女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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「あ、れ……ここ……」




 


 紫色の瞳が辺りを見渡す。
 同じく左右で結んだ長い桃色の髪が揺れる。
 周りが真っ白な世界。
 手を見つめる。
 いつもの小さな手、震えが止まらない手。
 赤いマフラーも、茶色いダッフルコートも、いつもと変わらない。

 いつもの姿。
 しかし妙なリアルな中だとしても、それが実際にある物で無い事を彼女は知っていた。

 これは夢だ。

 時々、感知能力のせいで、妙な世界に漂う事がある。
 自身でも制御出来ない範囲は無意識に影響を受ける時がある。
 誰かの思いなのか、心なのか、果たして知っている人なのか、知らない人なのか。

 今度は、誰の影響を受けているのだろう。

「ふぁぁぁ~……ふぁぁぁぁ~~……」

 白い世界に声が響く。
 幼い、可愛らしい声。
 声の先、振り向くとそこに声の主が居た。
 蹲る小さな女の子。
 10歳にも満たないだろう幼い少女が泣いていた。

 子供が、泣いてる。

 …………泣いてる。

「ど、ど、どうした、の?」
 取り敢えず声を掛けてみる。
 黒髪の少女は顔を上げる。
 大きな瞳から大粒の涙を流す少女は、ファランを見上げた後も、再び泣き出してしまう。

「わ、わ、わ、どうし、よ」
 思わずオロオロとしてしまうファランは少女の周りをぐるぐると回ってしまう。
 幼い少女とあまり面識を持つような生き方はして来なかった。
 子供に慣れていないファランはどうすれば良いか解らない。

「ええと、ええと、あの、あの」

 あの人ならどうするだろう。
 ファランの脳裏に過ぎるのはずっと側にいてくれたあの人。ずっと語りかけてくれていたあの人。



「ごん゛な゛に゛………がんばっでる゛の゛に゛……ごん゛な゛に゛ーーーーー!!!!」

 あの人ならどうするだろう。

 あの人なら、どうするだろう。

 ファランは少女の前で屈む。
 伸ばす手は一瞬躊躇するも、ゆっくりと少女の頭へと伸びていた。

「頑張っ…………た、ね? 偉い、ね?」

 サラサラの黒髪を撫でる。
 あれ気持ちいい。等と始めて行う行為に適当な事を考えてしまう。
 撫でたがるあの人はいつもこんな気分だったのかな。

 ピタリと、少女の涙が止まる。何故か驚いたように見開く瞳が再びファランを見つめる。

 おお、止まった。流石は、カナタさん。

 あの人なら次にどうするだろう。
 きっと笑いかける。優しく笑う。

「よしよし……だ、大丈夫……私は、絶対に、裏切らない、から」

 その言葉はファランが言われて1番嬉しかった言葉。
 状況と合っているかどうかは怪しい言葉、不釣り合いな言葉かもしれないけれど。
 泣き止んで貰うためにあの人の真似をする。

 見開いていた少女の瞳がぐっと細まる。

「あ、あ、ぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」

 より一層に泣き出す少女にファランは目を丸くしてしまう。

「え、ええ!? お、おかしい、な! な、泣かないで!泣かない、で!」

 優しく頭を撫でながらオロオロとしてしまうファランは気づかない。
 小さな少女がぎゅっとファランのダッフルコートの裾を握っている事に。
 子供の身体でも力強く、縋るように必死に。
 服に皺が残るのも気にせず少女は握り締める。


 もう手放さないと言うように。


Act.67 私は絶対

 

 

 荒い息を繰り返しながらカナタは手に持つ青光するスチール型の水筒を水面へと移動させる。

 決して大きい訳では無い水筒。それを3つ。

 

 洞窟の近くに水辺があってくれて良かった。

 既に日はかなり傾き始め、暗くなる中には不気味な猛獣の声が響いていた。

 その場から、慌ててカナタは逃げるように移動する。

 

 もう何度目の往復になるのか解らない洞窟の通路を走る。

 

 ベッドへ寝かせてから、もう数時間は経っているかもしれない。

 両腕で抱三つを抱きしめようにしながら暗い洞窟内を走る。

 ファランのいる広い場所へと出ると、そこは、ただの洞窟の広場では無くなっていた。

 

 ファランが眠るベッドの左右には焚き火が2つ。

 ふらふらとしながらもカナタは近くの桶へと2つの水筒の水を移す。

 カナタの手元が再び青く輝く。

 光の集まりと共に現れたのは小さなタオル。

 それを水につけ絞るとファランの頭へと乗せた。

 

 カナタは、何となく自身の力を理解し始めていた。

 

 ベッドの後に最初に作り出そうとしたのは広場を温める為の火だった。

 しかし、光が展開されるだけでそこに炎が生まれる事は無かった。

 同じ様に作り出そうとした水もダメだった。

 

 しかし火を作り出すマッチは生み出すことが出来ていた。

 家の台所にあったウサギのマークのマッチ。

 

 次に落ち葉を作り出そうとするも再び現れない。新聞紙という概念も作れなかった。

 

