どれだけ動いても、どれだけ力を入れても枷は外れる様子を見せない。
腕、足首、太ももの三ヶ所に巻かれたそれは的確に彼女の力を奪うように巻かれていた。
思わずそのままバランスを崩し倒れてしまう。
飛び跳ねることも出来ず、地面に倒れたまま体を捻り少しでも動ける所を探す。
早く行かなければ、という彼女の焦りによってさらに動きを制限されてしまう。
何をしても外れないと理解した瞬間の彼女の選択は瞬時に切り替わる。
身体をくねらせ、少しでも前に進む。
体中に汚れが付くことも気にせずに進む。
少しづつでも、前に進む。
さっきも、何度転んでも何度躓いても彼女に向けて急いだ。
やる事は変わらない。
あの子を守ると、あの子を助けると誓った。
共に、一緒に居ると。裏切らないと、
だから。
…………だから!!
多に対して、一。
その小さな体はダーカー達に比べれば脆弱に見える程のサイズの差。
しかし、飛びあがるファランの跳躍はそのサイズ等ゆうに超える。
高く、高く飛び上がりながら彼女の体の周りを青い光が纏わり出していた。
瞬間的に生み出される数々の青い光を放つ刃の数々。
ガラスの破片のようなそれらは鋭く鋭利に姿を変えて、雨のように降り注ぐ。
次々と作り上げられていく青い刃がダーカー達を襲う。
着地をすると共に、黒い霧が消え去って行くその霧を掻き分けて、次へ次へとファランへと夥しい爪や殺意が飛び掛る。
直ぐに後ろへと大きく飛びながら群がるダーカーにフォトンの刃が飛ばされる。
寸分違わずクモの急所を貫いていくそれらは霧散していく霧を更に濃い色へと変える。
大量のダーカー達の間を、その無駄の無い動きと共に縫うように移動して行く。
黒で埋め尽くされた大地の中を、たった一つの桃色が舞う。
眼と鼻の距離であるファランに対し同士討ちも考えずにダーカー達は爪や刃を振るう。
身体の回転や旋回、器用に身体を動かすファランにダーカーの武器は届かない。
それは見えていない真後ろであろうと、変わらない。
寸分、数ミリ、触れるか触れないか程の際どさ。
しかし汚れ一つ彼女には付く事は無い。
空を斬ったダーカーの武器はお互いへと突き刺さる。
無尽蔵に現れるフォトンの刃は擦れ違うダーカー達へと突き刺さっていく。
ジョーカーの一人、ファランもまた、一つの事に特質していた。
ルーファのような巨大な力がある訳でもなくレオンのような広範囲の威力を持つわけでもない。
それでも大量のダーカーに対して傷や汚れ一つなく、一体一体の急所を貫き確実に数を減らさせる。
研ぎ澄まされた感覚。
臆病だからこそ攻撃を受ける事を極端に嫌がっていた。
彼女だからこそ出来る回避の能力。
異常な感覚感知は敵の全てを把握する。
弱点すらも把握するその力は、臆病だからこそ確実に敵を仕留めるのに適していた。
攻撃力としてはジョーカーの中でも小さい。
しかし、長い滞空時間は常人では出来ない避け方を可能にさせ、敵に触れずとも戦えた。
見捨てられる事もあれば、囮として扱われるような事もあった、
数時間以上だろうと敵に囲まれながらも生き延びる彼女の力。
負けない事に特質した能力。
『ハミングバード(絶対回避)』
「跳びすぎ……た」
着地の所を狙われまとめて攻撃をされた際に、思わず大きく飛んでしまっていた。
地に足を付け、再び地面を蹴る。
それを繰り返し距離を保つ。
見下ろすも、ひしめきあうダーカー達。
かなり減らしている。しかし数の終わりは未だ見えず。
着地する場所が無い。
あるにはあるが、滞空の距離には届きそうに無い。
それを理解したファランはゆったりと漂いながら眼を瞑った。
飛んでいるように見える姿は微粒子のフォトンで落下速度を減らしているだけに過ぎない。
ゆっくりと地獄の化け物達が蠢く地に落ちていく。
「……そう、うん、こういう、感じ?」
ふっ、と滞空していたファランの身体を纏う青が消え、重力に任せて下へ。
身体は蠢く黒の仲へと重力に任せ落ちていく。
「うん……これ」
落ちながら、くるりとファランは横に回転してみせる。
ファランの周りに再び青白いフォトンが集まる。
手に握られていたのは、普段作り出すよりも大きめの刃。
刃からは青い鎖のような物が繋がれていた。
鎖の端を掴み、落ちながら大きな刃は空中を浮くダーカーへと投げる。
巨大な蟻のようなダーカーに深く突き刺さると、それを起点にファランは空中で孤を描く。
鎖を離し、くるくると縦に回転しながらダーカーのいない部分に着地する。
振り向きながら瞬時に刃を構えた。
鈍っていた体は徐々に昔の感覚を思い出していた。
フォトンの刃を展開しながら再び地を蹴る。
油断しているわけではないが、それでもファランの心にも小さな余裕が産まれていた。
戦える。
数こそ多い物の、異色なダーカーの感覚は感じない。
唯の『普通』のダーカーならば、動きも弱点も全て理解している。
ファランに負ける余地等無い。
これなら、助けられる。
カナタさんを、救える!
