三人が行く!   作:変なおっさん

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第50話

 ナーベラル・ガンマは、多忙な日々を送っている。漆黒の戦士モモンと共に冒険者として活動し、アインズがナザリック地下大墳墓に帰還した後も周囲を警戒しながら宿屋で待機。ナザリック地下大墳墓に共に帰還した時は、ナザリックの者達と連携を学ぶための訓練を行っている。いくら疲労を取り除くマジックアイテムを身に着けているとはいえ、精神的なものは――至高の存在であるアインズの為に尽くせているという満足感から寧ろ好調である。

 

 そうは言ってもアインズはそれを必ずしも良しとはしない。知らぬうちに心労が溜まり、それが原因となり人間関係が悪くなる場合があると考えているからだ。アインズの計画では、ナーベラルを一つの基準として、三人を迎え入れるかどうかを判断している。少しでも良好な関係を築けるようにしたいのが本心となる。

 

「――と、言ったところです」

 

 第六階層にある湖の畔でナーベラルは、冒険者としてアインズと共に過ごした出来事を自慢気に同じプレアデスの者達に話す。いくら取り繕おうとも至高の存在であるアインズに奉仕しているという優越感は隠しきれない。

 

「ナーちゃんばっかりズルいっす! 私もアインズ様と一緒に行動したーい!」

 

 ルプスレギナ・ベータは、不満を言葉で表す。他のプレアデスであるユリ・アルファやシズ・デルタ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータも言葉に出さないだけで同意見だ。ナザリックの者にとって、至高の存在であるアインズの為に働くことが存在意義であり、全てに勝る幸福なのだから。

 

「でもぉー、ルプーもアインズ様から御命令を頂いてるからぁ、私達からしてみたら十分羨ましいですぅ」

 

「……ズルーい」

 

 意外なところから攻められる。アインズの命令を受けて外で活動しているルプスレギナも差はあるにしろ他からすれば嫉妬の対象になる。

 

「もう! エンちゃんもシズちゃんもこっちの味方じゃないんすか? 御命令を頂いてはいるっすけど、パンドラ様に代わってから滅多に顔を出されないっすからね」

 

 クレマンティーヌから得た情報で、この世界に危険な勢力が存在することが判明した。そこで、パンドラがアインズ・ウール・ゴウンに成り代わることになったのだが、その時にカルネ村に関する事を一任された。その為、アインズは様子を見る以外は行く事が無い。

 

「あの村は、これからどうする気なのでしょう? アインズ様は、あの村をこの世界との接点にしようとお考えのようだけど……その価値があるのかしら?」

 

 ユリの言葉に答えなど出ない。アインズの思慮深きお考えを理解できるのは、同じ至高の存在だけだろう。

 

「うがぁー! アインズ様のお考えとか全然わかんないっす! ナーちゃんは、なにか聞いてないっすか?」

 

「そうね……」

 

 ナーベラルは、アインズの言葉を一言一句思い出そうと考え込む。

 

「確か、デミウルゴス様とパンドラ様の準備ができしだい次の段階に移る、と仰られていました」

 

「次の段階?」

 

「さっぱり分かんないっすね?」

 

「全然ですぅ」

 

「……理解不能」

 

 試しに考えてはみるがこの場に居る誰にも答えは出ない。そもそも外で行っている作戦の詳細を知っているのは、現在執務室にて会議を行なっている者達だけ。内政を担当しているアルベド。外での作戦の指揮を執るデミウルゴス。アインズの補佐をしているパンドラ。このナザリックにおいて優秀な頭脳を持つ者達である彼らならアインズの考えが分かるかもしれない。

 

「ソリュシャンの方はどうなっているのかしら? 今もセバス様と共に王都で活動をしていると聞くけど何をする気なのかしら? 人間の為にメイド長が呼ばれたようだけど?」

 

