帝国魔法学院。魔法の名が付いているが実際は、魔法以外も学ぶ事の出来る学び舎。身分を問わずに実力があると認められれば入学する事が出来る場所だ。生徒達は、学院専用の制服を着ており、ペロロンのドストライクゾーンを超えるぐらいの年齢の子達が生徒として在籍している。もっとも、ペロロンのストライクゾーンはとんでもなく広いので十分対象ではある。
「どうぞ、こちらでお待ちください」
アルシェの取り次ぎにより、ウルベルトは無事に学院の中に入れた――のではあるが、見学ではなく何故か貴賓室で待つように言われた。一人では不安になったので、アルシェに無理を言って厚かましくも付いて来てもらった。
「こういう所は苦手だから本当に助かる」
学院に来るまでにアルシェからいろいろと話を聞いた。平民でも認められれば入れるとは言うが、やはり貴族などが多いらしい。礼儀や言葉遣いなどが面倒なウルベルトにとっては精神的な疲労ですぐに疲れてしまいそうになる場所だ。
「それで、アルシェ。久しぶりの学院はどうだ? なんだか話しかけられたみたいけど」
貴賓室に来るまでに二人は多くの生徒から視線を集めた。ウルベルトが頑なに仮面を外さないのもあるが、アルシェの姿を見た者達が驚きの反応を表していた。その中で、一際良いところのお嬢様のような少女がアルシェに声を掛けたのだ。
「――別になんとも思っていない」
連れてきておいてなんだがやはり居心地は悪いようだ。道中に比べて口数が少なく、気持ちが沈んでいるように見える。
「そうか。でもあれだな、いい場所だな。綺麗だし、設備も整ってそうだ。やっぱり魔導書とか沢山あるのか?」
「――大学院や魔法省の方が多い。ウルベルトは、今までどんな魔導書を読んだの?」
隣に座るアルシェがウルベルトの方を見る。どうやら切り替えたようだ。今のアルシェの瞳には、好奇心の色が強く出ている。
「内緒だな。ただ、それだけだと悪いから少しだけ言うと、俺には魔法に詳しい仲間達が居たんだよ。その人達といろいろと調べながら考えたかな」
今も忘れない。どう使えば効果的か? どうすれば応用できるのか? 未知の魔法は? どうすれば対応できるのか? そんな事ばかりを話し合っていた気がする。
「――他の人達も同じぐらい凄いの?」
「いや、自慢じゃないが俺が一番だったな。でも、優劣は付けられない。例えばそう……俺達のリーダーは、魔法の使い方や考え方が上手かったんだよ。少なくとも知識量なら俺よりも上だったはずだ」
ウルベルトよりも上と聞いてその人物に興味が湧く。目の前に居るのは間違いなく天才の部類に入る。その人物より上となると――
「好きなんだな、魔法。仏頂面だけかと思ったら違うみたいだ」
言われて気づく。自分が前のめりになって聞いていたことに。顔を背ける。恥ずかしい。
「照れる必要なんてないだろ? 好きなもんに熱くなるのは普通だ……ごめんな、此処に連れてきて。無理矢理連れて来た俺が言うのもなんだけど、そこまで好きだと辛いだろ?」
「……謝らなくていい。もう一度此処に来られたから」
家の事を知っている者も居る。惨めな自分を見られるのは嫌だ。それでも……またこうしてこの場所に足を踏み入れられてよかったと思う。
「そうか。ありがとな。そう言ってもらえると気が楽になる。しかし、勿体ないな。第三位階が使える上にタレント持ち。魔法に対する意欲もあるんだ。いい線行くと思うんだけどな。まったく、魔法に力を入れているなんて嘘だな、嘘。こんな天才を囲わないなんて。見る目がない者ばかりだな、此処は」
「……もしかして気を使ってくれてるの?」
「そんなわけないだろ? 事実を言ってるだけだ。なんだか帰りたくなってきた。本当に帰るか? なんなら妹さん達も誘ってなにか食いにでも行くか? 今泊まってる所の飯も美味いがせっかくだから他も見てみたいしさ?」
「――ありがとう」
事故とはいえ、仲間にも話せなかった事を話せて少し気が楽になった。それにもう一度この場所にも来られた。それだけでもう――
「お待たせした」
貴賓室の扉が開き、二人はそちらの方に目をやる。
「アルシェか?」
「パラダイン様……」
部屋にやって来たのは他でもない現代の最高の魔法詠唱者と言われるフールーダ・パラダインその人だ。
「なぜ、お前が此処に居る」
パラダインは、アルシェの存在に驚く。自分を呼びに来た者は、ウルベルトの事しか言わなかった。
「――それは……」
アルシェは、ウルベルトの方を見る。
「それなら俺が頼みました。初めまして、ウルベルトと言います」
席を立ち、頭を軽く下げる。そんなウルベルトをパラダインはジッと見る。穴が空きそうなほどに。
「……なるほど、そうかお主がそうか。いや、ふむ、そうか。いやはやこれは正に……」
見る見るうちにパラダインのアルシェを見て硬くなっていた表情が歓喜で綻ぶ。アルシェと同じタレントを持つパラダインには、経験からアルシェ以上にウルベルトの素質を理解できる。
「――私は、これで」
アルシェは、この隙に部屋から出ようとして――手を掴まれる。
「せっかくだからもう少し付き合ってくれるか?」
アルシェの手をウルベルトが握っている。
「パラダイン様もどうぞ。立ち話もなんですから」
アルシェを改めて座らせ、パラダインを正面の席へと招く。
「どうやら二人は知り合いみたいですね?」
二人の反応を見れば想像はつく。少なくとも面識はあると。
