転生先はベルカです。だけど駆け足、五話もしないで終わる予定。
城壁の上に立つ、春の暖かな風が頬を撫でて後ろに通り抜けていった。
眼前の光景を見る、地面には草木がまばらに生えている。
遠くの山を眺める、山頂に積った雪が溶けきらずに残っている。
それらは当たり前の光景なのだろう。確かに、これらはこの国では、そして城壁の上に立つ彼の前世からしても当たり前の光景だ。だが、他国からしてみればこの国は宝の山に等しい。何故ならーーー他国では、ほとんど自然が存在しないから。
少年が神と出会って転生を果たしてから28年の月日が流れた。前世では日本人で黒目黒髪だったのだが今世では金髪金眼、顔の左側に残っている傷跡が歴戦の勇士の風格を漂わせている。彼が転生を果たした世界であるベルカは彼が成人するのとほぼ同時期から破滅への道を歩んでいた。
強国が富国強兵を掲げて弱小国を侵略し、多くの人が命を散らしていた。ただの殺し殺されならば死んだ人々の血肉が肥料となり、大地に恵みを齎していただろう。だが、追い詰められた弱小国がただの殺し殺され以外の方法を戦場に持ち込んだのだ。
その名はーーー
例えば、半径数十kmを数万℃の炎で焼くのでは無く蒸発させる爆弾。
例えば、内臓器官すべてを残したまま筋肉だけを腐敗させる有毒ガス。
例えば、感染してから自覚症状を出さずに数ヶ月経って広範囲に広まってから発病する細菌。
初めは弱小国の足掻きだったのだろうが今ではベルカに存在している国の殆どが
そんなことをすれば人の住める土地が無くなってもおかしく無い。作物どころか雑草すら生えなくなった土地もある。おかげで始まりは富国強兵だったのだろうが今ではほとんどの国が汚染で使えなくなった領地に代わる土地を求めて戦争をしている。そうして追い詰められた国が最後の足掻きに
彼がいるこの国は今の時代には珍しく
クリストファー・ヴァルゼライト、それがこのベルカの乱世に転生を果たした彼の名前だ。元々は孤児で各地を旅していたのだが十年前よりこの国に仕え、今では軍部のトップに立っている。
「ーーー閣下!!ヴァルゼライト閣下!!」
城壁の上に立って眼前の光景を眺めていたヴァルゼライトの元に一人の青年が駆け寄ってきた。それを視界に収めたヴァルゼライトは城壁から降りて青年に近寄る。
「ーーーどうだった?」
「先発部隊と思われる集団を確認しました。数は一万、後続を考えると総数はその五、六倍かと。確認した時の速度のままならば三時間程で視認出来るかと思われます」
「そうか……ご苦労だった」
「はっ!!」
ヴァルゼライトの労いの言葉に敬礼で返し、青年は来た時と同じ様に駆け足でこの場から去って行った。軍部のトップであるヴァルゼライトにこれは失礼では無いかと考えるだろうが今彼らにはそんな事を気にしている余裕は無かった。
他国からの宣戦布告。それは今の時代では珍しいことでは無いがその規模が厄介だった。複数存在する強国三国が同盟を結び、この国に攻めて来ているのだ。圧倒的な戦力の差にヴァルゼライトも押され、撤退を繰り返す内に首都であるここまでおされてしまったのだ。
「……これまでか」
自虐気味に呟きながら、城壁の内側の町を見下ろす。立派に栄えた町だ。いつもなら人々の活気に満ちているであろうこの首都だが今では蛻の殻、この町に今いるのはヴァルゼライトと兵士二千、そして国王とその近衛兵三百の合計二千三百二名のみだ。国民は全てこの国の同盟国であるシュトゥラに向かわせた。その護衛の為に八千の兵士を付けた。数が多いと思われるかもしれないが十万を超える国民を護衛するには足りないとヴァルゼライトは考えている。
シュトゥラからの援軍や護衛に付かせた兵士の帰還を待つにしても距離が離れ過ぎている。敵軍が見えるのは後三時間程、期待するのは阿呆としか言えない。
「まぁ、悔いはあるが未練は無い」
それでも、ヴァルゼライトの顔に暗い色は無い。確かに戦争としての敗北は濃厚で、これを覆せるのは不可能だ。それでも、守りたい者を守ることは出来た。力無き民が傷つくことは無い。それを考えればヴァルゼライトの勝ちだと言えるかもしれない。
