男の娘もいいですよね。でも、ここの八幡だと原作とは違い………。
材木座以外に久しぶりに男子と話した八幡。
別にクラスの男子と会話をしないわけではないが、聞かれたら答えるだけというのは応じただけであり会話ではない。だからこそ、互いの言葉のやり取りをしたのは久しぶりだった。
その相手はクラスでも少しだけ有名な男子『戸塚 彩加』。男子とは思えない程に可愛らしく、見た目はボーイッシュな女の子にしか見えない。
そんな相手と向き合った八幡だが、所詮は一過性のもの。すぐに忘れ去られると思っていた…………のだが、八幡が思っている以上に彼は気にいられたらしい。
戸塚との邂逅から二日が経ち、この日はまた体育でテニスがあり八幡は外に出ていた。
教師の指示に従い各自でペアに分かれてラリーをする。それはこの授業で当たり前のことであり当然クラスの男子が奇数ならあぶれる人が出るのも当然のこと、そして八幡はいつもそれを引き受ける。別に誰かが組んでくれと言うのなら組むが、そうでないのなら目立たぬように気配を薄くして壁打ちをするだけである。
だから今回も八幡は教師に進んで壁打ちをすると伝えに行こうとした。
しかし、そんな彼に後ろから声がかけられた。
「あ、あの……比企谷君!」
急に大きな声をかけられて少しだけ驚く八幡。別に人が後ろから近づいてきていることは察していたが、まさかその相手が戸塚とは思わなかったのだ。
そんな八幡の様子に気付かないのかもしくは伝えたいことで精一杯なのか、戸塚は顔を赤らめながら八幡を見つめつつ更に続きを口にした。
「そのね…今日さ、いつも組んでる子がお休みで……だから良かったら僕と組んでくれないかな」
上目遣いに見つめられながらのお願い、それは彼が男だと知らなければ顔を真っ赤にして告白しまいかねない男が出てもおかしくない程に可愛らしいものだった。
それを向けられ八幡は少し慄きつつ答える。
「別にいいぞ」
「ありがとう、比企谷君!」
弾ける笑顔で喜ぶ戸塚。その表情に周りにいた男子の何人かが魅入ってしまっていた。
そして二人でコートに出てラリーを始める。
最初は戸塚がボールを打ち、八幡はそれをやんわりと打ち返す。
それ自体はまったく普通だが、戸塚曰く八幡のフォームは綺麗らしい。
「うん、やっぱり比企谷君のフォームは綺麗だね」
「そうか?」
褒め称える戸塚に八幡は疑問府を浮かべながら返す。別に普通に打ち返しているだけで褒められても嬉しくはないが、そこまで喜んでもらえるとそれはそれで満更ではない。
それが戸塚には嬉しく思ったのか、そのラリーは段々と難易度を上げていった。
テニス部の人間が素人相手にと思うが、戸塚はなんとなく知りたくなったのだ……八幡がどこまでやれるのかを。
周りの人たちから見てもバレないような速度で、しかし取りづらい所を狙ってボールを打ち込んでいく。試合では必ず行われるプレーを戸塚は八幡に気遣いつつも行った。
これは素人なら振り回されてその内ボールに追いつけなくなるというもの。
しかし、八幡はそのすべてを物の見事に打ち返した。
まるで何事もなく疲れた様子もなく、振り回されることもなく、ただ単純に追いつき打ち返す八幡。彼からしたら特に何でもない動きだが、戸塚にはそれがとても輝いて見えた。
「凄い凄い! 比企谷君、凄いよ!」
「そんな喜ぶようなことか、これ?」
「うん、そうだよ!」
まるで我が事のように喜ぶ戸塚に八幡は悪い気はしないようだ。
そして一頻りラリーをし終えると、二人は軽く休憩を取るためにベンチに座り込んだ。
「やっぱり比企谷君、上手だね」
実に楽しそうな笑顔を浮かべながら戸塚が八幡に話しかける。その距離が妙に近いことからまさに女の子のような可愛らしい笑顔が八幡に近づく。
その顔に八幡は少しだけ戸惑いつつ内心では妙に懐かれたと思った。別にそれは嫌なわけじゃない。目立つことは嫌いだが、好かれることは決して嫌いではないから。
八幡は何も言わずに隣に座る戸塚を見る。
