女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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 帰って来たら、また楽しい生活に戻れるんだって。

 食堂でおばちゃんと話ながら働いて。

 茶化すレオンやその友達をあしらって。

 終わったらリースやアリスや、サーシャとご飯を食べて。

 ムスッとしたホルンにそれとは正反対に笑いかけてくれるシルカが居て。

 少しだけ怖いルーファとそれとなく話てみたりして。

 それで、それで。

 ファランは最近熱心にお菓子の勉強をしていて。



 あぁ、辛い。

 辛い……。


 こんな扱いをされた事などあるわけが無い。
 多少の敵意があろうとも、それでも彼女は突き進んで来た。
 何れ解ってくれる。
 心を通わせれる。そう信じて前に進んでいた。
 実際そうだった。
 彼女の曇の無い1点は、多くの人を救ってきていた。
 平和なあの世界では。

 命が関わるこの世界の異常な闇。

 明らかに向けられた敵意以上の悪意、殺意。

 これが、これがジョーカーという存在が向けられ続けた憎悪。

 体をさらに縮こませるカナタは止まらない涙を拭う。

 帰りたい。辛い。辛い。辛い。

 それは彼女がこの世界に来て見せる始めての弱味。
 
 強くいようと、毅然としていようと気を張り続けた彼女の綻び。


Act.66 「約束、守れなくて、ごめんね」

「う、うう……」

 

 

 呻き声が漏れる。

 

 頭が痛い、思いっきり頭を回されたような感覚に眩暈が止まらない。

 吐きそうになるのを必死に堪えながら拳を握り締める。

 力任せに握った拳はなぞるように冷たくも、柔らかい何かを握る。

 妙に冷たいそれをぼんやりとする瞳が見つめる。

 

 それは黒に近い茶色。

 

「は、え……え?」

 

 嗚咽は疑問符のような声に変わる。

 この世界に来て始めてそれを見ていた。

 思えば今寝転がっている場所も妙に冷たい。

 熱い太陽の光は無い。

 地面は冷たい。靡く風は涼しい。

 辺りから聞こえるのは鳥や動物達の声と葉のせせらぎ。

 よろよろとしながら立ち上がり辺りを見渡す。

 カナタの世界にもあった。

 しかし少し違う。

 

 森とジャングルを合わせたような広い空間。

 

 目に映るのは、美しい自然だった。

 

 

「こ、ここ、は?」

 

 揺れる思考はゆっくりと動き始める。

 

 一言で言うのであれば、その世界は『森林』

 

 

 

 ■

 

 

 見渡して見えるのは生い茂る木々、大量の緑。

 時々聞こえる猛獣のような獰猛な鳴き声に心臓が跳ねる。

 落ち着けと、必死に自分に言い聞かせながら早鐘の様に鳴る心臓を、胸を抑えるようにしながら堪える。

 

 必死なカナタの瞳に、ふと、妙な物が見える。

 それは生い茂る緑の中にある妙に不釣り合いなピンク。

 猫の耳のようになっているそれは、装着する物に合わせてサイズすら変えるアークスの所有物。人工的であり、可愛らしさが残るそれは感知能力を底上げする物だと言う事を聞いた覚えがある。

 

 何よりも、それの所有物を知っていた。

 

「な、なんで、これが?」

 

 思わず溢れる独り言と共にフラフラと歩が進む。

 先程よりも心臓が大きく跳ねていた。

 

 手に取るそれは、べっとりとした血が付着していた。

 既に乾いているそれは、更に道のように続いていた。

 生い茂る雑草の中、ポタポタと落ちる小さな丸い赤。

 血の後を追いかけるカナタの歩は徐々に早足になる。

 

 もしかして、もしかして!!

 

 期待と不安が入り交じる思いは足を早める。

 数分ばかしの後に見えたのは大人が3人ほど横ばいに歩ける程の洞窟。

 高さは3メートル程だろうか。

 緑を染めていた赤色の点は薄暗い洞窟の中へと続いていた。

 その不気味な暗闇にカナタの表情が一瞬強ばる。

 しかしすぐに意を決したように中へと歩を進めた。

 明るい外と違いゆっくりと暗くなる世界はカナタの心を締め付ける。

 手に持つ桃色の猫耳を思わず強く握る。

 

 何度目か解らない自分を言い聞かせる大丈夫という言葉を呟きながら進んでいた。

 

 ぐにゃぐにゃと歪曲する薄暗い通路が続く中、暗闇に慣れつつある瞳が光を見つける。

 ぼんやりとした光は洞窟を薄らと照らし遠くからでも形を見せていた。

 それは遠くからでも何か広い所に出るのだと理解する。

 思わず胸をなで下ろし壁伝いで歩いていたカナタの歩を早める。

 

 光がある。

 

 見える。

 

 見えてしまう。

 

 出たのはポッカリと円上に広がる広間のような場所。

 天井も大きく広がり、その天井から広場よりかは小さい円上の穴が光を照らしている様だ。

 

 6畳半ば、一般のリビング程度の広さ。

 

 そんな事は、カナタの見えていない情報。

 

 目を見開くカナタの目に映るのは中央に存在する物体にだけ。

 道標のように血痕はそこで止まる。

 暗がりが続いていれば見えなかっただろうに。

 茶色いダッフルコートはべっとりと赤に染まっていた。

 動きを見せることも無くうつ伏せで倒れたそれは、最早物体と言っても間違いではないのかもしれない。

 

