女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.82 力なら、有る

「………勝ち?」

 嗚咽の混じる声が止まる。

 

「何が?」

 ルーファが見下ろす先に、瞳孔が開いたままのカナタ。

 その汚れた表情は、その瞳には、光など無い。

 

「何が!?」

 悲鳴にも取れる程の叫び声が響く。

 立ち上がるカナタとルーファの身長に差はあまり無い。

 泣き枯れた声と、光の灯らない瞳がルーファに向けられる。

 ボサボサの髪の隙間から見える憎悪に満ちた瞳が、ルーファを睨む。

 

「よくも! よくもファランちゃんを!! よくもぉぉぉ!!!」 

 ルーファへ乱暴に掴みかかるカナタの瞳は血走り、叫び声を上げる。

 

「人殺し!! 人殺し!! ファランちゃんを返せ!! 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せェェェェェェェェ!!」

 

 泣き叫ぶ彼女を、ルーファはジッと見つめる。

 その瞳に感情は無い。

 目の前で血走った瞳を向けるカナタと正反対の一切色の無い瞳。

 

「あの子が何したのよ!! あの子が!! あの子があの子があの子があの子があの子がァァァァァァ!!!!!」

 ボロボロと涙を零しながらルーファの服を力任せに引っ張り悲鳴を上げる。

 滅茶苦茶に、我武者羅に、そこに美しさは無い。優しい笑顔は無い。前を見続けていた光る人瞳は無い。

 

 服を持つそのカナタの手首を、ルーファはゆっくりと掴む。

 

「……!? ぁ゛、ぁっ!」

 普通に捕まれだけのように見えるその腕が、ミシミシと音を立てる。

 呻き声を上げ顔を顰めながら、自然と体が弧を作る。

 そのデタラメな力が体をそうさせる。

 視線が落ちる。

 嫌なのに、憎悪よりも痛みが優先された自身にまた、腹が立つ。

 その腕が離される。

 手形が着く程のその力にカナタが後ろへとよろめくように下がろうとする。

 瞬間、すざまじい速さが無理矢理にカナタの胸倉を掴んでいた。

 下がる事も出来ずにガクンと揺れる。

 胸倉を捕まれたまま、顔は、目と鼻の先。

 ルーファの無機質な瞳が、カナタの瞳を覗くように見つめる。

 力任せに掴んだ胸倉は、カナタの首が締まっている事も気にする様子は無い。

 呻き声を上げていても、躊躇う様子は無い。

 

 ルーファは低い声を零す。

 

「殺した? 力のない人間が何を言っているんですか?」

 その覗き込む瞳に怒りは無い。悲しみも無い。

 ただただ無機質に、目の前の小さな者を見つめる。

 

「ファランを守ると言っていたのは誰? 戦う事を拒否した癖に。クズキカナタ、でしたか。 戦う事から逃げた甘ちゃんが、どうやって守るのかと思っていましたが。そうやって泣き叫ぶのが、貴方の守る事?」

 

 その言葉は、ゆっくりと、淡々と続けられる。

 血だらけの姿の筈の彼女は、苦しむ様子も見せずに、言葉を返そうとするカナタすら無視して続ける。

 

「貴方のつまらない嘘が、口だけの守るという発言が、弱い貴方が、それが、それが……弱いという事がどれだけ残酷なのか」

 冷静に見える声には、少しだけ、微かな赤が混じりだす。

 それは揺らぐ怒りの炎。

 ただの女子高生でしかない少女は、その言葉を聞くしかない。

 乱暴に手を動かし、抵抗するも、弱い彼女にそれを振り解く力等、あるわけも無い。

 首が締まりならがも、作った事もない拳を、史上最悪に向けて振るう。

 脆弱な弱弱しい拳は、ルーファに当たるわけも無く空を切る。

 締まる首に堪えながらも、カナタは口を開く。

 

「だって……! 私、は!! 貴方のように強くない!! 弱い人間は!! 誰かを守りたいとも思っても行けないの!? た、助けたい、と!! 思ったらダメなの!? 守りたかった!! 私が守りたかった!! ああああ!! 私が!! 主人公みたいに! 正義の味方みたいに!! 私が! あの子を!! あの子をォォォォォォ!!」

 嗚咽を零しながらも抵抗を止めない。

 当たる筈のない拳が、怒りが何度も空を切る。

 

 穏やかであった筈だった。

 そんなものを、彼女は知らなかった。

 心に湧き出る止まらないどす黒い思い。

 ファランを殺したこの女が、許せなかった。

 嗚咽を零しながらも、怒りの瞳だけは力は緩まらない。

 

「貴方は」

 

 耳に残る目の前の女の声。

 大嫌いな女の声。

 

「何がしたいの?」

 

