三人が行く!   作:変なおっさん

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第44話

 冒険者組合から受けた依頼を終わらせ帝都へと戻る途中で、スケリトル・ドラゴンが二体も居るアンデッドの群れを発見した。組合の話しでは、五人が帝都に来てからアンデッドの量が増えたらしい。それも以前は確認できなかったスケリトル・ドラゴンなどが加わっているとのことだ。レベリングと報酬の上乗せに期待ができるので、たっち達にとっては嬉しい話なのだが自分達が原因のようで申し訳ない気もする。

 

「あと少しで帝都なのに困ったもんですね」

 

 アンデッドの群れを倒し終えたが連日による連戦で流石に疲れてきた。帝都での初仕事となる初日は、土地勘がないので少なめに受けたわけだがその後は、朝から晩までのデスマーチを敢行している。報酬三倍に加えて、内容自体も旨味があるので稼ぎ時なのである。とはいえ、寝る以外は移動と戦いばかりなので疲労は溜まる。

 

「明日は、休みにしますか? 私としても武器や防具を一度鍛冶屋に出しておきたいです」

 

 連日による連戦で、たっちの装備は耐久値が減っている。鋼鉄製の全身鎧は傷だらけ、ミスリル加工の剣や盾も例外ではない。

 

「というか、モモンさんはズルいですよねー。こっちは、クラブや戦槌、矢とかを毎日補充しないといけないのに全然じゃないですかっ! アダマンタイト級の剣と鎧とかズルいですよっ!」

 

「ズルいと言われても……」

 

 一日だけで、多くの物資が消費される。たっちが使う戦槌は二本。ペロロンの木の盾とトゲ付きのクラブは十以上。矢に関しては、数十本は軽く超えている。馬に乗せられる積載量を考えるとこれ以上は難しく、ウルベルトに関してはインプにその辺に落ちている石などを持たせて戦わせている。それなのにモモンの装備は無傷と言っていい。

 

「戦士としても強い。マジックアイテムもいろいろと持ってるみたいだし、これが格差社会ってヤツですか!? ナーベさんも居るし、そりゃイグヴァルさんとこに喧嘩を売られますよ」

 

「我が家に伝わる物ですし、何度も言いますが私とナーベはそういう関係ではないですよ」

 

「すみません。ペロロンさんが迷惑を掛けてしまって」

 

 地面に座り込み駄々をこねているペロロンの代わりにたっちが謝る。

 

「モモンさん。馬を連れてきました」

 

 アンデッドから馬を守っていたナーベが三人の下へとやって来る。借り物なのでなにかあると弁償をしなくてはならず、積んでいる物資も守る必要がある。

 

「ありがとう、ナーベ。よく守ってくれたな」

 

「モモンさんの御命令ならば、この命に懸けても必ず成し遂げてみせます」

 

「そういうところが怪しいんですよ」

 

 ペロロンに言われるがモモンも自覚がないわけではないので気にしていない素振りで馬へと騎乗する。もう少し仲間として気軽に接してもらいたいのだがもう諦めた。至高の存在への忠誠心からくるものなので受け入れるしかない。

 

「周辺にアンデッドはもう居ない」

 

 周辺の確認が終わったウルベルトがインプ達と共に空から降りてくる。

 

「ただ、人が居たらしくてな。俺を敵だと勘違いして逃げて行った」

 

「あははっ、またですか? ズーラーノーンが居る今、そんな恰好をしてたら仕方ないですよ!」

 

 これで何度目だろう? ウルベルトの事を知らない人間に逃げられるのは。

 

「うるさいな。帝国の人間は、少し大袈裟なんだよ。王国だとここまでじゃなかっただろ?」

 

「それは、先人が居るからですよ。蒼の薔薇のイビルアイさんが仮面を普段から身に着けていますからね」

 

 王国の守護者であるアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇は高い知名度を誇る。それ故にイビルアイが仮面を着けている事は知れ渡っている。しかし、帝国にはそのような者は居ない。それどころか今はズーラーノーンが人々の脅威となっている。そんな中で、不気味な仮面を被り悪魔を従えている魔法詠唱者を見かければ、敵だと思われても仕方がないだろう。

