ヴァルゼライトと魔獣部隊の活躍によって敵軍の歩兵騎兵の第一陣は壊滅した。だが敵軍の総数からすればそれは微々たる損害でしかない。直ぐに後続ーーー魔導機部隊と魔導師兵が攻撃を開始してきた。
3mを超える機械に乗り込んだ集団が、魔導師兵のシューターや集束魔法の援護を受けながら地響きと共に迫る姿は壮観だった。無論、それを黙って見ている者は誰もいない。
「撃て撃て撃てぇぇぇぇぇ!!」
城壁から怒鳴り声に近い指示が飛び、その数瞬遅れで城壁に設置されていた
だがその代償は振り切った姿勢のヴァルゼライト。集束魔法は閃光にて迎撃したものの、シューターは操作されているから閃光を避けてヴァルゼライトに迫る。回避するには遅すぎ、迎え撃つには数が多すぎる。そんな状況でのヴァルゼライトの選択はーーー軍刀を捨てて、徒手空拳。そして自身に迫るシューター千二百五十九を
旋衝波と、この技を編み出したクラウスは呼んでいた。クラウスはシュトゥラの人間だったが交流があったことでヴァルゼライトは面識があり、何度か技を見せてもらったのだ。旋衝波もその一つ。魔力コントロールこそ厄介だったが物にした。
防がれるとは考えていたがまさか投げ返してくるとは思わなかったのか、魔導師兵は硬直し、旋衝波を無防備に受ける。壊滅とは行かなかったが痛手を与えられたと判断したヴァルゼライトは捨てた軍刀を拾い上げて混乱している魔導師兵に突貫する。
遠距離に用いられている魔導師兵だが銃兵と同じ様に接近されれば脆い訳ではない。得手不得手があるだろうが人によっては接近戦の方が得意だという魔導師もいる。それでも接近戦を選んだヴァルゼライトの狙いは混戦だった。混戦の際に気を付けねばならない事は同士討ちをしない事だ。それは数が多いからこそ起きるデメリット。それに対して単騎で攻めているヴァルゼライトは同士討ちを気にしなくて良い。全力で熱光を放出するだけで甚大な被害を与える。だがその選択は死に飛び込むに等しい。単騎での特攻により、周囲は全て敵しかいない。駆ける足が止まる、軍刀を振るう腕が止まる、それだけで全方位から攻撃を受ける事になる。それをヴァルゼライトはそれまで積み重ねてきた鍛錬と培ってきた選択眼にて瞬間単位で訪れる死を回避し続ける。
そうして千は斬り殺し、魔導師兵と魔導機部隊が瓦解した頃ーーー
「「創生せよ、天に描いた星辰をーーー我らは煌く流れ星」」
ヴァルゼライト以外の
それをヴァルゼライトは五刀を抜刀、熱光を七刀全てに纏わせて全方位に振るう事で襲撃者と剣や鎧、残骸を迎撃する。剣や鎧、残骸は熱光に飲み込まれて蒸発した。が、襲撃者は金属を蒸発させる熱量の閃光を
「ゼファー・コールレイン……!!」
「よぉ英雄、ちょっと死んでくれよ」
軍服を着崩した格好の銀髪の青年ーーーゼファー・コールレインは頼み事をする様な気軽さでそう口にし、軍刀を弾いて斬りかかって来た。しかも死んでくれなどと言いながら狙う箇所は手足に集中している。ゼファーから放たれる殺意から殺す気はあるのだろうが機動力や攻め手を削ごうとしてくるのに眉間に皺を乗せながらナイフを捌く。
だが新手はゼファーだけでは無い。先ほど聞こえてきた
無論、残骸の山はヴァルゼライトの熱光に耐えられる訳も無く一瞬で蒸発する。だがその直前で残骸の山から人影が飛び出してきた。
「うわっ危なっ!?ちょっと英雄様ぁ一般人に放射光をズバズバと放たないでくださいよ!!死んだらどうしてくれるんですか!?」
「死ぬのが嫌なら戦場に出てこなければ良いだろうが、ルシード・グランセニック」
ヴァルゼライトの熱光を地面に転がりながらも避けて悪態をついたのはこの戦場に似つかわしく無い好青年ーーールシード・グランセニック。
「聞こう、何故貴様がここにいる?一介の商人が戦場にいる理由は?」
軍人であるゼファーと違い、軍属であるルシードが戦場にいる理由は無い。いるはずの無い不穏分子を警戒しても不自然では無い。
それを聞いたルシードは困った様な笑顔を浮かべてゼファーを指差す。
「僕だって本当だったらこんな所に来たくなかったさ。でも、ヘタレで臆病で意気地無しの
「……ホモォ」
「ヴァルゼライトてめぇ!!今ここでそんな事口にするんじゃねぇよ!!タダでさえ同僚から
「生活に余裕が出来てからそういう娯楽にも興味が湧いてな。部下の一人に教えてもらった……まぁ、何故か男と話をしていると息を荒くする奇妙な奴だったが」
「うわぁ、それ真性じゃねぇか」
ヴァルゼライトの部下にドン引きするゼファー。それでもヴァルゼライトの一挙一動を警戒しているのは流石だと言える。
「さてーーーその星、封じさせてもらうよ!!」
普段のヴァルゼライトなら絶対に見せなかっただろう一瞬の隙、そこをルシードがついた。ルシードの力がヴァルゼライトの軍刀に集まり、熱光の輝きを消した。それだけでは無く一人でに鞘に戻り、引き抜こうとしても鞘から出てこなくなる。
ルシードの力は金属に作用する。つまり金属を介して力の行使を行うならばルシードはそこに介入して力を封じる事が出来る。だがヴァルゼライトの力を封じるのに全力を使ったのか、今のルシードには砂鉄一粒すら動かす余力が無い。
