三人が行く!   作:変なおっさん

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第55話

 バルド・ロフーレは、招待状を胸に大事に仕舞い王都まで足を運んできた。バルドは、エ・ランテルの商人の中で食料を扱う商人になり、若くしてエ・ランテルの有力者の一人として名前が挙がる程度の地位に居る。そんな彼が緊張の面持ちで訪れるのは、王都の中でも貴族達が住まう高級住宅街にある屋敷になる。以前に交流を持ったセバスから王都に屋敷を買ったので是非来てほしいと紹介状が届いた。

 

「此処がそうなのか」

 

 招待状に書かれていた場所に来たバルドは、その見事な屋敷に驚きを隠せない。此処に来るまでに少し調べてみたが高級住宅街にある屋敷の中でも一際目立つ豪邸を気に入ったという理由だけでセバスの主人は購入したのだそうだ。金貨にして数千枚はくだらない屋敷を簡単に購入できるだけの財力を持つ人物。

 

「いったい何者なのだろうな」

 

 バルドがセバスの主人であるソリュシャン・イプシロンと名乗る美女に興味を持ったのは、彼女達がまだエ・ランテルに滞在していた頃になる。絶世の美貌を持つだけでも目立つ人物になるのだが、その性格が更に目立たせていた。傲慢でわがまま。空気も読まずに自分勝手な振る舞いをとるその姿は嫌悪感を抱きつつもその美貌故に見惚れる者も少なくはなかった。バルドもはじめはその中の一人ではあったのだが、よくよく調べてみれば興味は更に深まることになった。

 

 まず初めに注目すべき点は財力になる。彼女は、エ・ランテルでも有数の高級宿に宿泊をしていた。当然、その宿泊代は商人として成功しているバルドからみても安くはない金額になるのだが、彼女の場合はそれだけに留まらなかった。食事の度に出される料理に暴言を吐き店や客に多大な迷惑を掛けた。その際には決まって、執事であるセバスからお詫びとしてその日その場に居る全員分の飲食代を持つことがあった。安くても金貨数十枚はする行為を宿泊している期間のほぼ全てで行っていた。少なく見積もっても金貨を数百枚近くは浪費していたであろう。そう考えると金貨数千枚ぐらいどうとでもなるのかもしれない。だが、その財力はどこから出ている? 調べてみたがソリュシャン・イプシロンという名前の令嬢を持つ商人など何処にも居ない。そもそもこれだけの美貌を持っていれば噂になっていてもおかしくはない。

 

 それにセバスという存在も興味を強く持つ要因となった。その家の価値を知りたければ、仕える使用人を見れば分かるとある。これは、使用人にどれだけの教養を持たせられるかで家の力を見る方法になる。そもそも使用人は、ピンからキリまである。上の方になると、貴族の長男が身分上位者の下に奉公として出向く場合がある。下の方では、平民などを仕方なく雇っている場合がある。セバスの場合は、その容姿や立ち振る舞い、教養の高さから判断して前者の可能性がある。その二つだけを見てもソリュシャン・イプシロンと名乗る人物は、かなり上の階級の生まれであることが考えられる。

 

「――やめておくとしましょう」

 

 バルドは、考えることをいったん止めると呼吸をして姿勢を正す。今日は、客として呼ばれたのだ。下手にあれこれ考えることなく友好関係を結ぶことだけを考える方がいい。何せ相手はあの傲慢な令嬢なのだ。いくら執事であるセバスの招待とはいえ本当の客として迎えられたか疑わしいものである。バルドは、屋敷の門から中に入り、屋敷の玄関まで足を運ぶと呼び鈴を鳴らす。すると、しばらくして見知った仲であるセバスがその姿を現す。

 

「これは、ロフーレ様。よくぞ御出で下さいました」

 

 思わずホッとしてしまう。招待状は来たが関わったのは極僅かな時間だけだ。少しでも好感を持ってもらえるように振る舞いはしたがそれでも心配ではあった。しかし、セバスの好意のある対応がバルドに安心感を与えてくれる。

 

「お久しぶりです、セバス殿。本日は、御招待頂きありがとうございます。王都に屋敷を購入したと聞きましたが、いやはや素晴らしいものですね」

 

