そこは、アインズの寝室。ナザリック地下大墳墓の支配者に相応しい部屋にシャルティアは招かれ、ベッドの上に横たわる。
「あぁ……アインズ様……。今日こそわたし達は結ばれるのでありんすね」
それは、二人にとって初めての夜。目の前には、愛しきアインズが居る。
「そうだ。今からシャルティア……お前を私のモノにする」
「はいっ! シャルティアをアインズ様のモ――」
見つめ合う二人の邪魔をするように勢いよく部屋の扉が開き、バードマンであるペロロンチーノが割って入る。
「ペロロンチーノ様!?」
急に現れた自分の創造者であるペロロンチーノの姿にシャルティアは慌てて取り繕う。
「これは、どういうことだ? 答えろ、シャルティア!」
ペロロンチーノが真っ直ぐにシャルティアを見る。その顔には、怒りが表れている。普段の温厚なペロロンチーノからは、とてもではないが想像も出来ない。
「そ、それは……」
「シャルティアの代わりに私がお答えしよう」
どう答えていいか分からないシャルティアの前にアインズは身を乗り出し、ペロロンチーノからシャルティアを隠す。
「シャルティアは、今日から私のモノだということだ。そうだよな、シャルティア?」
アインズが後ろに居るシャルティアを見る。普段なら歓喜に震えるほどの事なのだが今回は素直に喜べない。
「ふざけるな! シャルティアは、俺のモノだ! いくらモモンガさんでも……今は、アインズでしたっけ? ええい、どっちでもかまいませんがシャルティアは渡せません! 欲しければ俺を倒してからにしてください!」
「分かりました。シャルティア、ここで少し待っていろ」
アインズは、シャドーボクシングを始めているペロロンチーノの下へと足を運ぶ。これから男二人による愛する者を賭けた戦いが行われる。
「あぁ……わたしの為にお二人がぁ……。でも、嬉しいのはなぜでありんすえ? でもでも、このままではアインズ様とペロロンチーノ様がお怪我を……」
自分を求めて戦う姿になんとも言えない気分になる。どちらも応援したい。どちらを応援すればいい? どちらが勝つ方がいいのか? どちらが負ければいいのか?
「決められるわけがない……どうすればいいのでありんすかえ……」
シャルティアの悩みに共鳴するかのようにアインズの寝室が歪み景色を変えていく。それは徐々にどす黒く歪み、世界を混沌へと変えていく。
「わたしを~えらべ~シャルティア~」
「いいや~おれをえらぶのだ~」
悩みで頭を抱えるシャルティアを囲むようにアインズとペロロンチーノが手を合わせながらグルグルと回る。歌いながら。
「――いい加減目を覚ましなさいよっ!」
シャルティアを現実へと戻す衝撃が頭に響く。
「なにをするでありんすか!?」
痛みにより意識が一気に覚醒する。
「人がせっかく来たっていうのに起きないなんて失礼じゃないの? そもそもアンデッドは眠らないでしょう!」
シャルティアの部屋に来たのだが、なかなか起きて来ないシャルティアにしびれを切らしたアウラが思い切りシャルティアの頭を引っ叩いて起こした。
「わたしにもいろいろとありなんし。それで、いったい何のよう? それと、服を汚さないでほしいのでありんすが」
「無理言わないでよ! この状況でどうしろっていうの?」
シャルティアの寝室には、様々な趣向を凝らした服が散乱している。これらは全て、ペロロンチーノがシャルティアの為に用意した物になる。
「うるさいでありんす! とにかくペロロンチーノ様から頂いた服の上からどいてくれなんし!」
「はいはい、わかったわよ」
アウラは、散らばっている服を綺麗にまとめて自分の場所を作る。
「それよりもシャルティア、あの話考えてくれた?」
「あの話……」
アウラとマーレから聞かされた話。至高の存在である御方々と同じ名前を持つ者達がトブの大森林へとやって来る。そこで、アウラとマーレは話をする機会を得たというものだ。
「実はね、さっきも来たのよ。それで、お土産をくれたんだけどシャルティアにも見せてあげようかと――」
「本当でありんすか!?」
