「ーーー来たか」
ペンウッドとの邂逅から三時間経って城壁から三国同盟の先発部隊が視認出来る様になった。先発部隊の数は偵察の通りに大凡一万、構成は騎馬と歩兵が半々と言ったところ。足の遅い砲兵や魔導機兵は本隊にいるのだろう。
そして先発部隊はこの国の城壁が見えるだろう位置で進軍を止めて陣を組み立て始めた。本当ならここで打って出て先発部隊を討ち取りたいところだが本隊がいつ来るのか分からない状況ではそれは出来なかった。
「うわっ、沢山いますね」
「ラルクか」
その光景を見て歯ぎしりをしていたヴァルゼライトの隣に現れたのは赤髪の青年と額から剣のような角を生やした虎型の魔獣。彼はラルク、ペンウッドが子供の頃に発言した魔獣を飼い慣らせばいいという戯言から生まれた魔獣部隊の隊長だ。虎型の魔獣は味方には喉を鳴らして擦り寄ってくるのだが敵には牙を剥いて襲いかかる。この国だけの部隊として諸国では有名だった。
「総統閣下殿、一本如何ですか?」
「貰おうか」
ラルクが懐から出した細巻きタバコを受け取り、火をつけて煙を吸い込む。
「ーーー総統閣下殿。貴方はこの戦い、勝てると思いますか?」
細巻きタバコが半分ほど灰になったところでラルクは不意にヴァルゼライトに疑問を投げ掛けた。二千三百一対約五万という比較にならない戦力の差を知りながら、ヴァルゼライトの顔に怯えの色が見えないことを気にしたのだ。
そう聞いたラルク本人だが、彼は怯えていた。手は小刻みに震え、油断すれば奥歯がガタガタと鳴ってしまいそうな程に。何とか歯を食い縛って震えを抑えているがそれがどこまで持つか。
「正直なところ、この戦いは我々に勝ち目は無い」
だからこそ、ヴァルゼライトのこの発言はラルクにとって予想外な物だった。ヴァルゼライトの名はこのベルカで広く知れ渡っている。如何なる逆境も不屈の闘志で跳ね除けて勝利に導く彼の事を人々は〝英雄〟だと褒め称えていたのだ。そんな英雄から、勝ち目が無いなどと言われれば驚いても仕方が無い。そんなラルクを尻目に、だがとヴァルゼライトは言葉を続けた。
「勝ち目の有無で戦うのでは無い。勝たなくてはいけないから勝つのだ。それが軍人としての俺の
この状況が絶望的なことはラルクも理解している。だが威風堂々と〝勝つ〟のだと宣言したヴァルゼライトの姿を見て、彼ならきっと勝利を掴むだろうと思わせてくれる。
馬鹿げているとラルクは思った。如何に英雄と称えられているヴァルゼライトだろうが人間である事には変わり無い。死ぬときはあっさりと死ぬのだ。銃で、剣で、魔法で、自分たちと同じ様に死ぬ。だがその事を理解していながらも、ラルクは内心でその考えと同じくらいに、ヴァルゼライトなら勝つだろうと思っていた。自分も他の兵たちと同じ様にヴァルゼライトの熱に当てられたのかと自己嫌悪しながら擦り寄ってくる虎型の魔獣の頭を撫でて顔を歪ませる。
その顔が他人からしてみれば笑っているように見えて、密かに
「……準備はどうなっている?」
「すでに全部隊終えています総統閣下殿の指示があればすぐにでも出れます」
「そうか……恐らく敵が仕掛けてくるのは敵の本隊が到着してからだろう。それまで半数を厳戒態勢、残りは好きな様に過ごす様に伝えてくれ」
「……ハッ」
敬礼し、ラルクは踵を返して兵士たちの元に向かった。
「(クリストファー・ヴァルゼライト……なんて
ラルクとの会話から二時間後、三国同盟の本隊が到着した。だがそこで予想外の事態が起こる。先発部隊の数から考えて敵の総数は五、六万だと考えていたのだが実際にやって来たのは二十万だったのだ。
小国一つを陥すには過剰すぎる戦力、その理由はヴァルゼライトにあった。これまでに三国は各々でバラバラにこの国を襲撃していた。それを防いでいたのはヴァルゼライトだったのだ。その結果三国にヴァルゼライトの存在は危険視されて過剰過ぎる戦力にて圧し潰す事を決めた。
