先頭の小太りの男はカナタの前まで来ると立ち止まると、見下すような視線をカナタへと向ける。
「おい化け物、俺達の飯を作れ」
見た目通りの乱暴な言い方にカナタの心にもやっとする物を感じる。
化け物。この星に突然現れたカナタを認めていないアークスが居てもおかしくは、無い。
それでも、はっきりと言われたのは始めてだった。
後ろに居たもう一人の細い男は、回り込みカナタの肩に手を回す。
「そんな言い方したらカナタちゃん怖がっちゃうじゃないッスかァ……ねぇ? 怖かったねえ?」
嫌らしい肩の触り方にカナタの肩が震える。
彼等は、アークス達の中でもカナタが苦手にするタイプの人間だった。
大人数になれば、そういった人間が居るのは必然なのだが。
そういった人間をカナタは好きにはなれない。
無意識に、口が乾く。
「そ、そんな風に、言わなくても、言えば、つ、作りますよ……」
小さな反抗を示すような言い方をするも、声が震えてしまう。
その小さな抵抗は、小太りの男を苛立たせる。
「あ? お前俺が誰だか解ってんのか?」
先頭の男のいら立った様子に合わせるように腰に据えられた大きな剣が揺れる。
思わず視線を外す。
彼が危険な人物だと言うのは聞いていた。
だからこそ極力触れないようにしていた、食堂に姿を見せる事は無かったから今迄直接関わる事は無かった。
ゆらゆらとこれ見よがしに見せる腰に点けられた大きなサーベルが仕舞われた鞘。
外した視線の先に小太りの男は拳の甲を見せ付ける。
甲に描かれる黒い入れ墨。
「俺がジョーカーだと解って言ってんの? お前?」
「ガルダさんはジョーカーの中でもねェかなりの危ない人だからさ! ね? カナタちゃんも気をつけようねェ~?」
ガルダと呼ばれた小太りの男。
黒い入れ墨の意味などカナタが解るわけも無い。
それでも、ジョーカーという存在の大きさ。
それはルーファから最初に聞いていた。
「ジョーカーである事をそんな事に利用するのは止めなさい」
いつものやんわりとしたリースの言い方とは違う、低く冷たい言い方。
リースのそんな表情も、そんな言い方も初めて耳にする。
「あ? 何お前俺に逆らうわけ? 殺されたいの? アア?」
睨むガルダの視線に気圧される事も無くリースは冷たい視線を返す。
二つの視線にカナタの肩を触っていた男が慌ててガルダの後ろへと隠れていた。
アリスはそんな二人を交互に見ると、状況を理解していないのか首を傾げる。
「こいつ殺して良いのー?」
ポツリと零す声はガルダ達には聞こえていなかったのか反応は見せない。
「アリス、座っていなさい」
リースのぴしゃりとした言い方にアリスは、不貞腐れたように椅子に座る。
「女ァ誰か知らねーけどまだ死にたくねェだろ? 折角美人なんだから俺に媚売ってる方が良いんじゃねーのかァ? オイィ……」
ガルダの視線は、リースのスレンダーな肢体を舐めるように動く。
嫌らしく笑うガルダの手が、リースに伸びようとしていた。
その時、カナタは意を決するように震える唇を動かす。
「止めてください! す、すぐ作りますから!!」
カナタは直ぐに立ち上がると髪の毛の後ろを結ぶ。
空いたカナタの椅子にガレアがふんぞり返るように座った。
机の上に足を乗せ、カナタの作った料理は飛び散る。
その様子にカナタの胸に、グッと痛みを感じた。
黙り込んだままのリースの冷たい視線は、飛び散る料理を見つめ、ゆっくりと瞳は座り始めていた。
カナタは強く強く唇を締めると、台所へ動こうとした。
瞬間。
「おいソイツ退けろ」
ガルダが指差しもう一人の男に指図をした。
男は、サーシャの上に乗っていた料理を手で横に薙ぎ払う。
二人の男が現れても、気にせずに幸せそうな食事を黙々と続けていたサーシャに苛立ちを感じたのか、乱雑に料理が舞う。
「ひゃ……」
突然の事に理解が及ばなかったのか、サーシャはスプーンを握り締めたまま小さく声を零す。
床に転がるカレーを見つめ、少女は、ぽかんっと口を開けたまま固まっていた。
まん丸に見開かれたサーシャの瞳が、淡く光る。
目の前の現状に、カナタの震えは消えた。
強く、大きく目を見開く。
自分の事では無く、人の事を優先する彼女には、我慢の出来ない光景。
無意識的に前のめりに体が動く。
「子供は関係無いでしょう!!! 何て事を!!」
思わずガルダに食って掛かろうとするカナタの腕を、リースが慌てて掴む。