 足側がカナタの方を向いていた『それ』は顔は見えなくとも、そのピクリとも動かない様子が解らせる。

 血だらけの部屋だけなら、まだ疑えた、疑う事が出来た。

 数歩たたらを踏むように後ろへと下がるカナタはそのまま尻餅をついてしまう。

 

 唇が震える。

 

 数度左右に降る首は目の前の現状を否定したくて。

 

 

「ファラン、ちゃん…! 嘘、嘘、嘘……!!!」

 

 何故。何故自分ばかりがこんな目に合わなければ。

 親しくしていたおばちゃんが死んで、信頼されたと思っていた人達から殺意を向けられ、死体まで見せつけられて。

 

 大切な子が、今、2度死んだ。

 

 体の力が抜けていくのが解る。

 彼女の瞳からゆっくりと光が消える。

 だらんと、無様に座ったままカナタは動かない。動けない。

 

 

 私が何をしたと言うの。

 

 

 こんな、こんな、こんな。

 

 

 こんな世界。

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぎっ…………ぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 思わず顔を上げた。

 漏れた声を聞き逃す筈がない。

 弾かれるように立ち上がるカナタは慌てたまま1度転んでしまう。

 それでも必死に立ち上がり目の前の倒れている存在へと駆け寄る。

 

「ファランちゃん!ファランちゃん!」

 

 抱き寄せる彼女の身体は軽く、頬に触れると酷く冷たい。

 それでも彼女の口元が小さく動いていた。それを見ただけでも、カナタの表情が一気に明るくなる。

 しかしそれも一瞬。

 カナタの人差し指と中指が彼女の手首へと触れる。

 酷く弱い脈。

 青白い顔、呼吸は小刻み。

 

「弱ってる……このままじゃ……!!」

 

 血で赤く染まる服を脱がせようとする所で気づく。

 血は既に乾いていた。それ以上の漏れ出る様子も見られない。

 この量の血を止血出来るとは思えない。考えられるのは、彼女の血では無い、という事。

 

 返り血……?

 

 慌ててカナタはぶんぶんと頭を振る。

 今は、それどころじゃない!

 脱がせようとした手を止めると自身のブレザーを脱ぎ上から被せる。

 それだけで彼女の唇の震えが止まるわけもない。

 

「火を炊かないと!! ああもう! そんな道具あるわけ無い! もっと温かい場所、人を探しに行く? そんな時間は無い!どうする!どうする!」

 

 焦りに焦りが積み重なり自身でも気づかない大きなる独り言。

 グルグルと周っていた頭は、ファランの顔を見て止まる。

 一つだけ思い出す。

 

「……ごめんね」

 乾いた声が溢れる。

 ファランを抱きしめたまま、手を前へと翳す。

 

「約束、守れなくて、ごめんね」

 

 彼女の周りが光る。

 その手を起点に広がるのは青白い光。

 

 この力が、役に立つのなら、助ける事が出来るなら!!

 

 光はゆっくりと集まると、形を作り出していく。

 

 造形は2m強。

 

 ピンと端まで引っ張られたシーツ。

 大きなベッド。

 それは、カナタとファランの部屋にあった物と寸分違わない。

 洞窟に似つかわしくない洋風のベッドがそこに存在していた。

 

「や、やった!」

 

 正直こんなに簡単に出来るとは思っていなかった。この力があれば、この子を助ける事が出来る。

 

「ア、ハハ! こんな簡単に出来るなら天涯付きにすれば良かっ………」

 

 言葉はそこで止まる。

 カナタの鼻から垂れる鮮血がファランの頬へと落ちる。

 

「………た?」

 間抜けな声と共に視線は血が落ちた先に落ちる。

 同時に、突然の脳内への衝撃。

 横からハンマーで殴られたような勢い。ぐわんと揺れる頭に、目の前で星が散る。

 本当に殴られた訳ではない。それ程の衝撃。

 

「う……ぐっぇ……!!!!」

 胃から沸き起こる嗚咽。

 必死でそれに耐えるも揺れる脳は変わらない。意識が持っていかれる。

 薄れゆく意識の中、頭の端を言葉が過ぎる。

 

『フォトンを鍛錬も無しに使うのは自殺行為』

 

 アークスという物が、学校を経てようやくなる事が出来る存在である事は聞いていた。

 

 以前作ったものは小さかった。

 フォトンの制御など出来るはずが無いカナタの身体から、突然に搾り取られたフォトンは彼女の生命を脅かす程だった。

 

 抱き寄せていたファランの身体は力の抜けたカナタの手からずれ落ちていく。

 

「しっかり!!!! しろ!!!!」

 

 ファランの身体を、もう一度力強く抱きしめる。

 意識を保つ為、目を覚まそうと、噛み切った唇から血がこぼれる。

 

「寝ていられるわけない!! 助ける!絶対に助ける!」

 

 ガンガンと揺れる頭を無視してファランの体をベットの上へと何とか移動させる。

 シーツを被せると、数度自分の頬を両手で叩く。

 

「死なせるものか! 死なせるものか!」

 

 もう2度と誰かが死ぬのは嫌だ。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843

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