「アルシェは、私が目を掛けていた教え子の一人になる。だが、愚かにもこの場所から去った。その者は、魔法を汚したのだ! 才能がありながら! 若さがありながら! お前は、魔法詠唱者として失格だ!」
言葉に熱が入っている。思わずアルシェが身を縮める程に力ある言葉だ。
「愚かね……。パラダイン様は、アルシェが何故ここから離れたかご存じで? アルシェの家は、政策の一環で取り潰しにあったそうですよ。別にそれに関しては仕方がないと、俺は思います。アルシェには悪いが国としてはそれでよかったみたいだからな。少なくとも家族よりも貴族の立場に執着しているような者は嫌いだ。死ねばいいとすら思う」
ウルベルトの言葉に心のどこかで感情が動くのが分かった。他人に両親のことを言われて、まだ自分が両親のことを好きであったのだと気づく。
「アルシェは、ワーカーとして家族を支えているんですよ。親が借金をして金が必要だから。それで学院を辞めるしかなかった。それのどこが愚かなのか俺には分かりませんよ。こんな立派な人間に愚かとか言わないでほしいですね」
実力は認めたが、若造に言われパラダインも内心穏やかで居られるわけではない。
「俺は、魔法に興味がある。できれば、此処で学びたいぐらいだった。だが、こんな優秀な生徒を簡単に手放すような所でどれだけの事が学べる? 断言しよう。たかが知れている」
「――貴様! 黙って聞いて居ればいい気になりおってっ! 私が誰か知って言っているのだろうなっ!」
ついにパラダインが怒りを露わにする。気のせいか空間が歪むような息苦しさが生まれる。これが逸脱者と呼ばれるパラダインの力なのだろう。だが――ウルベルトの表情は変わらない。
「俺は、事情があって使える位階魔法を第三までにしていた。それがどうしてか分かるか?」
ウルベルトは、パラダインを睨む。
「人間の限界が第六位階? 馬鹿を言うな。俺がそれを超えてみせる。超えて、名乗ってやる。俺が魔導を極める者だと世界中になっ! フールーダ・パラダイン。俺は、あんたを超える。超えた時に『第七位階』まで使えると公言してやる! いや、それ以上も使いこなしてみせる」
「第七位階を使うだと……」
これには、パラダインも動揺を隠せない。この者は、人類の限界を超えると宣言した。この現代最高の魔法詠唱者と呼ばれるフールーダ・パラダインの目の前で。馬鹿か。底抜けの……いや、それは違う。この者は違う。自信がある。揺らぎようのない自信がある。分かっているのだろう。自分がフールーダ・パラダイン同様の天才であることを理解しているのだろう。見える。看破の魔眼を持つパラダインには見える。才能を感じさせる底が見えない魔力が――悔しいが……この者なら今まで一人で進んできた暗闇を照らし、自分よりも前に進むかもしれない。そう思わせる……そう思いたい。逸脱者として孤独の中に居た自分と張り合える相手であると。
「ウルベルトと言ったな。私の下に来る気はないか? できる限りの待遇で迎え入れる準備がこちらにはある」
パラダインは、気を静め深く座り直す。それに合わせ、ウルベルトも気を静める。
「申し訳ありませんが、今はまだ力を得る事を優先したいので辞めておきます。早いところ第五位階まで行きたいので」
「簡単に言ってのける。気に入った。いつでも私の下を訪れる許可をだそう。その代わり、幾つかの魔導書を渡しておきたい。その時にでも意見を述べてほしい」
「読ませて頂けるのなら嬉しい限りです。意見に関しては読んでみないと分からないので期待はしないでください。それと、ついでに一つお願いをしても?」
「聞ける範囲ならかまわん。なにを求める?」
ウルベルトは、アルシェの方を見る。
「アルシェとその妹達をパラダイン様の名前で保護してもらえませんか? このままだと親の借金でどうなるかわかりませんので」
「ウルベルトさ――」
アルシェの言葉をウルベルトは、目だけで止める。黙っていろと。
「貴族に復帰させろ、ではなくか?」
「さっきも言ったが自業自得の部分があると俺は勝手に思ってるよ。子供が自分達の下から居なくなれば少しは頭が冷えて考えも変わるだろう。それと借金は、今ある分はアルシェが払え。金貨四百三十枚は大金だが、それぐらい返せるぐらいになってみせろ。できるな?」
アルシェが本当の意味で家族を支えるための条件を提示する。この程度乗り越えてみせろと。家族の為にも。
「――払います。払ってみせます」
アルシェは、それを受け入れる。親が立ち直る機会と妹達を支える実力を身に着ける覚悟の証明の為に。
「いい返事だ。返済に関しては俺が交渉をしてもいいんですけど、手荒になる可能性があります。別にいいですか?」
「その時は、私も席を共にしよう。その代わり、アルシェよ。お前には、私の手伝いをしてもらう。ワーカーをしながらでもかまわんから手伝いなさい」
「――パラダイン様! ありがとうございます!」
アルシェは、立ち上がりパラダインに頭を下げる。深々と何度も。
「さて、これでいいのかのう。一つと言ったが、お主にそこまで言わせた者を他所にやるわけにはいかんからな」
「話が早くて助かりますよ。じゃあ早速、魔導書でも見せてもらいましょうか。アルシェも来るだろう?」
「――私は……」
アルシェは、パラダインの方を見る。
「自分で決めなさい。どうやら私が知っているアルシェとは違うようだからな」
「――私も魔導書が読みたいです! 読ませてください!」
アルシェの返事を聞き、パラダインの案内で魔導書を探しに行く。膨大な数の中から魔法の深淵を覗くために。