女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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 一心不乱に走っていた。

 現実で起こった事がまだ信じられなくて。
 脳裏に浮かぶのは目の前で真っ二つになった人間。
 先程まで喋っていた筈の存在。

 好き、というわけでは無かった。

 しかし嫌いというには日付が既に薄れさせていた。
 3ヶ月という時間は愛着すら持たせていただろう。しかし、彼はもういない。

 彼はもういない。
 彼はもういない。
 二つになって。二つになって。


 今はそれどころではない、早く走らなくては、誰か、誰か呼ばないと。


 ブンブンと頭を振り顔を上げる。

 顔を上げた先、黒い物体が目に映る。
 それはサイズで言えば米俵ほどの大きさはあるだろうか、カナタへと向けて飛んできたそれを、思わず両手を広げて受け止めようとしてしまう。

 尻餅をつくようにカナタはそれを受け止めていた。

 思わず抱きしめたそれは、柔らかい。

「やれやれ、どうも君とはシメジがあるようだなカナタ」

「いえ、それを言うなら縁(えにし)ですユラさん」

「……シメジが好きなのだ」

 良くわからない言い訳をしているのは幼女姿のユラ。なぜ飛んできたのか、なぜこんな所にいるのかカナタには解らない。しかし取り敢えずもう一度抱き締めておく事にした。


Act.52 最悪VS最悪 ⑴

「お、親方空から女の子が……!」

 

「誰だ親方って。シリアルに戻るべきだと思うがカナタ」

 

「シリアスですね、なんでジャンクフードになるんですか」

 

「…………」

 

 二人して無言になる中、目前から砂を踏む音が聞こえていた。

 

「おいおいおいおいなんだお前ら? やる気あんのか? ネーんだろうな俺はちなみに到底あるわきゃーねぇ、詰まる所手遅れなわけだ」

 

 顔を上げた先に、黒い闇がそこにあった。

 それは3メートル強の円状の闇。

 声はそこから聞こえていた。

 

「……カナタ、逃げろ」

 

 その幼い声からは想像も出来ない鋭い声は跳ねるようにカナタの手から飛び出す。

 カナタを守るように立つユラの姿に現状が危険である事をカナタも察する。

 

「ったく何だその女ぁ? 知らねーぜおい、全くわかりゃしねー」

 ゆっくりと、それは闇から姿を現す。

 

「俺だってめんどくせーけどシリアスしてやってるわけよ、おーけぃ? だから今はギャグパートなんてしてる場合じゃねーのよ、解る? 学生のねーちゃん」

 

 問いかける闇はカナタの方を向いていた。

 

 ようやく、闇から現れるそれを目で象る事が出来ていた。

 

 身長は180後半、黒いズボンはヨレヨレでだらんと垂れているように見えるがそれは使い古しているというよりもファッションの領域だろう。

 更に黒いブイネックの長袖は二の腕まで捲り上から茶色いベスト。

 服装はカナタが見てきた中で、アークスというよりも現代日本で見た事があるような服装だった。

 カナタとはあまり接点は持つことがないような強面な服装。

 

「まぁ今更仕方ねぇたまんねぇよおい手遅れだってな」

 

 そして首から上の姿はアンバランスな大きなパンダの顔が被せられていた。

 

 一瞬カナタの脳裏がハテナで埋まる。

 

 カナタも見た事がある。

 遊園地の着ぐるみの首の部分である。

 

「自分が1番シリアスしてないじゃないですかーーーーー!!!!」

 

 咄嗟に叫ぶカナタにパンダの男が吹き出す。

 

「ギャッハハ!!! ナーイス! 良いリアクションしやがるじゃあねぇーかぁ! 言ってんじゃねーか手遅れってな!」

 

 大きなパンダの頭をグラグラと揺らしながら男は楽しそうに笑う。

 

「なんなんですかあの人!」

 

「………私とルーファに並ぶ『最悪(エンド)』のジョーカーだ」

 

「じょ、じょーかー!? 7人のうちの1人の!?」

 

「いいや違う、奴は7人の1人ではない」

 

 ユラの言葉にカナタは余計に混乱してしまう。

 

