ーーー君たちは、我らの手違いで死んでしまった。その為、謝罪として、とある世界に君らの望む物と共に転生させようかと考えている。
一切の穢れを持たない空間の主人は、厳粛に目の前にいた六人の少年少女らに告げた。その主人の正体は人間で認識している名称としては神と呼ばれる存在。彼は少年少女らの死因に直接的に関わった訳では無いが彼と関わりのある者が死因となっている為、その詫びとして彼らに新しい人生を与えようとしていた。
少年少女らの一人が新しい世界はどんなところなのかを尋ね、彼はとある創作物の世界の名前を告げた。正確にはその創作物と類似した世界なのだと付け加えたが、世界の名前を聞いた少年二人はひどく興奮した様子で聞いているか怪しかった。
六人の内の少年と少女は守れる力を求めた。それはその世界で起きる悲劇を知っていて、それを回避したいと思っていたから望んだ力だ。
六人の内の少年二人はとあるキャラクターの力を求めた。それはその世界に登場する人物たちは魅力的である事を知っていて、深い関係になりたいと考えていたから望んだ力だ。
六人の内の少女は自衛出来るような力を求めた。それはその世界がどんな世界かを知っていて、巻き込まれたく無いのともしもの時に自衛出来るようにしたいと考えていたから望んだ力だ。
彼は少年少女ら五人の望みを聞き、その力を授けた。そして授けたそばから次々にその世界に送り込んだ為に、その空間に残されているのは最後の少年一人だけになる。
ーーーさて、君は何を望む?
前五人にした時と同じ様に、彼は厳粛に最後の少年に尋ねた。
ーーー力が、力が欲しい。無力な人々が泣かずに済む様な、どんな悲劇であっても御都合主義の様に解決できる力が欲しい。
神と呼ばれる存在である彼を前にしながら、最後の少年はそう告げた。その声に込められた感情は絶望、心の底から力が欲しいと望んでいると聞いただけで分かった。
その声を聞いて、彼は改めて最後の少年を認識した。着ている服はボロボロ、髪は手入れがされておらずにボサボサで伸び放題、肌には大きな傷が複数付いていて、事前に少年と知らされていなかったら大人かと見間違う程に成熟していた。
神とは全知全能である、故に最後の少年を認識して彼がどんな人生を送って来たのかを知ってしまった。
少年の始まりは五歳に震災に巻き込まれた事から始まる。震災で少年の住んでいた街は崩壊し、山に囲まれていた事もあって陸の孤島となった。独立した空間に、大量の見知った人間の死体と共に閉じ込められ、食料も水も無いという極限状態で人は
少年の両親は震災があった時点では生き残っていたのだが暴徒化していた住民によって母親は犯されて絞殺され、父親は全身を鉄パイプや廃材で殴り殺されて、顔がグチャグチャになった状態で死んでいた。少年だけは両親が寸前のところで物陰に隠し、決して声を出さない様に言いつけていたので生き延びることが出来たのだ。
だが、生き延びて見たのはさっきまで生きていた両親の変わり果てた死体。それを見て少年は発狂し、その数時間後にようやく来た自衛隊の手で救出された。
病院で精神科医の治療を受けて何とか正気に戻った少年だが、あの地獄で見た光景は少年の精神に深い傷を残していた。
ーーー力が無ければ何も出来ない。
それが少年が唯一地獄から学んだこと。両親が強ければ暴徒化した住民に殺される事が無かった、自分が強かったら両親は殺される事が無かった。歪んだ考えをもった少年は、そこから貪欲なまでに力を求めた。
引き取られた孤児院で、少年は知っていた武術格闘技の鍛錬を始めた。それは偶々テレビで見たものを繰り返していただけの鍛錬と呼べるものでは無いのだが一日の半分以上をつぎ込む事で無理矢理に習得した。
