三人が行く!   作:変なおっさん

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一部修正を行わせて頂きました。




第56話

 クレマンティーヌは、バルドとの面会を終え廊下へと出た。

 

(また馬鹿な人間が来たのね)

 

 これでこの屋敷を訪れた人間は三人目だ。どいつもこいつも何も知らないからこそ話に乗ってしまう。いや、そういう人間を選んで招いていると楽しそうにあの悪魔は話していた。

 

(早く戻ろう)

 

 気は進まないが他に道はない。此処は、王国の王都。屋敷を飛び出せば人も居るだろう。だが、彼らに何が出来るのだろうか? この屋敷には、国を簡単に滅ぼせるヤルダバオトが居る。それに此処の住人達がただの人間だとも思えない。力は特に感じないが女主人と執事はヤルダバオト相手に恐れる様子を一切見せる事が無い。人間のメイドも居るが――彼女の場合は、中身がイカレているのだろう。でなければ、この屋敷で働こうとは思わないはずだ。そして、もう一人に関しては明らかにヤルダバオトの仲間だろう。人間の身体に犬の頭が付いているのだから。ただ、少なくともこの屋敷の中では最もマシな部類に入るのかもしれない。見た事のない魔法で傷を癒してくれる時に優しい言葉を掛けてくれることがある。腹の中でなにを考えているかは分からないが他はそれもない。

 

 クレマンティーヌは、バルドが居る一階ではなく階段を上り二階へと向かう。この屋敷は、一階に比べると二階の部屋数は少ない構造をしている。女主人の部屋と来客を迎えるための部屋が幾つかあるぐらいで、他は一階にある応接間よりも広く作られた部屋があるぐらいだ。ただ、そこには見た事もないような豪華な調度品の数々が置かれている。物の価値はよく分からないが少なくとも王になる予定の王子の屋敷よりも豪華なのは間違いないと思う。

 

「ただいま戻りました」

 

 クレマンティーヌは、部屋の扉を開け自らの主である悪魔に頭を下げる。

 

「お帰り。さぁ、続きをどうぞ」

 

 仮面を着けた悪魔の表情は見えないが優しい声色で向かいのソファーに招かれる。できることなら床の方がいい。

 

「失礼します」

 

 クレマンティーヌは、ソファーへと腰掛け――居心地がいいと思ってしまった自分を窘める。初めて座った時にも思ったが座り心地が他の物とは比べ物にならない。優しく身体を包み込み支えてくれるような感覚が今は憎い。

 

「もし此処にある物が気に食わないのであれば他を用意しよう。遠慮なく言ってくれてかまわないよ」

 

 ヤルダバオトは、手に持つ紙の束から目を離さずに言葉を口にする。

 

「お腹は減っていません」

 

 クレマンティーヌの目の前にあるテーブルには料理が大量に置かれている。既に冷めた物もあるがその種類は多岐にわたる。よくは分からないがツアレと呼ばれる人間が料理の練習をしているそうだ。次から次へと作りたての料理が運ばれてくる。

 

「嘘はよくないな。他の者達と違い食事が取れないわけではないのだろ? 治療を施したはずだからね。それとも新しく出来た腕の傷を見る限りまた思い出してしまったのかい?」

 

 食事がとれないままの方がよかった。自分は体験してはいないが生きたまま虫に食われ続ける者達の姿と声にならない悲鳴を思い出すと身体が振るえ吐き気が込み上げてくる。今度は自分にも――否、悪魔はこれ以上のものが待っていると確かに口にした。怖い。怖いが――ここで自らの身体を抱きしめる行為は出来ない。また服を爪で破き、血で汚しでもしたら罰が待っている。

 

「申し訳ありません。食べられません」

 

「困ったものだね。君には沢山食べてもらわないと困る。必要とあればまたこちらで用意してもかまわないよ? 美味しかっただろう? あれは、本来であれば君のような者が食せる物ではないからね」

 

 あまりにも食事をとらないクレマンティーヌの為にヤルダバオトが見た事もない食事を持ってきたことがある。初めは毒――毒ならマシな方か。得体の知れない物が入っていると思ったそれは……今まで食べた事が無いほどに美味しいと思えた。まるで生命力を形にしたものを食べた様な感覚。身体に生気が満ちるのを確かに感じた。ただ、食べたい衝動を必死に抑えた。食べれば地獄が待っている。