華奢な身体に幼く見える顔立ち。女子と見間違うほどに可愛らしく、色白な肌はそれこそ女子そのもの。総じて女子にしか見えない。
これが青春真っ盛りな男子なら、男だと分かっていてもドキドキしたかもしれない。
しかし、八幡はそうは感じなかった。
年齢から考みても細く脆そうな身体。少しばかり小動物を連想させるような雰囲気。
八幡はそれを戸塚に感じ、少しばかり心配してしまう。ちゃんと成長しているのかなど、普段小町に向けているような保護欲とでも言うべきものが出ていた。
だからなのか、戸塚を見る八幡の目は少しだけ緩む。それは我が子を見る親のような眼であった。
そんな八幡の心情に気付いてなのか、戸塚は八幡を見つめながら話しかけてきた。
「あ、あのね、実は……ちょっと比企谷君に相談があるんだけど」
「相談?」
「うん」
軽く頷く戸塚の顔は真面目で少しばかり悲しそうな顔になる。
「ウチのテニス部のことなんだけど、知ってるかな………凄く弱いんだ。人数も少ないし、3年が引退したらもっと弱くなると思う」
そこで戸塚は一端言葉を切る。八幡はその様子をじっと見つめていた。
その視線が戸塚にとってありがたかったのか、彼は思い切って八幡にお願した。
「それで……比企谷君さえ良ければ、テニス部に入ってくれないかな……」
潤んだ瞳で見つめる戸塚。彼の切実な思いの籠った言葉に八幡はどれだけ彼がテニス部のことを心配しているのか理解した。
出来れば手伝ってやりたいという気持ちがないわけではない。誤解されがちだが、八幡という人間は真面目で一生懸命な人間が好きなのだ。だからこそ、本当に一生懸命な人を応援したいと思っている。
だが…………。
「戸塚、悪いがそれは無理だ」
八幡ははっきりと断りの意思を示した。
その言葉に戸塚の貌が曇る。
「そ、そうだよね……やっぱりこんなこと、急に言われたって……」
瞳に涙が溜まりそうになっている戸塚。
そんな戸塚に八幡は手を上げ、何と戸塚の頭の上に乗せた。
「え?」
戸塚の口からそんな声が漏れる。
八幡はその声にを気にせず、優しく戸塚の頭をポンポンと叩いた。
「別に嫌だとか、そういうことじゃない。だからそんな顔するな」
まるで幼い弟を慰める兄のように八幡は戸塚に語りかけた。
「戸塚は俺の家の事情って知ってるか?」
「えっと……ごめん、知らないかな」
「そうか。実はな、俺の家は両親がいないんだ。物心ついたときにはもう二人とも死んじゃっててな。だから今は親父の友人に保護責任者になってもらってて、それで生活してるんだよ。別にこの人は問題じゃない。凄く良い人だから。だからこそ、あまり迷惑をかけたくなくてな。それでバイトで少しでも家に貢献しようと思って働いているんだ。この事は学校にも報告してあるから正式に認められてる。悪いんだが、部活をしてられる余裕がないんだ。特に運動部とかの時間に拘束されるものはな………悪いとは思ってるけど、ごめんな」
八幡の口から語られる彼の『公式』な御家事情。
それを聞いて戸塚は申し訳なさそうな顔になる。
そのままごめんとまた謝ろうとしたが、それは八幡からの頭部へのポンポンで止められた。
「別に謝るようなことじゃない。お前が気にするようなことでもない。ただ、俺にはそれが大切だからお前の望みが叶えれられないってだけだ。部活には入れない。でもな………こんな風に授業で付き合ったり、たまの休みに練習に付き合ったりとかなら、問題ない。寧ろ歓迎するよ」
「比企谷君……………うん、ありがとう!」
八幡の言葉に戸塚は納得すると共に嬉しい気持がこみ上げてきて笑顔になった。
その笑顔はとても綺麗であり、それを見てしまった男子の何人かがラケットを落とし一人か二人がボールを顔面に食らった。
八幡はそんな戸塚の笑顔に微笑みながら、また軽く頭をポンポンと叩く。
戸塚はそれをくすぐったくも嬉しそうに受け入れていた。その様子は何処か嬉しそうだった。
尚、この際に八幡にホモ疑惑が浮かんだが、クラスから殆ど認知されていない所為で『戸塚と一緒にいるの誰だっけ?』ということで八幡だと一切気付かれることはなかった。