女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.19 ただの女子高生でしか無いから

 トボトボと廊下を歩く。

 自身の部屋へと向かう足取りは重い。

 

 今度は、向かって居た時よりも、他人の視線は気にならなかった。

 見られている感覚はあっても、そちらに気が向かない。

 頭に浮かぶのは、ホルンがカナタに向けた言葉だ。

 

 私のせい。

 私の……せい。

 

「そーう? 貴方のォ~~せいっ!」

 頭に浮かぶ言葉に返事が返ってきていた。

 空ろに顔を挙げた先、赤髪の女性がいつのまにか立っていた。

 不気味に浮かべる笑みは、まるで自身を嘲笑っている様にさえ感じた。

 

「なんですか……」

 

 光の無い瞳を浮かべる彼女とは別に、赤髪の女性の瞳は、キラキラと、爛々と輝いていた。

 

「苦悩? 焦り? 悲しみ? あれあれ? 後悔? ウフフフフフフ!! グルグルグルグルグルグルグルグルグル!! 気持ちがいっぱい!! 気持ちがいっぱい!! ねえ今度はどんな気持ち? どんな気持ちィ?」

 その嘲笑うような言葉の羅列に、カナタの瞳には薄っすらと怒りが宿る。

 

「なんなの、ですか貴方……!」

 睨む瞳に対し、赤髪の女性は怯む様子を見せない。

 

「さっきも言った!! さっきも言ったよね!?」

 そう言いながら再び右手を交差する。

 

「私の名前はァ!!」

 少し前に見たようなポーズ。

 

 そんな彼女に対し、カナタはずいっと前に出ていた。

 無意識に、怒りに身を任せて、思わず、叫んでいた。

 

「ふざけないで下さいッ!!!」

 

 彼女の怒りの声は廊下に響き渡り、目の前で笑顔だった赤髪の女性は表情を固まらせ、目をパチパチとしていた。

 その声に歩いていた何人かのアークス達の視線も集まる。

 そんな瞳を、彼女が気にする余裕は無い。

 

「私の、名前」

 

 思わず同じように呟く女性に対し、カナタは睨む事を止めない。

 

「私は名乗りました!! 名前を聞いておいて名前を出さないなんて!! 失礼です!!」

 

 目の前の大きな瞳。

 赤髪の女性はそのまま目をパチパチともう一度動かし、固まっていた。

 数秒の瞳の交差。

 先に視線を外したのは、赤髪の女性の方だった。

 小さく眉を寄せ、子供のように頬を膨らませる。

 

「ユカリ……私、ユカリ」

 

 テンションの高かった声のトーンは大きく下がっていた。

 いじけた子供のようなその仕草に、カナタはハッと我に返っていた。

 今の自分の行動に、自分で驚いてしまう。

 意地っ張りである事は認めていた。

 それでも、今の行動は。

 唯の八つ当たりだ……。

 視線を伏せ、ユカリと名乗った女性に慌てて頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい……ゆ、ゆかり、さん?」

 

 視線を上げた先に、ユカリは頬を膨らませたままカナタの方へと視線を向けない。

 

「あ、あの」

 再び言葉を続けようとした瞬間、その言葉は別の声に被せられていた。

 

「ゆーーーーかぁーーーーりーーーー……」

 通路に響く重苦しいような声。

 声の先は、ユカリの奥。

 軽く気づく程度の動作を見せたカナタに対して、目の前のユカリは大きく肩を揺らしていた。

 いじけていた表情は、今度は驚愕の表情へ、そしてダラダラと流れる冷や汗と共に青くなっていく。

 

「キャー、キャー、怖いよ怖いよぅ?」

 それでも薄ら笑いを浮かべるユカリの肩をがっしりと掴んでいる人物が居た。

 怒りが込められた瞳に、引きつった笑みのリース。

 

「お部屋にィ! 帰りましょうねぇ!?」

 肩を掴まれたユカリの身体が淡く光ったかと思うと、足先から青い粒子へと姿を変えていく。

「ッヒ!?」

 それを目の当たりにしたカナタは固まる。

 特に痛いという素振りも見せずにユカリは「あーあー……」とため息を零しながら徐々に消え去っていく自分の足を見つめていた。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 カナタの驚愕の声に対して、ユカリは、その大人びた顔で、妖艶に笑う。

