三人が行く!   作:変なおっさん

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第57話

「遅くなり申し訳ありません」

 

 バルドの対応を終えたセバスがペストーニャとツアレを連れヤルダバオト達の居る部屋へとやって来る。

 

「お疲れ様、セバス。意外と長かったね。何を話したのかな?」

 

「現在イプシロン様が行っている活動のお話を少々。ただ、お話をさせて頂く前にお食事を下げさせて頂きます。ペストーニャ、ツアレ」

 

 セバスの声に従いペストーニャとツアレがテーブルの上の食事を片付け始める。

 

「申し訳ないね、ツアレ。彼女は今日も残してしまったよ」

 

 ツアレは、持って来ていた純銀製のワゴンに食器を片付ける手を一旦止め、ヤルダバオトの言葉に落ち着いて答える。

 

「私は、気にしておりませんのでご安心ください」

 

 ペストーニャとセバスが見守る中で、ツアレはメイドとしての対応を行う。相手は、生者の命を弄ぶ悪魔だ。それも国を滅ぼすことのできる強大な力を持つ。それなのにツアレは平静に対応する。そんな彼女の様子を見て、仮面の下でヤルダバオトは笑みを浮かべる。

 

「これなら問題はなさそうだね。ペストーニャ、君には帰還命令が出ている。今日の分の仕事を終えたら帰還してほしい」

 

「わかりました。ですが、まだ教えていないこともありますので時間を頂きたいです……わん」

 

「ペストーニャがそう考えているのならかまわないよ。この件に関しては君に一任されているからね」

 

「ありがとうございます」

 

 ペストーニャは、頭を垂れるとツアレと共に急いで食事を片付けて部屋から出て行く。

 

「意外と拾い物かもしれないね。今まで手に入れた人間の中で最も強いかもしれない。私の手元にある者達にも見習ってほしいものだよ」

 

 確かにツアレは強いかもしれない。この場に居る者達が国を簡単に滅ぼせる化け物達だと知っていても恐れを見せない。これなら相手が王族であったとしても平然としていられることだろう。しかしそれでもヤルダバオトの下に居れば、此処に居るクレマンティーヌのように心身ともに全てを諦めることになるだろう。人間の闇を知ったツアレですら悪魔の抱く底の無い悪意には耐えられない。

 

「さて、それでは話を聞かせてもらおうかな? セバス、悪いけど彼女の隣で頼むよ」

 

 セバスは、クレマンティーヌの方を見る。みすぼらしい格好の女性。自らの保護下――監視下に置かれているツアレとは待遇に差がある。だが、セバスは何もしない。もし何かすれば、それはツアレにも繋がる。ツアレを保護するためにも彼女に関わってはいけない。相互不干渉がツアレを守る唯一の方法だ。

 

「分かりました。お隣を失礼させて頂きます」

 

「どうぞ」

 

 クレマンティーヌの返事を聞いてから隣へと腰を下ろす。

 

「それで、どのような話をしたのかな?」

 

「事前にヤルダバオト様が決められていた通りの内容をお話させて頂きました。主に慈善活動に関する物になりますが、他にもロフーレ様とは別の形で他の商人とも関わりがあるとお話をさせて頂きました。中には、ロフーレ様も御存知の方も居られますので接触を図ると思われます」

 

「それは結構。準備が整うまで時間はあります。他の者達と同様に甘い蜜を吸わせて飼いならすとしましょう。それで、他には何かあるかな?」

 

「クレマンティーヌとまたお会いしたいとのことです」

 

「彼女に関しては、時機を見て正式な場を設ける予定だからね。その時に招待状を送ればいいだろう。さて、他に無いようなら本題に入るとしよう。何か私に聞いておきたいことはあるかな?」

 

 ヤルダバオトは、部屋に居る者達の顔を順番に見る。

 

「問題はなさそうだね。それでは話をしますが――その前に確認をしておきましょう。私達は、主人が決められた方針に従い『この世界の者達の願いを叶える』お手伝いをさせて頂いております。お腹が空いている者には食事を。住む場所の無い者には安らげる場所を。仕事の無い者には、仕事先の紹介などをしております。他にも多岐に渡り活動を行っていますが全ては彼らの願いを叶えているだけです。いいですか? これだけは忘れないでくださいね」

 

