に嬉しそうに笑った。

 

「えへへ、ありがとね、お兄ちゃん」

「この甘えん坊が」

「それが妹の特権ですから」

 

胸を張る小町に八幡は少し甘やかすように頭を撫でてやる。そうされ小町は気持ち良さそうに顔をふにゃぁとした。

 

「ん~、やっぱりお兄ちゃんの撫で撫では気持ちいいね~」

「良い歳した娘が言って良い言葉ではないと思うけどな、俺は」

「それでもいいの、だって小町のお兄ちゃんだから。お兄ちゃんだからいいんだよ。むふ~」

「まったくこの妹様は…………(朝から嬉しいことを言ってくれるよ、本当)」

 

八幡はそんな愛おしい妹に呆れつつもしばらく彼女の頭を撫でていた。

 

 

 そんな朝の一時も過ぎ、二人は制服に着替え学校に行く。

 

「行ってきます、お兄ちゃん!」

 

小町の元気な挨拶に八幡はこう答えるのだった。

 

「おう、いってらっしゃい。それと……行ってきます」

 

そして二人は各自で学校に登校し始める。

これが八幡の毎朝の日常である。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。