「お褒め頂きましてありがとうございます。それでは、立ち話もなんですので中にお入りください」

 

 セバスに促されバルドは――

 

「これは素晴らしい……」

 

 バルドは、思わず立ち止まり言葉を口にする。屋敷を見た時も驚いたが、屋敷の中は更に驚くべき内容だった。魔法の光を灯す照明器具は高級品になる。それなのにこの屋敷にある物は、今まで見た事が無いほどに大きく、見事な細工が施されている。それに床には、金糸を用いた赤を基調とした巨大な絨毯が惜しげもなく敷かれており、大貴族が所有するような調度品も置かれている。

 

「ありがとうございます。どれも主人の趣味になるのですが、ロフーレ様のような方にお褒め頂ければ他の方に見せても問題はなさそうですね」

 

 問題はあると思う。口には出せないが、ここまで見事であると身分のある者からしてみれば嫌味にしか見えない。

 

「これらは、何処で購入されたのですか?」

 

「いえ、これらは主人が家を出る時に持たせて頂いた物になります。今までは、知人の所に置かせてもらっていたのですが屋敷を購入したのでこちらに運んで頂きました」

 

「知人ですか?」

 

「はい。元々その方を頼って王都に来る予定でしたので。主人は――」

 

 セバスはそこで言葉を止め、深々と頭を下げる。

 

「そこからは、私がお話させて頂きますわ」

 

 入り口の正面にある二階へと続く階段から主人であるソリュシャンがゆっくりと降りてくる。魔法の光の中で、この場にある全ての美品よりも美しいその姿は、バルドの記憶の中で色濃く残るソリュシャンの姿とはどこか違うように感じられた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あっ……いえ、申し訳ありません。あまりの美しさに見惚れてしまいした。息をのむほどの美しさとは、イプシロン様の為にあるのですね」

 

「そう言ってもらえて光栄です。それでは、こちらへどうぞ」

 

 ソリュシャンは、バルドの言葉に微笑んで返し、屋敷の奥へと案内する。

 

(別人ではないよな?)

 

 違和感の正体はすぐに分かる。美貌はそのままではあるが性格が全く違うものになっている。少なくともバルドの記憶にあるソリュシャンであれば、今のような世辞を言ったとしたら不快を表し、一言二言吐き捨てるように何か言われたことだろう。

 

(覚悟を決めるか)

 

 バルドは、改めて姿勢を正す。どうやら自分は人生において大事な場所に立っているのかもしれない。今日の此処での振る舞いによって、今後の自分の立場が決まってしまうのではないかと今まで培ってきた商人としての勘が激しく警鐘を鳴らしている。謎に包まれたこの人物相手にできる限りのことをしないといけない。

 

「こちらになります」

 

 覚悟を決めたバルドをソリュシャンは、奥の方の部屋へと招く。当然のようにそこにも一級品とも呼べる美品の数々があるのだが、少しだけ様子が違う。向かい合わせの席が設けられているので応接間だとは思うのだが調度品がどうも在り合わせのように思える。今までがバランスのとれていた飾りつけだった為にその違和感は強い。

 

「この部屋にある物は頂き物になります。何処に置こうか悩んでおりまして、置く場所が決まるまでは多くの方に見て頂けるこの場所に置かせて頂く事にしました」

 

「頂き物ですか」

 

 頂き物をただ置いただけの部屋ならこの違和感も納得だ。だが、どうやら招待されたのは自分だけではないようだ。人の気配がまったくしないところをみると呼ばれるのは一人ずつになるのだろう。しかし、此処にある物――流石にソファーやテーブルは頂き物ではないだろうが仮に他の物が全て頂き物で、尚且つ一人につき一つと考えると最低でも十人程先に屋敷に招かれた者が居るようだ。

 

「ちなみにどのような方がこちらに?」

 

「そうですね。実は、恥ずかしながら面識のない方のも混じっておりますの。知人を通して頂いた物が半分ぐらいはあるのかしら?」

 

 ソリュシャンは、人差し指を口元にあて考えるような仕草をとる。人によってはあざとい行為になるが美女がやるとなると絵になる。

 

「はい。少なくともそちらにある物に関してはそうなります」

 

