女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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 優しく彼女の掌を解く。
 余程疲れていたのか彼女は起きない。
 無理もない、まともにフォトンを使ったのは昨日が始めて。
 ファランはベッドから降りると、手を数度開け閉めしてみせる。

 震えが止まったのはあの時だけ、今も小刻みに震えは続く。
 その掌を無理矢理に握りしめる。
 大丈夫、動ける。

 今度は私が、役に立つ番。

 せめて食事の素材ぐらいなら、集められる。

 洞窟の広場へと歩を進めようとした足を上げると。


 その足は歩を進めずに元の位置へ戻る。


 小さく震えていたファランの掌が、更に大きく震える。
 じっとりと汗が浮かぶ。
 無意識に唇が、歯が震える。

 彼女の体が知らせる。

 危険を、脅威を、無意識に体へと流れ込む。

 洞窟の先。

 闇の中に何かが居る。

 アレは何だ?

 何だ?

 違う。 誰だ? 人? 動物? ダーカー? 物体? 物質?

 アレは、何?

 二つの不気味な瞳が洞窟の暗がりで光る。
 鮮血の光。

「あ……うっ……あ……」


Act.70.聞こえる。聞こえている。その音すら、遠のく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中に不気味に光るのは二つの瞳。

 赤い光。

 目に突き刺さるような強調の強い赤。

 しかし、綺麗の印象とは違う何か別の物が混じってしまったような警戒させるような色。

 

 ファランは動けない。

 

 蛇に睨まれたカエルのように動けない。

 

 ゆらりと、二つの光が揺れる。

 暗がりの何かが動いたようだ。

 

 その揺れと共に、ファランの肌に一気に鳥肌が立つ。

 空気が変わった。

 何が変わったのかわかってはいない。周りは冷たい空洞である事は変わらない。

 しかし確実に変わっていた。

 

 緊張感が走る中、ふっ、と二つの瞳が闇の中へと消える。

 

 不気味な存在が消えた事に、ファランは、ほっと胸をなでおろす。

 

 

 瞬間、笛の音が聞こえた。

 

 

 甲高い音にファランは思わずビクリと肩を揺らし後ろへと視線を向ける。

 そこに誰かがいる様子は無い。

 

 また笛の音が響く。

 

「ヒっ!!」

 

 悲鳴の声を上げながらファランは慌てて辺りを見渡す。

 

 その笛の音は知っている。

 誰よりも知っている。

 何で今その音が、頭の中から聞こえるのか解らない。

 

 音は止まらない。響く笛の音は大きくなっていく。

 

「あ、あ、あ! あ、あ、あ、あ!!」

 

 頭を抑えても止まらない。

 頭を掻きむしっても止まらない。

 笛の音が止まらない。

 

「ああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 ファランの悲鳴が響き渡る。

 彼女の目に映るのは、居るはずはない、今は亡き友人達の姿。

 見たくもない。昔の自分。

 

 

 

 

 ■

 

 

 獣のような悲鳴にカナタは飛び跳ねるように起き上がる。

 慌てて見渡した視線は直ぐに悲鳴の主へと視線が行きつく。

 外へと出る入口で空を仰ぐように悲鳴を上げるファランが居た。

 髪を掻き乱し、何度も何度も頭を振るう彼女へとカナタは靴も履かずにベッドから降りると走り出す。

 ファランを覆うように抱きしめる。

 

「ファランちゃんどうしたの!? 落ち着いて! どうしたの!!」

 

「あああああああああああ! 止めて! 止めて! 触るな触るな触るな触るなァァァァァ!!!!」 

 抱き寄せたファランは腕の中で暴れまわり、カナタの腕にファランの爪が食い込む。

 思わずファランを離してしまうカナタは数歩後ろへとたたらを踏んでしまう。

 腕から垂れて落ちる血に、カナタは一瞬呆然としてしまう。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! け゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」

 

 最早人の声では無い。

 引き絞られるような叫び声。数度の嗚咽を何度も繰り返しながら何度も続けられる響き渡る声。

 ハッと我に返るカナタは慌てて少女をもう一度抱きしめようとする。

 しかし暴れまわる彼女に力負けするように尻もちをついてしまう。

 それは、いつもの弱弱しい彼女の力では無い。

 

 再び呆然としてしまうも、カナタは直ぐに立ち上がる。

 

「待ってて!! 待っててね! 水を汲んで来るから!!」

 

 直ぐ立ち上がり、水筒を一つ引っ掴み転けそうになりながらもカナタはファランを他所に走り出す。

 暗い洞窟の道を必死に走る。

 今も聞こえる彼女の悲鳴。

 怯えてしまう彼女が悲痛の叫び声を上げる事は幾度か目にしていた。

 しかし、今迄の姿とは比べ物にならない姿はだった。

 怯えている何て物では無い。

 カナタが見えていない。何も見えてない。別の何かに吸い寄せられるように彼女にしか見えない何かを見ていた。

 

 悔しいがカナタも解っている。

 非力な自分で、今のファランは止められない。

 あの姿は異常だ。自身が止められる範疇を超えてしまった。

 誰かを、誰かを探さないと、止めてくれる誰かを。

 居る確率など限りなく0に近いのも解っている。

 それでも、今出来る最善はそれだと思った。

 