 

「俺は、絶対に外さないぞ! 騎士達に何度も職質されたが最後まで貫いてみせるからな!」

 

 ここまでくれば意地でも被り続ける。言われてやめるようなら初めから身に着けていない。

 

「ウルベルトさんらしいですね。私は、応援しますよ。それでは皆さん、早く帝都に戻りましょう」

 

 五人は、急ぎ帝都へと戻る。久しぶりの休暇に備えて。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 フォーサイトの四人は、昼過ぎに帝都へと戻って来た。昨日の夜から不安と恐怖で精神的にも肉体的にも疲れた為に到着してすぐに解散。報酬などは、リーダーであるヘッケランに任せアルシェは家に戻ることにしたのだがその足取りは疲労とは別の意味で重い。アルシェは、つい最近まで貴族の娘として生きていた。しかし、現皇帝であるジルクニフが行った政策による粛正により家は取り潰された。その為、通っていた帝国魔法学院を辞め、お金を稼ぐためにワーカーになる道を選んだ。

 

(帰りたくないな)

 

 両親のことを思うと足取りが重くなっていく。アルシェの両親は、貴族ではなくなった今も貴族として在り続けようとしている。しかし、そんなことは出来るはずがない。貴族でない以上は収入もなく借金をして取り繕っているだけだ。だが、現実を直視出来ない二人は自分の世界の中で生きている。

 

(ダメ。私がしっかりしないと)

 

 アルシェに弱音を吐いている時間はない。両親は、もう自分の力ではどうすることも出来ないと諦めている。しかし、幼い二人の妹を姉として守らないといけない。自分以外に守ってあげられる人間が居ない。決めたはずだ。二人の為なら自分はどうなってもかまわないと。どんなことでもすると誓ったはずだ。

 

(クーデリカ。ウレイリカ。お姉ちゃんは頑張るからね)

 

 大切な妹達の顔を思い出し、妹達に会うために家に――アルシェは、急いで路地へと姿を隠す。

 

(なんで居るの!?)

 

 思わず出そうになった声を手で押さえながら呼吸と心臓の鼓動を静めるように努力する。ゆっくりと静かに気持ちを落ち着かせ覚悟を決めてから路地から顔を出す――居る。見間違うわけがない。魔法詠唱者の容姿に一度見れば忘れない不気味な仮面。それに身に纏う異常な魔力。昨日の夜に見たあの悪魔がそこに居る。それもアルシェの家の前で立ち止まり、家の方を見ている。

 

(私を追ってきた!?)

 

 目と目が合った。だから目撃者である自分を殺しに来た。そう思うと必死で静めた心臓の音が瞬く間に強くなっていく。

 

(どうすればいいの?)

 

 フォーサイトの仲間達を呼びに行く。それが今出来る最善手だろう。だが、昨夜の一件で疲れ果てている。それは、アルシェも同じだ。それに呼びに行く時間があるかも分からない。もしあの悪魔が家に押し入ったら? 家族を殺そうとしたら? そんなことはさせない。アルシェは、勝ち目がないと分かっているがそれでも戦う選択を選ぶ。大事な家族を守るために。

 

(――あれは、警備の人達?)

 

 神の助けか? 道の奥の方からこちらに向かって歩いてくる二人の騎士の姿が見える。彼らは、帝都の治安を守るための騎士達だ。あの悪魔に勝てるとは思えないがそれでも助かるかもしれない。あれだけの悪魔が街中に居ると分かれば応援を呼ぶだろう。そうすれば、この帝都には力のある者が大勢居る。その中の誰でもいい。駆けつけてくれれば家族は――家族は……なんで? なんで何もしないの? アルシェは、目の前の光景に思わず路地から出てしまう。騎士達は、悪魔を一瞬見ただけでそのままその場を通り過ぎ、しまいにはアルシェをも通り過ぎてしまった。

 

(もしかしてなにかした?)