「止めなさいカナタ! 落ち着きなさい!!」
「テメェ化け物の分際でこの俺に何しようとしてやがる!!」
躊躇無くガルダが握った拳が、カナタへと向けられた。
その拳は、カナタに届く前に小さな掌で遮られていた。
いつの間にか机の上に立っていたアリスが守る様に拳を受け止めていた。
その屈強な拳を物ともせず受け止めたアリスの間延びした声が響く。
「ダァメー! カナちゃんはお姉様のお友達ィー」
「何だこのガキ!! おい!!」
「離れろ!! クソガキ!」
ガルダの指図に、もう一人の男はアリスの首根っこを掴むと、乱暴に地面に振るう。
器用にくるくると空中で回転するとアリスは簡単に着地していた。
「むー、邪魔ァ」
「止めなさいアリス! 止めなさい!!」
必死に止めようとするリースの言葉も空しく、ガルダは腰に据えるサーベルのような剣を抜いていた。
その姿にカナタは固まる。
まさか、大の大人が、子供に対して武器を向けると思っておらず、更に頭に血が上がった。
「こんなのが……! ジョーカー!!」
「死ねェ!」
アリスに向けて振り被られた剣。
動じる事も無く不敵な笑みを零すアリス、守る様に飛び出そうとするカナタ。
リース自身も思わず掌を向けていた。
振り下ろされた剣は。
止まっていた。
手を大きく広げていたカナタの目の前でサーベルは止まる。
目の前の本物の剣の輝きに、おもわずカナタは唾を飲み込む。
ガレアの剣だけで無く、リースも、アリスでさえも動きを止めていた。
それは身体に纏わり付くような気味の悪い物を感じたからだ。
身体を硬直させる程のそれは、刺々しい殺気なのだとカナタは理解する。
「お楽しみ中ですか」
聞こえる声は零す度に体の中心にズンッと来るような重圧を感じる殺気。
声は、ガルダを通り越して出入り口の大きな両扉側から。
そこには同じくジョーカーである、ルーファの姿があった。
「わぁーお姉様ぁー!」
アリスがキラキラとした瞳を向ける。
優しく手を振りながらルーファはかつかつと音を立てて近づく。
ガルダもルーファの事は知っているのか、怒り狂った表情が冷静に変わり、大きく舌打ちして見せる。
「確か、ガルダでしたか。貴方が威張り散らしている場所はもっとシップの端ではありませんでしたか」
「あ? 俺様が何処にいようが関係無いだろうがクソ女」
ルーファの殺意に圧される様子も無くガルダは見下した視線を向ける。
「はい、アリスも落ち着いて」
瞬間的に目つきの変わるアリスの首根っこをルーファは掴む。
唸る少女をプラプラとさせながらルーファは空いている手で刀の柄を優しく撫でる。
「貴方とても勇敢ですね……大変素晴らしい。この私と戦いたがるバカがまだいてくれて嬉しく思いますよ。なにぶん血が騒ぐ戦い、最近していないもので」
不穏な空気が流れる中、再び押しつぶされるような圧力がそこに居る人間を襲う。
数秒の沈黙。
沈黙を破ったのは高い声だった。
「もういい加減にして! ルーファも! 貴方も!」
リースが机を強く叩き二人を睨みつける。
ガルダはその瞳に対して、大きくを舌打ちをした。
「おい行くぞ」
後ろでビクビクと震えている男に声を掛けるとルーファとすれ違いガルダは食堂から消える。
細い男はルーファに近づかないように大回りをしながらガルダを追っていく。
二人の男が消えた後、カナタとリースの溜息が同時に被る。
「お姉様ー! かっこ良かったよォー!」
首根っこを掴まれたままアリスがキラキラとした瞳をルーファに向けていた。
「そうでしょう私はカッコイイんです」
そんなあっけらかんとしている二人にリーフは二度目の溜息。
「シップ内で喧嘩何て簡便してよルーファ……」
「貴方も戦うつもりだったでしょうリース」
「……私だってジョーカー相手に戦う程無謀じゃないわよ」
話している二人の言葉はカナタには届かない。
視線はある一点、椅子に座った状態で固まった少女しか見ていない。
ふらりと動き出し、無言で台所へと走った。
数分の後、直ぐ戻るカナタの手には皿が乗せられていた。
未だ呆然としたまま動かないサーシャの前に置く。
上に乗せられていたのは可愛らしい茶色いモンブラン。
この世界でまだお披露目していない試作品。
「ごめんね……サーシャちゃん……」
決してカナタが悪いわけが無い。
それでも謝らずにいられなかった。
幸せそうな少女の顔が、消えたのが本当に、嫌だった。
サーシャは無言でフォークを手に取る。