その過程で、自分には才能が無いことを知った。孤児院の関係者に武道を嗜んでいる者がいて見てもらったのだが少し見ただけでお前には才能が無い、お前が一流になる事は絶対にあり得ないと断言されたのだ。それを聞いて反抗しようと思ったのだが関係者が見せた演武を見て、自分には本当に才能が無いのだと思い知らされた。
だが、才能が無いと知っても少年は我流の鍛錬を辞める事はしなかった。才能が無いのなら鍛錬で補う、才能で届く高みを天才の経験で無理矢理に埋めようとした。
そうした狂気的な鍛錬をしていた少年だが、人付き合いは悪くは無かった。それどころか社交的であった。孤児院では泣いている子供がいれば例え誰だろうが真っ先に駆けつけてあやし、学校では優秀な成績を修めながらも交友関係は広く、街で柄の悪い連中に絡まれている人を見れば躊躇わずに割って入っていった。
そして少年は中学を卒業するのと同時に紛争地帯に向かった。その理由は、子供の頃に見た光景がこの世界にある事が許せなかったから。
戦争をしているどちらの陣営に与するのでもなく、少年はたった一人でその戦争に巻き込まれている人々を救った。その手段が血生臭い物だとしても、巻き込まれている人々よりも多くの命を奪うことになろうとも、少年は止まらずにただ無力な人々を救い続けた。救った人々が悲しみではなく喜びの涙を流しながらありがとうと言ってくれるのを心の支えに、少年はたった一人で戦場を駆け巡った。
そうした少年の最後はーーー助けた人々による裏切りだった。少年の存在を厄介視していた陣営が巻き込まれていた人々を唆したのだーーー少年を差し出せば、お前たちに危害を加えないと。
その日を生きるのにやっとな人々では、才能が無いとはいえ鍛え抜かれていた少年を捉えることは出来ないはずだった。だが、少年は無抵抗で捕まった。自分が死ぬことで彼らが救われるのならと、自分の命を差し出したのだ。
そうして、少年はその場で公開処刑されて死んだ。最後に見たのは悲しみの涙を流す人々の姿。少年を差し出したことに対する後悔の涙だった。
だから、少年は力を求めている。自分にもっと力があれば、最後に見た人々の涙を流させずに済んだのでは無いかと思っている。
それを知った彼は彼の望む力を与えようとした。そして与えてから、彼は与えた力ほとんどのが扱えないことを知った。
その原因はーーー才能だった。彼らの言葉で言えば魂の容量とも言える、それが少年には圧倒的に不足していた。少年の先に送られた者たちには力と、それを扱える技術を注ぎ込んでなお余る程の容量があった。だが少年には力だけしか入れられなかった。魂に関しては彼らも弄ることは出来ない。否、出来なくは無いがそうした場合には少年の人格や記憶に間違いなく何らかの支障が出る。それを考えるとこれ以上は何も出来なかった。
それを彼が申し訳無さそうに告げ、少年は落ち込むのではなく怒鳴るでも無く、淡々とそうかの一言、そして逆にありがとうと感謝の言葉を返した。少年からしてみれば自分に才能が無いのは当たり前のことだ、謝られる義理は無い。寧ろ礼を言いたかった。あの光景を、無力な人々が傷つき、蹂躙される光景を覆せる力を与えられた事に。
そんな少年の姿を見て、彼はある提案をした。それは先に送られた者たちよりも過去に少年を送ろうというもの。スタート地点が同じならば、間違いなく六人の内の最弱はこの少年である。それなら、この少年のスタートをズラせばいいと彼は考えた。そして彼が送ろうとしている過去の世界は、少年が生きていた紛争地帯よりも酷い状況だと告げて。
それを聞いて少年が反論するはずが無い。一切の迷いを見せずに頷き、過去に行くことを決心する。
そして少年も、先に送られた五人と同じ様にこの空間から姿を消した。
原作よりも過去で、地獄みたいな光景とくれば心当たりがあるかと思います。