「ホルン、説明を省くな」
ユラの言葉にホルンは大きく舌打ちをしてみせる。
固まったままのカナタは思わずユラの方へと視線を向けてしまう。
「気にするなそいつは多少、バリぞっこん、が多いだけなのだ」
……福岡の人なのだろうか?
首を傾げているカナタを他所に、レオンが慌ててユラに耳打ちをしていた。
「ユラ……罵詈雑言、罵詈雑言」
「うむ、それだ」
ああ、はい。
深く考えないようにしておこう。
「聞け糞ガキ、大変遺憾でしちめんどくせーが、俺はドシロートとしか思えねーテメーを指導して邪魔にならねーようにしなきゃ行けねーんだ。だから今からテメーのタイプを調べる」
「え、ちょ、え?」
未だに理解が追い付いていないカナタを無視してホルンは続ける。
「フォトン特性や武器のタイプを調べる為に適当な武器を取ってみろ」
「ちょ、ちょっと待って下さい話の整理が……」
ホルンの言葉の意味も解らずに首を傾げたまま、カナタに苛立ちの表情を向けて見せる。
「めんどくせぇ」
ホルンはそう零し、視線が後ろの頭上を見る仕草へ変わる。
後ろのシルカに視線で何かを伝えているのだろうけれど、カナタにはその動作が思わず可愛く見えてしまう。
……表情には出さないように過ぎった思いを胸へ仕舞う事にする。
そんなカナタの様子等知る筈の無いシルカは、ホルンと違いゆっくりと説明をする。
「元々アークスっていうのは使う武器が決まっていてね? それは個人が決める事は出来ない才能のような物なのだけれど、まずカナタちゃんに合う武器を探して能力特性、引いては戦い方を今から決めるんだよ?」
言葉の意味が解っていないわけでは無い。
そこでは無い。
カナタの感じている違和感はそこでは無い。
「戦い方……ですか?」
戦う事を前提にする会話に、違和感しか感じられない。
不安を込めるように零すカナタの言葉にホルンは鼻を鳴らして答える。
「当たり前だ。フォトンが使えるってのはそれだけで才能だ、使えない奴が居る中で、戦う事は義務だ」
ホルンの言葉に、カナタは視線を横へと外す。
それは、周りに転がる武器が見えないようにするように。
「私は、戦いなんて、したくない、です」
カナタの居た世界で、武器とは誰かを傷つけるものだった。
唯の女子高生だった彼女が、突然武器を握るというのが想像が出来ない。
武器を持てと言われて、はいそうですか、と言える程、野蛮な人間でも無い。
直ぐに上からまた荒い声が聞こえると思っていた。
しかし、声が飛ばされる事も無く、暫しの沈黙が続いていた。
「女」
その言葉に視線を向けてしまう。白い髪と似た灰色の瞳。
瞳に怒りが宿っているわけでは無い。
淀んでるわけでは無い、どちらかと言えば、酷く澄んだ瞳。
その瞳のまま、ホルンは口を開く。
「なぁ、何故ロランは死んだ」
その一言が、カナタの心を大きく揺さぶる。
瞳はぶれる様子も無く、言葉を続ける。
「お前を守る為に死んだと聞いている。戦えないテメーのせいで、だ」
その言葉に怒りが宿っているわけでは無い。
しかし、それでもカナタを動揺させるには十分。
「そ、それ、は……」
震える言葉を零すカナタに、ホルンは追い討ちを掛ける。
「テメーの世界がどんな物だったかしらねーよ、でもな、この世界はそういう世界だ。武器を取れ、これは殺す為の武器だ、身を守る為の武器だ、足手まといを無くす為の武器だ」
小さな体から続けられる言葉にカナタの脳は揺れる。
脳裏に浮かぶのはロランの笑顔。そして、ロランの首だけの姿。
ぐわん、とよろめくカナタを、ホルンの瞳が見つめる。
何処までも澄んだ瞳は吸い込まれそうで、カナタは必死に頭を振る。
「そ、それでも」
振り絞る声は震える。
「それでも……私は、武器なんて、握れません……」
その言葉に、ホルンは苛立つ様子も無く唯小さく、「そうか」と呟く。
「なら用はネェよ、ファランの元に戻ってやれ」
何処までを知っているのか解らないが、最後の部分、ファランと言った言葉だけ、何処か声色が違うのにカナタは気づかない。
小さくお辞儀をして見せ、肩を落としながらホルンに背を向けた。
「おい、女」
カナタの背中に声が振る。
力弱く振り向くカナタに、ホルンは続けようとした言葉を一度止める。
表情に、初めて戸惑いのような表情が表れていた。
「ロランの最後は……どうだった」
その言葉に、カナタは視線を一瞬外すも、直ぐにホルンを見据えると言葉を発した。
「笑っていました……素敵な笑顔で亡くなられ……ました」
