(あぁ~何やってるんだろ、俺………)
葉山達を何とか排除した八幡であったが、戸塚のトレーニングが終わる頃にその心は酷く落ち込んでいた。
それと言うのも、先程まで怒りで少しばかりタガが外れていた八幡だが、彼は本来そこまで凶悪ではない。
先程の本来あるべき答えは、『葉山達を交渉して穏便に退いてもらう』が正解。
だというのに、彼は三浦の全く話を聞かない様子や葉山の事の重要さを理解できない愚かさに我慢が出来なかったのだ。故に少しばかり怒ったわけであり、その結果が先程の脅迫と威嚇。
冷静に戻れば自分が如何に愚かしい真似をしたのかがしっかりとわかるだけに、八幡の落ち込みようはそれは酷かった。
きっと葉山は今後、八幡の事を警戒するだろう。表立ってするほど愚かではないと思うが、それでも隠しきれない警戒心は滲みでる。それを察した連中に何かしら聞かれる可能性は無きにしも非ず。それは八幡がもっとも嫌う『目立つ』ことになってしまう。
故に自己の怒りで選択を間違えた八幡は酷く落ち込み猛省しているわけである。
そんな彼の様子に気付き、結衣と雪乃、それに戸塚の3人が心配そうに八幡に声をかける。
「ヒッキー、大丈夫?」
「比企谷君、何をそんな落ち込んでいるのかしら。目の腐り具合が更に酷いことになっているわよ?」
「比企谷君、どうかしたの? なんか辛そうだよ?」
約1名ほど心配しているのか分からない罵倒を飛ばしてきたが、それを返す余裕が今の八幡にはなかった。
彼は正直、穴があったら入りたい気持ちで一杯になっていた。
恥ずかしいやら愚かしいやら情けないやらと感情がごちゃ混ぜになり、八幡は表情にそれらを出さないように己を律しながらどうするか考える。
今すべきことが何なのか。反省はもう腐るほどしているし、後悔はいくらしてもしたりない。だが、それは結局何処まで行ってもそこで行き止まりであり、それ以上先に行かないのなら意味はない。
だからここから先は後ろではなく前に考えるべきだ。
少なくとも、先程の光景を見ていたこの3人に何と弁明すべきかと考える。
何せあんな世間一般では完全に犯罪者のそれを見せてしまったのだ。怖がられても仕方ない。別に怖がられることに問題はないと彼の理性は判断する。仕事をするに当たって目立ってしまったことはマイナスだが、別に彼等彼女等とは仕事関係に関わることなどないはずだ。だから多少のマイナス程度でそれ以降の問題はない。
そう理性は割り切っているのに、何故か八幡はそれが嫌だと感じた。
目の前の3人には何故か怖がられたくないと、そう思ったのだ。
だからなのか、彼は少し気落ちした様子で3人に声をかける。
「いや、大丈夫だ。それよりも悪かったな。さっきはあんな物騒な物を見せて」
八幡の言葉に3人の顔が少しだけ強張る。その様子を感じ取り、八幡はどうすればよかったのかを改めて口にする。
「本当なら葉山達を説得して退いてもらうべきだったんだ。なのに俺は話を聞かず、戸塚の一生懸命な様子を軽んじるあいつらに腹が立って……いや、マジで猛省してる」
そんな八幡に3人は本当に心配しつつも微笑み八幡を慰める。
「うぅん、ヒッキーは悪くないよ。確かにあの時のヒッキーは怖かったけど、それはヒッキーが本当にさいちゃんのために頑張ってるからだってわかってるから」
「それに悪いのはどう見たって彼等よ。こちらは部活として正式な手続きの元、戸塚君の手伝いをしているのだから。だから貴方が気に病むことはないわ。寧ろあれは当然の判断よ。目が腐ってる割にはちゃんと物事を見ているわね」
「比企谷君があんなに怒ってくれたの、怖かったけど嬉しかったんだ。僕が言えなかったことを言ってもらえたような気がして。だから比企谷君、そんな顔しないで」
3人から励まされ、八幡は少しだけホッとした。
どうやら少しだけ怖がられたようだが嫌われてはいないらしい。そのことが彼の心を少しだけ明るくする。
だから3人をこれ以上心配させないためにも、八幡は3人の顔を見つつ笑みを浮かべながら言った。
