Evangerion〜The girl from Roanapura〜 作:RussianTea
エヴァのパイロットの搭乗は、"エントリープラグ"と呼ばれる円筒状のコクピット容器を、エヴァの後頭部から脊髄に挿入することで行われるらしい。赤木博士から簡単なレクチャーを受けた後、インターフェース・ヘッドセットを受け取り、上着を預けてエントリープラグに乗りこんだ。
インテリアの中央にあるシートに座ると、まるでSF映画の中に入り込んだかのようだ。目の前には操縦桿とおぼしきものがある。
「……こんなものが、人類の切り札とね」
兵器というよりは、まるで子供のおもちゃのような印象を受ける。戦闘機のコクピットにも似ていないし、戦車のコクピットにも似ていない。何より、人型のものを動かすには、操縦桿もスイッチも足りなさすぎる。
と、いうことは、先の説明にあった通り、本当にイメージするだけで動かせるのだろう。
『パイロットの搭乗を確認』
『エントリープラグ挿入』
発令所との回線が開いたのか、オペレーターの通信が聞こえてくる。
エレベーターに乗った時のような浮遊感がし、数秒後に僅かな振動が起きる。
『エントリープラグ固定完了』
『LCL注水開始』
そのLCLというものなのかは分からないが、足元から黄色がかった液体が流れ混んできた。
正直、自分は泳ぎがあまり得意ではないのだが、水恐怖症というわけでもない。さして驚きはしなかった。
「乗れというから乗ったのに、溺死させる気?」
『それはLCLと言ってエヴァとのシンクロを円滑にすると共に、あなたの体を衝撃から守る役目を持っているの。肺がLCLで満たされたら直接血液に酸素を取り込んでくれるわ』
言う通りにLCLを肺に取り込んだ。水が気管に入ったときのような不快感を覚える。むせそうになるが、それをこらえていると、本当に呼吸できるようになった。
普通に息を吸って吐いてみる。
「……血の…匂いだ…」
血液のような、独特の匂いが鼻をつく。
この国に来てから久しく嗅いでいなかった、あの匂いだ。
『不快だとは思うけど我慢して頂戴』
赤木博士には、私の反応がそう見えていたらしい。
だが、それは違う。寧ろ逆だ。この匂いは郷愁を誘い、あの街のことを鮮明に思い出させる。
当然、私を拾った人たちのことも。
私が全てを捧げると誓った、あの人のことも。
「
過去の清算をする為に、私はここに来た。
10年間、目を逸らし続けてきた問題に終止符を打つために、ここに来た。
だから私は、一刻も早くミッションを遂行し、帰還するべきなのだろう。
けれど。
これは戦争だ。人類を脅かす未知との戦いだ。そんなものを眼前にして、飛びつかないはずがない。
「私は……」
♯♯
「大丈夫か?碇」
発令所に戻った碇に声をかける。彼は机の上で手を組んだまま、素っ気無く答えた。
「ああ、問題ない」
この男にとっては、10年ぶりに再会した娘に銃撃された、ということは問題にならないらしい。MAGIの予測と違った行動であったための驚きや焦りを隠していることは、付き合いの長い私には手に取るように分かるが。
「問題ないわけないだろう。10年ぶりの再会に送られたのが2発の弾丸とはな…。それにしても……」
そうぼやきつつ、私は手元の資料を見る。そこに書かれていたのは碇マリの来歴だ。
彼女の失踪は、5年ほど前から分かっていた。計画の為にも彼女の存在は必要不可欠。故に、我々は彼女を全力で捜査したが、国内にはまったく足跡がなかった。正直に言えば、半ば諦めていた。
消息が掴めたのは1カ月前。顔認証システムでヒットし、彼女がロシア国籍のパスポートで入国したことが明らかとなった。即座に黒服を送り込んで偵察させようとしたが、その黒服たちは連絡途絶。よって、彼女が何をしに日本へやってきたのかは分からずじまいだ。
「碇マリ。年齢14歳。4歳から先の経歴は不明。1ヶ月前にロシア国籍のパスポートで入国。その後は第二新東京市内のホテルに滞在。一体何があったのやら……」
彼女の来歴を読み上げて、碇の様子を伺う。顔の前で組まれた手とサングラスのせいで彼の表情は読めない。
「あいつの身に何があろうと関係はない。全てはシナリオ通りだ」
今更ながら、2人は本当に親子なのかと疑わしくなる。マリが4歳になるまでは普通の親子として……いや、そもそもこの男自体、普通とはかけ離れていたか。
「撃たれることもシナリオ通りか?」
皮肉を投げてやると、碇は黙りこくる。そんな碇をみて私はため息をつきつつ、進行中のエヴァンゲリオンの起動準備を見守る。
「主電源接続」
「全回路動力伝達」
「第2次コンタクト開始」
「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト全て問題な……」
着々と起動準備を終えているようだったが、ここで問題が発生した。
『ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!』
発令所に警告音が鳴り響く。
「シンクロエラー?なぜ……」
赤木博士は顎に手を当てて考えている。思考すること3秒弱、彼女は答えに行き着いたようだ。
「マリさん。あなた何語で物事を考えてる?」
