三人が行く!   作:変なおっさん

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第54話

 たっちは、ラキュースと共に仲間達が居る冒険者組合へと足を運び、ウルベルトとペロロンを連れ宿へと戻って来た。そして、レエブン侯からの話を二人にしたのだが――

 

「うわぁー、きなくせぇー」

 

「怪しさ満点ですね」

 

 二人のレエブン侯に対する評価はかなり悪いものとなった。

 

「俺がそこに居たらいろいろと聞いたんだけどな。どう考えてもおかしなところだらけだろ?」

 

「いやー、ウルベルトさんじゃ無理だと思いますよ? だって、ラキュースさんがその場に居たんでしょ? 俺達には関係ないからいいですけど、ラキュースさんからしてみれば上位者ですからね。推薦した……いえ、そもそも本当に推薦したかも怪しいですね。 実力者は居ないか? 頼りになる者は居ないか? 適当な話で言質をとられた可能性もあります。まぁ、経緯はどうあれ推薦したとなった以上は、推薦した相手が無礼を働いたら責任をラキュースさんがとらされます。 耐えられます? 傍でラキュースさんの顔色が変わるの?」

 

 貴族であるラキュースにとって、身分が上のレエブン侯は逆らってはいけない相手になる。その上で、推薦した人間が無礼を働きでもしたらどれだけの責任をとらされることになるのか分からない。ラキュースのことだから最後まで何事もないように装ったかもしれないが。

 

「それは……無理かもしれない」

 

 自分の行いで憧れている人物に迷惑を掛けると思うと強気には出られない。必要であったとしても。

 

「俺達がそこに居なくてよかったですね。そうでなかったら問題なく終わったか分かりませんから。しかし、気に入らないですね。言いたい事だけ言って、余計な事を聞かれる前にラキュースさんに丸投げした感じがします。一刻も早くこの件から手を引きたかった感じが……ね? いったい何を隠しているんですかね?」

 

「普通に考えれば、一回の催しで十二名が一斉に居なくなったとは思えません。最低でも数回。いつの段階で相談を受けたか分かりませんが、調べる上でも一度くらいは見張りをするでしょう。ラキュースさんから聞いた話では、失踪者以外の話はありません。精々相手側にも失踪者がいるというだけで、調べた人達に関しては不明です。仮に見張りをしていたとしたら犯人に見つかる、又は遭遇した可能性が考えられます」

 

「被害を受けたか? そうでないなら相手を見て関わらない方がいいと判断したかだな。意外と八本指が犯人だったなんて落ちだったりしないかな? 何かあって隠蔽しようとしたとか? 侯爵に相談出来るような人間が失踪者側に居るみたいだし、ありえなくはないんじゃないか?」

 

 失踪者に関する情報もないので憶測でしかない。しかし、その中に身分や地位の高い者がいれば誤魔化す可能性はあるかもしれない。

 

「無いとは言えませんが現状では判断のしようがありません。レエブン侯が本当に隠しているのかも分かりません。今は、ティアさんが情報を持ち帰り、蒼の薔薇で話し合った内容通りに動くだけです」

 

「厄介事だから断りたいがラキュースさんに迷惑は掛けたくないな。いっそのこと直接依頼してくれれば断われたのに」

 

「だからこそじゃないですか? こちらの事は調べていたそうですから蒼の薔薇が鎖になると判断したのかもしれないですよ? 実際、断らない方で考えていますからね。俺達に直接なら帝国に行くって選択肢もありましたから。王国と帝国は既に戦争状態。ウルベルトさんがパラダインさんに気に入られていますから条件次第では匿ってもらえますよ」

 

 王国と帝国は冷戦に近いが戦争中である。帝国からしてみれば、王国の顔色を窺う必要がない。ただ、帝国に匿ってもらう際に幾つかの条件を付けられるかもしれない。

 