「あぁ、ありがとう……由比ヶ浜、雪ノ下、戸塚。おかげで少しだけ元気が出てきたよ」
八幡的には安心してもらおうと思い笑っただけだった。目が腐ってる時点で気持ち悪いということは分かっているが、それでも念の為。
だが、3人………というには結衣と雪乃の二人はそうではなかったようだ。
八幡の顔を見た途端、二人の顔が真っ赤になった。
(ひ、ヒッキー、何でそんな顔するのかな! いつもよりも優しそうな笑顔だなんて……なんか……いいなぁ、これ)
(うぅ~、いつも気持ち悪いと言ってるけど、何なの、彼? あんな優しい顔もできるなんて…………嫌いなはずなのに、ドキドキしてる)
そんな二人の心情は当然伝わることもなく、戸塚は八幡にそう言われ嬉しそうに笑い返した。
そして帰る事になるのだが、その前に戸塚が興奮した様子に八幡に話しかける。
「それにしても比企谷君、さっきのサーブは本当に凄かったよ! あんなサーブ、今まで見たことないよ。もしかしたらプロだって出来ないかもしれない!」
まるで懐いた子犬が飼い主にじゃれつくように八幡に目を輝かせる戸塚。
そんな彼に続いて結衣達も八幡に話しかける。
「そうだね、ヒッキー凄かったよ! こう、バシーンっていってドッカーンって感じで!」
「貴方、運動が苦手っていうの嘘じゃないの? あのサーブ、どう見たって運動が嫌いな人間の打てる球じゃなかったわよ?」
3人に嫌われなくて良かったと安堵するのもつかの間、今度は3人から凄いともてはやされ追求されることに。
その事に対し、やはり八幡は内心で後悔する。
(やっぱりそうなるよなぁ……)
あれを見て今更運動が苦手だとは言えないだろう。
だからどう誤魔化そうかと考える八幡は、少しだけ意地が悪そうな笑みを浮かべながら答えた。
「別に内緒にするわけじゃないんだけどな。いや、確かに俺は運動は苦手なんだよ。特に球技とかは駄目で、サッカーとかバスケはてんで駄目だ。まぁ、それでも……俺は清掃業者でバイトしてるんだぜ。重い清掃道具を持って掃除する場所を動き回ってるんだ、嫌でも筋力がつくってもんだよ。だからあれはその成果ってところかな」
勿論嘘であるが、真実を言う必要なんて何もない。
だっからこれで良いのだが、何故かそうはいかないらしい。
戸塚はそれに納得してくれたようだが、結衣と雪乃は何故かまた八幡の顔を見ながら顔を赤くしていた。彼は気付かないようだが、どうやらまた二人の乙女な部分を刺激したらしい。
それに気付かない八幡は二人の様子を見て少しだけ心配した。
「どうしたんだ、二人とも? 顔が真っ赤になってるけど、風邪か?」
定番の決まり文句を吐く八幡。
そんな彼に問われ、
「うぅん、何でもない、何でもないよ、ヒッキー! た、ただ、ヒッキーが少し格好良かったっていうか、その……ぁぅぁぅ」
「えぇ、なんでもないわ! そ、その、あんまりその腐った目を向けないでくれるかしら、余計に体調が悪くなるかもしれにゃいじゃにゃい………ぅ~~~~~」
必死になって答える二人。しかし、結衣は内心で思ったことを暴露してしまっているし、雪乃は最後辺りを噛んでしまっている。
そこまで困惑している様子に八幡は少し気まずそうに謝った。
「そ、そうか。その………なんかわからんがすまん」
そう答えられ、二人は更に恥ずかしさに真っ赤になるのであった。
それから4日が経過し、戸塚のトレーニングは無事終了した。
その成果ははっきりと表れており、テニス部で戸塚は最強になったのだ。その事が凄く嬉しかったようで、戸塚は八幡に本当に感謝をしながら彼に飛びついた。
それを受け止め文句を言いつつ八幡は思った。
(どうやら完璧に懐かれたらしい………まぁ、こんな風な友人がいても……いいかな)
こうして新たに出来た友人を彼はそれなりに大切にしようと思ったのだ。
尚、この後何故か結衣と雪乃に問い詰められて八幡は冷や汗を掻くことになったのだとか。