「今だ!!行け、ゼファー!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
しかしこの場にはゼファーが、そして今まで静観していた兵士たちがいる。ヴァルゼライトの力が封じられたと見るや否や、誰も彼もが我先にとヴァルゼライトに群がっていく。
絶体絶命の窮地、力が封じられたヴァルゼライトはただ身体能力が高いだけの軍人に過ぎない。武器だけでも使えれば可能性があったが武器すら使えなくなっているとなればヴァルゼライトであろうとこの死から逃れることは出来ないだろう。
だが、忘れるな。ヴァルゼライトは〝英雄〟である。英雄は絶体絶命の窮地であるなら雄々しく輝くのだ。
「ーーーまだ、だ!!」
見るが良い、これこそ英雄の輝きである。ルシードの力によって封じられていたヴァルゼライトの軍刀が封印を食い破り、それまでよりも煌煌と輝く閃光を伴って抜刀された。これには特別な力など一切関わっていない。ただ単純に
「オーーーオォォォォォォォ!!」
ゼファーがその反撃に対応出来たのはこれまでヴァルゼライトと戦った事があるという経験値があったから。この男ならやりかねないと心の片隅に置いてあった警戒のおかげで何とか反応、ナイフで閃光を切り裂いて相殺した。ヴァルゼライトの反撃の結果、生き残ったのは閃光を相殺出来たゼファーとその背後にいたルシードだけ。それ以外はすべて塵も残さずに蒸発している。
「ハァハァ……全く、これだから
「ほんと……救えないねぇ……」
「俺は救いなど求めていない。ただ虐げられている弱者を救いたいと願い行動しているだけだ。その果てに得たのが英雄という不釣り合いな呼び名なのだがな」
煌々と輝く軍刀を構えながら、ヴァルゼライトはそう言い捨てた。ヴァルゼライトは自分に対する救いなど求めていない。弱いという理由なだけで理不尽な悲劇に合う弱者を救いたいと願い、救うために行動しているだけなのだ。その果てに得た英雄という呼び名のだが、ヴァルゼライトからしてみれば不釣り合いな呼び名に過ぎない。
英雄とは、清廉潔白で救いを求めている全員を救う者をいう。それが出来ない、そして血に濡れた方法でしか救えない自分が英雄など烏滸がましいとヴァルゼライトは思っているのだ。
そして戦況だが僅かに陰りを見せる。攻めていた三国同盟なのだがヴァルゼライトの活躍を見て士気が低下してきているのだ。それは仕方の無い事だろう、戦争を開始してからヴァルゼライトが倒した兵の数はすでに二万を超えている。一騎当千を超える活躍を見せられれば怖気付くのも頷ける。
『ーーーゼファー』
その時、ゼファーの背後に少女の影が現れる。色素の抜け落ちた髪と肌はこの世のものとは思えぬ美しさを感じさせていた。だがその少女の出現に気付けていたのはヴァルゼライトのみ、ルシードには彼女の姿を認識する事は出来なかった。
「ヴェンデッタ」
「アルテミスか、ゼファー・コールレインに憑き纏っているとは余程執着していると見える」
『ヴェンデッタと呼びなさい英雄。それに、貴方にもアポロンが憑いているじゃない』
『ーーーアポロンと呼ぶなと言ったはずだ。アタランテと呼べ』
ヴェンデッタの声に応じるようにしてヴァルゼライトの背後にも少女の影が現れた。頭と腰から獣の耳と尻尾を生やした野性味溢れる彼女ーーーヴェンデッタからアポロンと呼ばれ、アタランテと呼ぶように訂正を求めている。そしてアタランテの姿もまた、ゼファーは認識出来てもルシードは見る事は出来なかった。
「ルシード退け、こっから先はガチでヤバそうだからな」
「……帰って来いよ、親友。じゃないと君の墓に女性物の下着を供えるからな」
「おう、帰ったら真っ先にテメェの顔面に拳をくれてやるよ」
そう冗談交じりで笑い合いながらルシードは笛を吹いてから退いた。ルシードの笛の音に合わせて遠巻きに見ていた敵兵も退いているので予め打ち合わせていたのだろう。
「お互いに、厄介な相手に惹かれたものだな」
「ホントだよ……適当にダラダラ軍人やって退役して、スローライフを過ごす人生計画だったのによぉ」
『あら、ダメよゼファー。私の目が黒い内はそんな人生送らせないわよ』
『うむ、ヴェンデッタの言う通りだ。堕落のみの人生は見ていて虚しくなる。ヴァルゼライト程では無いにしろ上を目指して生きなければな』
「あれ?なんで俺が説教される流れになってるの?」
「そういう流れだったからだな」
ヴェンデッタだけではなくアタランテからも説教されているゼファーの姿に僅かながらに苦笑を浮かべるヴァルゼライト。そしてーーー
「天昇せよ、我が守護星―――鋼の
「天墜せよ我が守護星―――鋼の
雄々しき英雄譚と悍ましき逆襲劇が交差する。ヴァルゼライトが掲げるのは極限にまで凝縮された正の喝采、対するゼファーが掲げるのは極限にまで凝縮された負の慟哭。
正と負、勝者と敗者、星を掲げる者と星を喰らう者。どこまでも相容れぬ対極の存在が、ここに同時に顕現を果たす。
「ーーー貴様の首を掲げ、我が国の繁栄を齎そう」
「ハッ上等だーーー
激突する陰陽の存在。対極の覚醒を遂げた両者が、最後の決戦を開始した。