女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.89『忘れないよ』

 

「で、復活したと思ったらあの女は何やってんだ?」

 

 船橋でホルンは視線を広大な砂漠へ向けていた。

 同じようにユラも視線を向ける。

 

「ああ、さっき部屋に来てな……船の破片も使いたいとか、ついでに船員の名簿まで持っていかれたよ」

 

「名簿? 何だそりゃ」

 呆れたような表情のホルンはため息をこぼす。

 暑い炎天下の中、彼女は重たい鉄の破片を引っ張り、繋げ、幾つも引きずっていた。

 

 一心不乱に、何かを打ち消すかのように、彼女は大量の汗を掻きながらも。

 何かにもがくように必死に砂漠の上を動き回っていた。

 

 

 

 

 

 

 暑い、むせ返る様な熱気にカナタは大きく息を吐く。

 手に持つ大きな船の破片。

 それを力強く砂漠の砂の中へと刺し込んでいた。

 砂漠に連なるのは、幾つもの船の破片。

 均等に並べられ、その破片達には名前が刻まれていた。

 まだ、20程しか並んでいない。

 

「なーにやってんのカナタちゃん」

 顎から垂れる汗を拭きながら振り返った先、大きな巨体の男が立っていた。

 何処か久しぶりな様子。

 けれど彼は変わらない。

 あんな事があった後なのに、また笑顔を向けてくれる。

 満面の笑顔を向けてくれる。

 

「レオン……さん」

 

「まだ動ける怪我じゃねーだろぉー! 相変わらずバッカだなー!」

 

 いつも通りに接してくれるレオンに、カナタは思わず微笑を向ける。

 

「ええ……レオンさんも、相変わらずみたいで」

 

「どういうことだっての! んで、何やってんの」

 少し憤慨をした様子だが、その言葉の語尾には心配そうな様子が伺えた。

 言葉を躊躇う。

 小さな間の後、カナタは口を開く。

 

「……お墓を作ってるんです」

 

「ハカ?」

 カナタの言葉に、レオンは首を傾げる。

 ハカというワードに心当たりが無い様子だった。

 アークスという世界。

 死が当たり前の世界。

 カナタはぐっと息をのむと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……私の世界では亡くなった人を示す物を作ります。忘れない為に、その人が居てくれた証明を」

 

「そして」とカナタは俯きながら言葉を続ける。

 

「亡くなってしまった事を受け入れる為に……」

 俯くカナタに、レオンは小さく笑って見せる。

 気の抜けたように。

 

「っは、相変わらずカナタちゃんの居た世界ってのはおもしれぇーな、死んだ人間の為? 死んじまってるのに? もう帰ってこねえのに? 意味なんてあるのかよ」

 

「あります、死んだ人を忘れて前を見るなんて、私には出来ません。これは、私の為です。私の為の自己満足です。」

 

 彼女が、前に進む為の行い。

 

「ばっかみてえに、当たり前に死んでいく世界で忘れない為、か」

 レオンは笑う、どこか呆れた具合に。

 

「頭おかしくなっちまうぜカナタちゃんよ」

 自己満足に笑う。

 

「アハハ、もう手遅れですよ」

 そうですと、笑う。

 

 そう言って二人して笑う。

 砂漠の中で、互いを互いで馬鹿にするように。

 

「で、なんだ? 船の破片をどうすんだ?」

 

「あ、えっと、こうやって立てて、そこに、お名前を書くんですけど……」

 

「げ! お前全員分やる気かよ! 何人死んだと思ってんだ!? 今日中に終わっかなーこれ」

 

「手伝ってくれるんですか……?」

 

 それ以上レオンは何も言わずに船の破片を拾い上げる。

 カナタが並べた墓の横に同じように破片を並べ、その鉄に大きな石を使って名前を書く。

 大きな背中は、それ以上何も言わない。黙々と作業に取り掛かる。

 彼の手が刻んだのは、彼が親しくしていた、友の名前。

 

 カオルは、深く、レオンの背中にお辞儀をする。

 

「ありがとう……ございます」

 

 それからどれぐらい経ったのだろうか。

 一時間、二時間、炎天下の中作業は続けられる。

 どれ程経ったのか、太陽が一番上へと移動した程に時は経ち。

 

 人が増えていた。

 

「リースさん!?」

 よろよろとしながら、破片を持つ彼女。

 彼女は苦手だろう力仕事を、汗だくで必死に行っていた。

 

「わ、私だって、友達の手助けぐらい! 出来るわよ!」

 

「立てるの楽しいね! いっぱいいっぱい頑張るよ!」

 必死な様子のリースを無視して、破片にぶら下がる少女はあどけない様子は変わらない。

 

「サーシャちゃん……」

 