 

「許して下さい。お願いします」

 

 頭を深々と下げる。それがどれだけの価値のある行為かは分からないが他に出来ることもない。

 

「本当に困ったね。無理矢理食べさせても吐かれてしまっては意味がない。口や胃を糸で縛るわけにもいかないし」

 

「――失礼いたします」

 

 部屋の扉が叩かれ、この屋敷の女主人であるソリュシャンが部屋へと入って来る。

 

「お疲れ様、ソリュシャン。素晴らしい演技だったと私達の主人が褒めていたよ」

 

「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。主の為であれば私はどのような事でも致します。主への奉仕こそ私の喜びですので」

 

 ソリュシャンは、その場に居ない主へと頭を垂れる。ちなみにデミウルゴスがヤルダバオトを演じている間は、アインズのことは主、又は主人と呼ぶことになっている。決して、アインズやモモンの名前を出してはいけない。

 

「しかし、ヤルダバオト様。この者の姿はどうにかならないのでしょうか? 此処は、他と違い主を迎え入れることのある場所。このようなみすぼらしい姿の者が居てよい場所ではないと思うのですが?」

 

 ソリュシャンからの冷たい視線がクレマンティーヌへと送られる。力は全く感じない。しかし、背筋に氷柱を突っ込まれる感覚が確かにある。絶対に人ではない。化け物だ。

 

「確かにその通りなのだけど、主人から許可は得ているからね。というよりも主人の提案なんだ」

 

「――申し訳ありません! 主のお考えとは知らずに!」

 

 ソリュシャンは、表情を急変させ跪き許しを乞う。その必死さからは忠誠心と共に畏怖を感じ取れる。この化け物達がここまでする相手だ。絶対に会いたくはない。

 

「そんなことはしなくても大丈夫だよ、ソリュシャン。主人は気にはしない。むしろそう思う者も居るかもしれないと言われていたよ」

 

「ですが――いえ、失礼しました」

 

 ここでこのままの姿勢をとり続ければそれこそ失礼にあたると思いソリュシャンは姿勢を正す。

 

「彼女の役割を考えるとこの方がいいのだよ。人間は、毛色の違うものに対して強く印象が残る。平民の中に貴族が居れば目立つように、貴族の中に彼女のようなみすぼらしい者が居れば必ず記憶に残るだろう。そして、こうも思う。なぜこのような者が此処に居る、とね。下に居る彼も不思議に思った事だろう。いや、他の者達もそうだ。道端に落ちているような石であっても豪華絢爛な宝石箱の中に厳重に納められていれば貴重な物に思える。彼女に対しての評価もこの方が上がりやすいのだよ。勝手な妄想や思考が際限なく上げてくれる。後は、それを肯定してあげる要素があれば完璧だね」

 

 クレマンティーヌに与えられている役割の一つに異様な存在として認識されることがある。

 

「彼女には、ズーラーノーン同様に闇の部分を担当してもらわないといけない。ソリュシャン、君と違ってね。そういえば、セバスと共に任せた件は上手くいっているのかな? 立ち話もなんだから座って聞かせほしい」

 

「分かりました。お隣を失礼します」

 

 ソリュシャンは、クレマンティーヌの方ではなくヤルダバオトの隣に座る。理由はどうあれ席を共にはしたくないのだろう。

 

「御指示のあったように教会に多額の寄付を行いました。孤児院や浮浪者の為の施設の建設に賛成頂き、他の方々にもお話をしてくださるようです」

 

「それは結構。必要であれば金は惜しげもなく使ってかまわないからね? ソリュシャンの役割は慈善事業に精を出す慈悲深き女主人ということになる。他と同じように光の面を担当するのだから上手くやってくれないと困る」

 

「分かっております。ただ御許し頂けるのならば、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「なにかな? 主人から君達の働きに対して労うように仰せつかっているから遠慮はいらないよ? 内容によっては伺う必要もあるけど、そうでないなら私に与えられている権限で応えよう」

 

