魔法少女リリカルなのは〜英雄譚〜   作:鎌鼬

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第8話

 

 

北区にある廃墟の一角、そこでは廃墟都市にしては珍しい宴が行われていた。予め集めておいた木材を燃やしてキャンプファイアーで辺りを照らし、そのグループ独自のルートで入手した酒や食料を笑いながら飲み食いしていた。その宴の名目は早過ぎる祝勝会。北区のグループのボスが案じた一計により西区と南区のグループを争わせ、二つのグループの支配区を奪おうとしていたのだ。その為にグループの一人に南区のグループだと名乗らせて西区を襲わせた。南区のリーダーが交渉に向かったらしいがその場合は交渉役を殺すように指示している。そして報告では南区はいつも通りらしいが西区は抗争の準備をしているらしい。

 

 

南区と西区のグループと言えば廃墟都市の数多くあるグループの中でも異色を放っている。両方のグループのほとんどが子供で構成されていて、南区は徹底して孤立しているところを集団で戦い、西区は闇討ちや奇襲を得意としている。北区のグループもこの二つのグループに煮え湯を飲まされた事は一度や二度ではない。なので潰す為に動いた。今行っている宴はこれからの事を考えて英気を養うためのものだ。飲んでも体調を崩さない酒やカビも汚れも付いていない食料を出している。

 

 

これが上手くいけば廃墟都市の支配の足掛かりになると北区のグループのリーダーは顔をニヤつかせながら暴力で従えた女の尻を撫で、安物ではあるが安全なウイスキーを一口飲んだ。

 

 

だが、彼らは一つ失敗を犯していた。それは南区と西区のリーダーを所詮は子供だと侮っていたことだ。確かに二人の肉体年齢は十代前半ほどで子供と見られてもおかしく無い歳である。しかし肉体はそうであったとしてもその中に入っている魂は違っていた。血で血を洗う乱世の古代ベルカで片や英雄と呼ばれて羨望と畏怖を一身に背負った勝利者、片や人狼(リュカオン)として恐怖の対象となりながらも牙を振るい続けた逆襲者。生まれが異なり、思想も違い、相反する二人であったが乱世の中で定めた心情は同じであった。

 

 

それはーーー守る為に殺すこと。対極的でありながら……いや、対極的であったからこそ、人類最強の宿業(カルマ)を背負う事を、二人は躊躇わなかった。

 

 

故に、こうなる事は必然である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「創生せよ、天に描いた星辰をーーー我らは煌く流れ星」」

 

 

宴の賑わいに掻き消されそうになりながらも語られたのは星辰奏者(エスペラント)の真価を引き出すための詠唱(ランゲージ)。勝利を確信して酔い痴れている北区のグループはそれに気づくことは出来なかった。

 

 

そして、北区のグループの拠点の入り口となっているバリケードが閃光によって吹き飛ばされた。更に閃光はバリケードを破壊しただけでは止まらずに光源となっていたキャンプファイアーを吹き飛ばす。

 

 

「てーーー敵襲だぁぁぁぁッ!!」

 

 

光源となっていたキャンプファイアーが吹き飛ばされた事で訪れた暗闇の中で、恐怖と驚愕の入り混じった誰かの声が響いた。敵襲だと聞き、誰もが慌てて自分の武器の確保や配置に着こうとしているのだが調子に乗って飲み過ぎていた酒のアルコールと、突然光源が失われた事で目が闇に慣れておらずに混乱する事になる。

 

 

「てめぇら落ち着けや!!まずは明かりだ!!魔法が使える奴は明かりを用意しろ!!」

 

 

その混乱を納めたのは北区のグループのリーダーの一声だった。混乱の喧騒を掻き消すような怒声で指示することで、何をしていいか分からずに慌てふためいていた者たちを鎮めさせる。リーダーの声を聞き、何人かがスフィアを光源として展開しーーー

 

 

「フッーーー」

 

 

ーーー暗がりから現れた銀色の影によって首を切断される。光源に気が付きそちらを見れば照らされているのは崩れ落ちる胴体と転がる頭部。リーダーの声で一時的に落ち着いていた者たちはそれを見させられて再び混乱する事になる。

 

 

「ーーー逃さんぞ貴様ら」

 

 

再び現れた光源は闇を切り裂く閃光。閃光に照らされた金髪の少年が腕を振るえば廃材に纏わせた閃光が斬撃となって放出される。闇を切り裂きながら放たれた閃光は膨大な熱量を伴いながら射線上にいた人間を容赦無く焼き滅ぼす。閃光が通り過ぎた先には何も残らず、運良く射線から外れていて手足の一本を失う程度や擦り傷程度で済んだ者もいるのだがーーー

 

 

 

「アーーーア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

 