「お前ら……っつーかリースは能力使えば良いだろうが」

 破片を支えるレオンの呆れたセリフにリースは頬を膨らませる。

 

「そ、それじゃあ意味が無いんでしょ! ねぇカナタ!」

 いつものように、リースはカナタへと声を掛ける。

 少し厳しい優しいお姉さん。

 レオンと同じように、彼女は変わらない。

 

「はい……!」

 

 作業は続く。

 時は過ぎていく。

 

 窓から、カナタ達の様子を覗いていた彼等、彼女等。

 カナタに剣を向けた者も中にいた。

 カナタに罵声を浴びせた者も中にいた。  

 必死に汗を流し、手が傷だらけになろうとも、少しも休む様子も見せず、ボロボロになりながら。

 その行動を、彼等はずっと見つめていた。

 

 彼女等、彼等のカナタに対する闇が無くなったわけでは無いだろう。

 寧ろ、一層に疑いは強くなっている。彼女が起こした行動も、何があったかも、全て報告済みだ。

 彼女が敵対した事も、勿論アークス達は知っている。

 

 しかし、それでも。

 彼女の今行っている行動は。

 亡き友の為に今必死になっている彼女の行動は、それとはまた別だ。

 

 彼女の行動は、アークス達の目に焼き付く。

 

 荒い息を繰り返し、汗だくで必死だったカナタは気づく事に遅れる。

 一人、また一人と、人が増えていた。

 自分以外の、リースや、レオン以外。

 少し、驚いてしまう。

 

 ハカという概念はアークス達には解らない。

 

 それでも、それは、誰もが堪えていて、誰もが行いたかった友人の贖罪。

 

「連れていかれた者達の名前は省くぞカナタ。何、帰ってきた時に怒られてしまうかもしらんからな、私はクッキーが読める女だからな!」

 一人のアークスが声を掛ける。

 大きな女性が肩に担ぐ鉄柱は妙に絵になる。

 キセルを加えながら、ニッとカナタへと笑いかけていた。

 

「フフ……空気ですよ、ユラさん」

 

「そうだったか? ハッハッハ!」

 ユラの瞳は何処か嬉しそうで、優しい瞳をしていた。 

 

 日が暮れる。

 

 砂漠を照らす暑さは何時の間にか消え、肌寒い風が吹く。

 赤く焼けた色が、砂漠に広がる。

 

「ダッハ―! つっかれたわー!」

 砂の上で大の字になるレオンの顔に影が掛かる。

 長い髪にニヤついた表情の彼はレオンの疲れた顔を嬉しそうに見つめていた。

 

「っげぇ! ブレイン! 何見てんだテメェ!」

 

「やぁ友よ。酷くお疲れのようじゃないか……自らの友達の為に涙ながらの熱い行動……感動するね」

 

「……そう言うお前は何もしてねーじゃねぇか」

 

「残念だが俺はそんなマゾじゃぁ無い、死んだ人間を忘れずに証まで用意するなど、正気の沙汰では無いだろう?」

 

 ニヤついてはいるが、ブレインの瞳は真剣な物。

 起き上がるレオンはその返答に答える様子は無く、自身が作った墓を見つめる。

 ブレインがもう一度口を開く。

 

「どうだね? 忘れないというのは」

 

 風に揺れる髪を無視してジッとレオンは墓を見つめる。

 

「……ああ、本当に正気の沙汰じゃねェよ、知らなかったよ、辛いな、胃が締め付けられる、カナタちゃんの世界ってのは、俺達の世界よりずっと残酷なんじゃねーか?」

 淡々とした口調の後、レオンは「ただ」と付け加える。

 

「ただ?」

 

「クズみてえな俺らをよ、あの子は人として見てるんだ、お前らの死を、無駄じゃないと、証を残してくれたんだ。信じられるか? 死んでいい人間の集まりをよ、おっかしいよな……あの子が忘れないと言っていた。ああ、忘れちゃいけねーらしい、俺はお前らを忘れちゃいけねーらしい」

 

 胡坐で座るレオンはブレインに背を向ける。

 最初に刻んだ墓を見つめる。

 サバンの墓をジッと見つめる。

 

「……アルバトロス、やはり彼女は」

 ブレインの顔からニヤついた表情は消える。

 

「ああ本当に正気の沙汰じゃねえ、あの子はよ、カナタは……とっくに狂ってるのかもしんねーな……」 

 

 見据える先は、黒髪の少女の後ろ姿。

 墓の前で、手を揃える彼女。

 正気の沙汰では無い。

 その通りだ。

 何人を忘れないつもりなのだろう。どれだけの過去を背負うつもりなのだろう。

 それがどういう事なのか、どういう意味なのか。

 忘れない強さ。

 ジョーカーとしての化物すら目を逸らす程。

 彼女は既に、正気では無いのかもしれない。

 