 意味深に込められたその瞳に、思わずカナタは息を呑む。

 

「ねーぇっ? クズキ、カナタ? 困惑は、後悔は、結果論に過ぎない。それは無駄に終わる。意味合いなんて示さない。ならば必要は何かな? 何かなー?」

 既に腰まで青い粒子に変わっているにも関わらず、彼女はその笑みを浮かべたまま。

 何も言わないカナタに、ユカリは妖艶の笑みを止め、考えるように人差し指を顎に当てる。

 その後、直ぐに彼女の人差し指は移動する。

 両手の人差し指で自身の頬に触れると、くいっと上に上げた。

 それはまるで、無理やり笑みを作っているようにも、カナタには見えていた。

 

「笑う事だよぉ?」

 肩から下は既に消え去り、まるで浮いているようなユカリはカナタを見下げながらケラケラと笑っていた。

その不気味な笑みは消えさった後でも廊下に響き渡っていた。

 そこに残っているのは、呆然としているカナタと大きなため息を零しているリースだけだった。

 

「あら? カナタ?」

 呆然としているカナタに、リースは気づく。

少し、彼女の様子が妙な事に気づくリースは不安そうにカナタを覗き込んでいた。

 

「だ、大丈夫? もしかしてユカリに何か言われた? あの子の言葉は一々真に受けない方が……」

 

 パクパクと口を動かすカナタは何とかゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「あ、いえ、あの、人が、今、消え」

 

 そこでリースは「ああ」と気の抜けた声を零す。

 

「そっか、カナタは知らないものね、今のは消えたのじゃなくて転送しただけなの」

 

「て、転送?」

 カナタの知る転送、というのはメール等の電子的な者であって、物体……ましてや先程まで喋っていた人間を飛ばすなんていう事に理解が追いつかないでいた。

 

「……普通は大きな機械を使って転送をするのだけど、私のフォトンの力は少し変わってるから」

 カナタの世界では大きな機械を使っても不可能だった気がするが、 それよりもそのフォトンという物の多様性に驚いてしまう。

 

「戦う……ばかりの能力じゃ無いんですねフォトンって……」

 そう零し、カナタは思わず視線を落とす。

 その暗い表情に、リースの表情は再び心配するような表情へと変わる。

 

「何か、あったの?」

 

 一瞬、その優しい声に、全てを吐き出しそうになっていた。

 不安そうなリースに、無理に笑顔を作って見せる。

 

「いえ、大丈夫です……」

 リースが苦労している事は聞いた。

 これ以上、迷惑を掛ける事は出来ないと考えてしまっていた。

 

「そ、そう?」

 ふらふらとリースの横を通り抜けていく。

 その背中を心配そうに見つめるリースは、見えなくなるまでその背中を見送る。

 

 

-----------

 

 

 

 

 大きな溜息と共にドアを潜る。

 その瞬間にベッドの片方の膨らみが大きく揺れたのが視界に入った。

 恐る恐る、と行った具合にシーツからファランが顔を覗かせる。

 何処か間抜けにも見えてしまうその仕草は酷く愛おしく、カナタは優しく微笑む。

 

「ただいま……ファランちゃん……」

 いつもなら、恥ずかしそうに顔を隠すファランは、その時だけ何故か隠す事もせずにカナタの顔を凝視していた。

それは、思わず固まってしまった。という風に受け取れた。

 少し不思議に思うも、カナタは直ぐに洗面台の方へと歩を進める。

 心のモヤモヤを取ろうと、理由も無く顔をゆすいだ。

 顔を挙げた先の鏡。そこに映っている自分の顔を見て硬直した。

 その後、思わず笑ってしまう。

 

「酷い顔……」

 

 暗い、まるで死人のような顔。

 ファランに向けたのは笑顔のつもりだった。

 ちゃんと、笑えていなかったのかもしれない。

 視線を下に落とす。

 

