女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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 痛みと凍るような寒気。
 鼻水と涙、吐くものは全て吐いた。
 後に出るのは胃液だけ。
 痙攣を起こし、負担を超えた脳は鼻から血を吹き出していた。
 目に光は無い。 
 叫び声すら最早上がらない。

「散々好き勝手してくれた野郎が何くたばってんだよクソガキ!!」
 一人の男が転がっているファランに近づくと腹部を蹴り上げる。
 ごぽりと、口から音を立てて胃液が吐き出されるだけで、声が出る事は無い。
 ファランの頭を踏む男はゲラゲラと笑う。

「ちょっと煽てりゃ何でもしてくれる都合の良いガキだったけどなぁ!! 調子乗り過ぎたんだよお前なぁ! ずっとこうしてやりたかったんだよォ!!」

 声は聞こえている。
 悪意も伝わる。
 しかし体の拒否反応が限界を超えていた。

 ただただ涙をこぼす。

 虚ろな瞳は何も見ない。微かに動く口元も、最早言葉にはなっていない。

 天才だと言われた。
 才能の塊だと言われた。
 でも友達は居ない。

 親だっていつから居なかったのかすら覚えていない。

 ずっと一人ぼっち。
 誰もいない。




「あーーーーーーっ!」



 声が聞こえた。

 闇の中に、一塁の光が刺す。
 虚ろな瞳は彼女を見上げる。

 特例アークス学校で同じクラスだった彼女。

 ファランより弱い筈なのに、力強い背中は震える事すらしない。

「いっけないんだー! こんな可愛い子虐めるとかぁ! ダーカー!? ダーカーなの!? 心腐ってんの!? くさ! くっさ! 心からドブ川みたいな臭いがする!!」

「何だてめェは!! 退け!!!」

 たった一人と大人数の言い合いは続く。
 彼女はブレない。ルーファとずっと仲良しだった少女。いいな、ってファランが羨ましく見つめていた天真爛漫な少女。

 彼女、エメットは怯える様子を一切見せないその小さな背中を呆然と見つめる。

 ファランには伝わる、その絶対的思いが、純粋な光が。

 私を思ってくれている事が。

 あ、あ、あ、お願い、行かないで、私の味方で居て。
 お願い、お願い、お願い。

 力ない手が震えながら上がる。

 その背を向ける少女に向けて。


 画面は、変わる。


Act.73 ようこそ化物

 転がっていたファランは呆然と座りこけている形に変わっていた。

 そこは静寂だった。

 先程までの騒がしい言い合いも聞こえない。

 あるのは血だまりだけ。

 

 ファランを中心に広がる血だまり。

 

 震えるファランは首を振るう。

 

 こんなつもりじゃなかった。

 

 唯一見えた光に、縋る様に手を伸ばしただけ。

 形振り構わず助けを求めようとしただけ。

 

 ファランを攻めていた者達も、ファランを守ろうとしてくれた彼女も、血を流し倒れていた。

 

「あ、あ……?」

 呆然とするファランは自身の掌を見つめる。

 真っ赤に染まる手、誰の血かも解らない返り血。

 

 カツン、と無音だった筈の世界に音が響く。

 空虚の瞳は音の先に振り返った。

 

 瞳の先、黒い髪が靡く。

  

 ゆっくりと、ゆったりと、彼女は刀を引き抜いている所。

 

「ファラン」

 

 彼女の名前を呼ぶ声は冷え切っていた。

 ファランに伝わるのは悪意では無い、憎悪でも無い。

 純然たる殺気。

 

「貴方は、貴方のやりたいようにやると良い」

 

 刀が試すように数度振るわれる。

 

 ゆっくりと、彼女の髪が色を変える。

 漆黒から潔白へ、その意味をファランは知っている。

 

「私は守りたい物を守る、それだけよ」

 

 視線がまた守ってくれた少女へと向く。

 

「ち、が、違う、私は、私は!!」

 枯れた声を絞り出す。

 同時にファランの周りに異常な量の青いフォトンの光が舞う。

 

 勝手に、また力が動く。

 

 合わせるようにルーファの周りにも紫色のフォトンが舞い出していた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ■

 

 

 

 

