照りつける太陽は、既に半分まで消えかかり、その世界を夕日色に染めていた。
その赤い世界を、二人のアークスが歩みを速めていた。
鬱陶しそうに足に掛かる砂を無理矢理に歩を進めながら二人は進む。
一切の言葉を交わす様子を見せない。
正確に言えば、重苦しい雰囲気のまま口を開かないのは、レオンの数歩後ろを歩くホルンに原因があった。ちらりと視線を後ろに向け、俯くホルンを見つめるレオンは小さく溜息を零していた。
「しーしょーぉー、イラついてんのはアンタだけじゃねーんだよー」
「……」
レオンの言葉に対してホルンは何も言う様子を見せない。
ホルンにとって、シルカという女性がどういう人物だったかをレオンは良く知っている。
シルカは、レオンやリースと同じく学校でホルンの教えを受けていた同期生だった。
当時からシルカはホルンに強い好意を寄せ、ホルンがあしらっていた事を良く覚えている。
ホルンが人との馴れ合いを避ける傾向にある中、誰よりも仲間を重んじる事も知っていた。
だからこそ生徒からの信頼も厚く、その中でもシルカの思いは強かった。
教官としてのホルンの助手にまで上り詰め、欠陥品の集まりである筈のこのシップまで付いてきていた。
彼女は、この星に向かった部隊の中でも数少ない欠陥品で無いアークス。
自ら志願し、ホルンに付いて来た物好き……愛あっての事なのか、単純な尊敬の気持ちだったのか、今はもう解る術は無いだろう。
今ホルンの心に渦巻く気持ちをレオンが解かる筈も無い。
気まずい空気の中、シップが遠まきで見え始めていた。
この空気から開放されるかと、レオンは心の中で、ほっとする。
思わずレオンの歩を進める速度が速くなっていた。
冷たい風が吹いていた。
二人はその瞬間に、同時に歩を止めた。
「……師匠」
振り向いた先、俯いたホルンも顔を上げていた。
「ああ……流石に大人しく返すつもりはネーみたいだな」
視線の先に、空が割れていた。
青い空から亀裂が生まれ、そこから見える濃い黒紫空間。
視線に入るだけで背筋に冷たい物が走るのを感じた。
そこからばらばらと落ちてくる黒い物体達。
大小のサイズを関係無く、たった二人に大してならば異常な数。
まばらに落ちる100体以上の数。その後、亀裂が更に大きく割れた。
空の亀裂から無理矢理押し出されたのは三体の物体。
その規格外のサイズは二人には見覚えがある。
倒した筈の、数倍サイズのダークラグネ。
回復機能まで備わった存在三体が、砂煙を上げて降り立った。
茶色い砂漠が黒に染まる軍勢が一斉にホルン達へと向かっていた。
それは黒い津波にも見える異常な量、その上を行く三体の巨大な物体。
「……おいおいあの森よっぽど見られたく無かったんじゃねーの?」
「ダーカーの事なんて、知るかよ」
近づくその量に対しても二人が動揺を見せる事は無い。
「取り合えず援軍を呼ぶぞ」
新しいインカムを耳に装着しようとするホルンに、レオンの疑問の声が飛ばされる。
「あ? いらねーよ」
「……あ?」
軍勢に対して、呆気らかんと言うレオンに対してホルンの眉が寄る。
ホルンの様子など気にせず勝手に自分のインカムでレオンは喋り出す。
「ユラー、今行けっか?」
数秒後、レオンのインカムから重苦しい声が漏れる。
『取り組み中だ』
「いやいや今シップがピンチよ? めっちゃ敵来てるよ?」
『お陰でこちらも耳障りだ、敵を連れて来たな』
「悪かったってぇー俺一人で片付けるからいいっしょー?」
『……お前は後処理がめんどうなんだがな』
「だいじょーぶだいじょーぶ!! 気をつけっから!!」
『気をつけられないから困っているんだが、まぁ良いだろう後処理は手配しておく、丁度良い、さ』
