「あぁーーー」
ゼファーとの死闘を終えたヴァルゼライトは力なく地面に崩れ落ちる。これまで限界突破と覚醒を繰り返してきた代償か、それともそれすら超える力を振るった代償か、ヴァルゼライトの身体は崩壊し出していた。
ゼファーとの戦いは正しく神話に等しかった。ゼファーを敵だと認める事で際限なく輝きを増していくヴァルゼライトに対し、ゼファーはヴァルゼライトが輝けば輝く程に闇を濃くしてヴァルゼライトの輝きを殺していた。出力ならばヴァルゼライトが数十倍も差を付けていたのだがゼファーはそれを相性で上回っていた。
そこでヴァルゼライトが選んだのはーーー
その手応えは紛れもなく本物で、殺ったと確信したのがいけなかったのだろう。勝利を確信した僅かな隙、そこを突かれてナイフで首を一閃された。
切れ味が良すぎた為かまだ首は落ちていないがそれも時間の問題だろう。ゆっくりと首が切断される感触がやってくる。
「ここ、まで、か……」
ゆっくりと、それでいて確実にやってくる斬首の感触を味わいながら、ヴァルゼライトの心中にあったのは一つの心残りだった。国の事は心配していない。三国同盟を壊滅に追い込んだ以上、奴らは撤退する。民の事でも無い。自分が死んで嘆き悲しむと思うが、それでもその涙を未来の笑顔に変えてくれると信じている。
ヴァルゼライトの心残りは、過去に出会った一人の女性の事だった。その女性は突然この国に現れた。そして行う無差別な破壊活動、それを止める為にヴァルゼライトが出陣し、涙を流しながら破壊活動を行う女性の話を聞いて彼女の正体を知った。
闇の書と呼ばれる魔導書、その管理人格プログラム。それが女性の正体だった。全666ページを蒐集し、魔導書の主を喰らって世界を飲み込む怪物だと、彼女は涙を流しながらに告げたのだ。
それを聞いてヴァルゼライトは同情し、憐れんだ。だがそれだけだ。いくら同情し、いくら憐れんだところで彼女が国に危害をもたらそうとしている存在である事には変わり無い。だから、トドメを刺す瞬間にヴァルゼライトは彼女に約束をしたのだ。
ーーーいずれお前にも必ず救いは訪れる。訪れなければ俺がお前を救ってやる。だから、その時が来たら泣くのではなく笑ってくれ。
約束とも言えない一方的な物言いに彼女は一瞬唖然として、そして笑った。
ーーーあぁ、そんな日が来ればいいな……
そして闇の書の管理人格はヴァルゼライトの閃光に飲み込まれ、転生プログラムによって別の世界に転生した。その光景をヴァルゼライトは彼女にいずれ救いが訪れることを祈りながら見守っていた。
最後の瞬間に心に残ったのがこれとはと、自分の女々しさに辟易する。そして皮一枚で繋がっている首を天に掲げ、
「あぁ、何でもいい。神でも、悪魔でも、天使でも。どうか、彼女に救いをーーー」
そんな祈りと共に、ヴァルゼライトはその生を終えた。
ーーーなるほど、これが彼が……イヤ、彼らが紡いだ英雄譚か。
ヴァルゼライトの最後を見届けていたのは彼らを転生させた神と呼ばれる存在だった。最初に彼がヴァルゼライトに抱いていたのは憐れみだったが転生させたヴァルゼライトの生涯を見ていくうちにそれは尊敬に変わっていった。
民を愛して人を愛し、民に愛され人に愛され、そしてその世界で神に等しき存在にも愛され、ただどこまでも己を顧みずに他者の幸福の為に戦い続けたヴァルゼライトの姿は正しく英雄と呼ぶに相応しかった。例えその行いが全て己の内から生じている渇望から来るものだとしても、ヴァルゼライトが自分のことを英雄でないと否定したとしても、彼の生き様は英雄以外の何者でも無かった。
そしてヴァルゼライトは彼の元に還ってきた。死力を尽くしたからかヴァルゼライトの意識は目覚めておらず、魂にはヴァルゼライトの比翼の色も混じっている。だがそんなものは彼からしたら関係無い。彼はヴァルゼライトに魅せられていた。もっとヴァルゼライトの輝きを、彼の英雄譚を見てみたいと望んでいたのだ。
そしてヴァルゼライトを古代ベルカよりも未来に向けて再び転生させる手筈を整える。元よりヴァルゼライトが転生するはずだったのは未来なのだ。それをヴァルゼライトの元であった人物の無才を哀れんで過去に転生させたのだ。だが、彼からしてみればそんなことはどうでも良くなっている。ただ彼の輝きをもっと見たい。そんな欲求があった。
時間軸を設定する。幸いにしてこの空間は過去でもあり現在でもあり、そして未来でもある。彼の輝きが最も強くなるであろう時代に、彼の最盛期となるように。その時間軸は他の五人の転生者たちも最盛期になる時間であるのだが
だが、ここで彼にも予想のつかないイレギュラーが生じる。何とその魂を弄った人間は支障を出さなかったのだ。人格や記憶、思想理念に全くの狂いは無く、されどスペックは改竄前とは比較にならぬ程に高い。それに彼は身震いする。よもや微塵も狂わぬ人間が居たのかと。これならヴァルゼライトの英雄譚の悪に相応しいと。
そして彼はヴァルゼライトを転生させた。転生先は古代ベルカと変わり無い。英雄の始まりは逆境から始まるものだと信じているから。
ーーーさぁ魅せてくれ、君が紡ぐ英雄譚をッ!!
そしてヴァルゼライトたちを転生させた時には感じさせなかった期待を込めた声色で、ヴァルゼライトの紡ぐ英雄譚を幕を上げた。
「ーーーここ、は……」
ヴァルゼライトが目を覚まして視界に入ったのは鉛色の空とシトシトと降る雨。全身に感じる気だるさに逆らって身体を起こす。辺りを見渡せば目に映るのは廃墟と化したビル群。離れた場所にはまともな建物も見えるがどう見てもここは捨てられた土地にしか見えなかった。
「……身体が、縮んでいる?」
そして自分の状態を確認しようとして、自分の身体が小さくなっている事に気が付いた。着ている服はブカブカで、袖に隠れている手足は丸みを帯びた子供のもの。ゼファーに切り落とされた首に触れても傷一つ残っていない。
「まるであの世界に送られた時と同じだな……」
実のところヴァルゼライトはこうした体験は初めてでは無い。過去に初めて転生した時も同じ様な事になっていたのだ。その世界で不自然にならぬ様にか容姿を変えられていたが今回は古代ベルカの顔のままで変えられては無さそうだった。
「ともあれ、先ずは生き延びねばなるまい」
意識を完全に覚醒させ、長すぎる服の袖を捲くってヴァルゼライトは立ち上がった。ここがどこであろうが関係無い。彼の願いはただ一つ。
弱者を、虐げられている者を、助けを求めている者を、救うこと。
そうしてヴァルゼライトは小さな一歩を、英雄譚の開幕となる第一歩を踏み出した。