 次に画面が変わった時、最初に映ったのは自身の血で身体を染めているファランの姿。

 

「がっ……あ……」

 

 数度刀を振るう。

 ファランの血糊が付いていた刀は、振り切られると共に広がる血の中で跳ねる。

 鞘に仕舞うルーファはエメットを担ぐと、倒れているファランには目も暮れる様子も無く歩き出す。

 ファランは、その背中に震える手を伸ばす。

 もう力など入る筈の無い、届く筈のない手を伸ばす。

 

「あなた、何かに、解る、っものか」

 

 震える声は吐き捨てる。

 手足は動か無い、代わりに動く口は止まらない。

 枯れた声は全てを吐き出す。

 

「解る者か゛!! 強くて!! 友達が居て゛!! 信頼出来る人が居て゛!! 私はいっぱいいっぱい努力したも゛ん゛!! 沢゛山゛‼ 沢゛山!! 何が違うのォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!! ジョーカーの癖に!! 化け物の癖に゛!! 欠陥品の゛癖に!! 人間失格(ピリオド)の癖に!!! 何で!! 何でェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!」

 

 ファランの言葉に、ルーファの足が止まる事は無い。

 

 行かないで。

 一人ぼっちにしないで。

 

 やだ。

 

 一人はやだ。

 

 そこには、ファランだけが残っていた。

 

 誰も、いない。

 

 

 ■

 

 

 画面が変わる。

 それはファランの知らない光景だった。

 血だまりの中、倒れている少女。

 もう美しい桃色では無く、血の海にべっとりと染め上がってしまった少女を見下ろす人影。

 

 しゃがみ込む人影はファランの顔を覗き込む。

 ぐわんと間抜けに揺れるパンダの作り物の瞳と、ファランの瞳が揃う。

 ファランの瞳はその奇怪な物を見ても何も反応を示さない。

 まるで見えていないように、死人のように光を失った瞳はパンダ男の奥を見つめる。

 既に消え去ってしまった誰かをまだ見ようとしているかのように。

 

 ふざけたパンダの被り物をしている男は大きな溜息を零す。

 

「あーあー溜まんねぇなおい……手遅れじゃねーか」

 

 辺りを見渡す。

 

「今回のは傑作品じゃねーのかよー、暴走しちゃってんじゃねーかよー災害(サーカス)じゃねーかこれ完全にー……削除対象だ、ったく無駄なガラクタ作ってんじゃねーよっと!」

 

 物の様に乱暴にファランを担ぐ男は歩き出そうと足を踏み出す。

 しかし、1歩でその歩は直ぐに止まる。

 血だまりの中にパンダ男以外に別の波紋が広がっていた。

 振り返る男の視線は下へと下がる。

 白髪の少年がそこに居た。

 白いマフラーに黒く暑苦しい服装。

 殺気の籠る瞳はパンダ男を睨む。

 

「ファランを離せバッドエンド」

 

「うぉっとホルンじゃねーか、何だぁ? このガキふぁらんってーのか? まぁ手遅れだ、俺にゃどーでも良いこって」

 

「離せって言ってンだよ」

 

「おいおいこりゃ明らかに災害(サーカス)だろーが、価値なんてねーよ」

 

「……ルーファの剣劇を避けた感知能力は使える……能力だけならば大した抵抗も無いだろう」

 

「マージで言ってんのかテメェ?」

 

「そいつは最善(ガーデン)で預かる」

 

 ホルンの瞳とバッドエンドの作り物の瞳が交差する。

 数秒の沈黙の後、担がれていたファランが乱暴にホルンの方へと投げられていた。

 小さな体にも限らずファランの身体を受け止め、ホルンの視線がバッドエンドへと向く時には既にそこに彼の姿は無かった。

 

 視線は手元のファランの方へと戻る。

 目に光は無く、何処を向いているのか解らない視線がホルンと交差する事は無い。

 ブツブツと声にすらなっていない呻き声。

 美しかった桃色の髪は、几帳面だった彼女は、その面影は見えない。

 

 ホルンの表情が陰る。

 

「……ファラン……お前は幼すぎたんだ……才能があったばかりに、その能力に振り回された可哀想なガキだよ……お前は優しい子だから……フォトンなんて無けりゃ、友達も普通に作れたろうに……」