「戦う、戦う……? 私が? ルーファさんのように? た、ただの人でしかない私が……?」

 ゾッとする。

 あの虫のような化け物と戦う。

 そして、ロランのように、死ぬ。

 始めてみた死体が、自分のせいで死んだ彼が、何度も何度も頭を過ぎる。

 

「う……うぇぇ……」

 胃からこみ上げる物を洗面台に吐き出す。

 

「げほ……げっほ……」

 思い出してしまった。

 今迄視線を逸らしていた物を思い出してしまった。

 元来の記憶力の良さが鮮明にあの時の瞬間を無意識に何度もループさせてしまう。

 何度も何度も、彼が死ぬ光景。

 彼女は決して心が弱いわけでは無い。それでも、唯の女子高生でしか無い。

 

 強くいなくては、この世界で耐えなければ。

 

 締め付ける胸を抑えながら、何度も何度も心の中で復唱する。

 ぐるぐると周る頭が整理をされる事は無い。

 唯ひたすらに、洗面台の前でカナタは心を揺さぶられていた。

 

 どれぐらいたったのだろうか。

 既に出せる物も無く、カナタの顔は最初よりも更に青くなっていた。

 

 寝よう……、もう何も、考えたくない。

 

 ふらふらと洗面台へ背を向けた。

 

「……」

 洗面所から出る先の部屋、薄っすらと開いているドアから覗く光が消えていた。

 部屋の先が暗くなっている事に気づく。

 それだけならばファランが消したのかもしれない、と簡単に考えられる。

 しかし暗いだけでは無い。暗がりの中に、淡く青い光が見え隠れしていた。

 不思議に思うも、その光の先へとドアを開いた。

 

 まず目に写ったのは、部屋の中で美しく舞う青い粒子。

 その粒子は、部屋いっぱいに広がっていた。

 青い光は、カナタには見覚えがあった。

 フォトンだと言われていた光。

 床に広がるのは様々な青い光を放つ花。

 青く煌く花畑。

 空に舞う粒子は集まると幾つもの、蝶へと形を変える。

 

 世界はあまりにも幻想的で、あまりにも美しく、カナタはそのまま呆けた様に固まっていた。

 

 その美しい光達の中央。

 

 赤いマフラーが揺らぐ。

 フードは取れ、靡くピンク色の髪が舞っていた。

 目を瞑り、中央に座る少女が目の前に重ねる手から青い粒子が漏れている事に気づく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「綺麗……」

 ポツリと零した声に、ファランの瞳が開く。

 呆然としているカナタを、見上げるように見つめる。

 周りの青い光にも負けずファランの頬が薄っすらと赤くなっていた。

 すぐに視線を外すと、唇がゆっくりと動いた。

 

「は、花が……好き、だって、言ったから」

 

 その言葉に、昼間彼女と話していた言葉を思い出す。

 別にカナタが花が好きだと言ったわけでは無い。

 女の子だったら、と言った適当な言葉だった。

 それを、ファランは聞き逃していなかったらしい。

 

 何にしても、その行動が意味する事は。

 

 カナタには一つしか浮かばない。

 

「元気付けようと……して、くれてる?」

 

 カナタの言葉に、彼女は長い桃色の髪を大きく揺らす。

 それから言葉を発する様子は無く、顔は更に赤くなるだけ。

 

 臆病な少女。

 怖がりで、とても、とても優しい……女の子。

 

 思わず飛び出していた。

 視線を外していたファランは、カナタの動きに対してワンテンポ遅れる。

 カナタは小さなファランの体に両手を回し、強く抱きしめていた。

 

「っぴ!?」

 

 良く解らない悲鳴を上げるファランはカナタの腕の中でジタバタと暴れる。

 それでもカナタはファランを離さない。

 目じりに涙を貯めて、ただ強く抱きしめる。

 

「ありがとう……ありがとう……」

 

「っぴ! っぴぃ! やぱ! やっ! うういぃ!!」

 カナタが零す謝礼の言葉にファランは反応を示す事も無く必死に暴れていた。

 

 二人の少女を抱きしめるように、戦う為のフォトンの力が美しく世界を照らしていた




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
「更新時間を朝にしていたのですが次回から昼から午後、辺りを目安に投稿出来たらな、と思っています!」


挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412

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