自由な時間を終えて各自宿へと戻って来た。今は、遅めの食事をしながら部屋で報告をしている。たっちは、装備一式を整備に出し、その後は武器などを見て回ったそうだ。ペロロンは、お土産を買うために北市場をはじめいろいろな場所に足を運んだ。そして、最後にウルベルトの番が来た。
「いいなぁ~、ウルベルトさん。俺も学院を見学したかったなぁ~。俺なんて普通に門前払いでしたよ。警備の人もいっぱい来ましたし」
実は、ペロロンも魔法学院に行っていた。しかし、門前払いをくらって諦めたそうだ。どうやら目についた女生徒に片っ端から声を掛けていたのがまずかったらしい。
「それで、これからどうする気ですか? ウルベルトさんのことだから分かっていると思いますが、この件は終わっていないと思いますよ。裏稼業の人達は、体裁を大事にします。商売をする上で必要なものですから。そのアルシェと妹さん達は、フールーダ・パラダインの名の下に安全だとは思います。彼らも手を出せない相手ですからね。ですが、ウルベルトさんは違います。後ろ盾もない。確固たる地位も立場もない。恐れるだけの実力もないですからね」
ウルベルトは、あくまでも将来有望な魔法詠唱者としての価値しかない。手を出そうと思えば簡単に出来る。
「わかってるよ、言われなくても。分かった上で、落としどころにしたからな。これで少なくとも俺に不満が向けられるはずだ」
アルシェと妹達は、フールーダ・パラダインの名前で保護されることになる。しかし、ウルベルトは含まれていない。ウルベルトは、彼らが抱く不満が自分に向くように敢えてそうしなかった。面子を潰され、追い詰められれば自暴自棄になり約束事を反故にする可能性があるからだ。追い詰めるだけではなく、逃げ道も必要になる。
「俺には、他に思いつかなかった。だからと言って、家族の為に危険を冒してまで守ろうとするアルシェをほうってはおけない。それに、妹達は五歳やそこらだ。どうやって金になる? 貴族の子供だから養子もあるかもしれない。でも、世の中はそんなに甘いもんじゃない。自分で選んだ道なら仕方がないと思える。でも、小さ過ぎて自分の立場すら理解出来ているとは思えない。俺は、理不尽な世界で抗うことも許されず、誰かの私利私欲の為に使われるのは嫌なんだよ。せめて、どんな道であっても自分で決めた方がいいに決まってる。例え、地獄のような道であっても」
ウルベルトは、貧困層の生まれである。両親は、劣悪で危険な場所で働かされ早くに亡くしており、自分自身も似た様な境遇を辿った。その為か、理不尽な社会に対する憎悪からウルベルト・アレイン・オードルが生まれた。世の中への不満を晴らすための存在として。自分の世界を変える為に。
「今の俺は、昔と違って手を差し出すことが出来る。それが出来るだけの力を手に入れた。こうして第二の人生を迎えられたんだ。俺は、俺の思うままに出来ることをやりたい。理不尽な世界を変えたい。変えてやりたい。少なくともアルシェ達には、俺と同じ道を進まなくてもいいようにしてやりたいんだよ」
自分勝手な子供の我儘なようなものだ。それでも通したいものもある。
「なら、私から言うことはありません。私としても出来る限り力になりたいですからね」
「俺も力になりますよ。女の子達の為なら命を懸けられますからね」
「……いいのか? 下手をすれば巻き込まれるぞ? 少なくとも帝国領内は危険になる。それでもいいのか?」
「仲間を見捨てたりはしませんよ。それに私も似た様な事をしたかもしれませんからね」
「そうそう。それよりも紹介してくださいよ。妹さん達も含めて」
裏稼業の者達に命を狙われるかもしれない。場合によっては、死ぬよりも辛い目に遭うかもしれない。それでも二人はあっさりと受け入れてくれる。二人もそういった世界を知らないわけではない。それなのに自分の我儘を受け入れてくれた。
「ありがとな。俺の我儘に付き合ってくれて」
「いいってことですよ。それで、いつ会うんですか? 俺も同行しますよ」
「私達、ですよ。相手にウルベルトさんの仲間の顔を見せておきたいですからね」
「明日、少しだけ時間を貰いたい。魔法省の方に相手方を呼んで話すことになってる」
パラダインの力で、相手をこちらに有利な場所である魔法省へと呼ぶ手筈になっている。
「相手を呼び出すとか権力がある人は違いますね。普通は、こっちから頭を下げて行くようなもんなのに」
「ですが、有利に事を運べるのは良いことです。交渉は、始まる前からが勝負ですからね。ただ、この借りは大きそうですね。返すあてはあるんですか?」
「第五位階になれば期待に応えたことになる。だから、二人のレベリングを一旦中断したい」
現在は、たっちとペロロンを中心としたレベリングを行っている。前衛を強化することにより安定を得るためだ。
「いいと思います。危険が最も高いのは、他でもないウルベルトさんですからね。今度、モモンさん達にも話してみましょう」
「じゃあ、明日はモモンさん達とは別行動になるのかな? まぁ、明日になれば分かるか」
三人は、明日に備えて早めに休むことにする。もしかすると、ゆっくりと眠れる最後の夜になるかもしれないのだから。
♢♢♢♢♢♢
アインズは、ナザリック地下大墳墓に戻り、執務室でパンドラとセバスと共に会議を開いていた。