 メイド長であるペストーニャは、王都でツアレの指導をソリュシャンと共に行っている。それによりメイド長もセバスも居ないナザリックの雑務をユリが取りまとめることになった。それ自体に不満はないのだが、わざわざ人間を使う理由がやはり理解できない。

 

「そこんとこどうなんすか?」

 

 ルプスレギナの言葉でナーベラルは考え込むが記憶にない。

 

「……ナーベラル。忙しいのは分かるけど、アインズ様の御考えを少しは聞いておいた方がいいのではないかしら?」

 

「……ごめんなさい」

 

 ユリに言われ、他からの視線にも耐えかねてナーベラルは謝る。ただ、ナーベラルはなにも悪くない。アインズは、あくまでも他の三人に提案させて選んでいるだけだ。なので、会議以外では特に話などはしない。否、出来ない。

 

「おーい! あたし達も仲間に入れてー!」

 

 声のした方を見てみると、アウラのシモベであるフェンリルのフェンの背中に主であるアウラとマーレ、それにシャルティアが乗っている姿が見える。

 

「これは、アウラ様、マーレ様。それにシャルティア様まで」

 

 プレアデス達は、席から立ち上がり三人を出迎える。戦闘と名が付いてはいるが彼女達もまたメイドである。

 

「別に座っててもよかったのに」

 

「そうはいきません。すぐに準備致します」

 

 ルプスレギナ、エントマ、シズの三人がもてなしの準備を行う。急な来客が来ても大丈夫なように余分に用意してある。三人がフェンから降り、こちらに来る頃までには椅子の準備が終わり、後は飲み物が淹れ終わるのを待つだけだ。

 

 アウラ達は、プレアデス達の準備が終わるのを待ってから本題へと入る。

 

「暇だから外での話を聞きたくて来たんだけど、聞いても大丈夫?」

 

「外でのお話ですか?」

 

 プレアデスの副リーダーとしてユリが応対しようと口を開いたが、どうやらナーベラルに用があったようだ。だが――先ほどまでのことを考えると期待に応えられるか分からない。

 

「ナーベラル。外でのお話をしてあげて」

 

「分かりました。それで、私は何をお話しすればよろしいのでしょうか?」

 

「ペロロンチ――ではなく、アインズ様がお気に掛けている者達の話が聞きたいのでありんす。なにかありんせんか?」

 

「気に掛けている者達……ですか?」

 

 ナーベラルの反応が悪い。

 

「えっと、ほら、至高の御方々と同じ名前を持ってる冒険者がいるでしょ? 一緒に行動してたんだよね?」

 

「あぁ……あの者達ですか」

 

 どうやらアインズが気に掛けていたという部分で誰のことか分からなかったようだ。

 

「あの者達の何をお話すればよろしいのでしょうか?」

 

「何をって……シャルティアからは何かある?」

 

「私でありんすか!?」

 

 ここまで来ておいてなんだが何も考えていなかった。話を聞けば、いろいろと聞けると思っていたからだ。

 

「え、えっと、どんな人達なのかなって」

 

 二人のフォローをするためにマーレが口を開く。これには、心の中で二人はマーレのことを褒める。

 

「どんな、ですか? そうですね……他の人間とは違いますね」

 

「……えっ? それだけ?」

 

「はい」

 

 短い。あまりにも短い。

 

「ナーちゃん、それはないっすよ。せめて、どう違うかぐらいは言わないとダメっすよ」

 

「そうでありんす。もう少しなにかないのでありんすか?」

 

 今のでダメだったのかと思い改めて考える。

 

「……他の人間ほど不快に思うことはないです。やはり、至高の御方々と同じ名前だからでしょうか? 本来であるのならば、至高の御方々と同じ名前を人間が持つことは許されるべきではありませんがアインズ様も御認めになられていますので、私からは特に言うことはありません」

 

 ナーベラルは、自分なりに考えてみた。その結果がこれである。

 