「さてな、何故奴が今ここに居るか私自身も解らん」

 

 その表情は酷く険しい。

 

「で、でも、ジョーカーって事は味方って事、ですよね?」

 不安そうに零すカナタに、ユラよりも先にパンダ男が言葉を紡ぐ。

 

「あーあ~面白ぇ~! まぁ殺すけど」

 

 パンダ頭の男が手を翳す。

 それに合わせるように、瞬間的に男の周りに黒い光が集まっていた。

 歪な形を作り、禍々しい巨大な手のような形にもカナタは感じた。

 

 巨大な掌は黒い光の痕を刻み、カナタへと放たれていた。

 

 呆然と反応も出来ないカナタを、ユラが小さな体で無理矢理押し退けていた。

 ユラと共に倒れこんだ直ぐ上を黒い手が掠めていく。

 行き場を失った黒い手はそのまま直ぐ後ろにあった岩へと当たる。

 見送るカナタの目の前で、岩が『消えた』

 全てが消えたわけでは無い。歪な形をした手の形通りにその場所が消えていた。

 不気味な空洞になるソレをカナタは思わず見つめる。

 

 パンパンと砂を払いながらユラはゆっくりと立ち上がる。

 

「メギド系のフォトン使い。そのフォトンに付加される奴の能力は『消滅』」

 

 メギド。

 

 アークス達の使う力のフォトンの一種。

 闇を凝縮させる能力なのだと聞いていた。

 強い威力を発揮する力。

 

 炎や風、光、そういった物もあるらしく、ざっくりとカナタの漫画知識で魔法使いという職業、程度に受け取る事にしていた。

 

 その闇の力とは、とても強力だとは聞いていたけれど。

 消滅。跡形もなく消し去る等とまでは聞いた事が無い。

 

 そんな物は、強いだとか弱いだとかそういう次元では無い。

 

 当たったらゲームオーバー。

 

 滅茶苦茶だ。 

 

「な、何で、こ、攻撃してくるんですか、味方じゃ……」

 ジョーカーは。

 アークスは、味方なんだって。

 

 男を睨みながらユラは口を開く。

 

「あの男が誰かの味方になる事は無い。誰かの敵であり続ける存在だ。顔も、元の名前すら解らない全てが手遅れの男。奴を人はバッドエンド(手遅れ)と呼んでいる」

 

「はいはーいクールで素敵に紹介どーもどーも俺が噂の手遅れさんだ。頭が残ってりゃあ覚えとくといーぜぇ」

 

 ジョーカー。

 

 最強で最悪で最善で最害のアークス。

 それが今、目の前で対峙していた。

 そんな震える手を、ユラは優しく触れる。

 

「案ずるな」

 

 高く慰める声とともにユラはカナタの前に立ち化物と対峙する。

 

「この私もジョーカー。化物同士の殺し合い。遅れを取ることはあるまいよ」

 

 小さな身体が、その背中が大きく見える。

 

「吹っ飛ばされた割にゃあカッコつけすぎじゃーねぇ? ダウナーさんよぉ」

 

「さて、守る物が出来たのでな、カッコぐらい付けさせてくれ。タイミング良く……いや私から言えば悪くか? 燃料がきれてしまっただけだ。もう少し遊ぼうじゃないか! 今度は貴様が踊る番だ!!」

 

 ユラが不気味に笑う。

 水平に伸びる手はゆっくりと口元へと動いていた。

 

「………む?」

 

 先程の凛とした声とは違う可愛らしい声が漏れていた。

 キョロキョロと愛らしい様子で辺りを見渡す。

 その動作は徐々に焦るように素早くなっていた。

 

「ど、どうしたんですかユラさん」

 

 堪らず声を掛けるカナタの声に小さな体は何故かビクリと肩を揺らす。

 振り向いた顔が引きつっていた。

 

「キセル……落としちゃった」

 

 そう言えばいつも咥えているキセルが見当たらない事に気づく。

 

「ええと……それって……?」

 

「あれは私専用の薬だ。薬が切れればこの姿に戻ってしまう……無論能力は普通のフォトン程度ならまだしもジョーカーの力など使えるわけもない」

 