 その言葉と共に、脳内がスッと真っ白になる。

 

「力が無い癖に守りたいと叫ぶ。守れるわけも無いのを解っているのに。ねぇ、偽善者、誰のせいでファランは死んだ? 本当に守られたのは誰? 貴方、自分の言葉が滅茶苦茶だって、気づいているの?」

 

 力が抜ける。

 怒りでいっぱいだった頭が白で埋め尽くされる。

 認めては行けないと思う自分とは別に、それを理解してしまう。

 力を失ったカナタを、ルーファの手が離す。

 

 離した瞬間に、崩れるようにカナタは座り込む。

 何処を見ているか解らない瞳が、空を見つめる。

 

「…………」

 口を開き、何かを言いかけようとしたルーファはそれを辞めると、視線を外す。

 魂が抜けたように、呆然とする少女、目の焦点が合っていないカナタに、これ以上の言葉の意味が無いと、不憫だと、思ってしまった。

 ルーファは視線を外したまま、小さく言葉を続ける。

 

「これで……解ったでしょう……貴方には力が無い……だから、こんな世界に」

 

 居てはいけない。

 

 そう続けようとした言葉は、妙に間延びした声に遮られる。

 

「あ、あぁ……私が、私、を、守って、わた、しの、せい、で、ファランちゃんは、し、死んじゃったの、かァ……」

 

 虚ろな瞳から涙は止まらない。

 しかし先程のように感情的な様子は見えない。

 空を見上げ、ぼけっと口を開く。

 精神的な臨界点が突破した彼女の目は虚ろに濁る。

 

「……カナタ」

 ルーファの声が優しいものに変わる。

 その声は、カナタには届いていない。

 

「ごめんね……ごめんね……ごめんね……私が、私が、私が、私が、殺したんだ、私を守って、ファランちゃんは死んじゃった……死んじゃった。私のせいで死んじゃった。私の、私の、私の……」

 

 心の壊れた彼女から目を背けるルーファの耳元から、声が聞こえた。

 少しカナタから離れると、小型のインカムからこぼれる声に、ルーファは応答する。

 

「……そんなに大声出さなくても聞こえてますよ……。貴方達が遅いから先に行っただけでしょう?……ええ、目標は確認……ファランは浸食により私の手で……はい、カナタと共に待機……カナタが壊れました。早めに来てくれると助かります……」

 

 その後も何度も問答を繰り返す中、ルーファの視線はチラリとカナタの方を向く。

 

 瞬間。

 

 話していたルーファが固まる。

 

 目に映ったそれに、体が硬直していた。

 

 視線はカナタの近く。

 

 座り込む彼女の隣に、同じく座る。紫色の髪をした双子。

 

 インカムから聞こえる呼び掛けに、ハッと我に返るルーファは慌てて言葉を続ける。

 

「ダ、ダークファルス…ダブル❪双子❫を、確認……」

 いつの間に現れたのか解らない。気配すら感じなかった。

 先程まで全力で戦っていた彼女のフォトンはまだ回復しきれていない。

 

 そんなルーファのことも気にせずに、カナタを挟むようにしゃがみ込む二人の子供は何やら無邪気に話しかけていた。

 

「死んじゃったね! 死んじゃったね!」

 

「こーろした! こーろした!」

 

 二人の言葉を、カナタは虚ろな瞳で繰り返す。

 

「死んじゃっ……たね。死んじゃった、ね。こーろした。 こーろし、た?」

 

 身構えるルーファは叫ぶ。

 

「カナタ!! そこから離れなさい!!!」

 

 ルーファの言葉は聞こえていないのか、カナタは微動だにしない。

 双子はルーファを無視して今も言葉を続ける。

 

「お姉ちゃんが弱いから死んじゃったんだよ?」

 

「お姉ちゃんが殺したんだよ?」

 

「私が……弱いから……死んだ……私が……殺した……」

 

 気のせいか、カナタの周りがゆっくりと揺らぎ出す。

 ルーファの勘が、何かを告げていた。

 何かは、解らない。

 

 ボロボロになった体にむち打ち、足を強く踏みだす。

 同時に、気配を感じた鳥のように二人の双子はふわりと浮く。

 高い木々へと着地すると、睨むルーファと座り込んだままのカナタを無邪気に見つめていた。

 刀に触れながらルーファはダークファルスの親玉を見上げる。

 

「降りてきなさい糞ガキども、私が相手です」

 

 ダブルは二人して可愛らしくクスクスと笑う。

 不気味な様子にルーファは臨戦態勢を解くことは無い。

 

「戦わないよ?」

 

「戦う必要が無いもの?」

 双子と言う未だ一切が明らかにされていないダークファルス。

 戦うことすら無く、幾度かの目撃情報があるだけ。

 不確かで不気味で謎の多い双子はよくわからない言葉を、嬉しそうに続ける。

 

