女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act 61 狂いと狂い

 暑い風が頬を撫でる。

 紫色の髪が顔に掛かるのも気にせず、1人の女性が船の先に立っていた。

長い髪は片方の目を隠してしまう程。

黒く薄いネグリジェ1枚に、裸足のいつも通りの姿。

いつもと違うのは、肩にもう1枚掛ける揺れている物程度だろうか。

肩にかけた艶やかな桃色の羽衣が美しくゆらめいていた。

その幻想的な羽衣とは真逆のギラギラと光る瞳は、砂煙を上げる喧騒を見下ろす。

 しなる白く美しい指が、血と煙が舞い上がる眼下をなぞるように、まるで指揮棒のようにリズミカルに動く。

 

 鼻歌交じりのその仕草を、もう何度も繰り返していた。

 

 楽しそうな彼女は、誰かの必死も知らずに、誰かの決死も知らずに、誰かの勝利すら知らずに。

 

 指を向けるような動作をしながら、彼女はその地獄絵図の中、歌うように言葉を綴る。

 

「いっちーにーィー~サァァーンー! ギャッハハ! ヤバイのまだまだいっぱい生き残ってんじゃぁーん!」

 

 ケラケラと愉快そうに嗤うユカリにしか見えない砂と血の入り混じった煙幕の先。

 仲間や敵という概念は彼女には無く、彼女にとって、その二つは同じ物でしか無い。

揺らす体に合わせて長い髪が舞う。

 

 楽しそうに笑いながらユラユラと揺れていた体は突然ピタリと止ま

まる。

 

 

「さ、て」

 

 ゆっくりと立ち上がる彼女の頬が割れる。

 不気味な笑みが、その顔面いっぱいに、満面に広がる。

 

「ぜーんぶまっちろにしましょうねぇー? 戦っていいって言われたしぃ? めんどっちいのも外れてるしぃ? やーん! 体とっても軽いよぉ!? よぉぉーし! おじさん張り切って皆皆ぐちゃぐちゃにしちゃうぞぉー! みぃーんな混ざればなっかよし! だぁ! ギャハハ! ギャハハ!」

 

 大きな大きな独り言は木霊する。

 彼女の言葉に虚言は無く、どこを見ているか解らない濁った瞳は不気味に光る。

 

 高らかな笑い声をあげていたユカリは、先ほどと同じように機械のようにビタリと動きを止めた。

 何かを思い出したかのように、硬直すると、次に肩をすくませるような仕草へ。

彼女は俯く。

 

「あー……約束守らないとォー……最低……最低最低最低サイテー……ううん、最低ヤダァ……また嫌いって言われちゃうよーう」

 上がりっぱなしだったテンションは途端に下がる。

 しかし、その顔は直ぐに上がる。

 表情は再び笑顔へと戻っていた。

 

「じゃあー! 三つだけ!! 三つだけェ! 約束守るもんね! とってもとってもイイ子だからぁー!」

 体に纏わり付いていた桃色の羽衣をユカリは引っ張るように振り回したかと思うと、体を大きく回転させる。

 釣られた桃色の羽衣は一回転と共に帰ってくると、その姿を変えていた。色は不気味な赤黒い一色へ変わり、形は細長い棒へ。

そして同じくどす黒く、禍々しく切っ先が光る突起。

 

 その槍は、誰かの槍によく似ていた。

 

「アイツこんな感じだよねェー! うーんと、うーんと」

 姿を変えた巨大な槍を器用に振り回しながらユカリは考えるように頭を揺らす。

 大きく揺らす髪に合わせて彼女の隠れていた左の髪が広がる。

 そこにある筈の瞳の部分。

 それは眼球というよりも、球体のような物体がそこにあった。

 青い光りを放つそれは水晶体のような色合いも、硝子体としての白い部分も角膜のような黒点も見当たらない。

 本当に、ただの硝子玉を埋め込まれたようなそれには一つの紋様が浮かんでいた。

 

『絶対攻撃力』レオンの顔に刻まれた紋様。

 

 

「広範囲型でしょぉぉー? んっとねー! 後めんどくっちゃいから一発でぶっ殺せるのがいいなー!」

 

 目に浮かぶ紋様は別の紋様へと切り替わる。

 

それは『最悪』のジョーカー、『手遅れ(バッドエンド)』の紋様。

 

「後アイツアイツ‼︎ 絶対当たる奴‼︎ 」

 

 再び紋様は変わる。

 『レッドイーグル』『絶対命中』と言われた最強。

 

 

「これでぇー‼︎ 狙いはぁー糞ダーカーだけって所で‼︎」

 

 槍の形をした羽衣だった物が、紫色の光りを放ち始める。

 それを高らかに構えながらユカリは笑い声を木霊させる。

 

 徐々に切っ先へと光は集約されていく。

 膨らんでいく光に、ユカリの瞳は楽しそうに、まるで子供が玩具を見るように目を光らせる。

 

 

「ン名付けてェー……」

 

 振り被る。

 

 高く響いていた声が色を変えるように低く低く残酷な色へと変わっていた。

 

 

「ゼルドレディア」

 

 高威力のフォトンが放たれる。

 それは空中へと舞い上がる。

 紫色の破壊は天へ登ると、それは拡散するように空中で円状に広がるように分かれて行く。

 大量の線となって流星のように空から降り注ぐそれはダーカーへと降り立つ。

 その光りに触れた部分に、まるで削られたかのように丸い円状にダーカーの体が抉れていた。

 抉れたというには何か機械を使ったようなまでに綺麗な丸みを帯びていた。

 次々と一瞬で死に至り倒れていくダーカー達。

 それを彼女は楽しそうに見つめていた。

 大声で下品な笑い声を上げていた。

 

