魔法省で行われた話し合いは、パラダインの仕切りにより滞りなく行われた。金貨四百三十枚は、毎月金貨十枚以上を目安に返済することで合意。一般的な月収が金貨三枚であることを考えると随分な金額ではあるが、ワーカーの仕事に励めば数年を掛けて返済出来るだろう。それにしても明日の保証もないこの世界において数年もの猶予があるのは異例である。普通なら数ヶ月での返済なのだから。ウルベルトとアルシェは、フールーダ・パラダインの力が帝国において絶大であることを改めて知ることになった。
そしてここからは、アルシェから聞いた話になる。パラダインは、アルシェの両親の下に足を運び話し合いを行ったそうだ。まさかパラダインが家を訪れるとは思ってもいなかった両親は驚き、パラダインの説教交じりの提案に頭と肝が冷えた。皇帝であるジルクニフを若造と罵る両親も自分より遥かに年上なパラダインの言葉はこたえたようだ。妹達は、パラダインの知り合いの家に引き取られ、両親は復興の為に親戚や知り合いの下を訪れているそうだ。家の復興は簡単に出来るものではないがそれでもこのまま腐るよりはマシになるだろう。
アルシェ自身は、ワーカーをフォーサイトの仲間達と共に行いながらパラダインの研究の手伝いをすることになった。パラダインの話では、アルシェは既に才能の限界に近く努力しても第四位階が限界とのことだ。ただ、必ずしも行使できる位階だけで評価は決まらない。そもそもパラダインは、アルシェの魔法に対する姿勢や考え方を高く評価していた。だからこそ魔法から離れたことに失望感を覚えたのだ。今後は、魔法科学の研究員として指導するとのことだ。それに暇な時間は魔法学院で学ぶことにもなった。限られた時間ではあるがそれでも通えて嬉しいとアルシェは語っていた。
それと、パラダインはナーベのことは諦めたようだ。理由としては、本人がまったく魔法に興味がないからだ。ただ、ウルベルトから聞いた話で、モモンが自分と同じ英雄の領域に足を踏み入れている逸脱者である可能性が高いと判断した。その為に何かしらの方法を用いて、パラダインのタレントでも行使できる位階魔法が分からないナーベも同等の力を保有しているのではないかと考えている。とはいえ、パラダインとしては、自分の高弟達と同じく第四位階の魔法が使え、パラダイン同様に複数の系統に精通しているウルベルトという存在に知り合えたことで十分だったようだ。わざわざウルベルトの為だけに講義を行うぐらいには喜んでいた。
その一方で、帝国の裏社会に喧嘩を売った形になったウルベルトを守るために残された期間中は、常に三人で行動することになった。冒険者組合から受ける依頼を減らしてまで身構えたわけだが特に何も起こらなかった。だからと言って安心はできないが無事に三人は、王国へと帰還する事が出来た。
「やはり、フールーダ・パラダイン様の読む魔導書となると難しいですね」
「うむ。流石は、パラダイン様である」
漆黒の剣のニニャとダインは、ウルベルトが借りて来た魔導書を読んで感心している。ウルベルトは、新しくメッセージの魔法を習得した。ユグドラシルにおいては、仲間達と連絡を取る為に必要な物ではあったがこの世界では話す相手が居なかったので今まで必要としていなかった。それに話によるとメッセージの魔法は人気がないらしい。距離が離れると途切れたり、雑音がしたりするからだ。だが、ウルベルトとパラダインの場合は問題がない。エ・ランテルから帝都までの距離でまったく問題がないのは、パラダインも初めてのことらしく興味が湧いたようで煩いぐらいだった。二人が力のある魔法詠唱者だからなのか? それとも相性がいいのかは分からないが無事に魔法に関しての話し合いがいつでも行えるようになった。ちなみにメッセージの魔法をアルシェも習得するために勉強中だったりする。
「二人の意見も聞かせてくれよ。一人で読むには量が多いからな」
貴重な物ではあるがそれを四冊もパラダインは、ウルベルトに預けた。『アンデッドの生態』。『アンデッドの召喚に関して』。『呪いについて』。『呪いを行使するモンスターについて』の内容となる計四冊がパラダインとの話し合いで選んだ魔導書になる。魔導書は物によって形式が違うようで、研究レポートのような物もあれば、聖書のように物語めいた物もある。他にも日記形式や図鑑のような物もある。あくまでも魔法に関する本をまとめて魔導書と呼んでいるようだ。最終学歴が小卒であるウルベルト的には、日記形式や図鑑の方が分かりやすくて好きだ。
「ふーん。帝国って危険なんだな」
「こちらもアンデッドの種類が増えてきましたが、そこまで危険ではありませんね」
「私達が来てから増えたそうです。ウルベルトさんがメッセージの魔法で聞いた話だと今はこちらとあまり変わらないようです」
「俺達って疫病神なんですかね?」