『何語で考えているか……?』
突拍子のない質問に、マリ君は怪訝そうな表情をする。
「恐らくだけど、英語じゃないかしら」
『そうだね、多分。でもなぜ?』
「エヴァとのシンクロには思考言語の設定が必要なのよ。マヤ、思考言語を日本語から英語に変更して、再コンタクトを」
「了解です」
再コンタクトが行われていく。
「コミュニケーション回線開きます……シンクロ率69.1%。ハーモニクス全て正常」
「凄いわ。プラグスーツの補助無しでこの数値……」
伊吹二尉の報告に、赤木博士は感嘆の声を挙げる。それもそうだ。ドイツにいるセカンドチルドレンは、何年もの訓練の末に60%前後のシンクロ率に到達した。ファーストチルドレンは、40%前後。誰が見ても、この数値は異常なほどに高い。
「行けるわミサト」
「発進準備!」
葛城一尉の号令と共にエヴァの発進準備が次々と行われ、機体は射出口へ移動した。
「進路クリア。オールグリーン」
伊吹二尉の言葉に、赤木博士は発令所全体に聞こえるように告げる。
「発進準備、完了」
「了解」
赤木博士の言葉に頷き、葛城一尉は碇に向き直る。
「碇司令、かまいませんね?」
「勿論だ、使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」
よくもまあ、そんな台詞が吐けるものだ。この男が見据えているのは、人類の未来などではないというのに。
……いや、それは私も同じか。
我々の思惑など知る由もない葛城一尉は、叫ぶように宣言した。
「エヴァ初号機、発進!」
♯♯
車から放り出された時のような強烈なGが体にかかる。まさかとは思うが、このままあの訳の分からない使徒とかいうモンスターの前に放り出されるんじゃないだろうな。機体の操縦、それもシミュレーションもしていない状態で、作戦も伝えられていないのだが。というか、作戦があるかどうかも疑わしい。
やがて、視界が開ける。どうやら私の最悪の予想は、図らずとも当たってしまったようだ。眼下に広がるのは第三新東京市。
『エヴァ初号機、リフトオフ!』
葛城一尉の声と共に最後の拘束具が解かれ、重力に引かれた機体は、やや前のめりになるも完全に自立した。
ようやくGから解放され、私は思わずため息をつく。
「ふぅ……」
『良いかしら? 先ほどの説明通り、エヴァは搭乗者のイメージによって動くわ。まずは歩いてみて』
赤木博士に言われた通り、歩くイメージを脳内で描く。するとエヴァの右脚が動き、最初の一歩を踏み出した。
『『『動いた!』』』
「動くかどうかも分からなかったのか?」
いやいやいや。流石にそれはないだろう。本番一発勝負にもほどがある。これで動かなかったらどうなってたんだ。だが、頭のイメージで動くのならば、少し慣れれば問題ない。手を握ったり肩を動かしてみる。自分の体を動かすときよりはラグが生じるものの、この程度の誤差なら許容範囲内だな。
「これならいけるか」
赤木博士からは武装は無いと言われた。ならば素手での格闘戦。相手は都合のいいことに人型である。使徒がこちらに気づいたようで、ゆっくりと歩いてくる。のろいな。巨体のせいか、動きが非常に遅い。
「こっちは素人だからね。精々手を抜いてくれよ、デカ物ッ!」
相手の顔部分に当たるであろう仮面に肘鉄を繰り出した。が、突如不可視の壁にそれをはばまれる。まるで鋼鉄を殴ったかのような衝撃を感じた。これがエヴァとシンクロしたことによるフィードバックか。普通の痛みよりは鈍いが、自分がなんともなってないのに痛みだけは感じるというのは、中々に奇妙な感覚だ。
拳じゃなくて良かった、と思いつつ、飛び退って使徒から距離をとった。
『ATフィールド!?』
葛城一尉から聞き慣れぬ単語が聞こえる。
「それは?」
『ATフィールド。それがある限り、使徒には近づけないわ』
「そんなのどうやって倒せと……」
そんなものがあるのなら、最初に説明しておいてくれ。大体、どういう原理でそのATフィールドとやらは破ればよいのだ。
愚痴っても仕方ない。取り敢えず、もう一度使徒に飛びかかる。相手は幸い、動きが鈍い。死角となるであろう場所からさっきと同じように肘鉄を食らわせるが、結果は同じ。
「チッ……」
舌打ちしつつも距離を取ろうとしたとき、急に左手を掴まれた。
「この…!」
左脚を軸に膝蹴りを繰り出すも、またもやATフィールドに阻まれる。使徒は体制を崩した初号機の頭を左手で掴んでくる。逃げようとするも、使徒が左手をつかむ力が強まり、そして嫌な音を立てて折れた。
「…くっっ……!」
フィードバックする痛みに、思わず呻き声をもらした。
そのまま使徒は左手から光る杭のようなものを、エヴァの右目部分に何度も打ち込む。
「…ッ………!」
眼球という脆い部位を強打される激痛。自分のものでないと分かっていても、反射的に自分の右目を押さえつけてしまう。
残った右腕で、なんとか攻撃から逃れようと足掻く。が、それも虚しく、光の杭は徐々に初号機の装甲を抉っていき、遂に頭部を貫通した。
「
感覚が薄れていく。
フィードバックによって感じていた痛みが、発令所からの通信が、そして目の前の光景が。
段々と遠ざかり、そして私はそこで意識を手放した。