女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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暗い廊下の中、リースはがくりと膝を着く。
姿を黒い霧に変えていくダーカー達に視線を向ける事もなく俯き、荒い呼吸を繰り返していた。
どこから入っているのか、何体入ってきているのか、ようやく一息。
チラリと向けた先、壁にもたれ今も苦しそうに呼吸をするサーシャに、リースの瞳は不安で染まる。
守りながらの戦い、次また大量に現れた時、守れると、言い切れない。
アリスの事も気がかりだ。
この船に乗り込んでいる以上、戦況は芳しくないだろう。
ぐっと唇を噛む。

迷っている暇は、無い。

震える指が空間をなぞる。
 同時に現れる空中に浮遊する電子的な画面。
 それはまだ電子的な機能は生きている事を示していた。

 リースは電子画面を触れていく。
 画面に写るは警報のマーク。
 それでもリースは電子の画面を触れていく。
 そして行き着くのは『ユカリ』という文字が綴られた画面。

 一瞬の躊躇の後にリースはゆっくりと言葉を続ける。

「ユカリ……」

 画面越しに声は聞こえない。
 それでもリースは言葉を続ける。
 
「……緊急事態よ。約束は三つまで。……戦って。」
画面から返事は無い。
 代わりに、笑い声が画面越しに聞こえた。
 その笑い声は普段の彼女の馬鹿笑いとは違った。
 凛とした、それでいて清楚で、優しく、気品に溢れた、クスクスとした笑い声。

 それはリースがいつも聞いていたぶっとんだ彼女とはかけ離れており、自身が掛けた相手を間違えたかと一瞬面食らう。
 画面は消える。
それはあちら側が一方的に切ったのだと理解する。

 呆然としたリースはその場で手を合わせる。
 サーシャを置いてリースは動けない。リースが思う最大限の手段。
 頼るしかない。祈るしかない。みんなの無事を、アリスの無事を……。



Act.59 やくそく

 

 

 恐ろしいまでの速さの斬撃。

 中距離からの脅威を持ち前の反射神経でアリスは飛び跳ねるように器用に避ける。

 徐々に上がる速さに、アリスの大きな二束が避け切れず削られる。

 

「うっはーすげぇ! よく避けられるなお前ー!」

 体を微動だにせず、手だけ異常な速さで動いている様子は、手元だけ早送りをしているような不気味さ。

 明るいロランの様子にアリスは大きく舌打ちをして見せる。

 触れればそのまま持っていかれる。

 そして距離の概念が無い。

 アリスも知っているその伸びる剣は、フォトンで形成されるオーバーエンドと言われる技である事もアリスは解っていた。

 もし、その技なのであれば、フォトン量を多く使う必殺は連撃は出来る物では無い。

 しかし今展開し続けている禍々しい粒子で象った剣は消える様子が無い。

 

 ダーカーらしい理不尽さ。

 

 戦闘に特化したアリスの経験が現状の厳しさを解らせる。

 避けながらもアリスはそれでも勝ちを拾う方法を模索する。

 諦めない。

 フォトンが無くとも、戦闘能力であればアリスはそこいらのアークスよりも、当時のロランよりも。

 

 引いてはジョーカーと並べるだけの戦闘力を持つ。

 

 瞬間を逃さない。

 

 チャンスを逃さない。

 

 ジリジリと距離を詰める。

 暴風雨のように振るわれる大剣とは思えない連撃を、同じく人間離れした少女が紙一重でそれをかわしていく。

 

 恐ろしい速さであるが、ロランの目はこちらを見ている様子も無く、唯立ち尽くしているだけ。

 言動の様子からも正気には見えず、アリスの集中は、チャンスをそこに見出す。

 

 少女の瞳はただ1点。

 ロランへの殺意。

 殺しを止めてから長い。

 それでも彼女の本能が、元々の暴力性が、深淵の野生が消える事は無い。

 そうやって生きてきた。

 そうやって教育されてきた。

 

 少女が姉だと慕う人物に会うまで続けていた日々。

 

 少女、アリスが変わった所で染み付いた習慣はおいそれと消えない。

 

 殺す。

 

 ただ1点において握り締める片方になった刃を握る。

 

「ちょっこまかと!! 虫かテメーは!!」

 苛立つ声と共に膨れていた黒い大剣が更に膨れ上がる。

 単純明快な、大きければ当たるという子供のような発想。

 アリスの脳の片隅に、「らしいな」という言葉が一瞬浮かぶも、それは野生とはかけ離れた理性でしか無い。上から下への真っ直ぐな巨大な振り下ろし。

 合わせるように横への大きなサイドステップ。

 アリスのいた所に文字通り割れるような轟音が響く。

 

 舞う砂煙と共に現れたのは剣で作ったとは思えないような、最早亀裂といっても過言ではない割れ目。

 

 アリスがそちらに目を向ける事は無い。

 そんな暇など無い。

 振り上げたタイミングのサイドステップからの。

 下ろした時には2歩目を踏み出していた。

 小さな体が弾丸のように飛び出す。

 体を回転させながら、直線上の巨大な剣をなぞる様に距離を詰める。

 そして剣を上げようとしたタイミングでの3歩目。

 砂煙も相まってか、その人間離れした小さな体をロランが目で追うことは出来ていない。

 胴の部分へと、すれ違いざまの一閃。

 少女の踏み出したデタラメな脚力と、腕力にものを言わせた一撃はロランの胴の半分以上を捉えていた。

 