ウルベルト達の隣の卓では、漆黒の剣のルクルットとペテルがたっちとペロロンと話している。どうやら三人とモモン達が王国に帰ってからアンデッドの数が落ち着いてきたらしい。五人が粗方片付けたのもあるだろうが一部では、五人がアンデッドを招いたのではないかと噂があった。特にモモンとナーベは、ズーラーノーンとの因縁があるので信じる者も少なくはなかった。
「それにしても今頃どうなってるんですかね? 会食が始まってから大分経ってますけど」
「アインザック組合長と共にエ・ランテルの有力者達との会食。あの二人なら間違いなく昇級すると思いますよ」
エ・ランテルに戻ってきてすぐのことだ。モモンとナーベにアインザックから話があった。それは、モモンとナーベの昇級試験の話。エ・ランテルの最高ランクの冒険者は、ミスリル級となっている。これは組合に来る依頼のほとんどが個人の持ち込みであることが影響している。単純にエ・ランテルよりも王都の方が身分が上の者が多く、払える報酬額が大きくなる。その為にオリハルコン級以上の依頼のほとんどは王都で受けることになるので、オリハルコン級になると王都に拠点を移す場合が多い。ただ、今の状況下で実力のある冒険者チームに移られるとエ・ランテル側は大変困ることになる。そこで、エ・ランテルの有力者達は、モモンとナーベをエ・ランテルの冒険者として囲うことにしたのだ。今回の会食での話し合いが上手くいけば、二人は晴れてオリハルコン級冒険者となる。
「でも、オリハルコン止まりなんだな。もうアダマンタイトにすればいいんじゃねぇか? 帝国での話を聞くと十分だろ?」
「いろいろとあるのではないでしょうか? アダマンタイト級冒険者というのは、力無き者にとっては希望です。審査もそれだけ厳しいのでしょう」
「私もモークさんの意見に賛成ですね。国や人々の為に行動できる者でないと務まらないと思います。蒼の薔薇の方々は、少なくともそうでしたから」
「じゃあ、俺とウルベルトさんは無理っぽいですね。そう思いません?」
「かもな。だが、それでも俺はアダマンタイトになる。国や人々の為ではなく俺の為にな」
国の守護者と言われるアダマンタイト級冒険者に相応しくない台詞ではあるが、繕ったところでボロが出るというのがウルベルトの考えだ。今更誤魔化す気はない。
「――おっ? 噂をすれば」
ペロロンが組合に戻って来たアインザックとモモン達に気づく。
「それでは、また後で」
「分かりました」
アインザックは、そう言うと組合長室へと向かって行く。
「モモンさん、ナーベさん! こっちこっち!」
アインザックが立ち去った後にペロロンが二人を招く。手を振りながら。
「やっと終わりました」
疲れたようにモモンとナーベは、空いている席に座る。
「ねぇ、どうだったのナーベちゃん? もしかして王都に行ったりするの? 俺を置いて行かないでよぉー!」
空いていた席がルクルットの隣なので仕方なくナーベは座ったが、いきなり不機嫌になる。キッとルクルットを睨むわけだが、ルクルットも慣れたものでまったく応えない。
「私達は、此処に残ります。ただ、しばらくは組合で用意した依頼をこなしていくことになりそうです。皆さんとは別行動になります」
「そうですか。ですが、モモンさんとナーベさんがエ・ランテルに居てくれれば安心ですね」
「私もエ・ランテルの冒険者の一人として歓迎します。お二人が居てくれると心強いです」
どうやら二人は、エ・ランテルの冒険者達の中心になりそうだ。盗み聞きをしていた他の冒険者達も好意的に受け止めている。モモン達の実力を知らない冒険者は今やエ・ランテルには居ない。
「じゃあ、どうします? 前祝でもします?」
「いえ、今回はお断りしておきます。これからナーベと共にいろいろと用事を済ませないといけませんので」
「そうなんですか。俺達も王都に行くように言われてますけど、帝都の方で疲れたんでしばらく此処に居ます。時間があったらいつでも言ってください」
モモン達同様に三人にも昇級の話は来ている。ただ、帝都での一件で疲れたのでしばらく休むことにした。
「お互いに忙しいようですね。それでは、私達はこれで」
モモンは、話しもほどほどにナーベを連れて組合から出て行く。本当に忙しいのだろ。あっと言う間に居なくなった。
「それでは、私達もそろそろ準備をしましょうか」
「そうですね。ウルベルトさん、トブの大森林に行くから準備してください。王都に行く前に行きたいんですから」
「本当に行くのか?」
「当り前じゃないですかっ! 俺は、約束は守る男ですよっ!」
嫌々なウルベルトと違い、ペロロンは行く気満々だ。
「トブの大森林になにか用でもあるのか?」
「そんなところですよ。じゃあ、ニニャちゃん行ってくるねっ!」
「気をつけて下さいね、ペロロンさん」
ペロロンを先頭にたっちとウルベルトも後に続く。王都に行く前に未だ姿すら分からない存在に会いに。沢山のお土産を持って。