話しの途中でシャルティアの形相が変わる。それこそアウラの胸倉をつかむぐらいに。
「――ちょっと!? なに掴んでんのよ!」
「いいから見せて! 早く!」
「ああもう、分かったから離れなさいよ! マーレ! シャルティアを引き離すのを手伝って!」
「は、入っても、大丈夫なの?」
「いいから早く来なさい!」
女性が眠る寝室ということもあり、男性であるマーレを外で待たせていた。今は、凶暴化しているシャルティアを引き離す手伝いをしてもらうために呼ぶ。
「コレがそうでありんす?」
マーレがやって来た事により、マーレが手に持っていたお土産が入った袋をシャルティアが見つける。
「そうよ! それよりもあたしになにか言うことはないのかしらね? こうして一緒に見ようと親切に来てあげた、あたしに? ねぇ、シャルティア?」
「……ごめんでありんす……つい、身体が勝手に……」
慌てて手を放し頭を下げる。
「気持ちは分かるけど気をつけてよね。ほら、マーレ、こっちに来てお土産をここに並べて」
「う、うん。失礼します」
マーレは、言われた通りにベッドの上に袋から出したお土産を並べていく。
「なんだか品の無い物ばかりでありんすね」
至高の品々に彩られたナザリックで生活するシャルティアからしてみればどれも大した物ではない。それこそゴミとして扱う程度には価値の無い物ばかりだ。
「そうかもしれないけど、コレを見てよ」
「人形でありんすか?」
その中にある人形を二つアウラから渡される。みすぼらしい人形。ただ、誰かに似ているような気がする。
「ペロロンって人がくれたんだけど、こっちが女の子で、こっちが男の子なんだって。シャルティアは、どう思う?」
男の子の人形を女の子と説明され、女の子の人形を男の子と説明される。左右で違う緑と青の目。それに金髪で、薄黒い肌の尖ったエルフ耳。
「アウラとマーレでありんすか? しかし、似てないでありんすね」
「そうじゃなくて! コレを見て何も思わないの? ペロロンって人は、ぶくぶく茶釜様と同じ考えを持ってるってことじゃないの?」
言われてみれば確かに。しかし――
「ペロロンチーノ様は、ぶくぶく茶釜様と同じ考えを持っていたとは限らないでありんす。わたしには、男装などは……なくはありんせんが、基本的には女性の格好を選んでいたでありんすから」
ペロロンチーノは、シャルティアを着せ替え人形のようにしていた。「シャルティアは、最高だよ! 可愛いよ、シャルティア! うひょー!」などの称賛の言葉を掛けながら課金を惜しまずに服などを着せていた。
「じゃあ、たまたまなのかなぁ……」
ペロロンチーノに詳しいシャルティアに言われると違う気がしてくる。もしかしてと思っていた心が静かに沈んでいく。
「あ、あの、他にもいろいろとあるみたいだから見てみようよ。コレなんて、どうかな?」
マーレは、適当に目についたものを手に取る。
「えっと……あっ、コレってトランプじゃないかな?」
トランプ。それは、至高の御方々が興じていた遊びの一つ。数字と四種類の絵柄のあるカードで遊ぶ為の道具だ。ペロロンは、予算が少ない中で少しでも多くお土産を用意したかった。そこで、自分で製作したトランプをお土産の一つにした。
「トランプなんて珍しくもないでしょう。あたし達の所にもあるじゃない」
かつて、女子会と呼ばれる女性限定の集まりが第六階層にあるアウラとマーレの部屋で行われていた。その時にぶくぶく茶釜をはじめとした女性達が遊んでいた物が今も大事に仕舞われている。
「そうだけど……ほら、可愛い絵が描いてあるよ。こっちのは……この世界の文字で読めないね」
木の札で出来た風変りなトランプと一緒に遊び方が書いてある紙がある。ただ、残念ながらこの世界の文字で書かれていてマーレ達には読めない。読む為には、専用のマジックアイテムなどが必要になる。
「可愛い絵ね」
「どんなものがあるのでありんす?」
マーレからアウラとシャルティアはトランプを受け取る。
「ふーん。なんだかトランプというよりも絵みたいね」
木の板に描いた絵。そのままではあるが、意外と書き込みなどが細かく拘りを感じさせる。