「…………おばちゃんの名前、知らなかったよ。もっと料理教えて貰えると思ってたから……もっと一緒に居れると思ったから、こんな事で名前を知りたくなかった」

 

 目を瞑るカナタはゆっくりと目を開く。

 

「知らない名前も、知っている名前も……沢山、沢山……忘れない。私は、どの名前も忘れない」

 彼女は「そして」と付け加える。

 

「ファランちゃん……」

 目の前の墓に、自らの手で名を刻んだ。

 ぐっ、と目頭が熱くなる。

 沢山、沢山泣いたのに、まだ足りなくて、目の前が霞んでいく。

 砂を踏む音が聞こえた。

 慌ててカナタは袖で目元を拭くと、振り返る。

 そこに、黒髪の彼女が居た。

 長い髪を揺らがせながら、その表情は何時も通りで。

 けれど、カナタは思わず体が硬直してしまう。

 あれ以来、顔を合わせる事が無かった。

 あの戦いのいたたまれなさに、思わず引きつった笑みを向けてしまう。

 

「何て顔してんですか馬鹿ナタ」

 皮肉った声のまま彼女はカナタの隣に膝を着くと、カナタがやったように、同じように手を合わせ、そして目を瞑る。

 

「……ルー、ファさ」

 言葉はそこで止まる。

 彼女の手が土で汚れている事に、汗のせいで砂煙で頬が汚れていた。

 その汚れ方は、もしかしたらレオンが手伝いに来た時程に早く、彼女は手伝っていたのかもしれない。

 薄っすらと開く瞳は、じとりと目を見開いているカナタを不機嫌そうに見つめる。

 

「これで良いのでしょう、貴方の国での、作法? というものは」

 

「はい……はい!」

 少し声が上ずってしまう。

 彼女にお手本を見せるように、カナタも手を合わせ、そして、ルーファも同じ行動を返す。

 

 殺した者と、殺された者。

 殺したくない者と、殺さなければならない者。 

 守りたい者と、守れない者。

 

 二人の黒髪の少女は揃って目を瞑り手を合わせる。

 全く似ていないのに、根本が似ている二人。

 

 カナタが目を開く。

 

「ルーファ、さん……私を止めてくれて、ありがとう……」

 

 ルーファも、ゆっくりと目を開く。

 

「……貴方の為では無いですよ」

 

「じゃあ、誰の為に?」

 

 ルーファは視線をカナタへと向けない。

 ジッと、臆病者の墓を見つめる。

 

「さぁ……誰かとの約束だった気もしますし、誰かを哀れんだのかもしれないですね」

 

 それは、酷く感情的な言葉。

 彼女らしくない思想。

 

「……今、私らしくないと思いましたね?」

 今度はジロリと視線を向けられてしまう。

 

「あ、あれぇ? お、おかしいですね、今回は口に出していないと思うのですけれど……」

 思わずワタワタと動かす手は性分なので仕方無いが、それは妙にシリアスの欠片も無い仕草。

 

「…………私もそう思いますけどね」

 ッフ、と彼女は笑った。

 それは、優しい少女の笑み。始めてカナタが見たルーファの少女としての笑み。

 ああ、こんな笑顔が出来る、人だったんだ。

 

「何ジロジロ見てるんですかぶっ殺しますヨ?」

 途端に表情は眉を潜めた不機嫌な表情へ。

 

「え、あ、勿体ない……綺麗だったのに」

 思わず出たカナタの言葉に、今度はルーファが目を丸くする。

 

「……綺麗? 私が?」

 

「先程の一瞬だけですけれど」

 

「……やっぱり貴方殺しといたら良かったですね」

 

「あああああ!! あはははは!」

 適当な笑いにもルーファは慣れた物らしく、呆れたため息を着く。

 

「そんな適当だと……ファランに怒られますよ」

 

「……はい」

 暫くの沈黙が流れる。

 風で揺れる二つの黒髪。

 そろそろ、少し肌寒い風が吹き始めていた。

 

「ルーファさん」

 

「何? カナタ」

 

「私、私ね。決めた事があるんです」

 少し間を空けて、口を開く。

 

「―――……」

 揺らぐ風は音を拾わずに、彼女の口が数度開いた事しか見えないだろう。

 それは、隣に居る彼女にしか聞こえない。

 ルーファは、驚く様子も無く、唯ゆっくりと目を細めるだけ。

 

「……ええ、良いんじゃないですか」

 二人の瞳が交差する。

 それはジョーカーと、女子高生と、としてでは無い。

 二人の年頃の少女の会話。

 カナタは笑顔を向ける。

 ルーファは小さく、頬を緩めるように笑顔を返す。

 

 始めて、二人の心が見つめあった瞬間だった。

 

 

 

 

 


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