「……皆様。この答えでよろしいでしょうか?」

 

 ユリが三人に問う。人間に興味がないナーベラルは、本来なら名前すら覚える気がない。そもそもナザリックの者達は、ナザリック以外の者達に関心を持たない。そう考えると、記憶に存在し、暴言や悪態を吐かないだけ高評価ということだ。ただ、三人が求めていた答えとはほど遠い。とはいえ、下手に聞くと怪しまれるかもしれない。三人と接触していることは秘密。聞きたいが聞き過ぎては――

 

「そういえば、贈り物を頂きました」

 

 ふと、ナーベラルは言葉を口にする。

 

「贈り物でありんすか?」

 

「はい。花飾りを頂きました。今は、エ・ランテルで拠点としている宿屋に置いてあります」

 

「人間からの贈りものぉ? 珍しいですぅ」

 

「……不思議」

 

「へぇー、あのナーちゃんが……」

 

 なにやらプレアデス達の反応が奇異なものを見ているかのように驚きに満ちている。

 

「それは、本当なのナーベラル?」

 

「はい、ユリ姉様。帝都に赴いた際に私の為に選んだ物を頂きました」

 

「ナーちゃんが人間から貰った物を捨ててないなんて意外っすね。ビックリしちゃったっすよ」

 

「そんなに珍しいの?」

 

「珍しいというかぁ、初めてですぅ」

 

 ナーベラルは、人間の男達に人気がある。贈り物などを貰うこともあるがそれらは金に換えられるか捨てられる定めにある。

 

「ナーベラルは、人間の名前を覚えない程度には嫌っていますので。この前もアインズ様に注意されたぐらいで」

 

 ここ最近、アインズと共に新しく会う人間が増えた。しかし、人間にまったく興味のないナーベラルは名前を覚えていなかったようで、後からアインズに注意されたことがある。

 

「今は、覚えるように心掛けています。アインズ様の御命令ですので」

 

「名前を覚えても自慢になりません。アウラ様、マーレ様、シャルティア様。申し訳ありませんがこれ以上は求めても無駄だと思われます」

 

 三人の存在が確認されてから度々お茶会で話題に上がっていたがこんなものだ。詳しく聞けば口にする――ナーベラルにとってはそれでも破格の評価ではある。

 

 そんな状況では、少なくとも三人がほしい情報を手に入れることは出来ないと相談の必要もなく判断できる。急に居なくなるわけにもいかないので普通のお茶会として参加を続ける。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 土がむき出しの何処かの洞穴。魔法の光だけが照らす世界は、クレマンティーヌにとっては地獄にある唯一の心休まる居場所である。

 

(よく平気で居られるわね)

 

 この場所には、三つのタイプの者達が居る。

 

「お前達、なにか成果はあったか?」

 

 ズーラーノーンの盟主の名を語る何者かにエルダー・リッチへと生まれ変わることを許されたカジットは、他にも許されエルダー・リッチとなった弟子達と共に魔法の研究を行っている。強大な力を持つ悪魔の内の一人、二つの穴の開いた面の方に命令されたものは、新たな魔法の開発である。それを嬉々として未だに拝謁することも許されぬ真の主の為にと粉骨砕身の思いで働いている。拷問に掛けられ、地獄を見せられてなお平気で居られるのが不思議で仕方がない。まるでそれらが洗礼であったかのようにすら思える。他にも様々な命令を忠実に行うさまは、正に絶対者に奉仕する喜びを知る者の姿である。

 

 その傍では、ただ静かに椅子に座り命じられる時を待つ人形と化した者達が居る。この者達は、エルダー・リッチになることを許されなかった者達。その基準は不明だが彼らはこの地獄から抜け出すために自ら進んで自我を放棄した。彼らは、もう一人の悪魔――こちらも同じく仮面を着けてはいるのだが名前がある。名を、ヤルダバオト。もう一人の悪魔同様に強大な力を持ち、彼らとクレマンティーヌの主となった。ヤルダバオトは、正に悪魔に抱くイメージを体現するものであり――