ホルンは一瞬目を見開くも、直ぐに視線が下を向く。
「そうか、笑って逝けたかよ……」
先程まで荒い言葉を使ってた居たとは思えない、優しい表情を向けていた。
カナタの瞳に移るホルンのその姿は、酷く、寂しい笑みに見えていた。
見ては行けないような物を見てしまったような気がして、カナタは直ぐにその部屋を後にしていた。
まだ脳裏には、ロランの事が過ぎっていた。
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「良かったのかよ師匠」
座り込んでいるレオンへ、ホルンの視線が向く。
「良いわけネーだろボケ、だが戦う意思のネー奴に武器を持たした所で危険なだけだ」
ユラはもたれながら小さくため息を零す。
「危険だとかそういう問題ではない、彼女は未だ正体不明なのだ……何の為に我々が集まったと思っている」
ユラは、彼女の正体に対してまだ懸念を残していた。
戦闘の訓練というのはウソでは無い、しかしそれだけでは無い。
フォトン反応を示す物。
無いし戦闘に持ち込む事で彼女の正体を図るつもりであった。
艦長である彼女と、実力者であるレオンとホルン、そして実際であればリースの4人。
敵だと判断した瞬間に全員で捕らえる。安全なのであれば、そのまま戦いの訓練をすればいいだけだと考えていた。
ホルンは罰が悪そうにユラから視線を外す。
「……俺は教官だ、武器も持てない奴に用なんてねぇよ」
「だからその目的は二の次だと」
二人の重苦しい会話にレオンは座り込みながら言葉を被らせる。
「良い子だと思うけどなー、あんな可愛い子がダーカーなわけねーじゃん」
「レオン、見た目で判断するな、言葉を話すダーカーであれば尋問も可能だ」
「うおお尋問とかこええ」
二人の会話を他所に、ホルンは落ちている武器を拾い、ジッと見つめる。
ホルンの脳裏には申し訳なさそうな彼女の、カナタの横顔が浮かべられていた。
「……フン」
隣で同じように武器を拾うシルカは優しく笑う。
「私あの子好きだなー」
「は? 何言ってンだお前」
罰が悪そうなホルンの顔を見て、シルカはにこーっと飛び切りの笑顔を浮かべる。
「だって私の大好きなセンセーと同じ匂いがするんだもんカナタちゃんってー」
強い好意を寄せる表情に対して、ホルンは舌打ちをして視線を外す。
「唯の甘ちゃんだろうが……似てるわけねーだろ」
「うふふふ、先生は好かれるの嫌うもんねー?」
睨むホルンに対してシルカは笑顔を向ける。
その笑顔に対してホルンはため息を零して視線をドアの方へと向ける。
「まーた直ぐ視線逸らすー」
シルカの言葉を無視してホルンは既に彼女が消えていったドアを見つめる。
あの弱弱しい表情を、武器を握りたくないと言った彼女と何処が似ているのだろうかと、脳の片隅で考え、ポツリと言葉を紡ぐ。
「……似てねーよ」
ホルンは拾った武器を見つめる。
危なげに光る刀身を見つめる。
そこに映る何処か疲れた顔。
昔の事を思い出す。
カナタに言った言葉、ロランにも同じ事を言った。
『武器を取れロラン、これは殺す為の武器だ、身を守る為の武器だ、足手まといを無くす為の武器だ』
そして、と昔の自分は付け加えて、こう続けた。
「誰かを……守る為の武器だ……」
ポツリと零した声は、誰かに向かって言った言葉では無い。
『まじかー! だったら俺! 守る為の武器になりてーな!!』
『なりたいって……お前俺の言葉の意味解ってんのか?』
『師匠ー! 幾ら俺でも解るってー! アレだろ? 何か正義の味方的な!!』
『……もうそれで良い』
『あ! 師匠今何かを諦めたな! 何かを諦めた気がするぞ!?』
学生の頃から、ロランの瞳の輝きは変わらなかった。
きっと、あの瞳のまま、そして、自身が言った通りに逝ったのだろう。
刀身に移る自身の瞳に強い感情が表れた事に気づき、ホルンは目を瞑る。
「せーんせ……」
掛けられた声にホルンは目を開ける。
その瞳に既に感情は見えない。
振り返らずにホルンはゆっくりと口を開く。
その言葉は誰かに言うでも無く続ける。
「俺はジョーカーだ。化け物と甘ちゃんが似てるわけ……あるかよ」
そう言った後にホルンは薄く笑う。
自身の言葉に思わず、という具合に笑う。
何がジョーカーだ。
何が『最善(ガーデン)』だ。
何が『犠牲義損(ターミガン)』だ。
馬鹿にしたように笑う。
それは、自身に対して。
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412