勝つ事に時間を掛けるまでも、負ける事は無い。
心の余裕は確信へと変わっていた。
刹那。
背筋を、冷たい物が走る。
突然だった。
表情が一気に青ざめる。
おぞましいと言う言葉だけでは終わらない。
ファランがまず感じたのはどす黒い嫌悪。
彼女程の感覚がなくとも感じれ取れるほどの殺意。
それを直接的に感じてしまうファランはその場で脳を揺らされるような感覚へと陥っていた。
「あ……ぐっ……」
呻く声は無意識に零してしまう。
ファランは、この感覚を知っている。
初めてこの嫌悪をぶつけられた時はもっと離れた場所だった。
殺意は直線的に、ファランに向けて放たれる。
体がフラついたのは一瞬。
慌てて振り向くと共に、両の剣を目の前でクロスさせた。
避ける事が間に合わないと感じた瞬時の判断。
クロスさせると同時に禍々しい殺意が直撃する。
赤い光線は巻き込まれるダーカー達に容赦をする気配も無い。
保ったのは数秒、手に持つ二つのフォトンの剣が砕け散っていた。
弾かれるようにファランの小柄な体が宙に浮く。
当たらない事に特化した彼女に防御という技術は必然的に劣化する。
それでもタイミングを合わせた。
完全に威力を殺した筈だった。
それなのに、彼女の体は宙を浮いていた。
異常な威力が、彼女の身体の芯に響く。
大きく飛ばされた彼女は滞空する暇も無く、二度三度、地面に打ち付けられる。
「が……っぁ……」
痛みで声が漏れる。
口の中に血の味が広がる。
殺し切れなかった威力は体内に衝撃として残る。
地面を手で掻き毟り、必死に痛みを堪える。
立たなきゃ。
立たなきゃ。
彼女の心は折れていない。
それでも彼女の意志とは別に涙が溢れていた。
自身の心へ言い聞かせる。
足を縺れさせながら立ちあがる。
足が震えていた。
だからどうした。
手が震えていた。
だからどうした。
怖くない。
何度目の自己暗示だろうか。
歯を、食い縛る。
再び作り出したフォトンの剣を両の手に持ち、流れる涙をふく事もなく、禍々しい憎悪を睨みつける。
視線の先に居たのは、知った顔。
「な、何で……?」
このおぞましい感覚は知っている。
知っている。
だけど、この人の筈が無い。
ファランが守る為に立ちはだかっている、この人の筈が無い。
視線の先に居たのは、カナタと全く同じ顔の人型。
背丈も同じくらい。
しかし黒い鎧の姿等ファランは知らない。
その手に持つ身の丈以上の黒紫色の歪曲した大剣等知らない。
仮面β(ペルソナ・ベータ)と呼ばれるダーカーの存在は知っていた。
だからこそ迷いは直ぐに理解へと変わった。
何故カナタがコピーされているのかは解らない。
そんな事を考えるよりも、解っていてもカナタの姿をした化け物に困惑してしまう。
何よりも。
暖かなカナタの瞳とは違う。
冷たい色の無い瞳。
その瞳は、ファランの心を揺さぶる。
驚愕は激情へと変わる。
「化け物……め……その姿で、そんな、目を、するな!!」
青い剣の切っ先を敵へと向ける。
あれは敵だ。
見た目が同じでも、彼女特有の暖かさも優しさも美しさも何も感じない。
感知に優れたファランだからこそ確信出来る。
それを合図とするように黒い霧が舞う。
霧は集まると、顔を隠すように角ばったヘルメットのような物へと姿を変える。
黒い霧が辺りに舞う仮面に対して、ファランの周りにも青いフォトンの光が広がる。
二つの色は主張するように強く空気中を舞っていた。
青い光を纏うファランが先に動く。
大切な守りたい人の顔をした化け物に向けて。
軋む体に鞭を打ち、地面を蹴った。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
」
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
黒紫 @kuroyukari0412
黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!
私も探索者として参加しているよ!
http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843