そっと小さくモンブランを切ると口の中に運ぶ。
口に入れた後、サーシャはまた可愛らしくニッコリと笑った。
「甘くてふわふわぁ。 とってもとっても幸せ!」
笑うサーシャに、カナタも釣られて笑う。
笑ってくれる事が嬉しくて。
「良かったねカナタ」とリースは優しく声を掛けてくれていた。
「でも、ジョーカーに食って掛かろうとする何て常軌を逸してるわよカナタ!」
突然の厳しい視線がカナタの方へと向く。
思わず数歩後ろへ下がってしまう。
「貴方本当にバ……面白いですねカナタ」
今度は後ろからの声。
今何か言い掛けた気がするけれど気にしない方向にしておこう。
怒るリースと無機質ながらも何処か楽しそうなルーファに板ばさみになるカナタは困ったような笑みを浮かべる。
二人の言葉に、少し恥ずかしくなってしまう。
思わず感情で動いてしまっていた。
「だ、だって良く解らない刺青見せてきて何が何だか」
その言葉にルーファは目をパチパチとして見せると、そのまま手を口元に思わずという風に持っていく。
小さな、吹き出すような音が聞こえた気がした。
「あ、あれの意味、解っていないカナタに、あのデブは自信満々に入れ墨を見せていた……と、な、成程成程」
何故ルーファの肩は小刻みに震えているのだろうか。
「カナタ……ジョーカーと言うのは、身体の何処かに黒い印があるのよ」
「私達は身体を弄られてる人間ですからね。言ってしまえば、実験動物に識別番号を付けるのと同じですよ」
目に涙を貯めながらプルプルと震えているルーファも補足をしてくれる。
そこまで笑う事も無いのでは無いだろうか、と少しムッとしてみせる。
「ルーファ……そんな言い方は無いでしょう」
カナタの脳裏には、牛の耳に付けているような物が浮かぶ。
それは家畜という表現が浮かんでしまい、慌てて首を振った。
「ジョーカーが気になるなら、刺青を探してみたら良いでしょう。貴方はやはり、ジョーカーに好かれ易いようですからね」
そう言いながらルーファはくすくすと笑う。
薄っすらとした微笑程度だが、こんな事でルーファの初笑顔を拝んだのが若干納得が行かない。
「……有難迷惑も良いとこです」
ルーファとカナタだけが視線を絡ませる。
彼女の事は未だに理解出来ていない。
アークスという存在が、自分の居た世界の人間と一緒だという事をこの一週間で理解していた。
人の為を思える者も居れば、怒る者も、笑う者も、先程の男のような性格の者も。
それも踏まえて、そういう人間だと理解する。
しかし、ルーファという女性は読めない。
くるりとルーファは回転すると背を向ける。
「さて……残りジョーカー、全員出会えると良いですね」
ルーファはその場を後にする。
その後姿をカナタは見つめる。
いつか、彼女の事が解る日が来るのだろうか。
「あのねぇサーシャそう思うよぉ」
サーシャの言葉にカナタは振り向く。
嬉しそうにモンブランをほお張りながらサーシャはニコニコと笑う。
「ジョーカーとか関係無くねぇー皆々カナちゃんが好きになるよぉーだってだぁってサーシャはカナちゃん大好きだもん」
その屈託の無い笑顔が、カナタの心を優しく包む。
「うん、ありがとうサーシャちゃん……」
子供らしい笑顔。
カナタが好きな汚れの無い純粋な笑顔。
サーシャの笑顔を見つめながら、ふと、部屋の同居人が脳裏を過ぎる。
見たことがあるのは泣き顔と恐怖に歪む怯えた表情。
この子のように笑えたら、もっと可愛いだろうに……。
「あーー!! サーシャだけずるいずるいずるい!」
先程まで手を振っていたアリスの言葉にカナタはビクリと肩を震わせる。
すぐに台所に走ると手には小さなお皿。
上には可愛らしいショートケーキ。
「カ、カナタ、な、なにかゴメンね」
「いいええ! 幼女の為なら! 幼女の為なら!」
急いでくれたお陰で息が荒いのだろう、とリースは若干頬を引きつらせながらカナタを見つめる。
「ふっわぁぁぁー!! あっまいよォ! あっまーいあっまーい!」
サーシャと並んでケーキを食べる二人の様子にカナタも、リースも微笑む。
先程の事なんて無かったかのように、先程の事を忘れるように。
「って……この思いっきり汚されたの見て忘れられるわけないわよね」
「ルーファさん絶対に逃げましたよね」
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412