王都リ・エスティ―ゼにある寂れた酒場で一人の男が酒を飲んでいる。大柄な身体に似合わず、カウンターの隅で物思いにふけながら酒を飲む。男の名前は、ガゼフ・ストロノーフ。王国戦士長にして、周辺国家最強の戦士として知れ渡る男である。
「よお、ガゼフのおっさん」
「なんだ……ガガーランか」
そんなガゼフの下に蒼の薔薇のガガーランが訪ねてくる。
「聞いたよ」
そう言うと、隣の席に座りエールを一つ頼む。
「散々だったな」
つい先日の事だ。ガゼフは、討伐隊を率いて近隣の村々を襲う野盗の集団を討伐へと向かった。
「ああ……まったくだ……」
ガゼフは、酒を口に含む。結果は、散々なものだった。多くの仲間を失い。多くの負傷者を出した。
「噂で聞いたが、相手は帝国と法国だったのか?」
「ああ、そうだ。野盗は、帝国の手の者だった。いや、確証はないが法国が後ろで手を引いているのだろう。ご丁寧に私達の方にまで貴族達から妨害があったぐらいだからな。せめて、王から与えられる装備を身に着けていたら結果は……少しは変わったかもしれない」
自信はない。仮に王から国の宝である装備を一式与えられたとしても勝てたかは分からない。生きているのは、あの者達の力によるところが大きい。
「狙いは、ガゼフのおっさんだったか。でも、よく無事だったな?」
「既に王には報告してある。ラナー王女と懇意にしている蒼の薔薇なら話は聞いているだろう?」
「魔法詠唱者と戦士の二人組だったな? 確か、アインズなんとかって言う?」
「アインズ・ウール・ゴウンだ」
野盗の情報を追いかけ、いや、誘導されてカルネ村まで赴いた。その時には既に野盗であった帝国兵達は殺されていた。巨大で、強力で、凶悪なアンデッドのシモベを従えた魔法詠唱者と戦士の二人組の手によって。そして、その後にスレイン法国の者達が現れた。罠だと思ったが、既に囲まれていた。そこで、その二人組に協力を求めたが受けてはもらえなかった。相手は、おそらく六色聖典。存在しない事になっている特殊な任務を行う者達。戦力差は絶望的だった。それでも戦った。村人を守るために。結果は、惨敗。多くの者達が命を落とした。
「あの者達は、強い。戦っているところは見ていないが分かる」
自分達では、歯が立たなかった者達をあの者達は倒した。魔法詠唱者から渡されたアイテムで、戦場から村の建物の一つに転移したので詳細は分からないが後には何も残らなかった。理解の範疇を超えた力をあの者達は持っている。
「話によると法国の六色聖典。物によって強さは違うらしいが、どれも弱くはない。俺達も昔に戦った事があるが強かった」
蒼の薔薇は、亜人種を守るために六色聖典の一つと戦った事がある。
「命を救われはしたが、不安はある。ガガーラン。この事は、内密で頼む。あの者達が何者か? 何が目的で此処に居るのか分からないうちは刺激したくない」
「わかってるよ。完全に隠す事はできないが表立って広める物でもない。ただ、こっちでは勝手に警戒させてもらうけどな。うちのリーダーも気にはなってんだ」
「敵でないことを祈るばかりだな」
ガゼフの見立てでは、おそらく蒼の薔薇より強い。王国でも最強の冒険者チームと言われている彼女達に失礼だとは思う。自分でもなんでそう思うかは分からない。しかし、あの者達から感じたのは異質で不気味なまでの力だ。だからこそ注意すべき相手であり、刺激はできるだけ避けたい。
「まあ、こればっかりは運だねぇ。実力のある奴なんて知らないだけで居るもんさ。敵か味方かは別としてな」
「できれば、味方が欲しいな。唯でさえ、今の王国は戦力で帝国や法国に負けている。……せめて、アングラウスが居てくれればな」
昔に剣を交えた男を思い出す。
「確か、おっさんと御前試合で戦ったことのある奴だよな?」
「ああ、そうだ。アングラウスは、強かった。できれば、王国の戦士として力を貸してほしい。ただ、今は何処に居るかも分からない」
「居ない奴に頼っても仕方がないだろう。……そういえば、面白い奴らが居るぞ?」
「面白い奴ら?」
「最近、冒険者になった奴らなんだが強い。正確に言えば、将来有望な奴らだ。あっという間にカッパーからシルバーにまでなったからな。実力に関しては、既にゴールド級だって話だし、おっさん好みの奴も居るからな」
「ガガーランから見てどうなんだ?」
「言ったろ? 強いって。たっちとか言う戦士が居るんだが、あれは才能の塊だな。剣を交えれば分かる。性格もかなり良いし、気に入ると思う。他も癖はあるが、魔法詠唱者と弓兵が居る。どちらも負けず劣らずの男達だ」
ガガーランの話に興味が湧く。今は、少しでも戦力になる者が欲しい。
「興味があるなら冒険者組合に顔を出しな。今は、俺達の依頼を受けて、エ・ランテルで情報集めをしている頃だからな。そろそろ帰ってくるだろうよぉ」
「いい話を聞いた。少しは、気が安らぐ」
「なら、今日はおっさんの奢りでいいよなぁ?」
「私より稼いでいるのにか? ……好きに飲んでくれ」
ガゼフは、それからもガガーランから冒険者達の話を聞いた。冒険者組合も目を付けているとの事だが、場合によっては引き抜きたい。今は、顔を知らぬ者達を思いながら酒を飲む。不安を少しでも忘れる為に。
♢♢♢♢♢
三人は、エ・ランテルでの情報収集を終え、王都へと帰ってきた。
「ラキュースさんに合わせる顔がないな……」
エ・ランテルでは、大した情報が集まらなかった。冒険者組合長であるアインザックですら情報が集められない以上、聞き込みの成果に期待できないと判断して王都に戻る事にした。
「いいじゃないですか、ウルベルトさん。それだけ平和だという事ですよ。素晴らしいじゃないですか?」
「そうそう。まあ、野盗とかモンスターの話は普通にありましたけどね」
「俺は、凄いですねって褒めてほしかったんだよ」
たっちとペロロンは、足取りの重いウルベルトを何とか王都まで連れて帰ってきた。どれだけ前の事を引きずっているのだろうか?