「だが、まぁそれでもーーー」
この状況をひっくり返すには
敗北濃厚の現状で、勝ち目が無いことはヴァルゼライト本人が一番理解している。だが、そうだとしてもーーー
「ーーー〝勝つ〟のは俺達だ」
ーーーヴァルゼライトは勝ちを諦めていない。不可能だと?そんなものは所詮言い訳に過ぎない。見るがいい、お前たちが不可能だと諦めた事を、覆して成し遂げて魅せよう。そう内心で雄々しく闘志を燃やしながら、ヴァルゼライトは城壁から立ち去って行った。
城壁から立ち去ったヴァルゼライトが向かった先は首都の中心に建てられた城。何時もならば警備の兵士や女中らが居るはずの城内は町と同じ様に静まり返っていた。国王の命で近衛兵を残して国民と共にシュトゥラに向かっているのだ。その近衛兵も戦の準備に駆り出されたのなら、この城に残っているのは一人だけになる。
常時なら見張りの兵によって開かれる扉を自力で開き、玉座の間に入る。玉座に座っていたのは小太りでチョビヒゲを生やした男性。この町が戦場になると理解しているからなのかビクビクと震えて汗をかいている。
「あ、ああ、ヴァルゼライト君か……驚かせないでくれよ、敵が来たかと思ったじゃ無いか」
「それは悪かった。情報によると後三時間程で敵の先発部隊が視認出来るらしいからな、その前にと思って」
怯える、統治者としての風格など欠片も見せないこの男こそがこの国の国王であるプルトン・ペンウッドである。実際、彼には武術は愚か統治者としての才能は欠片も存在しない。服を市民の物に帰れば恰幅の良いおっさんにしか見えず、能力も高くは無いのだが国民からはかなり支持されている。
ヴァルゼライトのペンウッドに対する態度はどう見ても国王に対するそれでは無い。だが、ペンウッドはそれを気にしてはいなかった。というよりも臣下らも敬語こそ使えどほとんどヴァルゼライトと変わらなかったりする。
「ペンウッド、あんたはこの国から逃げろ。今ならまだ間に合う、近衛兵と一緒に脱出してくれ。あんたに、俺は死んでほしく無いんだ」
「……」
ヴァルゼライトがこの場に来た目的はペンウッドを逃がす為だった。直にこの首都は戦場になる。ペンウッドのことを、ヴァルゼライトは国王としてでは無く一人の友人として死なせたくなかったのだ。
「……ヴァルゼライト、私は駄目な男だ。無能だ、臆病者だ。自分でも何故国王だなんて地位にいるのか分からん程に駄目な男だ。生まれついての家柄と、地位だけで生きてきたも同然だ」
ガタガタと震え、汗を滝の様に流しながらペンウッドは語り始めた。ペンウッドは無能だ。統治者としての才も、武術の才も、為政者に必要かと思われる才能を欠片も持っていない。それはヴァルゼライトも理解していた。
「いつもいつも、人から与えられた地位と
最後の方は尻すぼみになりながら、指をイジイジと遊ばせてペンウッドは自信なさげにそういった。そうだ、ペンウッドは無能だ。だが彼を知る者は彼の事を男だと言う。与えられた地位と
それを聞いてヴァルゼライトはあぁやっぱりと、駄目だったかという納得と残念な気持ちを抱きながら膝を着いた。彼がこの国に仕えると決めた時以来していない、臣下のポーズだ。
「
こんな臆病者がガタガタと震えながらにも王としての
幸いなことと言っていいのか分からないが、ペンウッドには二人の子供がいる。それは仲の良い姉弟で、ペンウッドの子なのかと疑うほどに頭が良く、武芸も達者だ。それを知った時のペンウッドの苦笑いは今でも思い出せる。王の血筋が残っているのなら、ペンウッド家は再起出来るーーー例え、ペンウッドが敗戦国の王の
「行きなさい、行ってくれヴァルゼライト君。君には、君にしか出来ない
「……おさらばだ、ペンウッド王。願わくば、また会える事を」
そう言い残して、ヴァルゼライトは一度も振り返ること無く玉座の間から出て行った。臆病者で無能な、誰よりも優しい
主人公は名前の通りに総統閣下をイメージ。だけど顔の傷は眉間じゃなくて左瞼を通ってる。
二千三百二人VS五、六万人(想定)、普通なら諦める。でも主人公は勝つ気満々。