ユラの最後の台詞が理解出来ずにレオンはその場で首を傾げる。
「まぁ良いや、ほいじゃー流れ弾行ったらぁよろしくぅー」
それだけ言うと、レオンはインカムを切りホルンの方を向く。
「じゃ! 師匠は茶でも入れといてくれよ!!」
悪戯交じりの笑みを向ける。
鋭い瞳を向けていたホルンの目が一度閉じると、直ぐに開く。
その笑みに合わせるように、柔らかい瞳へと変わっていた。
情けない。
こんな馬鹿に気を使われている事に。
自分の今の現状に。
師として、酷く情けないと感じていた。
「うるせーよ……クソ餓鬼」
その一言だけ言うとホルンはレオンに背を向けた。
今は、頭を冷やす時だと冷静に判断していた。
レオンは満足気にその背中を見送った後、ホルンに背中を合わせるように振り替える。
目前には百と連なる黒い軍団。
それは茶色い砂を埋め尽くす黒い世界。
一人に対し、その黒は留まる事を知らない量。
迫るその量に対しても、レオンは表情を変える様子は無い。
快活的な、彼らしい笑み。
「がっはっは! なんつー量だよ! 昔の戦争思い出すなオイ!!」
その笑みのまま、レオンの掌が淡く光る。
青白い光と共に空間から取り出されたのは、円状の筒のような物。
頑丈に見えるそれは、表面上の円の中央に穴が空いていた。
それは、強く押し付ける事で針が出される注射の扱いを行える物体。
「さぁーって!! 大掃除の開始!! ってなァ!!」
レオンが首筋に逆手で思いっきり押し付ける。
針状の透明な部分から赤黒い液体が流れ込む。
流れ込む赤い物体に対し、刺した部分から痙攣をするように血管が浮かび上がっていた。
赤い円状の光がレオンの周りを舞うと、光がレオンの体へ吸い付かれるように収縮した。
体の隅まで急速的に流れるそれは、レオンの体に異様な激痛を走らせる。
漏れ出るように、彼の体からは黒い粒子のような物が漏れ出始めていた。
その黒は体中に巻きつき、手に持つ巨大な槍すらも飲み込んで行く。
体を黒に染め、遠巻きにみればそれは人の形をしただけの黒い物体。
「げ、ぎ、ぎ、ぎぎぎ……」
漏れる声は、既に声としては成り立たない音のような物を響かせていた。
既に、その目に彼の光は無い。
獰猛に鋭く、そして意思すらも確認される事の無い姿。
それは唯の、獣でしか無い。
獣に対して、百以上の黒いダーカー達は容赦無く迫る。
鋭い視線は、ダーカー達を向いた。
「ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」
獣の雄叫びを上げる。
その獰猛な音と共に、同化したようにも見える槍が縦へと振るわれた。
砂が捲り上がる。
縦の斬激は左右に大きな砂の壁を作り、大量のダーカー達を巻き込んで行く。
形すら残さずに破片が砕け散っていく。
それだけでも勢いが止まらない衝撃は100メートル以上の亀裂を作りようやく止まる。
彼の異常な攻撃力は彼自身を蝕む。
だからこそジョーカーという異例にも関わらず戦い方が酷く単調なものだった。
調整が難しく、無意識にブレーキを掛ける為、全力を出す事が出来ない。
そんな彼自身の無意識のストッパーを除外し、彼の異常な威力を、そのフォトンを纏わせる事で最大限の力を発揮させる事に成功していた。
『ブレイブスタンス』
砂に埋もれた円状の筒に描かれた文字が光に照らされる。
最強の力は、『一人大隊(アルバトロス)』とまで呼ばれたその力は、その変わり、彼自身の人間性を失わせる。
彼の攻撃性が前面に出るそれは、直情的であり直線的である。
目に映る全てを破壊する。
7人のジョーカーが一人。
攻撃力だけならば、最強とまで言われるアークスが一人。