「そうでありんすね。まるで――」
シャルティアは、一枚の絵を見て目を大きく見開く。
「どうかしたの?」
アウラは、横から覗き込む。
「コレって、『すくーる水着』だったわよね? あたし達の所にもある」
「泳ぐ時に着る服だよね」
ぶくぶく茶釜がアウラに着せたことがある服だ。女性の服ではあるが、この服だけはマーレに着せることはなかった。
「ありえない……まさか……」
そう呟いたと思えば、シャルティアは散らばっている服からある物を探し始める。ペロロンチーノとの思い出に浸るために出していた物の中から目当ての物を探し終えると――絵のすくーる水着と比べてみる。
「こ、これを見るでありんす!」
慌てた様子のシャルティアに促され、アウラとマーレはそれらを見比べる。絵とシャルティアの持っているすくーる水着は、確かに似ている――が、この世界に無いとは限らない。三人は、この世界の情報をまったくと言っていいほどに持っていない。
「これがどうかしたの? この世界の服とか分からないから判断――」
「違うでありんす! ココ! ココをよく見るでありんす! この文字! ひらがなではないでありんすか?」
すくーる水着には、名前を書く場所がある。シャルティアの持っている物には、『しゃるてぃあ』と書かれているわけだが、絵の方にも同じように『ありす』とひらがなで書いてある。
「お、お姉ちゃん!? コレって、ボク達と同じ文字だよ!」
「うそ……でも、言われてみれば、ありすって読める」
「それだけじゃないでありんす! この丸文字! それに敢えて綺麗には書かずに少し崩して書く拘り! コレは、間違いなくペロロンチーノ様の拘りでありんす!」
シャルティアが自分の持っていた物と同じように絵の方も幼さを感じさせるようにバランスの崩した丸文字で書かれている。偶然にしては――あまりにも出来過ぎではいないか?
「もしかして本当に? でも、それならなんでアインズ様は隠すの?」
「そんなことわたしが分かるわけないでありんしょう? アインズ様の思慮深きお考えなど。ですが、コレからは間違いなくペロロンチーノ様の拘りを感じるでありんす。こうして見てみると他のも――あぁ、ペロロンチーノ様! なんて芸術的な絵をお描きに!」
すっかりシャルティアの中では、ペロロンチーノが書いた絵だと確信を得ている。その一方で、アウラとマーレはまだあと少し足りない。
「マーレ、デミウルゴスはどうしてるんだっけ?」
「デミウルゴスさんは、アインズ様達と会議をしてると思うよ? なんだか最近忙しそうだけど……もしかして、デミウルゴスさんに?」
アウラとマーレで判断ができないのならナザリックでもアインズの次に知恵者であるデミウルゴスに聞くしかない。聞くしかないが――忙しいのに大丈夫だろうか? デミウルゴスは、アインズの命令を遂行するために忙しいはず。それを邪魔する訳にはいかない。
「やっぱり、デミウルゴスはやめましょう。そうだ! ナーベラルに話を聞いてみるのはどう? 一緒に行動してたみたいだからなにか分かるかもしれない」
「そういえば、第六階層の湖の傍でプレアデスのお茶会があるはずだよ。お休みだから使ってもいいかって聞かれたから」
「丁度いいじゃない。シャルティア、行くわよ!」
「――ちょっと、待つでありんす! この芸術品を大事に保管してからにしてほしいでありんす!」
「まだ本物かどうかも分かんないんだから後にしなさいよ! もし違ってたらペロロンチーノ様に対して不敬になるんだからね!」
「……そ、それは……そうかもしれないでありんすね」
もし違っていたら。そう思うと、昂っていた熱が徐々に冷めていく。仮に違っていた場合、創造者の手による物かも分からない不忠の臣下も同然。シャルティアは、手に持っていたトランプをそっとベッドの上に置く。
「今は、ナーベラルに話を聞きに行くわよ。ほら、急ぐ!」
急ぐアウラに続いて、手を引かれたシャルティアと慌てるようにマーレが続く。第六階層で行われているプレアデスのお茶会へと急ぎ向かう。この悩みを解決するためにも。