 

 分からない。認識されていながら治安を守るはずの騎士がなにもしなかった。魔法? アルシェには分からない。分からないがないとは言えない。相手は、第四位階の魔法を行使できる悪魔だ。アルシェの理解できない方法が使えてもおかしくはない。

 

(……私がやらないと。私が)

 

 アルシェは、覚悟を決める。あの悪魔と戦えるのは自分以外に居ない。押し潰されそうになる。これが恐怖と言うものなのだろう。今までも感じた事はあるがここまで怖いと思った事はない……そうか、今は一人だからだ。いつもは、フォーサイトの仲間達が傍に居てくれた。だから怖くなかった。でも、今は一人。一人で立ち向かわないといけない。

 

(みんな、私に勇気を)

 

 仲間達の事を思い浮かべ勇気を得る。一歩、また一歩悪魔へと足を進める。

 

「――あ、あの……」

 

 喉の奥から言葉を引きずり出す。

 

「……誰だ?」

 

 悪魔がゆっくりとこちらを見る。間近で見るその仮面はより不気味さが増し、目穴から除く目が自分のことを見ていると思うと身体が小刻みに震える。

 

「――わ、私に用があるのでしょう。家族には手を出さないで」

 

 悪魔は何も答えずにジッとアルシェのことを見ている。怖い。ここまで頑張って来たが逃げ出したくなる。

 

「――これは、もしやアルシェさんではありませんか?」

 

 急に聞こえた場違いな声。聞こえてきた場所は、家の方からだ。

 

「……あなたは」

 

 見たくない顔がそこにある。その男がアルシェの家から出てきたということは、両親がまた金を借りたということだ。

 

「お元気そうでなによりです。いやはや、今日もお父上に頼まれて金貨を三十枚ほど貸させて頂きました。これでお貸しした金貨は、四百三十枚になりますね」

 

 男は、アルシェの前まで来る。傍に居る者には興味がないようだ。

 

「――また貸したの? お願いだからもう貸さないで」

 

「そう言われましてもこちらも仕事ですからね。必要な方にはお貸し致します。ただ、もうそろそろ返して頂きたいのですが?」

 

「……今は持っていない。でも、必ず返す」

 

「それはいい心掛けです。ですが払えるのですか? ワーカーでも払える金額ではありませんよ? まぁ、こちらとしては家にある資産と……」

 

 男は、アルシェを舐めるように下から上まで見回す。気持ちの悪い視線に鳥肌が立つ。

 

「アルシェさんならいい値で売れますよ。第三位階の魔法が使えてその容姿ですからね。妹さん達と一緒に責任を持って――」

 

 男の肩に手が乗せられる。

 

「なんです――」

 

 男は、そこで初めて傍に居た者を理解する。家の方から来た男からは背中しか見えなかった。ローブを着た姿から魔法詠唱者だと判断した。その為、アルシェの学院時代の知り合い程度に思っていたのだが思わず絶句する。

 

「お前は、誰だ? 人が話しているのに邪魔をするのか?」

 

 不気味な仮面。まるで邪教徒が身に着ける仮面。それを身に着けた何者かがジッと男のことを見る。

 

「わ、私は――」

 

「おい、今失礼な事を思わなかったか?」

 

「い、いえ……滅相も――」

 

「この仮面にケチをつけたろ?」

 

 怖い。此処は、貴族の家が建ち並ぶ場所だ。そんな場所でこんな変な格好をしているなんて危険人物でしかない。騎士達は何をしている!

 

「お前、蛙って好きか?」

 

「か、蛙ですか? いえ、そんなには……」

 

「お前、蛙になりたいか?」

 

 いったいこの者は何を言っているのだろうか? 考えたくない。考えてはいけない気がする。

 

「これ以上俺を不愉快にさせるなら呪いで蛙にするぞ? 嫌ならサッサと消えろ、ゴミが」

 

 理解した。理解してしまった。そうすると行動は早い。

 

「し、失礼しましたっ!」

 

 男は、一目散に逃げていく。あのままで居たら呪いで蛙にされる。そう思うと逃げる以外の行動をとれない。

 

「不愉快だな。子供相手に大人が脅してどうする。おい、大丈夫……か?」

 

 男が立ち去るのを見送り、少女の方を改めて見る。見るのだが涙を目に溜めている。

 

「――お、お願いです……私は、どうなってもかまいません。だから、せめて妹達には手を出さないで……」

 

(えー、なにこれ?)