 セバスが示したのは、この部屋の中でも一際目立つ物が飾られている場所。この部屋の調度品のバランスを大きく壊す要因である絵に関しては、一般的な物と比べて数倍の大きさはある。しかし、作りは雑ではなく細かな部分にまで丁寧に筆が入れられているのが分かる。絵にとって大きさは価値を見るための基準になるので相当な価値があると思われる。その近くに置かれているガラス製の鳥の彫像も細かく作り込まれており、子供ほどの大きさになるので金貨百枚はするかもしれない。

 

「あぁ、そうでした。確か、絵の方がバルブロ王子からでしたか? 彫像の方は……誰だったかしら?」

 

「ボウロロープ侯爵になります。バルブロ王子の義理の父親になります」

 

「他の方もそうですがどうしたものでしょう?」

 

 ソリュシャンは、困ったように考え込むがバルドはそれを止める。

 

「申し訳ありません。バルブロ王子ですか? 第一王位継承者である?」

 

 聞かずにはいられない。このリ・エスティ―ゼ王国の次期国王候補の名前が出れば確かめないわけにはいかない。

 

「他に居りますの?」

 

 逆に問い掛けられる。確かに他には居ないだろう。

 

「居ないと思います。ですが、バルブロ王子と面識があるのですか?」

 

「いえ、残念ながら。ただ、私の懇意にしている知人と仲が良いそうで、私が王都に屋敷を設けたと聞き知人を介して贈り物を下さいました」

 

 バルブロ王子が面識の無い者の為に贈り物を? いや、バルブロ王子だけではない。大貴族であるボウロロープ侯からも贈り物が届いている。

 

「あのイプシロン様の御友人は、どのような方なのでしょうか?」

 

「そうですね――立ち話もなんですのでお席にどうぞ。セバス、飲み物をロフーレ様に」

 

「畏まりました。ロフーレ様、何かお飲みになりたい物はございますか?」

 

「紅茶を頂けますか」

 

「承りました。それでは、こちらでお待ちください」

 

 セバスが部屋を出てソリュシャンと二人きりになる。心の許せるセバスがこの場所から居なくなると心細くもなるがそうは言っていられない。招かれるままにソファーに座り、本来なら楽しいはずの美女との時間に備えなければならない。

 

「私の友人もロフーレ様と同じく商人をなさっております」

 

「商人ですか?」

 

 バルドは、自分の知っている限りの商人を思い出す。ただ、バルブロ王子やボウロロープ侯と関わりのある商人は少ないのでそれもすぐに終わる。

 

「確か、イプシロン様のお家も商家でしたよね?」

 

「ええ、そうなります。ただ、お恥ずかしい話なのですがイプシロン家には少々変わった掟があるのです」

 

「掟ですか?」

 

 長く続く家には独自の家訓や風習があったりするものだ。その類なのだろうが相手が相手だ。心しておいた方がいいかもしれない。

 

「イプシロン家の人間は、一定の年齢になると家を出て自らの商才で生きていく掟があります。私もその例に従い自分なりのやり方で自らの店を持つ場所を探しておりました。ロフーレ様や他の方々に対する数々の振る舞いはその一環になります。あの時は、誠に申し訳ございませんでした」

 

 ソリュシャンが深々と頭を下げる。

 

「――そのような事はしなくても結構です! 私は、気分などを害してはおりませんので! 頭をお上げください!」

 

 エ・ランテルでの事が演技だったとは素直に信じられない。しかし、今のソリュシャンは明らかに別人だ。そこにどんな意味があったのかは分からないが王族と関わりを持つ者に頭を下げさせるわけにはいかない。

 

「ロフーレ様はお優しいのですね」

 

 頭を上げたソリュシャンは、バルドに微笑みかける。一瞬その笑みにクラっとしてしまうがそこに意味があるわけでないはずだ。最後まで気を強く持て。

 

「私は商人です。相手の内面を見抜く事を信条としております。イプシロン様がそのような方でないと思ったからこそ関わりを持とうとしていたぐらいですから」

 

 まったくの嘘ではないが演技だとは気づかなかった。いや、もしかしたら今も演技なのかもしれない。今日一日で心身ともに大分疲れそうだ。

 

「そう言って頂けると救われます。セバスが言っておりました。ロフーレ様は、必ずや私の力になると。だからこそこうしてお呼びしたのです」

 