 ヤルダバオトの言葉にセバスとソリュシャンは頷く。この言葉は絶対的なもの。今後を見越して考えられたアインズからのものになる。

 

「それでは、本題に入るとしましょう。クレマンティーヌ、君にこれを渡しておこう。今回の商品リストになる」

 

 ヤルダバオトは、先ほどまで読んでいた紙の束をクレマンティーヌに手渡す。

 

「顧客達の評判は上々。時間を掛けて飼いなら――失礼。取引してきた甲斐があるよ。彼らの要望に合う商品だと思うのだけど一度目を通してほしい。自分の商品なのに知らないと困るからね」

 

 ヤルダバオトに言われるままに紙の束に目を通していく。

 

 紙には、商品の詳細な情報が記載されており、その横には精巧な絵が描かれている。ヤルダバオトが言うには、カタログと呼ばれる物なのだそうだ。最初の方には、装飾品や調度品などが記載されている。質に関してはこの部屋にあるような物ではなく、下の部屋にあるような王族や貴族が使用するような高級品ばかりになる。顧客達の中には、気に入って購入する者も居るがあまり人気の無い商品になる。その次に目に入るのは、剣や盾などの装備品になる。魔法の力の有無を問わずどれも一級品の物ばかりが記載されており、耐性や身体能力向上などのマジックアイテムなども記載されている。こちらはそれなりに購入者がいるのだが顧客からしてみれば本当に欲しい商品ではない。あくまでも最後の方に僅かにある商品のオマケでしかない。

 

(この国も終わりね)

 

 最後の方に記載されている『傭兵モンスター』と呼ばれる物を購入している顧客達の顔を思い出すと暗い笑みが零れる。この者達は、モンスターを商品として扱っている。初めにこの話をされた時は耳を疑った。確かにモンスターを使役する方法はある。クレマンティーヌの兄のように召喚による使役がまず一つ。時間という制限があるので商品として扱う場合は、召喚できる者を商品として扱うことになるのだろうが絶対的な命令をモンスターに命じる事が出来る。それ以外だと野生のモンスターを捕え調教を行い従わせる場合。こちらは時間の制限もないので一般的な奴隷のように商品として扱えるかもしれない。しかし、購入者の命令を絶対に聞くわけではなく常に裏切られる不安が残る。だからこそ普通ではありえないような事ではあるのだが目の前に居る悪魔なら可能かもしれない。

 

 この悪魔の言葉には力がある。おそらくバードと呼ばれる者達が使用するとされる呪詛や呪歌の類なのだろうが強制的に命令に従わせる事が出来る。ただ、身をもって体験したから分かるが時間による制限があったはずだ。そう考えると別の方法なのかもしれないが――考えたところで意味はないだろう。結果は変わらない。

 

「明日も顧客の所に行くことになるわけだけど取扱いに関してはこちらで用意した通りの説明をするように。分かったかな?」

 

「分かりました」

 

 何度も重複させて記憶させられた。どうやら説明の一つ一つにも意味があるらしい。他の事を聞かれたとしても一切答えずに口を閉じるように命じられている。

 

「では、先に地下に行っておいてほしい。私は、二人と話があるからね」

 

 クレマンティーヌは、この場から一刻も早く去りたい一心で足早に立ち去る。少しでもこの場所から――この悪魔から離れる為に。

 

「どうやら嫌われているようだ。愛を持って接しているつもりなのだけどね」

 

 ヤルダバオトは、残念そうな言葉を口にしながら仮面を外す。その仮面の下にあった顔には、言葉とは違い笑みに零れていた。

 

「さて、私も忙しい身なので早急に用件を済ませよう。知っての通り、現在の王都での事柄に関してはアインズ様から私に権限が一任されています。その中には、『保護者リスト』の製作と保護があるのですが少々厄介なことになってしまいました」

 

「厄介なことですか?」

 

「実は、保護者リストに記載されている者達がとある事件に関わってしまうようでね。権限を与えられている私は、その対処をしなければならないんだ」

 

「それは、至高の御方々と同じ名前を持つ方々のことでしょうか?」

 

 人間の居る場所で活動している者達には、デミウルゴスとパンドラの手により製作された保護者リストと呼ばれる物が配布されている。これには、ナザリックにとって有益であると判断された者の名前と人相書きが記載されている。

 