 振り切る。

 

 回転の螺旋を地面に描きながら、ロランを超えた先での急ブレーキ・

 茶煙を挙げながらアリスは振り返りざまに剣を降ると、ふんだんなくまとわりついた黒い血が斜線上に茶色い砂の中へと飛び散っていた。

 

 確かな、手応え。

 

 ぐらりと、ロランの体がバランスを崩している所だった。

 片方の重力に引っ張られるように、体の半分以上を斬った部分が浮く。

 

「お? おお? なんだ? 世界が傾いてんぞ?」

間抜けな声を零すロランの背に、少女は声を荒らげる。

 

「せめてものおんじょーって奴です……! お姉様には何も言わないでおいてやる! お姉様がわざわざ手に掛けてまで守ったお前の、お前の大事な物を!! 」

1人が、1人の信念を守ろうとした。

だから少女は2人の信念を守る。

 

 

 

「だから何なんだよ。その『おねーさま』って」

 

 

 低い声が響く。

 

「……え?」

 

 斬った部分。

 浮いていた部分。

 崩れていたバランスが、重力に従いびたりと止まっていた。

 それは、糸を引いているだけだと思っていた傷口に見える縦の線が、上半身を引張っていた。

 

 それは、小刻みに動く黒く細い何本もの触手。

 ぐちゅぐちゅと耳障りな粘膜の擦り合わせる音。

 それは何本も傷口から生えるよえに増えていくと、傷口に沿うようにまとわりつく。

 たったの数秒。まるで何も無かったように、傷口が消えていく。

 

「いっやー! すっげーだろォ!? これ!!」

 ケラケラと笑うロランは斬られた所をバシバシと叩きながら軽快に笑う。

 

「さっきもよ? なかなかスゲーのと戦っててよ? 腕持ってかれて、あーやべーなーとか思ってたらこうやってくっついちまうのよ! いやソイツその瞬間『ジョーカーを呼べ!』とか『レオンを探すんだ!』とか言っててよー逃がしちまったんだけどよぉやっぱすげぇよなぁ? アイツってば相変わらず判断くっそはえーの! っつーかレオンって誰だよ最強の一角とか戦いたくねーってのジョーカーって何だよ化け物揃いとか知らねーよ知らねーの? あれ ?知らねーや最悪とか知らねえ知らねえ」

 

 語りかけているように見えていたロランの言葉は脈絡も無く、ただぶつぶつと独り言を繰り返し空を仰ぐ。

 

 その姿が、その容子が、そして現実が、アリスの背筋を凍らせる。

 元々ロランは攻撃特化型であり、防衛や避けるという概念は薄いアークスではあった。

 しかし、それにしては緩すぎるとアリスも感じていた。

 その理由を理解する。

 攻撃を食らってもいいのだ。

 ただただ真っ直ぐ歩いて異常な切れ味を振っていればいいのだ。

 そんなのは滅茶苦茶だとしか言えない。

 攻撃をする為のアリスのカードが、戦い方が、今迄の経験が意味をなさない。

 

 避けなくていい。

 防がなくていい。

 1度でも攻撃が当たれば勝ち。

 

 それは、熱く、努力家であったロランにはあるまじき戦闘法。

 

 呆然としていたアリスに、突然の耳を劈くような絶叫が聞こえた。

 ハッ、と我に帰るアリスが身構えるのと、虚ろにつぶやいていたロランが前を向くのは同時。

 

 砂煙を掻き分けながらロランの前へ飛び込んでくる者が居た。

 小太りのその男は泣き叫ぶ声を挙げながら砂煙を舞わせ転がり込む。

 

「ヒイイイイイイ!!!!」

 男の手の甲にあるのは紋様のような刺青。

 その男の事をアリスは知っていた。

 ガルダと言う自身をジョーカーだと言っていたあの男。

 

「ん? ん? ん? あー、あ? 何だおいおい増えてんじゃねーよめんどっちくなっちゃうじゃねーか」

ロランの言葉に呼応するようにアリスも叫ぶ。

 

「な、何して!! 早く退いて……!!」

 

 しかしアリスの言葉が届いていないのか、アリスの方を見ようとはしない。

 その表情は青白く真っ青なまま。

 ガルダはばたばたと慌てふためきながら立ち上がると、ロランの方へと向いていた。

 

「は!? ぁぁぁぁ!? 何だテメー何だよテメェェェ!! どいつもこいつも俺を誰だと思ってやがる! 俺はジョーカーだぞ!? クソ! クソ! お前俺を助けろ!俺様はジョーカーだぞ!!」

 

 

 ロランは、首を傾げる。

 

 荒らげる男を不思議そうに見つめる。

 

 

「バ……!!」

 アリスが地面を蹴った。

 ロランが大剣を水平に構える。

 それは数秒とも、コンマとも言える一瞬。

 アリスの脳裏にあるのは大切な約束だけ。

 あの人との大切な約束だけ。

 

 殺意の野生を、上回る。

 

 殺意に身を任せていた昔とは違う。

 

 少女はちゃんと変わっていた。

『欠落品』と言われていた少女は、前に進んでいた。

 第一に優先されるのは。

 

 大好きな姉との約束。

 

 

 

 


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