「もしよろしければ私に一人頂けないでしょうか? この前、孤児院を見学したのですが見ていたら欲しくなりまして。すぐにではなくてもよろしいので」

 

「主人からは、罪無き者には極力手を出すなと言われています。私としては、価値の低い者なら構わないと思うのだけど確認してからでいいかな?」

 

「それでかまいません。感謝致します」

 

 ソリュシャンは、笑みを浮かべながら感謝を述べる。一見すると孤児を引き取るだけの話に思えるが一部始終を見ていたクレマンティーヌにはそうは思えなかった。手を出すな。価値の無い者という言葉は孤児を引き取る上では必要のない言葉だろう。この女主人のことはよく知らないがもしかするとヤルダバオトと同じ種類の化け物なのかもしれない。

 

「それにしても今日も食事をしないのですね。よろしいのですか無理にでも食べさせなくて?」

 

 急にこちらをソリュシャンが向いたかと思えば自分の事が話題に上がる。向かいの席に居るとはいえ見ていた事を不快にでも思ったのか? ヤルダバオトの意識が自分に向けられると思うと生きた心地がしない。

 

「前に試したけど結果はよくなくてね。それに彼女は私のお気に入りでもある」

 

「お気に入りですか?」

 

 ソリュシャンが不思議そうな表情でこちらを見る。こっちだって初耳だ。

 

「彼女が担う役割は多くてね。主人も多少なら好きにさせてもかまわないとお考えなぐらいだ。今後は、先ほどの話のように功績に応じて褒美をとらせてもよいと仰られました」

 

「このような者にも慈悲をお掛けになるとは。主の慈悲深さには心より敬服致します」

 

「本当にそう思うよ。だからあまり強制はしたくない。ただ……食事はしてほしい。死ぬことはないように管理はしているのだけど痩せることは出来ればやめてほしいんだ。方針が変わった為に手元には、主人から与えられた人間と亜人達しか居ない。亜人達が捕らえていた人間や他の種族も居たのだけど、そちらは他にとられてしまってね。まぁ、彼女さえいれば問題はないのだけどね」

 

「そういえば、スクロールの目途が立ったのですよね? おめでとうございます」

 

 ヤルダバオトには、多くの役割が与えられている。その中の一つにスクロールに必要な羊皮紙の確保がある。スクロールは、封じ込めた魔法を一度だけ使用できるアイテムになる。第一位階から第十位階の魔法を好きに封じ込める事が出来るのだが、一般に出回っている羊皮紙では上位の魔法を封じ込める事が出来ない。そこで、ヤルダバオトが上位の魔法を封じ込められる羊皮紙を探すように命じられた。

 

「そうなんだよ。今も手元にあるモノだけでいろいろと試行錯誤しているのだけど幾つか分かったことがある。同じ種族や種類であっても大人と子供では、子供の方が質の高い羊皮紙が取れる傾向にある。それに上位種や力のある者からは、それに見合うだけのモノが取れる場合がある」

 

 嬉々として話すヤルダバオトの言葉に身体の震えが止まらなくなる。今は無いはずの痛みと共に記憶が甦る。

 

「ただ、条件が幾つかあってね。栄養を取らせある程度は太らせないといけない。だからといって無理矢理はダメなんだ。精神的負担が質を悪くする。自ら進んで行ってくれればいいのだけどね」

 

「そのように躾けることは出来ないのですか?」

 

「出来なくはないのだけど他にも役割があるからね。あまり弄りたくはないのだよ。与えている役割が多い為に功績も少なくはない。だからこそ強制はしないことにしている。それに先ほども提案したんだけど……どうかな? 欲しいものはあるかな? できる限りこちらで用意させてもらうよ?」

 

 ヤルダバオトがこちらをジッと見ている。表情が仮面で見えないことが唯一の救いだ。もし仮面の下にある素顔を見てしまえば気を失い、それに対して罰が待っていたであろう。

 

「大丈夫です。許して下さい」

 

 今はただ頭を下げ、自分から他に興味が移るのを祈りながら待つだけだ。ただ、出来ることならこの悪魔達を殺してほしい。無理な願いであることは分かっているがもうそれしか救いはない。誰でもいい――この悪魔達を殺して。

 


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