 色々と試して行く内に、曖昧な物や概念的に広い物がダメなのだと理解し始めていた。

 水や火などの自然的な物、新聞紙と言っても種類がある。

 

『カナタの記憶にある物、造形がハッキリとしている物』

 

『そして両手で持てる物、それ以上だと身体が保たない』

 

 それが現在の知る限りの条件だった。

 

 それだけ別れば充分。

 しかし力を使い過ぎて倒れてしまえば元も子もない。マッチは作り出したけれど、それ以外は必死に動き回り森の中から落ち葉や小枝を集めた。。

 ライターも最初考えたがオイルが無い器だけになるだろうと断念。

 

 ファランの表情は未だに青白いまま。

 

 既に毒見済みの水筒をファランの口元へと傾ける。

 数回喉が動くも、その後は大きな咳き込みと共に吐き出してしまう。

 

「ぁぁ……」と、強張るような嗚咽を零したのと、ぐわん。と再び頭が揺れるのは同時だった。

 

 最早、限界に来ていた。

 

 手足には痺れを感じる。

 使い方が解ったと言っても、連続で使って良い力では無いという事はカナタ自身が一番理解している。

 そして、今日何度も何度も走り回り、おぞましい光景をその目に何度も何度も目に焼き付け。

 彼女の精神力も、体力も、一般のそれを遥かに凌駕し削られていた。

 少しでも気を抜けば、糸の切れた人形のように崩れるだろう。

 

 それ程の苦しい一日。それ程の長く、最悪な一日。

 

 その中で見つけた、たった一つの一縷の光。

 

 

 虚ろになりつつある瞳と、揺れる頭を、無理矢理に唇を噛んで踏みとどまる。

 ファランの手をカナタは必死に握る。

 それは、力づける等という物では無い。

 縋るように握っていた。

 カナタが今出来る事は全てやった。

 

「お願、い……!お願い……!」

 

 切れた唇から血を流しながら、必死に懇願するカナタの脳裏に、ふと、殺意を向けてきたアークス達が浮かんでいた。

 もし、もし助かったとして、ファランが同じ様にする可能性だってある。

 ファランにそんな事をされれば、次こそカナタの心は壊れる。そんな気がしていた。

 

 嫌だ、嫌だ、この子に嫌われるのは嫌だ。

 

 だけど逃げるわけには行かない。

 この子を助けなきゃ、嫌われるのは嫌だけど、この子が死ぬのはもっと、嫌だ……!!

 

 膝をついた状態で、強く握り締める手を祈るように頭をつけていた。

 

 満身創痍。

 

 もう、心も体も、彼女の限界はとうにとうに、超えていた。

 鏡の無いそこで自身の血の気の引いた顔など見えるわけも無い。

 すれすれの意識が繋ぎ止めるのは、ただ少女の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だい、じょ……ぶ」

 

 

 

 

 

 

 はっと顔を上げていた。

 身体を横に向けたファランが、薄らと目を開けていた。

 目に力はない。それでも、その瞳はカナタを見つめていた。

 

「ファランちゃん!!!」

 

 もう片方のファランの手がゆっくりとカナタへと伸びる。

 手は震えていた。

 それでも、その弱弱しい手を伸ばして。

 カナタの頭へと小さな手が置かれる。

 

「よ、く、頑張った……ね、頑張っ、た……ね」

 優しく撫でる手と共に、たどたどしい言葉が続けられる。

 

「わた、し、は……絶対、に……裏切、ら、ない」

 空ろな瞳は、カナタへと向けられていた。

 けれど、その瞳はカナタよりも奥を見つめる。

 彼女に何が見えているかなど、カナタには解るわけがない。

 

 震える手は、優しくカナタの頭を撫でる。

 

 誰かの為に、生きてきた。

 困っている人は見過ごせなくて。

 好意が返ってこない事なんて当たり前だった。

 

 倦怠感を忘れる程に一気に思いが込み上げる、

 

 込み上げる。

 じわりと、目頭が熱くなる。

 声が上ずる。

 じん、と鼻の奥が痺れる。

 

「あ……ああ……ああああ……!!」

 

 

 ボロボロと涙が零れていた。

 

 求めていた分けでは無かった。

 その言葉は、どこかで聴いた事のある言葉だった。

 

「ファラ、ン、ちゃん……ファラン……ちゃん!!!」

 

 ずっと我慢していた物が、塞き止めていた物が、零れる。

 止まらない雫は頬を伝う。

 ぼろぼろぼろぼろぼろぼろと、星の瞬きのような煌びやかな涙は零れ続ける。

 

 暖かい掌が、認めてくれているこの掌が。

 受け止めてくれた言葉が。

 

 人の心を助け続けていた彼女が。

 

 始めて助けられた瞬間だった。

 

「ううう……うううう~~~~!!」

 ぎゅっと握り締める手を抱き抱えるように嗚咽を零す。

 

「泣か、ない、で……良い子……良い……子」

 

 嫌わないでくれる。

 

 この子は、裏切らないと、言ってくれる。

 

 彼女が、一番欲しかった言葉。

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843

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