「これ以上は借りを作りたくない。それに何処かに属したくもない。何処かに属するぐらいなら山籠もりでもしてモンスター狩りでレベルを上げまくって、邪魔者を全員潰した方がいい。俺達は、まだ道を選べる立場なんだからな。この程度の事で決めるには早い」

 

「確かにそうですね。ですが、あまり荒事は好きではないのでほどほどでお願いしますね?」

 

「なら良い方で考えますか? 悪い方だと八本指と犯人を同時に相手にするとかありますからね。良い方だとそうですね……大貴族様に借りが作れる。蒼の薔薇に格好の良いところを見せられる。アダマンタイト級に推薦してくれるとかですかね? 報酬も割に合うかは分かりませんが少ないとも思えませんし」

 

「とにかく今は準備をして待つとしましょう。例え、相手が誰であれ三人居れば何とかなると思いますから」

 

 明日になれば少しは状況に進展が生まれるかもしれない。今は、今後に備えて休んでおこう。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 ボリスを連れ、自分の屋敷へと戻って来たレエブン侯は、警備を厳重に敷いた上で屋敷の奥に籠っていた。

 

「これでよろしかったのですか? わざわざレエブン侯が汚れ役を買って出なくてもよかった気がします。彼らは、蒼の薔薇に好意や恩を感じているとの話もあります。蒼の薔薇からなら話を受けたのではないでしょうか?」

 

「かもしれないな。だが、それではダメなのだよ」

 

 レエブン侯は、細工の施された酒瓶から琥珀色の酒をガラスのグラスへと注ぎ一息で飲み干す。

 

「ラキュースのことはよく知っている。彼女の叔父であるアズスとは、旧知の仲だからな。彼に憧れ、冒険者を目指した少女の姿は今もまだ新しい記憶として私の中にある」

 

 ラキュースは、朱の雫の冒険譚を聞き冒険者を目指した過去がある。朱の雫のリーダーであるアズス・アインドラと交流のあったレエブン侯は、ラキュースが冒険者を目指した頃から縁がある。

 

「ラキュースは、優しい子だ。危険だと分かっているこの件に彼らを巻き込むことを良しとは考えてはいないだろう。例え、それが最善の選択肢だと分かっていたとしてもだ」

 

 この件は、王国の未来に関わる可能性がある。王国に生きる者ならば仕方なく関わる者も居るかもしれないが、あの三人にはそれが無い。いつでも王国を離れることが出来る。だが――今回の件には彼らの力が必要になる、少なくともレエブン侯はそう考えている。

 

 全ては、二日ほど前に話は戻る。レエブン侯は、王をトップとした王派閥に所属しているのだが、その派閥に属する貴族達から相談を受けた。自分の家族が八本指の主催する会場に行ったきり戻ってこないと。レエブン侯は、派閥をまとめる立場として仕方なく話を聞いたのだが眉をひそめることになる。内容は、麻薬を使用した催しに参加して帰らないというものになるのだが失踪した理由が分からない。麻薬の使用は命に関わることがある。だからこそ使用する場合は了承した上で行われる場合が多い。その為、仮に麻薬により命を落としたところで問題にはならない。事故か病気で処理されるだけだ。家族からすれば、厄介者が居なくなったと胸を撫で下ろすだけの話だ。麻薬により死亡した場合は、速やかに遺体を明け渡すのが決められた形になる。それをなぜ失踪にするのかが分からない。相談に来た者達もレエブン侯と考えは同じだ。

 

 厄介事であることに間違いはないが、立場として何もしないわけにはいかない。人を介して八本指に詳細を求めたが返事は変わらない。失踪したと言われただけだ。それだけでは面目が立たないので詳しく調べる必要があった。いつも通り足がつかないように飼いならしている下級貴族を介し、ワーカーに失踪者に関する情報を集めさせ――蒼の薔薇に依頼することに決めた。

 

 レエブン侯は、蒼の薔薇に依頼する為にすぐにラナー王女に連絡を取り面会することにした。そして、詳しい話をラナー王女にした上で蒼の薔薇のリーダーであるラキュースを至急呼び出したのだ。場所は、ラナー王女の自室。ラナー王女とレエブン侯の待つ場所に貴族として相応しい格好に着飾ったラキュースが訪れた。