「私にできる事なら力になります。遠慮なく仰ってください」

 

 商人として言ってはいけない言葉になるが、ここは危険を冒してでも進んだ方がいいかもしれない。富は、危険を恐れずに進んだ者に与えられるものだ。

 

「先ずは、こちらをご覧ください」

 

 ソリュシャンはおもむろに自分の胸元へと手を持って行く。豊かな胸部を強調するように開けられたドレスなのでそこに目をやらないように気をつけていたが、こうして動きがあると見ずにはいられない。というよりも何を見せるつもりなのだろうか? バルドは、思わず生唾を呑み込み凝視する――が、残念ながらバルドの期待は裏切られた。ソリュシャンは、なぜそこに隠し持っていたか分からないが胸元から折りたたまれた紙を一枚取り出した。

 

「どうぞ、ロフーレ様」

 

 バルドは、ソリュシャンからそれを――温かい。なんだか良い匂いも漂ってきた気がする。何気なく受け取ってみたが、この紙は美女の豊かな胸元にあった物だ。思わず嗅いでみたい衝動にかられるが固い意志で抑え込み中身を拝見する。

 

「……人の名前ですね?」

 

 紙には、名前が書いてある。名前から察するに貴族のものだろう。

 

「はい。実は、私が行おうとしている商売は仲介人になります」

 

「仲介人ですか? あまり聞き慣れないですね」

 

 仲介人で商売を行う? 確かにそういった者も居る。ただ、どちらかと言えば裏稼業の者が行うような仕事だ。

 

「私は、この地に交易路などを持っておりません。それに縄張りなどもありますので参入は難しいものです。ですので、私は人や物を必要としている方に紹介することを仕事にしようと考えております」

 

 確かに見ず知らずの者が簡単に商いを行なえるような仕組みではない。むしろ排他的とも言える。組合や派閥に属し、その上で協力関係を結び行うのが一般的だ。

 

「仰りたいことは分かりました。それで、この者達は私に何を求めているのでしょうか?」

 

「その紙に書かれている方々は貴族の次男にあたる方々になります」

 

「次男ですか?」

 

 旨味の無い話になりそうだ。貴族もそうだが家の力を次に残すために分ける事はなく、全てを一人の人間に与えるものだ。今回で言えば、長男になるわけなので次男だと価値は無いに等しい。

 

「そんな顔をなさらないで下さい。ロフーレ様にも利益のあるお話になりますので」

 

 バルドは、思わず苦笑いを浮かべる。どうやら表情に出てしまったようだ。気を強く持つようにしていたのに情けない。

 

「実は、今王都では少し問題が起きています」

 

「問題ですか?」

 

「はい。これはあくまでも内密にしてほしいのですが、そこに書かれている方々の兄――つまり、本来なら家を継ぐはずだった者が失踪したそうなのです」

 

 嫌な言葉だ。

 

「もしかして家督争いでもあったのです――」

 

 バルドは、そこで言葉を止めもう一度紙を見直す。見る限り一人や二人ではない。全部で、六人。六つの家で同時に家督争いがあった?

 

「本当に内密にしてくださいね? どうやらなにかの事件に巻き込まれたようなのです。今もまだ解決されてはいませんがだからといって何もしないわけにもいきません。そこで、知人を通して私の所に相談がありました。彼らは、自分の人脈を持っていません。今まで後継者ではなかったので仕方がありませんが、このまま見つからなければ家を継ぐことになります。そこで、今のうちから人脈を作りたいとお考えのようです」

 

「もしかして私を御用商人にする気なのですか? 小さな家でも貴族であれば既に居ると思うのですが?」

 

「確かにそうなのですが、あまり関係は上手くいっていないのが本音なのでしょうね。長男と次男では扱いに天と地ほどの差があるはずですから。気持ちを新たにするためにも一新したいのでしょう」

 

 バルドにも経験があるので分からなくはない話だ。どうせ長男が引き継ぐのだからと他との付き合いはしない場合がある。むしろ下手に懇意の仲になると要らぬ疑いを持たれる可能性がある。次男と御用商人が手を組んで跡継ぎを殺す話もなくはない。

 

「話は分かりました。ただ、他へ話を通す必要があります。返事はそれからでもかまいませんか?」

 