 何を胸を張って説明しているのか、その言葉にカナタの表情が青ざめていく。

 そんな2人は手の叩く音に反応し、同時に同じ方へと向いた。

 注目と言うようにパンパンと鳴らすパンダ男は、そのおどけた姿とは真逆な、低い声を漏らしていた。

 

「ギャグ路線は終わりつったろ? ギャグ漫画宜しくな次のコマで復活なんて有り得ねえ。勿論ヒーロー者宜しくな変身前を待つなんてフィクションももっとあり得ねぇ! ああ残念だぜ手遅れだ!」

 

 パンダ男が駆け出すのと黒い幾つもの手が彼の周りを中心に彼女達に伸びるのは同時だった。

 

「いやぁこれは参った」等と呑気な声を零すユラをカナタは慌てて抱き抱え再び逆の方へと走り出す。

 

 カナタ達がいた所に降り注ぐ黒い手はぼっかりと不気味な穴を作り出していた。

後ろ目で見やるその現状にカナタの背筋を寒気が走らせる。

 

「どどどどうするんですかぁ!」

 泣きそうになっているカナタを他所にブラブラと垂れた袖を降るユラは「ふむ」と他人事の様に小さく零していた。

 

「ジョーカー能力さえあればどうにでもなるのだが……いかんせん最初の不意打ちがまずかったな」

 

 今も降り注ぐ黒い手から逃れながら必死に走るカナタは声を荒らげていた

 

「どこで落としたとか解らないんですか!?」

 

「ううーむ……それがいつの間にか手から離れていてなぁ……手放した事は無かったのだが」

 

「無くした人はみんなそう言うんですー!」

 

 黒い手が足元を掠める。

 ぼっかりと無くなる足元の地面に瞬間的無重力がカナタの身体をぐらりと揺する。

 抱き抱えるユラから思わず手が離れていた。

 放り出すような形から、カナタは砂漠の海へと顔から思いっきり滑り出していた。

 

 そんなカナタとは裏腹に、放り投げられたユラは小さな体を器用に回転させながら猫のように柔らかに着地していた。

 

「ま、前も私、こんな事があったような……」

 

 始めてここに来た時の事を思い出しながらカナタは口の中に入る砂を何度も吐き出していた。

 

「おーっとぉ! 鬼ごっこは終了ってか? ほいじゃお遊びもここらでバイバイで、おーけぇい?」

 

 後ろから聞こえる残酷な声にカナタは思わず肩を揺らす。

 振り向く先にはふざけたパンダ男。

 そして、パンダ男の前に立つ、小さな体。

 

「ユ、ユラさん!!」

 

「行けカナタ、船の方へ走れ。可能であればブレインを連れて来い。あやつならばこの男を倒せる」

 

「で、でも……」

 

 たじろぐカナタにユラは軽く振り向くと優しく微笑む。

 その幼女のような姿には似つかわしくない大人びた微笑み。

 

「案ずるな……これでも『最後のジョーカー』と言われた私だ。最新が昔の作品に遅れなどとらん」

 

 その微笑みが全てを伝えていた。

 自身がいる事が足で纏である事も、十分に理解出来る程度には。

 

「……ゴメン!!」

 

 そう言いながらカナタは砂を蹴り上げる。

 離れていく背中を優しい瞳が見送る。

 一人で逃げれば良いものを一般人の癖に。

 ユラの視線は男へと戻る。

 

「お話終わったかよチビスケ」

 

「ふん……待ってくれるのはフィクションだけでは無かったか」

 

「ぎゃっはっは! ちぃと気になっててよう。なぁ『存在否定(ダウナー)』……ありゃあ何だ?」

 

「……ああ、変わったやつだろう。ジョーカーの私を助け、心配するような変わり者さ」

 

 手遅れはつまらなさそうにパンダの被り物をボリボリと書くような意味がなさそう行動を見せる。

 

「ちっがうんだよなーそういう事聞いてんじゃねーの。もっかい聞くぜ存在否定。『ありゃ、何だ』」

 

「……どういう事だ」

 先程よりも強い口調にユラが思わず聞き返す。

 