「そうだよ、セバス。ただ、あくまでも同じ名前だというだけで至高の御方々ではない。アインズ様からもやむをえない場合は見捨ててもかまわないと言われているからね。もし本物であるのならば……そのような命令が下されるわけはない。そうは思わないかな、セバス?」

 

 デミウルゴスは、向かいのソファーに座るセバスの事をジッと見つめる。眼鏡越しにデミウルゴスの宝石の目がセバスを確かに捉える。

 

「もちろんでございます。あくまでも同姓同名なだけ。ナザリックにとって不利益になるのであるならば切り捨てることは当然でございます」

 

 セバスは、デミウルゴスの視線から顔を背けずに言葉を口にする。相手は、自分よりも叡智に富んだ悪魔。ここで見抜かれてはいけない。

 

「……その通りだね。それでは、私も失礼させてもらうよ。いろいろとやる事があるからね」

 

 デミウルゴスは、セバスとソリュシャンに別れを告げると早々に部屋から出て行く。ただ、部屋から出る前に――デミウルゴスの背中を視線で追っていたセバスの視線がデミウルゴスと僅かに合った気がした。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ソリュシャンは、問題なさそうだな」

 

 バルド・ロフーレへの対応をナザリック地下大墳墓の執務室から遠隔視の鏡で様子を見ていたアインズはそう判断する。ソリュシャンの場合は、方針が変更されるまでは人を見下すような傲慢な対応をとらせていたので普通に人間に接することに対して不安があった。特に同じプレアデスであるナーベラル・ガンマの人間に対する言動や行動などを知っているのでその思いは強かったのだが、どうやら要らぬ心配だったようだ。他の二人もそうだったが上手く対応できていた。ナーベラルには悪いが魔法が使用できたのならソリュシャンをモモンのパートナーにする選択肢もあったのかもしれない。

 

「他の人間の時もそうだったがいい演技だとは思わないか、パンドラ?」

 

 人払いをしている部屋に唯一残しているパンドラズ・アクターに尋ねる。

 

「そうですね。素晴らしい演技だと思います」

 

 傍に控え共に見ていたパンドラも褒めてはいる――が、なんだか不満そうだ。最近共にすることが多いので球体に穴が空いただけの顔にも関わらず表情が読めるような気がしてきた。

 

「安心しろ、パンドラ。お前も素晴らしいぞ。モモンやアインズ・ウール・ゴウンとしてのお前の振る舞いはとても自然だ。お前を創った身としては誇らしいぞ」

 

「それは本当でしょうか!? あぁ……アインズ様にそのような言葉を頂きこのパンドラズ・アクター! 光栄の極みでございます! 本当に……本当に……嬉しゅうございます……」

 

 涙は流れてはいないが、腕で目元を拭っている。普通に褒めただけだが、なんだか照れ臭い。

 

「まぁ、落ち着け。しかし、あれだな。人間というのは浅ましいものだな。願いを叶えるという餌をぶら下げるだけで危険と分かっていても飛びついてしまうとはな」

 

 アインズとしても気持ちは分からなくはない。アインズだって今すぐ問題なく三人と合流できるのなら多少の危険も冒すだろう。ただ、あまりにも多くてこの世界の人間達が心配になってくる。

 

「ですが、そのおかげで事は順調に運んでおります。既にカルネ村の方の準備は最終段階に入り、帝都の方も最低限必要な分は終了しております。デミウルゴス様のアベリオン丘陵に居る亜人達の統治もほぼ終了しておりますし、後は王都の処理を行うのみとなります」

 

「そうだな。王都の方は、デミウルゴスに任せておけば問題はないだろう。だが、三人との接触だけには注意しろ。アウラやマーレ、シャルティアのように分かりやすくはないからな。私とお前の考えでは、王都で得られる情報から確証に近いものを抱いていてもおかしくないとある。今、三人が関わっている件に干渉はしないだろうが……必要とあれば分かっているな?」

 

「承知しております。その時は、速やかに処理を行います」

 

「それでいい。三人に比べれば、他はどうでもいいからな。関係者全員――それこそ国が滅んだとしてもかまわない。邪魔者は全て消す。たとえそれがナザリックの者であったとしてもだ。それだけは忘れるな」

 

 パンドラは、アインズの言葉を胸に留める。全ては、我が主であるアインズの思うままに。それが創造者に創られた創造物の存在意義なのだから。

 


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