女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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「ゴメンね」




 笑顔で、彼女はそう言った。

 金色の髪が風にそよぐ。

 冷たい、背筋が凍るような風が頬を撫でる。
 その風が知らしめるのは、彼女の後ろに広がるいっぱいの黒。

 それは視界に留まる事を知らない黒の世界。

 蠢く黒は、煙を上げて彼女へと迫る。

 男は手を伸ばす。離れていく彼女に手を伸ばす。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 届かない、どれだけ手を伸ばしているのに何で届かない。

 弱いから。彼女より弱いから。力が無いから。

 何で彼女が一人で戦う。
 何で彼女を守れない。
 こんなにも強くなったのに、こんなにも力を手に入れたのに。

 過去は戻らない。

 彼女は戻らない。彼女を殺したのは紛れも無い。

 この俺だ。




Act.33 彼女は浮かれていた。 

 暖かい手の感触に、ゆっくりと瞼を開ける。

 状況が理解出来ず、レオンは歪む世界をぼぅ……と眺めていた。

 解るのは自分が寝ているという事だけ。

 目から雫が零れ、ようやくはっきりと世界が見え始めていた。

 夢の中で伸ばした手は、現実でも動いていたらしく。

 レオンの手は間抜けにまっすぐと伸びていた。

 その手を取る人物が居る事に気づく。

 ぼやけた視界は長い髪の毛を捉える。

 

「や、やっと、つ、捕まえ」

 寝ぼけたように零れた声は、視界がはっきりと捉えた事で止まる。

 そこに困った笑みを浮かべるカナタが居た。

 

「だ、大丈夫ですかレオンさん……?」

 まるで見ては行けない者を見てしまったようなカナタの表情に、レオンの頭ははっきりと動き出し始めていた。

 空いている手で目を擦った後、レオンは一度目を見開く。

 数秒の沈黙の後、レオンはニッコリとカナタに笑いかける。

 

「うっひょひょ! カナタちゃんの手あったかいわぁ!」

 レオンの悪戯っぽい声にカナタが慌てて手を離す。

 

「だ、だって涙流して手伸ばすから!!」

 顔を真っ赤にするカナタに対してレオンはゲラゲラと下品な笑い声を挙げていた。

 

「いっやぁ! すまんすまん! 力使うと嫌な夢見ちゃうの俺ー」

 

 力。

 多分あのジョーカーとしての姿の事だろう。

 急に表情が暗くなるカナタに、レオンは笑顔が歪んでいく。

 困ったように、やらかした、と言うように。

 

「あ……ちゃぁ、もしかして、昨日の俺の戦いっぷり見ちゃった感じー?」

 

「……は、はい」

 

 ボリボリと頭を掻く素振りをするレオンは困った笑みを再び浮かべる。

 

「あー……うん、ご存じ俺がジョーカー。最強(スペシャル)の一人だ。化け物の、一人だ」

 そう言いながら笑うレオンにカナタは慌てて顔を上げる。

 

「違います!! 化け物なんかじゃありません!! 貴方は人間です! 一人の人間なんです!!」

 

 レオンは目を見開く。

 目の前の少女に、驚いてしまう。

 そして同時に呆れてしまう。

 ジョーカーの中でも荒い戦い方をする方だろう。

 それは正に人間離れした動き、人とは掛け離れた姿。。

 それを見てしまっても尚且つ彼女は人間だと言ってくれる。

 無我夢中のように、必死なように、自身の中の何かが崩れるのを恐れているかのように。

 

 レオンは小さく笑う。

 

 いつもの豪快な彼らしくない小さな微笑。

 

「ハハ、こりゃ参った。まるでテレビから出てきた見てーなお人好しだな」

 

「な、何ですかそれ」

 

 顔に刻まれたジョーカーの証。

 それをレオンはなぞる。

 優しい瞳の奥に、暗い陰りを見せていた。

 

 

「い、嫌な夢って何ですか?」

 一瞬の沈黙すら耐えられずカナタが慌てて話を戻す。

 レオンは満面の笑顔を浮かべる。

 先程のやりとり等、無かったようないつもの彼らしい彼の笑顔で。

 

「おうよリースの馬鹿にひたすらぶたれる夢よ! カナタちゃんも気をつけろよー? あの女マジでゴリラだから」

 

「……」

 ぎぎぎ、と機械のようにカナタの視線がレオンから外れる。

 

「そ、そーなんですかァ……」

 レオンの言葉に何故かカナタの頬が引きつっていた。

 雰囲気を変えるつもりの、軽く笑わせるくらいだったレオンは思わず首を傾げてしまう。

 