 

 血の海を後にする。

 白髪の少年の背中が最後の映像で終わる。

 

 そして、先ほどよりも大きなノイズ。

 画面全体に広がる電波障害のようなノイズと共に、今度は次々と世界が移り変わる。

 

『ふんふんふん、成績優秀で努力家、実技も成績が高いのですね? 成程成程ォ』

 栗色の長い髪に、すらりと長い足の女性。

 白衣を羽織り、黒いタイツを纏う長い足を組みなおしながら目の前の紙切れを熱心に見ている女性は、上から下までそれをじっくりと見た後。

 にっこりと、床に座り込んでいる少女に笑顔を浮かべる。

 

『はい! これにて特例アークス学校は退学となりました! 努力はぜぇーんぶ意味が無くなりましたァ~~!! そして緊急任務参加への許可が下ります! おめでとうございまぁ~す念願のアークスみたいだねェ~~!』

 ケラケラと笑う声は響き渡り、それと共にびりびりと持っていた紙が破かれる。

 彼女を示していた彼女の居場所が、目の前で細切れのバラバラにされ、破片となったゴミをが宙に舞う。

 

 彼女のプライドが舞う世界の中、栗色の女性が濁った笑顔を浮かべながらファランへと手を伸ばす。

 

『ようこそ化物♪ こちらの世界へ♪』

 

 

 

 

 

 荒廃する世界、そこに7人の人影がいた。

 いや、7人以外にその世界には別の者も存在していただろう。

 それも大量の存在だった。

 しかし、7人以外は既にちりのような姿へと変わっていく所。

 

 その異常な量は、その世界にまるで黒い雪が注いでいるような景色を見せていた。

 ダーカーの、死体の粒子が舞う世界でポツリと1人が零す。

 

「あー……いってー……」

 黒い槍を持つ男はしゃがみ込みながら気だるげな声を出す。

 身体中から血を流す男は、蹲り嗚咽を零し続ける少女に顔を向ける。

 

「よー生きってかよーファラぁーン」

 

「う、うううう……ううううう!!!」

 

「まぁーだ泣いてんのかファランよーいい加減慣れろってー」

 男とは別に傷一つ無い彼女はひたすら咽び泣く。

 

「お前ごとぶっ放したのは悪かったってーどうせ死なねーと思ってたからさー」

 

 気だるげな男の声は少女には届かない。

 

「……放っておきなさい。前を向く事も出来ない彼女に何を言っても無駄です」

 ダーカーの黒い血糊が付く刀を数度振るい、ゆっくりと鞘へ仕舞う黒髪の少女は、すぐにその場を離れてしまう。

 

 その少女に続くように、一人、また一人とその場をにする。

 

 残ったのは二人。

 槍の男は、レオンは、もう一人に視線を向けた後、よろよろと彼等の後を追う。

 

 残る1人は、白髪の少年は蹲る少女に言う。

 

「立てファラン」

 

 鋭い言葉に関わらず彼女は動かない。

 

「立て! 死にたくなけりゃ前を見ろ!! 飛ぶんだよ! ハミングバード!!」

 

 彼女がそう呼ばれていた過去の名前。

 天才と呼ばれた少女に与えられた別名。

 その言葉に少女はビクリと肩を揺らす。

 

 涙で晴らした赤い目と酷いクマ、鼻水や穴中の体液でぐしゃぐしゃになった顔をホルンへと向けた。

 

 12歳の少女は悲鳴を上げる。

 

「いや! いや! もう飛びたくない! 殺して! 殺してよ! なんで! なんで! なんで! なんで! 寒いよ! 寒いよ! 怖いよ! 怖いよ! イヤァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 飛べない鳥。

 

 チキン。

 

 最高級の囮

 

 馬鹿にされた彼女の今の呼び名。

 

 叫び声はただただ響く。

 彼女の言葉を受け入れる者などいない。

 ひたすらに、地獄の日々、生と死の世界。

 憎悪と殺意を撒き散らす世界へと連れていかれる日々。

 彼女が利用出来るまできっとそれは続く。

 完全に壊れるまで、彼女の闇は続く。


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