 

「ラキュース。レエブン侯からお話があるそうです」

 

「レエブン侯からですか?」

 

 人払いを済ませた上での話し合い。急な呼び出しもあり、ラキュースは思わず身構える。

 

「そう身構えないでほしい。知らぬ仲ではないだろう?」

 

「確かにそうですが、レエブン侯が此処に御出でになられているのが珍しくて、つい。それで、どのようなお話なのでしょう?」

 

「先ずは、そうだな。ラナー王女からの依頼で蒼の薔薇が八本指のことを調べている件を私が知っていることから話そう」

 

 ラキュースは、ラナー王女の方を見る。ラナー王女からの依頼で、蒼の薔薇が八本指を調べていることは秘密になっている。完全に隠しきれてはいないのが実情ではあるが、少なくとも確証を持ってラナー王女の前で第三者が話すことはなかったはずだ。

 

「レエブン侯は、全てを知っておられます」

 

 それだけを口にしてラナー王女は微笑む。内容が他であるならば友人でも見惚れるものではあるが今回はそうはいかない。

 

「私は、この件に関わる気はなかった。麻薬がこの国を衰退させる要因であると分かってはいるが、私の立場で何かすることは出来ない。今や八本指をどうにかすればいい話ではないからな。多くの貴族が関わる以上は静観も致し方ないと考えていたよ……今までは」

 

「それは、ご協力頂けるということでしょうか?」

 

 大貴族であるレエブン侯の力は知っている。この王国で起きていることは全てレエブン侯の耳に入ると言われるほどの力を有している。ただ、レエブン侯が口にした言葉はラキュースの求めるモノとは違う。

 

「残念ながら違う。むしろ蒼の薔薇もこの件からは手を引くことになる」

 

「……手を引く? ラナー王女、これはどういうことなのでしょうか?」

 

 レエブン侯の手前、礼節を守りはするがラキュースの心境はよくない。今までやってきた行いが無駄になる。

 

「ラナーでいいですよ? 私とラキュースの仲は、レエブン侯もご存知ですから」

 

 嫌味を気にもせずに返される。

 

「分かりました。では、改めて言わせてもらうけど、どういうことなのラナー? この国を悪しき方向へと招く麻薬を根絶するのが私達の目標ではなかったの?」

 

 蒼の薔薇はその為に行動してきた。それが意味を無くそうとしている。

 

「勘違いしないで、ラキュース。麻薬を根絶する目標を忘れたわけではないわ。でも、事態は大きく変わってしまったようなの」

 

「つい先日のことだ。私は、貴族達から相談を受けた。内容は、麻薬を使用した催しに参加した者達が失踪したというもの。判明しているだけでも既に十二名になる。催しが行われた会場はそれぞれ違うが、どれも八本指が主催したものになる」

 

「失踪ですか?」

 

 あまり聞き慣れない言葉だ。麻薬に関して調べているうちに問題が起きた時の処理の仕方も耳に入った。麻薬により死亡事故などが起きた場合は、速やかに遺体を家族に引き渡す手筈になっている。仮に暴力沙汰になったとしても処理の仕方に変わりはない。面子を重んじる貴族からしてみれば厄介事は表に出したくない。内々で処理され、闇に葬るのが一般的なはずだ。

 

「失踪なんておかしいでしょう? 問題が起きたとしてもそれを咎める者は居ないのだから。誰も厄介事には関わりたくないものね」

 

「では、なぜ失踪に?」

 

「それに関しては簡単だよ。身柄が無いのだよ。人を介して調べてみたが、失踪者達は誰一人として身柄が見つかっていない。病死や事故で処理するには身体が必要だろ? しかし、引き渡すための身体が無いのではそれも出来ない。それに話はそれだけに留まらない。八本指の方でも失踪者が居るそうだ。会場の見張りをしていた者達になるが一人や二人ではないとの話だ。どう思う?」