「それにしても、あれですね。なんか知らないうちに王都から野盗の討伐隊が派遣されてたんですね」
エ・ランテルで聞き込みをしていたらそんな話を聞いた。
「あまり街には居ませんでしたからね。しかし、村を襲うなんて人として最低です!」
たっちの言葉に力が入る。悪を許さない性格であるたっちからしてみれば、罪無き人に危害を加える者は許せないのだろう。
「でも、この程度の情報ならラキュースさんも知ってるだろ? 俺達と違って、街に居るんだし。ああ……何かないかな? プレゼントでも……いや、貴族のラキュースさんにプレゼントって金が……」
うなだれるウルベルトを連れながらも冒険者組合へと着く。
「入りますよ」
たっちを先頭にして建物の中へと入ると、蒼の薔薇のラキュース、ガガーラン、イビルアイの姿が見える。しかし、同じ席には知らない顔がある。
「もしかして、ラキュースさんの男かも?」
ペロロンの言葉にウルベルトが動く。
「なんだと!?」
その姿は、ガラの悪いチンピラそのものだ。見知らぬ男を睨みながら他の二人と共に彼女達の下へ向かう。
「お久しぶりです」
「お疲れ様です、皆さん」
お互いに代表して、たっちとラキュースが挨拶を交わす。
「報告なのですが、こちらの方は?」
報告をするために知らない相手を確認する。こちらの事をジッと見ている。身に着けている者からして戦士ではあるが初めて見る顔だ。
「こちらの方は、ガゼフ・ストロノーフ様です。王国戦士長と言えば、分かりますでしょうか?」
「初めまして、ガゼフ・ストロノーフと言います」
思わず三人は、呆気にとられる。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの名前を知らない者は居ない。それだけの有名人だ。
「マジか……」
事実を知ったウルベルトは落胆から床へと崩れる。勝てない。身分とか含めて勝てる要素がない。相手は、周辺諸国最強の戦士と呼ばれる人間。地位も立場もある。ついでに金も。
「彼は、どうかされたのですか?」
そんなウルベルトをガゼフは、心配そうに見ている。
「いつもの事ですからお気になさらずに。報告の方は、どうしますか?」
「かまいません。お願いします」
落ち込むウルベルトは放って置いて、たっちとペロロンは空いている席に座り報告を行う。内容は、アインザックから聞いた件と村を襲ったという野盗の件の二つだ。
「報告ありがとうございます。報酬の方は、組合から頂いて下さい」
「ありがとうございます」
「村の方に関しては、既に聞いていますが……もう一つの方は物騒ですね」
「エ・ランテルの冒険者組合で対応するそうですから問題はないと思いますが、何かされますか?」
「いえ、お任せしましょう。腕の立つ者が居るとの事ですが、ミスリル級とゴールド級が派遣されるのでしたら問題はないでしょう」
とりあえず報告は終わったのだが、先ほどからジッとガゼフに見られている。
「戦士長様。私に何か?」
「いや、噂通りだと思ってな」
「噂ですか?」
「真面目な好青年だと聞いている。それに、剣の腕が立つと」
「戦士長様程ではありませんよ」
「どうかな? もしよければ、剣を交えてみないか?」
「戦士長様とですか?」
「ガガーランから話を聞いて興味が湧いたんだ。実際に見てからは、より戦ってみたくなった」
ガガーランの方を見ると、ウインクを一つされた。相手は、あのガゼフ・ストロノーフだ。勝ち目はないだろう。
「――ちょっと、待った!」
話を聞いていたのか、復活したウルベルトが話に割って入る。
「その話、このウルベルトが受けよう!」
「ウルベルトさん?」
「少しは、カッコつけたいんだよ」
名誉挽回のつもりなのだろう。チラリとラキュースの方を一瞬だが見た。
「だったら、俺もー! イビルアイちゃんにカッコいいところを見せたい!」
今度は、ペロロンも声を上げる。
「無様に負けてしまえ、変態!」
「そんなこと言わないでよ! きっと惚れ直すからさ!」
変態呼ばわりされてもめげない姿にウルベルトは素直に感心する。他は、呆れているが。
「申し出は嬉しいが、私は剣で戦うので同じ形式の方がいいのだが……」
ガゼフの言葉に一理ある。戦い方によって相性もあるので同じ方が相手の力量は分かりやすい。
「私でよければ、お相手させて下さい。戦士長様の剣技をこの目で見たいと思います」
「ズルいぞ、たっち!」
「そうですよ!」
横やりがあるが無視して話は進む。
「帰ってきたばかりで申し訳ないが、私も暇ではない。さっそく、場所を移動しよう」
「はい」
たっちは、ガゼフと剣で戦う事になった。他の二人からあれこれ言われるが、たっちとしても興味のある相手だ。かつては、ゲームの中とは言えワールドチャンピオンとまで言われたのだ。勝負を挑まれて逃げる気などない。