「もちろん構いません。私の方はいつでもよろしいので好きな時に屋敷まで御出で下さい」

 

 話しが済んだと同時にセバスが部屋に戻って来る。

 

「失礼致します。只今準備の方を致しますので少々お待ちください」

 

 手際よくセバスが準備を行っていく。それを眺めながらバルドは、考えをまとめる。

 

(いろいろと引っ掛かるが……やはり一番は、なぜ内密な情報を知っているかだな)

 

 ソリュシャンとセバスが王都に来てから日は浅い。その間に表に出ていない情報を集め、尚且つ今回のような話に結び付ける。果たしてそんなことが可能なのだろうか? もしかするとこの事件に二人が関わっていたりする? いや、どうなのだろうか? 仲介役にそれだけの利益があるとは思えない。

 

「イプシロン様。仲介料はいくらぐらいになるのでしょうか?」

 

「仲介料は、私を通して結ばれた契約による売り上げの一割でどうでしょうか? もちろん通さなければ、私に払う必要はありません」

 

 安い。それに通さなければ払う必要もない。旨過ぎる話である。そうなると他に旨味でもあるのだろうか?

 

「こちらとしてはありがたい内容ですが、それではイプシロン様の利益が少なくはありませんか?」

 

「そんなことはありません。私にも利益はありますので」

 

「……お聞きしても?」

 

「詳しくはお話できませんが別にこれだけではありません。ここでの話は、あくまでも一部でしかないのですよ」

 

 確信の無い含みのある言い方だ。しかし、他になにが――ふと、バルドの目に先ほど紹介された物が映る。バルブロ王子とボウロロープ侯からの贈り物だ。

 

(まさか、王子と侯爵が絡んでいるのか?)

 

 唯一の手掛かりとなる紙に書かれた者達の名前を思い出す――が、ダメだ。なにも思い浮かばない……待て、そういえば一つ聞いていないものがある。

 

「イプシロン様。まだ、御友人の商人がどのような物を取り扱っているのかお聞きしていないのですが?」

 

「そういえばそうでしたね。私の知人が取り扱っている商品は、特にはありません。しいて言うのならば、願いでしょうか? 誰にでも胸に抱く願いというものはあります。それを叶えることが商品になります」

 

「願いを叶え――」

 

 思いついてしまった。考えてしまった。分かってしまえば、後悔と共に背中にビッシリと冷や汗が噴き出す。

 

「もちろん商品ですので代価を払う必要はあります。ですが、願いを叶えることに比べれば些細な事だとは思いませんか?」

 

 貴族の次男として生まれた者が抱く願い。それは、自分が後を継ぐために邪魔な人間を消すことではないだろうか? そう思いついてしまうと、なぜ目の前に居る者がそれを知っているのかが分かる。共犯なのだろう。失踪事件を犯した者と――いや、場合によっては犯人なのかもしれない。

 

「ロフーレ様。貴方は、何を望まれますか?」

 

 絶世の美女は今も目の前で微笑んでいる。ただ今だから思うが、美貌によって気づかなかったが、目の前に居る者の瞳には深い闇があるように思える。答え一つで今後が決まる。そう確信してしまう。

 

「ご安心ください。ロフーレ様の考えられているようなことはありませんよ」

 

 救いの主はそこに居た。セバスが淹れたばかりの紅茶をバルドの前にそっと置く。

 

「イプシロン様は、人をからかわれる悪い癖があります。既にロフーレ様も御存知だとは思いますが」

 

「……悪い癖?」

 

 人をからかう――演技のことか? あれにどのような意味があったかは分からないが、あれも悪い癖によるものなのだろうか?