 

 レエブン侯に尋ねられるが、一つしか思い浮かばない。

 

「第三者による犯行でしょうか? ですが、誰がそのような事を? 貴族や八本指を敵に回すような行いをする者が居るとは思えませんが?」

 

 この犯人は、貴族を誘拐しただけではなく八本指の縄張りで事を犯した。これは、八本指の面子を著しく貶める行為である。王国において、貴族と八本指を二者同時に敵に回すほど愚かなことは無い。

 

「誰が何のために行ったかは分からない。だが、事実として人は居なくなり、八本指は犯人を捜しているそうだ。蒼の薔薇には申し訳ないが麻薬の根絶に関しては一旦手を引いてほしい。今は、この問題の方が優先だ。何処の誰かは分からないが王国でなにかを企む者が居る。貴族と八本指を敵に回すことを恐れない何者かが居る以上は対処しなければならない」

 

「ラキュース。私からもお願い。この問題を無視しておくことは出来ないと私も思うの」

 

 レエブン侯とラナー王女に言われるまでもない。ただ、蒼の薔薇だけで対処できる問題だとは思えない。

 

「確かに解決しないといけない問題だとは思います。ですが、私達だけで対処できるとは思えません。レエブン侯、御力をお貸し頂けるのでしょうか?」

 

「出来る限りのことはしよう。ただ、人を出すことは出来ない。実は、この件を調べる為に既に人を送った。人を介して行ったわけだがそこで問題が起きたのだよ。事前に会場を調べた上で見張りを立てるというものだったのだが、その見張りをした者達は失敗したらしい」

 

 レエブン侯は、話すべきか悩みながら表情を歪める。この事を話せば、蒼の薔薇であっても手を引くかもしれない。

 

「――殺されたのだ。私と見張りをする者達を介する役に立っていた者が、見張りをしていた者達の手によって」

 

 最悪な知らせは、今朝方に届いた。昨夜に行われていた会場を元ゴールド級の冒険者チームであったワーカー達が見張りをする手筈となっていた。彼らは、戦闘に関しては今一つではあったが真価は偵察任務にあった。冒険者をしていた時から困難な偵察任務を幾度も遂行してきた彼らは、ワーカーになった後もその能力を買われ多くの者たちが依頼をしていた。しかし、そんな優秀な偵察能力を持つ者達が敵の手に落ちた。

 

「人を送り調べさせたが、彼らは見張りをしていた時から依頼人を殺すまでの記憶が無いらしい。どうやら魔法か何かで操られたらしい。偵察のプロである彼らを出し抜き、魔法で操り依頼人を殺させるような者達だ。下手に実力の不足している者を送れば悪手になる可能性がある。すまないが、そちらの方で適当な人材を選んではくれないか?」

 

 レエブン候が此処に居る理由が分かった。下手に人を送れば逆に操られ、刺客として目の前に現れる可能性がある。だからこそ操られる可能性が少ない実力者に依頼する必要があるのだ。

 

「レエブン侯のお考えは分かりました。しかし、選ぶと言いましても話からするに最低でもプラチナ級以上の実力が必要だと思われます。冒険者組合に話をすることは出来ますか?」

 

「出来れば組合を通してほしくはない。貴族の汚点が広がるのは好ましくない」

 

「それでしたら私の力ではどうしようもありません。私個人の力では、組合を通さずに人を集めるのは難しいです。レエブン侯の方でどうにかできませんか?」

 

「難しいな。今は隠せてはいるがこの手の話は深い所から広まるものだ。実力のある者達から順に知ることになるだろう。彼らは、この件には関わりたがらないはずだ」

 

 厄介事だと分かっているこの件に関わる物好きなどはいないだろう。八本指に貴族、それらを相手に戦いを挑む第三者。場合によっては、全てを敵に回す可能性すらある。それこそ蒼の薔薇ですら本来なら引くべき案件かもしれない。だが、その選択肢はない。朱の雫が王都を空けている以上は、蒼の薔薇が王都の平和を守る必要がある。