その誰もが例外無く傷口を押さえながら苦しみ出した。手足を無くした者なら分からないでも無いが擦り傷程度の傷を負った者も傷口を押さえながら苦しんでいる。暗闇に響き渡る絶叫と突如として放たれる閃光、それにその閃光に照らされて見える首を切り落とされた死体に北区のグループは完全なるパニック状態に陥った。

 

 

リーダーが鎮めようと怒鳴り声をあげても誰も聞く耳を持たない。そうして視覚を暗闇と閃光が、聴覚を怒鳴り声と絶叫が支配する時間がしばらく続き、リーダーは気がついたーーーいつの間にか閃光が止み、自分の怒鳴り声しか聞こえなくなっている。

 

 

「まさか……」

 

 

リーダーは近くに置いていたデバイスを握りながら一つの可能性に至る。それはーーー自分以外が全滅したという事。全身から冷や汗が滝の様に流れ出し、手足が震え始める。襲撃され始めた頃は怒りがあったが、今のリーダーの心中にあるのは恐怖のみだ。静か過ぎて耳が痛くなる静寂が彼の恐怖を駆り立てる。歯を食い縛って恐怖を乗り越えようとするが、震えが強くなって歯がぶつかり合って鳴ってしまう。

 

 

だがこのままでは埒があかない。その結果、リーダーは震える手を差し出しながらスフィアを展開する。

 

 

そうしてーーー視界に映ったのは屍山血河。首を撥ねられて転がる死体と閃光に吹き飛ばされて上半身か下半身のみ転がっている死体、はたまた手足だけしか残っていない物まである。

 

 

「ウェッーーー」

 

 

そんな光景にリーダーは嘔吐した。身体をくの字に折り、膝をついて我慢する事無く。死体なら何度も見た事はある、彼自身が手を下して人を殺したこともあるのだ。だが、これは違っていた。首を撥ねられただけならまだしも身体の一部しか残らない死に様なんて人の死に方では無い。

 

 

蹲って嘔吐を繰り返すリーダー。そんな彼の耳に足音が聞こえてきた。砂が擦れる音、血溜りを渡る音、確実にこちらに近づいてくる。グループの仲間が全滅して、残っているのは消去法で彼と、襲撃してきた者だけになる。

 

 

蹲りながら顔を上げると、スフィアに照らされて襲撃者が姿を見せた。返り血を一切浴びておらず、威風堂々とした立ち振る舞いの少年ーーーヴァルゼライトだ。

 

 

「お前がーーーお前がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

襲撃者を認識したリーダーは纏わりつく恐怖を振るい解こうと激昂しながらヴァルゼライトに襲いかかる。それをヴァルゼライトは廃材を一振りするだけで終わらせた。そして宙を舞うリーダーの手首とそれに握られているデバイス。

 

 

普通なら廃材で人の身体を斬るなど出来ることではない。だが達人と呼ばれる人種の人間は、例え切断に適さない物でも斬ることが出来る者がいる。ヴァルゼライトの研鑽された技術は達人の域にまで至っていて、手首の関節目掛けて振るったので斬れたのだ。

 

 

「ーーーえ?あ、え?」

 

 

さっきまで着いていた手首が身体から離れたことが信じられずに間抜け面で腕と地面に転がる自分の手を見比べるリーダー。そしてヴァルゼライトは廃材をリーダーの首目掛けて振るって情け容赦無く殺した。

 

 

「ーーーお疲れさん」

 

 

ヴァルゼライトがリーダーを殺したのを見計らって暗がりから銀髪の少年ーーーゼファーが現れた。一瞥したところヴァルゼライトと同じ様に怪我どころか返り血一つ浴びていない様に見える。

 

 

人狼(リュカオン)の名は衰えていない様だな」

 

「そりゃあ俺の人生の大半かけて編み出した殺人術(キリングレシピ)ですから?にしても、そっちもすげぇなぁ。あの頃よりも強くなってね?」

 

「確かにあの頃よりも強くなっている。そしてまだまだ強くなるぞ」

 

「お前、ちょっといい加減にしろよ」

 

 

身体能力だけなら古代ベルカの頃には負けているのだが技術と星辰光(アステリズム)の出力はその頃よりも高くなっている。止まる事を知らずに進化するヴァルゼライトの姿に戦慄と辟易しながらゼファーは言い捨てた。

 

 

「後始末はこっちに任せろ、あんたの考え通りに東区の奴ら煽っといたから動いてくれるはずだ」

 

「そうか……だったら、こちらから一つ提案があるのだが」

 

「奇遇だね、こっちも一つ提案がある」

 

 

ヴァルゼライトとゼファーの口から出た提案は同じもので、どちらもそれを望んでいたから迷い無く二人は頷いて手を取り合った。

 

 

 


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