「――と、ここまでが現状になる。意見はあるか?」
アインズは、ウルベルトの一件を二人に話したわけだが反応は違う。
「私は、どのような事でも致します」
セバスは、ウルベルトの行った行為に少なからず好意を抱いている。最初に話を聞いた時は、ウルベルトを悪の象徴と思っていたようで驚きを見せていた。しかし、アインズがウルベルトの境遇を話したことで理解を示した。
「アインズ様は、なにを望まれるのですか?」
パンドラは、既にアインズから三人に関する話も聞いていたのでそこまでの変化はない。ただ、どのようにするべきか判断しかねるようだ。
「既に帝都に存在する勢力は調べ終えた。最も危険であると判断していたフールーダ・パラダインは味方であるため脅威ではない。ただ、今回は出来ることに限りがある。潰すのは簡単だがそれでは私達の存在に気づかれる。正体が分かることはないと思うが、何者かが関わっていると勘づかれるのを良しとはしない」
「ズーラーノーンをお使いにはなられないのですか? この時の為のモノだと思いますが?」
ズーラーノーンは、ナザリックの存在が表に出ないようにするための隠れ蓑だ。
「デミウルゴス様が王都で活動を行っておりますので、手が空いた私が帝都で工作活動を行っております。それを用いてはいけないのでしょうか?」
「アレは、まだ温存しておきたい。それに今の段階では問題は起こらないと判断している。刺客を差し向けるにしても準備は必要だろうからな。三人は、そう遠くないうちに王国へと戻る。少なくとも今回には間に合わないだろう」
三人が王国へ戻る時間は残り僅かだ。その間にウルベルトを殺せる戦力を揃えるのは難しい。
「承知致しました。それでは、次回に備えて強化しておきたいと思います」
「頼むぞ、パンドラ。それと、セバス。お前には、王都での役割がある。デミウルゴスを支援しながら三人の為に上手く動いてほしい」
「畏まりました。アインズ様の御心のままに」
アインズは、そこで一息つく。ウルベルトがとった行動に驚きはしたが、別におかしいとは思わない。アインズも――鈴木悟もウルベルトと同じ境遇を辿っている。理不尽な力に翻弄される辛さと憎さは分かるつもりだ。
「――さて、それでは私も仲間として動くとしようか」
明日に備え、ナーベを残している帝都へと戻る。アインズ・ウール・ゴウンの仲間として動くために。
♢♢♢♢♢♢
予定通りに魔法省へと足を運ぶことにしたのだが他にも一緒に来た者達が居る。
「いいんですか、一緒に来て?」
「旅は道連れ世は情けと言うでしょう? 乗り掛かった舟です。最後までお付き合いしますよ。そうだろ、ナーベ?」
「モモンさんの仰る通りです」
モモンとナーベに事情を話したのだが、一緒に付いてくると言われた。「人数が多い方がいいでしょう」という理由で。
「二人も居てくれれば心強い。だが、きけ――」
ウルベルトは、危険ですよと言おうとしたところで言葉を止める。ナーベはともかく、モモンが危険な状況が想像できない。
「私達は、強いですからね。返り討ちにするだけです。それよりも、なんだか人が多くないですか?」
モモンに言われ魔法省の入り口の方を見ると、アルシェ以外にも人が居た。パラダインは、中で待っているはずなので違うはずだ。
「お前さんが、ウルベルトか?」
見た限り冒険者――いや、アルシェと共に居たのを見た事がある。どうやらフォーサイトの仲間達のようだ。
「ヘッケラン・ターマイトさんですね? アルシェから話は――」
挨拶をしようとしたウルベルトを睨むようにヘッケランは、上から下までジロジロとウルベルトを見る。
「なにか?」
「あの時の化け物が王国の冒険者とはね。なんで、あんな仮面をしているかは分からないが一つだけ言っておく。いいか、アルシェは俺達の妹分だ! てめぇ、みたいな胡散臭い奴にはやらんからなっ!」
「……はっ?」
状況がよく分からない。アルシェに説明を求める為に視線を移すが――その前にヘッケランの隣に居たハーフエルフのイミーナが思いっきりヘッケランを叩いている。
「少しは空気を読みなさいよっ!」
「イミーナ……こういうのは最初が肝心だろ? フォーサイトのリーダーとしてはガツンと言っておかないと」
「あんたって……ごめんなさいね、ウルベルト。ヘッケランは、アルシェの悩みを先に聞いたあんたを妬んでるのよ。自分を差し置いてって感じでね」
どうやらアルシェは、今回のことを仲間達に話したようだ。二人の後ろで恥ずかしがっているアルシェの姿が見える。
「よかったな、話せて」
アルシェは、嬉しそうに頷く。
「すまないが、アルシェは借りていく。あくまでも会うのは、三人だけなんでな」
「上手くやらなかったら俺がお前を殺すからな」
今にも噛みつかれそうな形相だが、イミーナに叩かれ奥に連れていかれる。
「じゃあ、行くか」
ウルベルトとアルシェは、仲間達に見送られながら魔法省へと入って行く。今よりも前に進むために。
いつも読んで頂きありがとうございます。
帝都編は一旦終わりとなります。
本来は、帝都で活躍する茶釜さんを登場させる予定でしたが保留で進めました。
それとこの場を借りて誤字脱字の報告などのお礼も言わせて頂きます。