 ダブルは、同時に口を開き、ルーファの方へと、二人して指を向ける。

 

「彼女が戦うから」

 

「彼女が戦うから」

 

 すぐに、指した先が、ルーファの後ろだと気づく。

 振り向いた先。

 カナタが、ゆっくりと立ち上がっていた。

 虚ろな瞳はルーファを見つめ、壊れたような微笑を浮かべていた。

 

 笑う彼女はゆっくりと、口を開く。

 

 

 

 

「………………………力なら、有る」

 

 掠れた声。

 

 

 

 

 

 彼女の周りに、青白い光が纏われていた。

 

 その蠢く光、不気味な動きは色は違えどダーカーが放つ煙に似ていた。

 

「カナタ……あなた……」

 

 ルーファの言葉にカナタは顔を上げる。

 目から大粒の涙を零しながら、それでも頬は引きつらせるように笑っていた。

 その不気味な様子に思わずルーファは一歩下がってしまう。 

 合わせる様にカナタが一歩前に出る。

 上にいたダブルはいつのまにか消えていた。

 まるで用事を済ませたかと言うように。

 

「壊せ……壊せ……どうしたら壊れる? どうしたら壊れる?」

 ブツブツと不気味に声を綴るカナタにルーファは睨むような視線を向ける。

 

「カナタ!! しっかりしなさい!! 私の目を見なさい!!」

 言葉に、ウロウロとしていたカナタの瞳がびたり、とルーファの方へと向けられていた。

 凝視しながらも零れ続ける涙。

 不気味で、哀れなその姿。

 

「しっかり? しっか……り? そう、そう!! しっかりしなきゃ行けなかったの私は!! 私はぁ!!」

 突然カナタはその場で頭を振る。

 狂ったように悲鳴を上げるカナタは、何度も名前を呼ぶルーファの言葉にも耳を貸す様子は無い。

 そのままカナタは大きく空を仰ぐ。

 

「壊せ!! 壊せ!! 世界を!! この世界を!!!」

 

 言葉に合わせる様に、答えるように彼女を纏う青白いフォトンが光りだす。

 光は頭上へと集まる。瞬時に集合する光は形を象り、その姿を変えていく。

 

 空に、白い冷気が舞っていた。

 

 ルーファのいる場所に黒い影を作る程の巨大な氷山。

 砂漠の中にある森、その上にある氷の塊。

 ありえるはずの無い連続の世界にルーファは思わず目を見開いていた。

 

「潰れろ!!! 潰れてしまえええええええ!!!」

 

 カナタの叫びに合わせるように落下を始める巨大な氷山に対して、ルーファは瞬時に身構える。

 大きすぎるその物体。斬るという概念を飲み込む程のサイズ。

 それでもルーファは下がる事もせずに刀の塚へと触れようとしていた。

 

 コンマという程に瞬間的に。

 

 落下する氷山が音を立ててその姿を変えていた。

 それはルーファの頭上を越える黒に近い紫の物体。

 巨大なそれは氷山へとぶち当たり飲み込んでいく。

 空中に四散するは冷気の結晶。

 冷たい空気が辺りに舞う中、ルーファは振り返る。

 その絶対的な広範囲攻撃力が誰の物かなど解りきっていて、振り向く。

 

 そこに立っていたのは三人。

 

 中央に立ついつものニヤケ面の男。

 

 いつもの様子でルーファの前に立つ。

 

「よぉルーファ! 助けてやったんだ惚れてもいいんだぜ?」

 巨大な槍を肩に掛け、ひらひらと後ろ手に手を振る男。

 

「脳味噌イカれてんのか馬鹿野郎!! 状況見て言え薄らトンカチ! 死ね! 百ぺん死ね!!」

 同じく前に出る小さな身長の少年。

 男の隣に立つ白髪の少年はため息と共に毒を吐く。

 左右の違う瞳は、カナタの方を目を細めるように見つめる。

 

「そう言うな……デラックスも必要だろう? ホルン」

 

「何だデラックスって、何が特別なんだよ。どんなビッグな気持ちが必要なんだよ。リラックスだろボケ」

 少年につっこまれ、一瞬黙りホルンの隣へと立つ長身の女性。

 ッフ、と小さく笑うと長い紫色の髪を靡かせる。

 

「そうとも言うな!」

 

「そうとしか言わねーよ……」と、げんなりとしながら呟く少年。

 

 状況には不釣合いな三人の様子にルーファは呆れたように目を細める。

 

「豪勢なお出迎えな事ですねぇ」

 

 最悪と最強と最善。

 そしてルーファの二人目の最悪。

 

 最高峰の化物が四人。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 


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