 

「ラキュース。仮の話だが、この件を行うにはどれだけの実力者なら相応しいと思う? 先ほどは、プラチナ級と言っていたがそれで足りると思うか?」

 

 八本指には、アダマンタイト級冒険者と同等の実力者達が居ると噂に聞く。敵対者も同程度と考えれば、プラチナ級では荷が重い。

 

「戦いになるとすれば、アダマンタイト級の実力者でないと対応は難しいと思います」

 

「王国に居るアダマンタイト級は、蒼の薔薇と今は居ない朱の雫だけだ。今から連絡をしたとしてもアーグランド評議国に居る朱の雫がこちらに戻るのは当分先になるだろう。彼らを悠長に待つだけの時間があるとは思えない」

 

 そうは言われても他に相応しい実力者は――

 

(まさか……)

 

 ラキュースは、ある考えに辿り着き、先ほどからこちらをジッと見ているレエブン侯の瞳を覗き込んでしまう。

 

「どうかしたのかな?」

 

 白々しく問い掛ける。

 

「私が呼ばれた理由は、他にもあるのですね?」

 

 ラキュースの言葉にレエブン候は答えない。ラナー王女の方も見るが澄ました顔でそこに居る。

 

「確かに彼らなら実力に関しては相応しいと思います。ですが、彼らはこの国の者ではありません」

 

「だが、他に居ない。この件は、不明な点が多過ぎる。誰が何の目的で動いているのか分からない。開けてみれば、国を滅ぼすだけの災厄があるかもしれない。ラキュース。君の心情は分かるつもりだ。無関係な者を巻き込みたくないのだろう。だが、綺麗事を言っている場合ではない。蒼の薔薇だけで処理できるのなら私は何も言わない。しかし、もしそれが出来ないのならその後はどうすればいい? 君達が居なくなれば誰がこの国を守れる? 彼らも君達が居るならば力を貸すかもしれないが、居なくなれば王国を見捨てる可能性がある。いや、既に帝国との繋がりを持っている。未練が無くなれば残る理由がない。この国を守るために彼らを巻き込む他にない。分かってほしい。全てはこの国の為だ」

 

「だからといって――」

 

「ラキュース。君の中でも他には居ないと思ったはずだ。いいか、これだけは忘れてはいけない。国を守るというのは簡単ではない。綺麗事だけでどうにかなるものではない。時には、他者を利用する必要もある。そうでなければ守れないのだよ、国と言うものは」

 

 静かに、だが強く言葉を言い放つ。その言葉に理解はできるが、心では納得できない。

 

「少し――考える時間を頂けますか?」

 

「かまわないが今日中に話を済ませておきたい」

 

「ラキュース。隣の部屋を空けてあります」

 

「……失礼します」

 

 ラキュースは、二人に断りを入れてから部屋から出て行く。

 

「受けると思いますか?」

 

 部屋に残されたレエブン侯は、同じく残るラナー王女に尋ねる。

 

「ラキュースは、とても優しい子です。ですけど、この国のことをとても大事に思っています。私の親友である彼女をあまり苦しめないでくださいね?」

 

「分かっています。先ほどまでのは、あくまでも形だけでも自分で決めてほしかっただけです。揺らいだままでは、決断が鈍ることになります。お約束通り、最後までこの件に関しては私が支援させて頂きます。私も他人事ではありませんので」

 

「そうですね。依頼主を殺すような相手です。レエブン侯の身も安全ではありませんね」

 

 あくまでも可能性でしかない。繋がりは濁してある。しかし、必ずしも安全とは思えない。この件の方がつくまで周囲の人間を信用するのは難しい。誰が操られているのか分からない。

 

「ラキュースは、この件を引き受けてくれた。彼女の性格を考えれば、苦悩の末に決めたことだろう。それを考えれば、私が汚名を被るなど当然だろう」

 