「ざっこ!! ざっこざっこぉ!!!ギャハハハハハ!!!」

 

 エスパーダの4人目。

 元々のハイセンスにジョーカーの能力を無理矢理詰め込まれた欠落品。

 大量生産の不良品。

 

 ダーカーに対しての切り札がジョーカーであれば、アークス全般に対しての切り札がエスパーダ。

 その中でもジョーカーに対して比類無き力を持つと言われたユカリ。

 弱化されるも、ジョーカー達の能力を兼ね揃えれる特異性。

 異常に欠落し過ぎた精神状態からかなり危険視されるも、その貴重な能力から監視され続けた不完全。

 

 最悪の最凶。

 

 今も落下を続ける禍々しい光をキャーキャーと子供のようにはしゃぎながらユカリは見つめていた。

 手に持っていた槍は既に元の姿に戻り、彼女の肩でゆらゆらと無機質に揺れる。

 

「おっさかーな!おっさかーな!」

 

 桃色の羽衣を揺らし、その場でピョンピョンと跳ねるユカリは楽しそうに、子供のように無邪気に歌っていた。

 

「おっ」

 

 ユカリの言葉は、突然ピタリと止まっていた。

それは一瞬彼女の体に現れた振動と共に。

 

「はへ?」

 

 間抜けな漏れる声と共に見上げていた視線は下を向く。

 腹から何故か巨大な切っ先のような物が生えていた。

 ゆかりは首を傾げながら、口から赤い物を吹き出す。

 次に視線は後ろを向く。

 

 そこには男がいた。

 

 ユカリの体を大剣で貫いている男がいた。

 

 片方を歪な黒い仮面で隠し、見える瞳がユカリを見つめる。

 男の瞳は、何処か必死な様子で、ユカリを睨む。

 

「おおおおお俺は誰だっけなぁおいお前殺すぞ殺されたくなけりゃ教えてくれよ教えてよ怒られちまう俺は誰に怒られるんだ教えろよ誰だ俺は誰だロランって誰だ」

 錯乱するように叫び声を上げながらロランは巨大な大剣を引き抜いていた。

 吹き出す血と共にユカリの体が崩れる。

 引き抜かれると共に、大剣は瞬時に横へと持ち直していた。

 ロランの力任せの横のスイングへと切り替わる。

 

 タイミングよく崩れるユカリの首元を通過していく。

 延髄を、首の骨を、スッパリと切り落とす。膝を着くのと首が落ちるのは同時。

 

 数秒間の血の吹き出しと共に、ごとり、と重たい物が船の上に転がった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そうだ!お、俺は!!ロランだ!!ルーファの相棒で!!! ずっと戦ってきたロランだ! 俺が!!俺が!! アリスを!! 違う! 俺は悪くない! 違う! 違う! 違う……う? あああああまた忘れちゃった忘れちゃった忘れちゃった怒られる怒られる怒られる」

 

 血の海とかしたその場でロランは叫び声を上げ続ける。

 まるで何かから逃げるように。

 よろよろと死体に背を向けロランは歩き出す。

 血走った瞳は彼らしくない形相を浮かべて。

 

 

                              

 

 

 

 

「やっちまったぁー」

 

 

 

 

 

 

 

 ロランは足を止める。

 

 そして、声の方へと振り返る。

 そこに、先程まで膝をついていた筈の死体が立ち上がっていた。

 首のないそれは、よたよたと動き、首を拾う。

 

 その不気味な姿に対してもロランは眉一つ動かさない。

 

 首を元の定位置に戻すも、その体は首からぼたぼたと垂れる血で真っ赤に染まり、そして首の視線はロランを見つめていた

 輝く瞳。禍々しく光る瞳。

 なんとか元に戻したであろうユカリは血だらけな姿のまま馬鹿にしたように長い舌を出す。

 

 その瞳の片方は淡く輝く。

 

 紋様を再び変えて。

 

『ピーカブー』『絶対回復』『自殺趣味(ループ)』『血死決死(ブラッドデッド)』そして『最悪殺し(エンドレス)』

 名の多いジョーカーの1人。

 『最強』のジョーカーが1人の能力。

 

 

「四つ使っちゃったぁー……どうすんだよぉぉー……嫌われちゃうじゃぁぁーん……」

 血だらけのまま、突然めそめそと泣き出すユカリは首を切られた事よりも別の事しか考えていない。

 

「何だよおまえ……誰だよ誰なんだよ教えろよ!首切って生きてる奴なんざ知らねえ知らねえ知らねえ知っててたまるかよ!!!!」

 大剣を構えるロランはユカリの方へ向けて地面を蹴る。

 

「あ!そっか! 成程成程! お前殺してなかったことにしよう!そうしよう!」

 

すぐに表情を切り替えるユカリは残酷な笑みを広げていた。

 

血だらけで高らかに、不気味な笑い声とも獣のようなおぞましさとも取れる声を上げるユカリ。

 片や、悲痛の悲鳴とも、やはり獣染みた雄叫びとも取れる声を上げるロラン。

 

 狂いと狂いの瞳は互いを直視しているわけでは無い。

 イカレとイカレは唯ひたすらに身を傷つけ相手を傷つけ、それだけが存在意義。

 

 船の上。

 

 二人の獣が力を振るう。

 

 理由を必要としない不協和音の発狂が響く。

 

 

 船の下。

 砂漠の煙がようやく少しづつ晴れようとしている頃。

 理由のある戦いをしていた彼らの戦いが終わる、少し前の出来事。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843

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