そして敵の戦列後方に並んだ砲兵の大砲が一斉に火を吹いて開戦を知らせる。
放物線の軌跡を描きながら放たれた大砲は百を超え、城壁とその上にいる兵士を圧し潰さんとする。叫び声を上げながら魔法と重火器にて何とか砲丸を撃ち落とすがそれでも三割がやっと。残りの七割が落ちてくる。
「創生せよ、天に描いた星辰をーーー我らは煌く流れ星」
開幕にやって来た窮地に聞こえて来たのは厳かに紡がれた
ーーーそして、城壁の上に〝英雄〟が現れた。
携える七刀の軍刀の内の二刀を両手に持ち、漆黒の軍服を風に靡かせながら、強い意志を秘めた金眼にて眼前に広がる敵軍二十万を見下す。
そうだ、彼こそが英雄。
クリストファー・ヴァルゼライトがこの悲劇に登場した。
「ーーー」
そしてヴァルゼライトは城壁から飛び降りた。そして数十mは離れていた地面に足首を捻ること無く着地し、二十万の敵兵目掛けて全力で疾走する。
ヴァルゼライトの登場で呆気に取られていたのは一瞬だけだった。すぐに正気を取り戻し、一列に並べられた銃を一斉に発砲する。ヴァルゼライトの進路に放たれた弾丸の密度は異常、一個人にでは無く少なくとも中隊以上の集団に向けられるべきだ。それをヴァルゼライトに放ったのはヴァルゼライトをそれ以上の脅威だと認めているから。
自身に迫る高密度の弾丸を前にしながらヴァルゼライトは回避行動に移らない。そして閃光を纏った軍刀を一振り。その行動で放たれた閃光にて迫る弾丸を、その奥にいた銃兵の一部を蒸発させた。それによって出来た戦列の穴に、ヴァルゼライトは臆すること無く突貫する。
銃兵の距離は言うまでもなく中、遠距離。離れていれば強いがその分距離を詰められれば脆い。逃げ惑う敵兵を、慌てて銃剣を着けようとする敵兵を、銃剣を着けて斬りかかってくる敵兵を、閃光を纏わせた軍刀二本の乱舞にて情け容赦無く切り殺す。
五百は殺したであろうところでようやく兵が入れ替わる。銃兵はヴァルゼライトの周囲から消え、代わりに歩兵騎兵が現れた。歩兵がヴァルゼライトを取り囲み、騎兵が全力の疾走にて溜めた力を全てヴァルゼライトに向ける。
ヴァルゼライトに前後左右上の五方から歩兵は斬りかかる。使われる魔力は全てプロテクションに注ぎ込まれる。それはヴァルゼライトの閃光を防ぐ為のもの。一撃を食らい、耐え、そして殺すという覚悟の下で行われた特攻はーーーヴァルゼライトの閃光に飲み込まれてプロテクションごと蒸発するという結果に終わる。
それでもヴァルゼライトを殺す為に迫る歩兵騎兵の足並みは止まらない。歩兵騎兵の内に抱いているのはヴァルゼライトに対する嫉妬と憧れ。自分も英雄と呼ばれる存在になりたかった、輝かしい英雄を自分の手で殺す。そう言った正と負の感情の入り乱れが歩兵騎兵の背中を押していた。
それに対し、ヴァルゼライトは手数を増やすことで対抗する。手にしていた軍刀二本だけでは無く、収めていた鞘から残り五刀も引っ張り出し、群がる様に迫る敵兵全てを正面から迎え撃つ。七刀による乱舞は全方位からの防御、迎撃を可能とする。
剣を持った歩兵を剣ごと両断し、
槍を構えた騎兵を馬ごと斬り殺し、
逃げようとする敵兵を閃光にて焼き殺す。
「ーーー突撃ぃぃぃぃぃぃ!!」
敵兵全てがヴァルゼライト一人に目を向けていたこの隙に、横合いから喰らい付く集団がいた。額から剣の様な角を生やした虎型の魔獣を引き連れた歩兵が、ヴァルゼライトに突撃する為に旋回していた騎兵を襲う。彼らの正体は魔獣部隊。ヴァルゼライトという光に目が眩んでいた連中の喉元を容赦無く切り裂く。
「ーーー来いよ」
そんな魔獣部隊の活躍を視界の端に捉えながら、全体の一割も削りきれていない敵軍の本隊をヴァルゼライトは睨みつける。
「全力で、全霊で、死力を尽くして掛かってくるが良い。その上で倒してやろうーーー〝勝つ〟のは俺達だ!!」