 

(いやぁ……)

 

 ヤルダバオトの行いを思い出すと、身体の震えが止まらなくなる。クレマンティーヌの腕には、既に何度も身を抱きしめた時に出来た爪痕が刻まれている。爪が食い込むほどに身体を抱きしめていないと身体の震えが止まらないのだ。ヤルダバオトは、自らの国を持っていた。ゴブリンやオーク、オーガなどの亜人が住むその国は、おそらくアベリオン丘陵だと思われる。クレマンティーヌの生まれ故郷であるスレイン法国とローブル聖王国の間にある場所。まさか自分が居た場所の近くに地獄があるとは想像もしていなかった――知りたくなかった。

 

 ヤルダバオトは、一つの部族に力を貸しており、その見返りに様々な物を献上させている。金、物、そして……身体である。日頃から行われている拷問とは別に生きたまま生皮を剝がさせることがある。戦いで捕えた者達を、必要であれば力を貸している者達からも生皮を剥ぐ。もしそれが出来ないのなら、出来なかった者達の中から代わりに生皮を剥がれる者を選び直す。それを繰り返し――仮に誰も行えなければ全員が地獄へと落とされる。ブラックカプセルと呼ばれる場所。それは、無数の虫が閉じ込められた場所。その場所に落とされ生きたまま虫に食われ続ける。皮膚、眼球、舌、内蔵……それを回復魔法を受けることにより死ぬことなく受け続ける。どれだけの時間を虫に食われ、虫に這われ、虫を受け入れ、虫に――思い出すだけであの時のことが追体験する。

 

 クレマンティーヌは、既に様々拷問をその身に受けていた。それ故に全てを諦めていた。だがあの地獄の中でもがき苦しむ者達を見て、恐怖によりこの世界に呼び戻された。まだ自我が完全に壊れていなかったことを恨んだ。自我を取り戻したクレマンティーヌは、ヤルダバオトと共に繰り返される地獄を見ていた。それを見ているだけで済んだ。もっともそれは幸せではない。隣では、楽し気に笑う悪魔が居るのだ。これらを行っている者が居るのだ。そして、こうも口にする『あなたの場合は、これらが幸福であると思うようになります』よと。拷問に掛けられ、生皮を剝がされ、虫の大群の中に身を沈めることよりも残酷なことがあるのだろうか?

 

 クレマンティーヌは、血の繋がりのある兄妹との確執により性格が歪んだ。常に比べられた劣等感から弱者で遊ぶ趣味が出来た。捕らえ、拷問に掛け、自らが強者であることを自覚するために何度もそれを繰り返した。そんな自分が今では馬鹿らしく思える。あの程度の男に劣等感を抱いていた自分に。強者であると思い込んでいた自分に。ヤルダバオトが支配するこの世界では、家畜程度の存在でしかなかった。否、家畜としての価値があるかも分からない。家畜は、食われるまでは大切に育てられるのだから。

 

「おっと、どうやら時間のようだな。皆の者、準備を」

 

 カジットがそれに気づき、その場に居る者達に声を掛ける。先ほどまでこの場所には居なかった悪魔。闇の扉に人間の髑髏と腕が生えた悪魔。見たこともない悪魔ではあるが、少なくともこの場に居る誰よりも強者である。だが、その悪魔はあくまでもこの場に居る者達を運ぶだけの存在。あの悪魔達からしてみれば、国を滅ぼせるだけの者ですら小間使いでしかない。渇いた笑いが出る――否、もう出るほどの力もない。

 

「早くしろ、クレマンティーヌ」

 

「わかったわよ」

 

 逆らう気などない。逆らうだけの勇気など無い。今日もまた言われるがまま、命じられるままに動くだけ。それだけが安らげるこの場所に帰る唯一の方法である。

 


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