 

 悪魔――もといウルベルトは状況がさっぱり分からないでいた。本日は、それぞれが好きに休暇を楽しむということになったのだが、ウルベルトは一人で帝都の街を適当に見て回っていただけだ。それでたまたま屋敷が建ち並ぶ此処に来たのだがそこで知らない少女に話し掛けられ、知らない男がそこに登場。知らない男が少女に掛けた言葉の内容が気に入らなかったので脅したわけだが、なぜか少女が泣きそうになっている。

 

「……よく分からないが何もしない」

 

「――嘘。貴方は、ズーラーノーンの人なんでしょう? 昨日の夜に悪魔を従えているのを見た」

 

「昨日の夜?」

 

 ウルベルトは、少女の顔をジッと見て思い出す。

 

「あぁ、あの時の四人組か……そう言えば、敵だと思って逃げたんだったな」

 

 ウルベルトは、仮面を外し、ローブで隠れて見えない冒険者プレートを取り出して少女に見せる。

 

「俺は、ウルベルト。王国の冒険者だ。ズーラーノーンじゃないよ」

 

「――冒険者?」

 

 冒険者と知って恐怖が少し和らいでいく。すると、頭の中でウルベルトという名前に心当たりが生まれる。

 

「……もしかして、第三位階の魔法を使う王国の冒険者?」

 

 最近、帝都にまで名前が知れ渡って来た王国の冒険者チームが二つある。その一つにウルベルトと呼ばれる魔法詠唱者が居たはずだ。

 

「そうだ。そのウルベルトで間違いない」

 

「……でも、第四位階の魔法を使える」

 

「第四位階?」

 

「――私には、相手の使える魔法の位階が分かる。貴方は、第四位階が使えるはず」

 

「……なるほど。もしかしてタレントか?」

 

 アルシェは頷いて答える。

 

「そうか。俺は、事情があって第三位階の魔法までしか使えないことにしている。どうやら勘違いさせたようだな、すまない」

 

「――なんで、そんな事をするの? 隠す必要なんてない」

 

 悪魔でないと分かると目の前の人物に興味が湧く。第四位階の魔法を使える者は、魔法詠唱者を育てる環境が整っている帝都でも少ない。それに内包する魔力が他の人達よりも多く、そして深い。アルシェの中にある魔法詠唱者としての性がどうしても知りたいと言葉を口から出させる。

 

「なぜだと思う?」

 

 逆に訊ねられる。なぜ隠すのだろう? 第四位階の魔法が使えれば多くの物を得る事が出来る。地位、名声、お金。それらを得る以上の理由……ダメだ、思いつかない。

 

「――ごめんなさい。私には、分からない」

 

「そうか。まぁ、そんなもんだろうな」

 

 そう言うと、アルシェの質問に答えないまま冒険者のプレートをローブの中に仕舞い、仮面を被り直す。

 

「そう言えば、さっきなんでもするって言ったよな? せっかくだから一つ頼まれてはくれないか?」

 

「――頼みごと?」

 

「見たところ魔法詠唱者なんだろ? この帝都に家があるってことは学院の生徒だと思うんだがどうだ?」

 

「――今は通っていない」

 

「それでもかまわない。観光をしているんだがよければ中を見学できるように話してくれないか? せっかくだから見学したいんだけど一人で行くのはなんか抵抗があってな。知り合いに話をしてくれればいいからさ」

 

 学院に行く。できれば――行きたくはない。妹達の為に諦めた場所に行きたくはない。でも、この人には迷惑を掛けた。それにあの男を追い払ってくれた。

 

「――話だけならしてみる」

 

「助かるよ。他にあてがないわけじゃないんだが最後の手段にしておきたかったんだ。それじゃあ気が変わる前に行こう」

 

「――案内するから付いてきて」

 

 アルシェは、かつて学んでいた魔法学院にウルベルトを連れて行く。通っていた道を歩きながら。

 


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