 

「イプシロン様の知人は、珍しい物を調達するお仕事をなさっております。貴重なマジックアイテムや宝飾品などになるのですが、どれも高額になりますので取引相手は一部の方のみになります。ですので、ロフーレ様はお知りになられない方だと思います」

 

「ごめんなさい、ロフーレ様。どうも先ほどから変なことを考えておられたようですので少しからかってしまいましたわ」

 

 ソリュシャンは、口元を抑え悪戯の笑みを浮かべている。流石にこれに関してはバルドもムッとするが勝手に勘違いしてしまったのも事実になる。

 

「お詫びではありませんが本来なら話すわけにはいかない情報をお教えいたします。今回の話を持ってこられたのは、ボウロロープ侯爵になります。その紙に書かれている方々は、敵対派閥の者達になるのですがその引き抜きの一環で私の下に知人を通してきました。こういう言い方は失礼ですが、その者達は家をまとめるだけの力はないそうです。そこで、この機会に取り込む計画だそうです。御用商人は、それなりに発言力を持つものです。上手く取り入り派閥に招き入れるまでが計画の一部になります」

 

「ボウロロープ侯が絡んでいるのですか?」

 

「ボウロロープ侯の義理の息子であるバルブロ王子が王位を継ぐ前に地盤を固めておきたいとお考えです。ですので、ロフーレ様が御用商人になれるように話もしてくださいますし、その後の援助も行うそうです。ただ、これらはあくまでも引き受けてから御話しするように言われております。ですので、引き受けない場合は内緒でお願いしますね?」

 

 常に敵対する派閥の情勢を調べているボウロロープ侯であれば、知っていてもおかしくはないだろう。少しでもバルブロ王子が王位を継いだ時の為に自分の勢力を強めておきたいと思うのは不思議でもない。しかしそうなると、ソリュシャンの知人とボウロロープ侯はかなり親密な関係のようだ。

 

「私がその御友人と会う事は出来ますでしょうか?」

 

「引き受けて頂ければ可能です。今、この屋敷に居りますのでお呼び致しましょうか?」

 

 思わず、今ですか――と、口に出しそうになった。

 

「是非、お願いします」

 

「分かりました。セバス、彼女をお呼びして」

 

「畏まりました」

 

 セバスは、頭を下げ部屋の外へと出て行く。

 

「会うということは、引き受けて下さるということでよろしいのでしょうか?」

 

「ええ、お受けいたします」

 

 これは賭けだ。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか分からない。しかし、王位を受け継ぐ可能性が最も高いバルブロ王子が絡んでいるとすれば受けた方が得なはず。ここは多少のことは目をつぶってでも受けた方がいい。

 

「そうですか、それは良かったです。あぁ、それと一つだけ先に言っておかなければなりません。彼女は忙しい身ですので挨拶だけにしておいてください。大変多忙な方なので休ませてあげたいので」

 

「分かりました。それでかまいません」

 

 覚悟が決まれば一息つける。セバスが淹れた紅茶を――美味い。なんだか分からないが今まで飲んだ事が無いぐらい美味い。茶葉が違うのか淹れ方によるものかは分からないが、ホッと出来ればなんでも構わらない。

 

「お連れ致しました。どうぞこちらに」

 

 セバスが戻って来たのだが――一緒に部屋に来た女性は想像と大部違った。服は、平民のそれで。頬はややこけている。髪もボサボサな感じであり、その瞳には生気というのが感じられない。

 

「彼女の名前は、クレマンティーヌと言います。あまり自分の服装などには興味の無い方ですので」

 

「クレマンティーヌと言います」

 

 口が僅かに動き、最低限の動きだけで会釈を行う。

 

「バルド・ロフーレと言います。お目にかかれて光栄です」

 

 バルドは、席から立ち名前を名乗るが反応は悪い。むしろ憐れんだ目で見られている気がする。

 

「ロフーレ様。彼女は、見ての通り疲れております。今日は、ここまでということで」

 

「分かりました。またお会いできる時を楽しみにしております」

 

「ええ、本当に」

 

 クレマンティーヌと名乗る女性は、そう言い残すとその場から立ち去る。

 

「それでは、私も失礼させて頂きます。ロフーレ様、好きなだけ此処でおくつろぎ下さい。セバス、後は頼みましたよ」

 

「畏まりました」

 

 ソリュシャンもそれだけ言い残しこの場を去る。

 

「セバス殿。クレマンティーヌ様は、普段はどのように過ごされているのですか?」

 

「申し訳ありませんが私の口からはお話できません。女性の話を勝手にするわけにはいきませんので」

 

「そうですね。それでは、少ししたら私も失礼します」

 

 淹れてもらった紅茶を飲み干したら急いでエ・ランテルへ戻るとしよう。この件を上手く処理できれば、今よりも上へと行けるはずだ。

 


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