 水を汲んで来るなんていう適当な配慮など今の彼女には理解できているわけが無いだろう。

 それでもこれ以上傷つけたくないと、優しいカナタが出た言葉。

 

 獣のような叫び声は洞窟の通路を走るカナタの耳に今も届く程の声量。

 その声がまたカナタの背中を強く押す。

 急ぐ思いを乗せて、光指す外へと足を踏み出していた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 間の抜けた声が思わず零れた。

 

 最初に目に映ったのは森林に生い茂る緑、の筈だった。

 

 黒。

 

 緑を隠すほどの黒。

 一体一体の黒から放たれる不気味な赤い目玉はギョロギョロと動き回る。

 空すらも羽音を木霊せながら黒が埋める。

 

 辺りを埋め尽くすは、大小問わずひしめき合うダーカー。

 

 動き回っていた目玉が、呆然と立ち尽くし洞窟から現れたカナタへと視点が集まる。

 ぞくりと背筋に走る寒気に合わせるようにカナタは慌てて踵を返す。

 

 それがスタートだと言うように、ダーカー達は不気味な爪音を響かせながら動き始める。

 後ろを見なくとも後ろからの異形が迫ってくるのがカナタは解る。

 

「な、なんで! なんで!? き、昨日はいなかったのに!! 何で突然!!!」

 

 このタイミングで、図ったように現れる化物達。

 洞窟に響く化物達の鉤爪が追われてる事を嫌でも理解させる。

 止まらない寒気に悲鳴を上げながらカナタは必死に足を動かす。

 

 そして、鉤爪に負けない、もう一つの彼女の悲鳴。

 その声が、カナタの蒼白だった表情に色をつける。

 

 

 このままでは。

 化物達をあの子の所に連れて来てしまう。

 

 

 走りながら考える頭は無意識に独り言をこぼさせる。

 

「道は直線上、今私がこのまま間は知り続ければ着くのに5分も掛からない……」

 

 一瞬だけ見せる人としての躊躇の表情。

 そして次に見せるは意を決して見せる力強い瞳。

 

 急ブレーキと共にカナタは振り返る。

 

 縦四メートル程しかない洞窟を押し合いながらひしめき合い蠢く化物達を視線が捉える。

 その気持ち悪い虫型の化物達に、生理的な寒気がカナタを襲う。

 慌てて数度首を振るカナタは仁王立ちで化物達を見据える。

 

 化物達との距離は10メートル。

 

 

 青白い光の粒子がカナタの周りを舞う。

 

 7メートル。

 

 

 両手で祈るように目を瞑るカナタに合わせるように光は更に広がる。

 

「大丈夫、出来る……出来る……」

 

 5メートル。

 

 化物達は既に目と鼻の先。

 

 3メートル。

 

 カナタの瞳が大きく開く、翳す両手に合わせるよう、光は瞬間的に、収縮するように集まる。

 

 光が集まり、その光が拡散して消える瞬間。

 彼女とダーカーを遮るように現れる巨大なコンクリートの壁。

 精密に天井ぴったりの寸分、分厚さも充分。

 それは精密機械で作ったかのような製鋼さで凸凹も見当たらない。

 

 突然、一瞬で、人工物が目の前に。

 

「で、出来た……サイズまで緻密に計算、すれば、概念的な物でも、か、可能!!」

 

 壁の先から引っ掻くような音、何度も体をぶつけるような音。

 その音がへたりこむカナタを焦らせる。

 

「は、早く、ここから離れないと、あの子の所に」

 立ち上がり振り返ると同時によろめく足元。

 そのまま壁にもたれるようにズルズルと再び尻餅を付いてしまう。

 思わず漏れる咳に無意識に手が口元を隠す。

 べチャリと手に残る生暖かい感触。

 

「……え?」

 

 次にぼたぼたと溢れる鼻血が自身の服を染める。

 始めて、最初に作ったベッド以上のサイズ。

 慣れもしないフォトン能力を、一気に蛇口を捻った彼女の体は負担に付いていけない。

 呆然としながらも再び立ち上がるも、同じように壁にもたれた身体がズルズルと崩れていく。

 

「ま、待って。行かなきゃ、あの子の、元、に」

 

 今も響き続ける悲鳴に応えるようにカナタは壁に手を付きながら立ち上がろうともがく。

 力が入らない手足は言う事を聞かずに立ち上がらない。

 

 ぐわん、と頭が揺れる。

 息を無理矢理に吐き切った後にような眩暈が続く。

 

「こ、怖いもんね……大丈夫だから、ね、私が行くから、私が助けるから……」

 遠のこうとする意識は、一点の強い心が無理矢理に繋ぎ止める。

 

「待ってて、待ってて、大丈夫、私を、助けてくれたあの子を、絶対に、わた、しが」

 洞窟の地面が冷たいという感覚すら薄れていく。

 

「ファ、ラ」

 強い思いをあざ笑うように、力が抜けていく。

 咳き込むと同時に零れる血も、鼻血も止まらない。

 

 前からの悲鳴と、後ろからの壊すような音が聞こえる。

 

 聞こえる。

 

 聞こえている。

 

 その音すら、遠のく。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843

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