「アークスじゃねぇダーカーでもねぇ原生生物でもねぇ。ならありゃ何だ? 人間の形をしているあれは、ナンダ?」

 

 押し黙るユラに、手遅れは呆れたように首を振る。

 流れる沈黙を破ったのは、ユラの方だった。

 

「そういうお前はどうなんだバッドエンドよ」

 

「あ? 俺か?」

 

「お前は本当に『最悪(エンド)』のバッドエンドか? 史上悪烈な化物か?」

 

 揺れていた手遅れの巨大な頭がピタリと止まる。

 

「どういう事だ」

 

「力を無くした瞬間の私すら倒せず、素人の逃走を後ろから迎撃する事も出来ていない。そして、対峙した私がまだ生きている。そんな事があるか? 同じ『最悪(エンド)』とは思えない。もう一度言ってやろう。お前は本当に、あのバッドエンド(最悪)か?」

 

 ユラの小さな体が、嘲るような言葉が、言葉を言い切った瞬間に、辺りの空気が変わる。

 それは目の前の男から発せられる黒い闇が広がっていたからだ。

 触手のような不気味な動きを見せながらゆっくりと広がる闇。

 

「………あー、おーけーおーけーそっちをご所望かよダウナー。くだんねえ挑発だ。堪んねえなお前、おめえの言う俺ってのはアレかい? こんな感じかよおい? 乗ってやんぜ。ご注文通りだぜコラ。やってやるよオイ。ジョーカーらしく最悪最強最善最害っぽくよぉ」

 

 声色が変わる。

 

 肌に感じる憎悪と殺意。

 

 小さなユラの体の背筋に寒気が走る。

 今も広がり続け、その姿が元々の長身な自分の数倍になっても、それでも子供とは思えない強い笑みを浮かべる。

 

 それは無理矢理に作った笑み。

 

 冷や汗は止まらない。

 

 

「10分、30分……保つか……? いや、やるしか無い……!!」

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながらカナタは走っていた。

 その瞳はまっすぐを見据え、がむしゃらに走っているわけではない。

 かなりの大回りになっていた。

 それでも照りつく太陽の位置、遠くに見える割れた艦隊。

 

 それだけで十分。

 

 カナタが居た場所。

 それはユラを受け止めた場所だった。

 必死に艦隊まで走ったとしても30分弱。そこから見つかるかもわからないブレインを探してユラの所へと戻る。

 最低でも一時間から2時間以上。

 それだけの時間を、幼い姿のままなユラが持ち堪えるとは考え辛かった。

 彼女は言っていた、到底ジョーカーに及ぶ力では無いと。

 

 ならば、カナタがやる事は一つ。

 

 キセルを探す事だ。

 

 彼女がジョーカーとしての力を取り戻す方が早い。

 

 放物線状に飛んできた彼女の事は記憶している。

 ビデオの録画のように頭の中で何度も繰り返される弧の動きはカナタが逆算する事など造作も無い。

 

 飛ばされた距離は約20M程だ。

 

 約20メートル程。

 

 その前までは戦闘をしていたのなら落ちているとしたらその範囲。

 重さ的に風で煽られる事も無いだろう。

 垂直に落としているとして飛ばされた辺りからここまでの距離にあるはず。

 

 問題は埋もれている可能性。

 軽い風でも砂は舞う。

 深い位置に行く事は無いにしても目視出来ないというのは厳しい。

 

 広大な砂漠を前にしても彼女は怯まない。

 熱い砂漠に膝を付き、堪えながらも必死に砂を掻き分ける。

 

 速くしないと、速くしないと。

 

 脳裏には自分のせいで死んだロランが浮かぶ。

 次に真っ二つになったラッセルが浮かぶ。

 最悪の状態を無理矢理忘れようと、ぶんぶんと首を振る。

 

 急げ、急げ!!!




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/

「今回からの登場、手遅れさんです。
【挿絵表示】
こういう覆面とか被り物キャラ好きです(∩´∀`)∩
 御多分もれずルースンさんが書いてくれましたこんな感じの方です。」

挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫   

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