「誰がゴリラ?」

 レオンの肩が大きく揺れる。

 ベッドというのは右と左があるわけで、視線は右側に居るカナタの方しか見ていなかった。

 今、逆側の方を見なくても解る。ダラダラと背中から冷や汗が現れる。

 

「レオン? 夢の続きをしましょう?」

 大変にロマンチックな言葉の筈である。

 状況が状況でなければレオンの表情はニヤケで止まらないだろう。

 今浮かべている表情は引きつった笑みしか浮かべられない。

 

「カナタちゃん……死ぬ前におっぱい揉ませて……」

 泣きそうな声でこの男は何を言っているんだろう。

 しかし冗談のような言葉だが顔は必死である。

 最後の願いがそんな物で良いのだろうか。

 当然そんな願いを適える筈も無くカナタは冷たい視線を送る。

 

「ああん! こんな状況じゃ無かったら最高の目ぷげぶらっ!?」

 悲痛の声と共に、寝ているベッドが割れる程の勢いに。

 鼻から血飛沫を上げるレオンの血から逃れる様にカナタは数歩下がり手を合わせる。

 

「エロは成仏です!! 南ー無!!」

 

 

 少し怒りながらもカナタはホッとする。

 昨日のレオンの悍ましい姿は既に無く、いつもの彼らしい彼で。

 彼が彼で居てくれた。

 

 

 

  ■

 

 

 

 ひとまずレオンの無事を確認してホッとする。

 ……今は既に無事では無いようだが。

 

 ここはカナタが最初に来た精密検査を受けた部屋。

 多くのベッドが並んでいる意味合いが医療室でもある事を今日知った。

 二人の研究員は今は見当たらない。

 広い実験室内の何処かにいるのだろう。

 

 朝、彼女が何時も通り起きると、まず自分のベッドで眠る彼女へと目を向けた。

 心無しか普段よりも深い眠りについているようで、安らかな眠り顔に何処か安堵する。

 何時もと違い、ファランにちょっかいを掛ける事も無く音を立てないように仕事へ向かった。

 

 朝、食堂での飯に飢えたアークス達との抗争も終え、リース達との昼食に近い朝食。

 そこで今だ目が覚めないレオンの話を聞き、リースと共にレオンの様子を見に来たのが今の現状。

 

 時間は既に午後辺り。

 

 二人のいちゃいちゃ、基ボカボカを邪魔するのもあれなので、実験室を後にしようと席を立つ。

 いつから居たのか、ドアの近くでもたれている人物を見つける。

 低い身長に整った顔立ち、白髪の間から見える不対象な色合いの瞳と目が合う。

 

「あー! ホルンさーん!」

 小さな子を見つけて目を輝かせてパタパタと近づくカナタに対して、ホルンは睨む様な視線を向ける。

 

「一々近づいてくんじゃねーぞ糞ガキ!! ぶっ飛ばすぞボケ!!」

 

「もう抱っこしようとしませんよー」

 見た目が見た目だが、一応年上らしいのでカナタも敬語を使う。

 ユラの時と同じく見た目のせいか敬語がぶれてしまうがそこらへんは本人も気づいていない。

 

「そういえば、シルカさんは?」

 いつも彼と居る彼女を最近見る事が無かった。

 思わずキョロキョロと辺りを見渡してしまう。

 その言葉と共にホルンの肩が大きく揺れる。

 何故か沈黙を残すホルンに対してカナタは首を傾げる。

 

「……馬鹿が起きたんなら、ここに様はねーよ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ホルンはカナタに背を向け先にドアから出て行く。

 普段からぶっきらぼうな彼である事はカナタも十分に理解していた。

 それでも、少し妙な違和感を感じるが、その違和感が何なのかを理解するまでには至らない。

 深く考える事もせず、カナタは自身の部屋へ戻る事にする。

 

「シルカさんとまたお話ししたいなぁ!」

 ホルンに付きっきりで有りの彼女。

 シップに来て間もない頃に何度か一緒にお茶をしたり、女性達の集まりに呼んでくれたりと何度も気にかけてくれていた。

 優しく笑い掛けてくれる彼女には良い印象が強い。

 

 気にしなくても、同じシップにいればまた直ぐに会えるだろうと高を括り廊下を進む。

 次はクッキーやお茶菓子なんて作って用意してみようかな。

 きっと、楽しい。

 カナタは浮かれていた。ユラが任せたと言ってくれた事が嬉しくて、認めて貰えたのだと考えて。

 既にレオンとの事は考えていなかった。彼が彼で居てくれた事もまた、彼女を安心した要因の一つだった。

 彼女の白い心は浮かれるように跳ねていた。

 

 手の甲に巻かれた包帯の痛みも、彼女には既にささいなものでしか無い。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412

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