 しばらくして部屋に戻って来たラキュースは、レエブン侯の依頼を受けることにした。その表情は辛いものではあったが国の未来を考えて決断を下した。その後は、予め決めていた通りにレエブン侯はラキュースと打ち合わせをした。レエブン侯が立場を利用し、無理やりラキュースに厄介事を押し付けたように印象付ける為に。

 

「ボリス、私は卑怯だな。心の優しい少女と無関係な者達に全てを押し付けてしまったよ。だが、他に方法が思いつかなかった」

 

 レエブン侯は、空になったガラスのコップを静かに眺める。

 

「私が思うに他に適任者は居ない。蒼の薔薇はもちろんだが、あの三人は極めて異常だ。彼らの話を集めてみればその異常さが分かる。別に彼らの成長が特別早いことは異常ではない。ラキュースも十九歳という若さでアダマンタイト級にまでなったんだ。英雄と呼ばれる者達ならそれは不思議な事ではないのだろう。だが、だからこそ異常なのだ。彼らは、戦いを恐れない。戦うことを好んですらいるように思える。そんな彼らがなぜアイアン級の冒険者をやっていた? その気になればこれだけ早く成長できる者達が。ボリス、以前にたっちと戦士長との戦いを見た時は全力だったのだな?」

 

「はい。少なくとも私にはそう見えました。全力を尽くした上で戦士長様に負けていたはずです」

 

「私は、ボリスの目を信じているよ。だからこそ尚更異常に思える。力を隠していたわけではない。本当に彼らはアイアン級の実力だったのだろう。ただ、そうだとしたらなぜ弱かったのだ? 戦いを好む者達が、戦いを恐れない者達がなぜだ? この危険に満ちた世界で今まで戦う機会に一切恵まれなかったとでも言うのか? 王族や貴族であれば無くはないだろう。だが、彼らはそうではない」

 

 たっちは、少なくとも一定の教養を身に着けている。下級貴族の生まれと言われれば信じられなくはない。しかし、他の二人はそうではない。特にウルベルトは、自分のことを貧民層の出身だと話していることが分かっている。

 

「彼らは、転移の罠でこの地に来たという話があります。元いた場所などの詳しい話は、記憶を一部失っているために不明とのことですが一つの説は立てられます。あくまでも憶測ですが古代の遺跡を探索中に転移の罠に掛かりこの地へと転移。その際に記憶と共に力を失ったというのはどうでしょうか? 過去には、私達の知らない魔法が存在したとあります。その中に対象の力を奪う、又は減退させるものがあったとしても不思議ではないかと思われます」

 

「確かにそうだな。彼らは今と同等かそれ以上の実力者であった。それが何かの力により失い、今はそれを取り戻しているだけだ。奇しくもその考えがしっくりくる。彼らの場合、単純な実力だけではない。戦術や戦略を既に得ている点にも疑問がある。例えば、ペロロンの特殊な戦い方がその一例だろう。試しに真似をしてみた者達も居るようだが、モノにできた者は居ないそうではないか。才能と言えばそれまでだが、既に一度会得していたと考えれば納得だ」

 

「まるで御伽噺ですね。力を失った過去の英雄。何処かでありそうな話です」

 

 ボリスの言葉に笑いそうになる。熱が入るほどに口にしておいてなんだが確かに御伽噺の類だろう。だが、今はそんなモノにでも縋りたい気分だ。少なくとも味方であるのならば。

 

「この際、御伽噺でもかまわないさ。この国もそうだが、私や私の家族の安全を守るためにはこの件を終わらせる必要がある。ボリス、警備を固めた上で常に情報を集めろ。必要とあれば私の指示を仰ぐ必要はない。すぐに蒼の薔薇に伝えろ」

 

「畏まりました。仰せの通りに致します」

 

 この件が無事に済めばいくらでも詫びよう。今はこの問題が一刻も早く解決することを神にでも祈る。

 


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